竜の血脈―黒狼盗賊団の頭―
031 憎しみの果て
シルフィール王女はリュシュランの元へと真っ直ぐに急いだ。
とても嫌な予感が胸を過ぎって不安で仕方がない。
その後を追うナイルズとルイスは先ほどの兵たちの対応に奇妙な違和感を覚えた。
「女王は捜索の許可を出さなかったが、すでに見つかっているから探す必要はないという意味だったのだろうか。」
「どうでしょう。ただ城内を散策するように告げたのは間違いなく我々に二人がここに居る事を知られても構わないという事でしょうね。」
「ではなぜここに居る事を告げなかったのだ?」
「どうなのでしょう。シュラ様の気配が希薄になっている事も原因かもしれませんが。」
「確かにこの国で殿下に何かがあれば責任問題になる。」
「考えていても分かりませんね。とにかく無事を確かめないと。」
そう言って駆けて行くシルフィールを追う二人はある部屋の前で立ち止まったシルフィールを見て首を傾げる。
なぜかドアノブにかけられた手が止まっているからだ。
「あの、シルフィール王女殿下一体どうされたのです?」
「ここは姉の…第二王女であるシャイラ姉上の部屋なのです。私はこの髪の色からとても嫌われていて。でもリュシュラン王子がこの部屋に居るのは確かなのですが。」
ぎゅっと手を一瞬ドアノブから離して握る。
そして躊躇っているシルフィール王女を差し置いてルイスがドアに手をかけた。
ガチャリと扉が開いて中が露になる。
部屋の中に入ったルイスとナイルズそしてシルフィールは部屋の中に居るリュシュランの姿をみて絶句した。
部屋の中はあちらこちらに血が飛び散っており、傷だらけでボロボロになって居るリュシュランはシャイラの腕の中で力なく寄りかかっている。
首には奴隷の首輪がはめられており弱々しい呼吸を僅かに繰り返している。
リュシュランの瞳がゆっくりと開かれて室内に入ってきた侵入者の方へ目を向ける。
「ぁ…。」
その姿を捉えてリュシュランの瞳が大きく開かれた。
「あら、シルフィールじゃない。こんな所に何の用かしら。」
「あ、姉上…どうして。」
「ねぇ、見て?とっても綺麗でしょう。やっぱり黒髪には赤が似合うわ。」
くすくすとシェイラはリュシュランの髪を撫でて応えた。
「リュシュランは私の物になったの。見て、ちゃんと奴隷の証を付けているでしょう。」
「な、なんでこんな事を。」
血に塗れたリュシュランの姿と狂気に塗れた姉の姿。
シルフィールは何が起こっているのか理解できなかった。
「ふふ。ねぇ、リュシュラン。私に口付けをなさい。」
「なっ!」
シェイラの言葉にシルフィールは絶句した。
リュシュランの瞳は光を失ったように暗い。
のろのろと顔を上げてリュシュランはシェイラの唇に自らの唇を重ねた。
無機質な表情でそれをするリュシュランにシェイラは自らの舌を差し入れた。
「っん……っ…。」
目の前で見せ付けるようにシェイラはシルフィールの目を見ながらリュシュランと口づけを交わす。
ゆっくりと次第に深く舌を絡めるシェイラはリュシュランとのキスを堪能する。
深い口付けを交わすシェイラとリュシュランを見て居られなくてシルフィールは思わず目を逸らした。
ぺろりと唇を舐めてリュシュランを離したシェイラはその様子に満足気な表情を浮かべる。
「ずっと、そんな表情をみたかったわ。悔しいでしょう?愛しい人を奪われた気分はどうかしら。」
「姉上、どうしてなの…なんでこんな事をするの?リュシュランを…私の大切な人を解放して!」
「くす。いやよ。だって、これは私の物だもの。」
笑いながらリュシュランの上着に手をかけるシェイラ。
赤く濡れたシャツは元がどんな色だったのか分からない程真っ赤に染まっていた。
「ずっと憎かったわ。シルフィール。貴方の髪の色は私の番である彼を殺した男と同じ色。例え姉妹であってもこの憎しみは消える事はないの。」
「そんな。」
髪の色などシルフィールが選べるものではない。
シェイラの言葉は言い掛かりだ。
だが狂気に染まるシェイラにはどんな言葉も届かない。
「ねぇ、シルフィール。番を失った王族がどうなるのか知っていて?」
首を横に振り知らないと告げるシルフィールにシェイラは笑って応えた。
「私たち王族は竜の血を引いているの。だから一度番を失えばもう二度とパートナーを選ぶ事は出来ない。愛を失うのよ。私もあの人以外なんて欲しくない。」
「だったら、リュシュランを開放して。」
「でも、大嫌いな…あの愛しい人を奪った白銀を持つお前だけが幸せになるなんて許せない。しかも相手は私たちと同じように竜の血を引くライアック王国の王子。憎い敵国の男を選ぶお前になど王位は渡さない。」
「わ、私は王位なんて望んで居ません。」
「すでに番を失った私は子を望めない。もうこの国にはお前しかフレイン王家の血を継げる者は居ない。でもそんなのは許せない。私が全部壊してあげる。お前の愛しい人も奪って私の物にするの。ねぇ、とっても素敵でしょう?」
「い、いや。そんなの駄目よ。」
涙を流してリュシュランを返してと懇願するシルフィールを憎悪の瞳で睨み付ける。
ナイルズもルイスも相手が女性で王族である為うかつに手が出せない。
カルラ女王はこれを知っていたからこそ城内の散策を許したのか。
だが、一体何をどうすればいいのかと悩む二人はシェイラ王女とシルフィール王女をただ見守るしかなかった。
「ねぇ、シルフィールどうして戻ってきてしまったの?」
「シェイラ姉上…。」
「ライアック王国から帰ってこなければ私はこんな気持ちにならずに済んだのに。せっかく母上がお前を私から逃がしてくれたのに馬鹿ね。」
「母上が?」
「私がお前に危害を加えないように逃がしたのに気が付かなかったの?」
「嫌われて捨てられたのだと思っていたわ。」
「そうね。捨てたの。でも竜の習性の所為で家族は守ろうとするのよ。姉妹ではそうはいかないのだけど。母上は貴方を私から守るために逃がしたのに男と戻ってくるなんてね。しかも相手はライアック王国の王子。竜同士なんて番に選ばれた事は今までなかったのにお前はそれを選んだのよ。驚いたわ。互いに番として認識しているなんてね。」
「え?」
「この子、私に貴方が大切だって答えたのよ。」
「嘘…だって彼、記憶を失って私の事なんて学院の同級生としか見てなかったのに。」
「知らないけど私にそんな事を言うのだもの。だから彼を奴隷にして私の物にしたのよ。ぼろぼろに傷つけても私には逆らえない。食事も僅かしか与えなかったから…ほら、とってもいい出来でしょう?この瞳にはもう私以外は映らない。私の願いを聞くだけのお人形。」
「リュシュランは関係ないじゃない。私が憎いなら私を傷つけて!」
「だってそれじゃ、貴方の絶望する姿が見られないじゃない。」
「…狂ってる。そんなの間違っているわ。」
その言葉にシェイラは可笑しげに笑った。
狂気を孕んだ瞳は何も映して居ない。
それは愛しい者の元へ辿り着くまで変わる事はない悲しき竜の成れの果て。
シェイラは愛しい者の命を奪った者への復讐を終えた時点で狂ってしまっていたのだ。
それをカルラ女王は知っていた。
だが、竜の習性でそのシェイラも大切な家族として守ろうとした結果、シルフィールをライアック王国へ逃し見守るということにしたのだ。
だが、カルラ王女の思惑は見事に破られた。
シルフィールがライアック王国の王子リュシュランを連れて戻ってきてしまった。
しかもリュシュランは瀕死の状態だった。
カルラ王女は手を出せないように牢へとリュシュランを繋いだがシェイラはそれを連れ出してしまった。
厳重に警備された離れのシルフィールよりもリュシュランに興味を示したのはカルラ王女にとっての誤算。
この様な状況になってそれを破ったのはライアック王国の使者として来たナイルズとルイスだった。
だが、カルラ王女もここまでの状況だとはきっと把握して居なかっただろう。
狂った笑いが室内に響く中、誰も動くことは出来なかった。
とても嫌な予感が胸を過ぎって不安で仕方がない。
その後を追うナイルズとルイスは先ほどの兵たちの対応に奇妙な違和感を覚えた。
「女王は捜索の許可を出さなかったが、すでに見つかっているから探す必要はないという意味だったのだろうか。」
「どうでしょう。ただ城内を散策するように告げたのは間違いなく我々に二人がここに居る事を知られても構わないという事でしょうね。」
「ではなぜここに居る事を告げなかったのだ?」
「どうなのでしょう。シュラ様の気配が希薄になっている事も原因かもしれませんが。」
「確かにこの国で殿下に何かがあれば責任問題になる。」
「考えていても分かりませんね。とにかく無事を確かめないと。」
そう言って駆けて行くシルフィールを追う二人はある部屋の前で立ち止まったシルフィールを見て首を傾げる。
なぜかドアノブにかけられた手が止まっているからだ。
「あの、シルフィール王女殿下一体どうされたのです?」
「ここは姉の…第二王女であるシャイラ姉上の部屋なのです。私はこの髪の色からとても嫌われていて。でもリュシュラン王子がこの部屋に居るのは確かなのですが。」
ぎゅっと手を一瞬ドアノブから離して握る。
そして躊躇っているシルフィール王女を差し置いてルイスがドアに手をかけた。
ガチャリと扉が開いて中が露になる。
部屋の中に入ったルイスとナイルズそしてシルフィールは部屋の中に居るリュシュランの姿をみて絶句した。
部屋の中はあちらこちらに血が飛び散っており、傷だらけでボロボロになって居るリュシュランはシャイラの腕の中で力なく寄りかかっている。
首には奴隷の首輪がはめられており弱々しい呼吸を僅かに繰り返している。
リュシュランの瞳がゆっくりと開かれて室内に入ってきた侵入者の方へ目を向ける。
「ぁ…。」
その姿を捉えてリュシュランの瞳が大きく開かれた。
「あら、シルフィールじゃない。こんな所に何の用かしら。」
「あ、姉上…どうして。」
「ねぇ、見て?とっても綺麗でしょう。やっぱり黒髪には赤が似合うわ。」
くすくすとシェイラはリュシュランの髪を撫でて応えた。
「リュシュランは私の物になったの。見て、ちゃんと奴隷の証を付けているでしょう。」
「な、なんでこんな事を。」
血に塗れたリュシュランの姿と狂気に塗れた姉の姿。
シルフィールは何が起こっているのか理解できなかった。
「ふふ。ねぇ、リュシュラン。私に口付けをなさい。」
「なっ!」
シェイラの言葉にシルフィールは絶句した。
リュシュランの瞳は光を失ったように暗い。
のろのろと顔を上げてリュシュランはシェイラの唇に自らの唇を重ねた。
無機質な表情でそれをするリュシュランにシェイラは自らの舌を差し入れた。
「っん……っ…。」
目の前で見せ付けるようにシェイラはシルフィールの目を見ながらリュシュランと口づけを交わす。
ゆっくりと次第に深く舌を絡めるシェイラはリュシュランとのキスを堪能する。
深い口付けを交わすシェイラとリュシュランを見て居られなくてシルフィールは思わず目を逸らした。
ぺろりと唇を舐めてリュシュランを離したシェイラはその様子に満足気な表情を浮かべる。
「ずっと、そんな表情をみたかったわ。悔しいでしょう?愛しい人を奪われた気分はどうかしら。」
「姉上、どうしてなの…なんでこんな事をするの?リュシュランを…私の大切な人を解放して!」
「くす。いやよ。だって、これは私の物だもの。」
笑いながらリュシュランの上着に手をかけるシェイラ。
赤く濡れたシャツは元がどんな色だったのか分からない程真っ赤に染まっていた。
「ずっと憎かったわ。シルフィール。貴方の髪の色は私の番である彼を殺した男と同じ色。例え姉妹であってもこの憎しみは消える事はないの。」
「そんな。」
髪の色などシルフィールが選べるものではない。
シェイラの言葉は言い掛かりだ。
だが狂気に染まるシェイラにはどんな言葉も届かない。
「ねぇ、シルフィール。番を失った王族がどうなるのか知っていて?」
首を横に振り知らないと告げるシルフィールにシェイラは笑って応えた。
「私たち王族は竜の血を引いているの。だから一度番を失えばもう二度とパートナーを選ぶ事は出来ない。愛を失うのよ。私もあの人以外なんて欲しくない。」
「だったら、リュシュランを開放して。」
「でも、大嫌いな…あの愛しい人を奪った白銀を持つお前だけが幸せになるなんて許せない。しかも相手は私たちと同じように竜の血を引くライアック王国の王子。憎い敵国の男を選ぶお前になど王位は渡さない。」
「わ、私は王位なんて望んで居ません。」
「すでに番を失った私は子を望めない。もうこの国にはお前しかフレイン王家の血を継げる者は居ない。でもそんなのは許せない。私が全部壊してあげる。お前の愛しい人も奪って私の物にするの。ねぇ、とっても素敵でしょう?」
「い、いや。そんなの駄目よ。」
涙を流してリュシュランを返してと懇願するシルフィールを憎悪の瞳で睨み付ける。
ナイルズもルイスも相手が女性で王族である為うかつに手が出せない。
カルラ女王はこれを知っていたからこそ城内の散策を許したのか。
だが、一体何をどうすればいいのかと悩む二人はシェイラ王女とシルフィール王女をただ見守るしかなかった。
「ねぇ、シルフィールどうして戻ってきてしまったの?」
「シェイラ姉上…。」
「ライアック王国から帰ってこなければ私はこんな気持ちにならずに済んだのに。せっかく母上がお前を私から逃がしてくれたのに馬鹿ね。」
「母上が?」
「私がお前に危害を加えないように逃がしたのに気が付かなかったの?」
「嫌われて捨てられたのだと思っていたわ。」
「そうね。捨てたの。でも竜の習性の所為で家族は守ろうとするのよ。姉妹ではそうはいかないのだけど。母上は貴方を私から守るために逃がしたのに男と戻ってくるなんてね。しかも相手はライアック王国の王子。竜同士なんて番に選ばれた事は今までなかったのにお前はそれを選んだのよ。驚いたわ。互いに番として認識しているなんてね。」
「え?」
「この子、私に貴方が大切だって答えたのよ。」
「嘘…だって彼、記憶を失って私の事なんて学院の同級生としか見てなかったのに。」
「知らないけど私にそんな事を言うのだもの。だから彼を奴隷にして私の物にしたのよ。ぼろぼろに傷つけても私には逆らえない。食事も僅かしか与えなかったから…ほら、とってもいい出来でしょう?この瞳にはもう私以外は映らない。私の願いを聞くだけのお人形。」
「リュシュランは関係ないじゃない。私が憎いなら私を傷つけて!」
「だってそれじゃ、貴方の絶望する姿が見られないじゃない。」
「…狂ってる。そんなの間違っているわ。」
その言葉にシェイラは可笑しげに笑った。
狂気を孕んだ瞳は何も映して居ない。
それは愛しい者の元へ辿り着くまで変わる事はない悲しき竜の成れの果て。
シェイラは愛しい者の命を奪った者への復讐を終えた時点で狂ってしまっていたのだ。
それをカルラ女王は知っていた。
だが、竜の習性でそのシェイラも大切な家族として守ろうとした結果、シルフィールをライアック王国へ逃し見守るということにしたのだ。
だが、カルラ王女の思惑は見事に破られた。
シルフィールがライアック王国の王子リュシュランを連れて戻ってきてしまった。
しかもリュシュランは瀕死の状態だった。
カルラ王女は手を出せないように牢へとリュシュランを繋いだがシェイラはそれを連れ出してしまった。
厳重に警備された離れのシルフィールよりもリュシュランに興味を示したのはカルラ王女にとっての誤算。
この様な状況になってそれを破ったのはライアック王国の使者として来たナイルズとルイスだった。
だが、カルラ王女もここまでの状況だとはきっと把握して居なかっただろう。
狂った笑いが室内に響く中、誰も動くことは出来なかった。
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