竜の血脈―黒狼盗賊団の頭―
025 夜の訪問者
白銀学院は全寮制の学校だ。
もちろんそれは王族であっても変わらない。
リュシュラン王子は暗くなった広い部屋の中でベッドに転がって考え事をしていた。
護衛として着いて来ているナイルズはリュシュランの部屋の扉の前で待機している。
常に張り付かれている護衛が目の前に居ないというだけでリュシュランはほっと息をついた。
ベッドの上で考えていたのは彼らの言葉。
シルフィールやフェルトは自分が記憶をなくす前の私を知っている。
それぞれの言葉を何度も自分の中で反芻するリュシュラン。
しかし何度その言葉を思い返してもそういった事を思い出すことはない。
ただ切なさがリュシュランの心に広がるだけだった。
記憶を失うきっかけさえ教えて貰うことができないリュシュランは、以前の自分を知る彼らだけが記憶を取り戻す希望であろうと考えていた。
だが、きっと私の周囲の者はそれを望んで居ないのだろうとも理解している。
ぽっかりと空いた心の穴、それは今のリュシュランそのものであるように感じた。
ふと周囲の魔力が動いた事に気がついたリュシュランはふと窓の方に目を向けた。
音もなく窓を開いて入ってきた人物を見てリュシュランは一瞬警戒をするが、かろうじて知り合いであろうその人物の動向を見定める事にした。
ベッドから身を起こして相手と対峙するリュシュラン。
「こんばんは、シュラ様。いや、今はリュシュラン殿下とお呼びした方が良いのでしょうね。」
「ルイス・シュバリエ…。」
名を呟いたリュシュランに柔らかな笑みを浮かべるルイス。
まるで隔絶された空間に居るような魔力に包まれてリュシュランは僅かに眉を顰めた。
「危険はありません。会話を聞かれたくなかったもので。」
「分かった。それで、私に何の用でしょうか。このような訪問をしなければならないほどの事でも?」
「ふふ。このような形になったのはお詫びいたします。ただ、きっと貴方に会うにはこうする他に方法は無かったでしょうが。」
くすりと笑うルイスはリュシュランの傍に歩み寄る。
「あぁ、用事って程の事はありません。言ってみれば殿下の様子見と寝物語でもと。」
「はい?」
思わず聞き返すリュシュランはルイスの顔を見上げる。
「私は物語を聞かねば寝られない程の幼い子供では無いぞ。」
「存じて居ます。ただ、私が貴方に聞かせたいだけなのです。かつてシュランガルムを従えて盗賊を率いていたとある義賊の話を。」
「………用が無いなら私は寝るぞ。」
「構いませんよ。さて、この話は今から8年も前の事。かつてアルテンという街に一人の少年が母と二人で住んでいました。少年は黒い髪に金の瞳を持っていました。母親は美人でかつては優雅な貴族の出の女性でした。」
ごろりとルイスと反対の方向を向いてベッドに横たわるリュシュラン。
相手に自分を害する気が無いのはすぐに分かった。
それにルイスは自分の恩人でもあるらしいし、彼女の言葉もある。
だから無防備にも背を向けて彼の言葉に耳を傾けながら眠りについた。
――――…
程なくして眠りについたリュシュランの横顔を見てからルイスはそっとその場を去った。
その日からルイスとリュシュランの夜の邂逅が続いていく。
少しずつルイスの知るシュラの姿をリュシュランに聞かせる。
ルイスにはリュシュランの記憶を取り戻す方法など持ってはいない。
だからこうして、寝物語として彼に聞かせる他になかった。
少しでも記憶が戻る助けになればと願いを込めて。
だが、すぐに効果が出るわけではない。
シュラの事や仲間たちの事。
ルイスの知りえる限りの事をリュシュランに聞かせていく。
話は次第に男爵の馬車を救った事や王女の事に繋がっていく。
リュシュランは聞いた物語からシュラと呼ばれている者が自分であったのかと漠然と考えるようになっていた。
ルイス自身が私をシュラ様と呼ぶ。
なにより男爵や王女の言葉と合致するその話はリュシュランが真実の可能性として受け止めるには十分だった。
ルイスがリュシュランとこうして会う事ができるようになったのは学院に入ってからだ。
城には忍び込むような隙などそうそうありはしない。
ルイスから様々な話を聞いたリュシュランだったが、それを真実だと認めたとしても記憶が戻るような事はなかった。
「そんなに悲しそうな顔をしないでシュラ様。」
「だが…。」
「いいんです。こんな事でシュラ様を取り戻せるとは思って居ませんでしたから。」
「すまない。色々と聞いたが思い出すことはできなかった。」
「私が勝手に聞かせた事。リュシュラン殿下が思い悩む事ではありませんよ。」
ルイスはリュシュランの頭を優しく撫でる。
16にもなってという気分が沸き起こるがなぜかルイスであれば許せるような気がしてされるがままになっている。
「そういえば、もうすぐ学院の合宿に出られるのでしたね。」
「そう。確か深遠の森で5日程の予定だったと思うが。」
「魔物と対峙する事になりますね。どうかリュシュラン殿下、お気をつけて。」
「ありがとう。ルイス。」
最近では過去の話もするがリュシュランの学校生活の話をすることも増えてきた。
まるでリュシュランにとって兄のような存在にルイスはなっていた。
かつてシュラが同じように感じていたなど知りはしないが、リュシュランは自然とそれを受け入れていた。
――――…
程なくしてリュシュランたち学生は深遠の森へと合宿へ向かう事になった。
馬車での移動で行列ができる。
移動だけでも結構な距離がある。
ぞろぞろと護衛の者たちを周りに付けて馬車はゆっくりと進んでいく。
整地された道ばかりではないので、がたごとと揺られながら進んでいくが、時折馬車が止まるのは魔物が街道に出てきたからであろう。
そんな道を進みながら深遠の森へと進む。
到着するとそこから更に5日間のサバイバル生活を行い、魔物との戦闘という実戦経験を積むのが今回の合宿での目的だ。
もちろん、食料や水は基本現地調達。
持ち込むのは精々塩やいくつかのパンと干し肉は最低限持っていくがそれだけでは5日は厳しいだろう。
学院で学ぶのは読み書き計算といった学問だけではない。
こうした実技も必要な科目なのだ。
いくつかのチームに分かれて森の中で生活する。
リュシュランの周りには護衛が付くが、基本的に実習で手助けする事は無い。
あくまで彼らは護衛なのだから。
そんなリュシュランのチームには隣国フレイン王国の第七王女シルフィール・フレイン・ウェスリーとシトリー男爵家次男のフェルトそして有力貴族の子弟が混じるが彼らはリュシュラン自身よりも王族であるという権威が目当ての者たちだ。
全員がそうとは限らないがそういった者であってもリュシュランは必要であれば上手く使わなければならない。
将来の練習がてらこうして学院に放り込まれたのだ。
そういった輩の扱いも学ぶべきなのだろう。
森の中は鬱蒼として手入れなどされていない。
深遠の森とはよく言ったものだ。
暗い森の中を進んでいくと開けた場所に出る。
ここが今回合宿の基点となる場所だ。
5日のサバイバルを終えて集合場所として扱う以外にも学院の監督として来ている先生方が拠点とする場所でもある。
全員が馬車から荷物を降ろして集合する。
「これより、白銀学院恒例である行事、深遠の森合宿を行う。各自チームに分かれてこれから5日間のサバイバルを実施する。森の中には魔物も居る。決して油断することなく無事に合宿を終える事が諸君の課題である。なにか異常があればこちらに知らせにくるようにする事を忘れるな。では、合宿を開始する。」
監督の先生の合図で合宿が開始された。
チームは全部で5名。
護衛の数は含めないがリュシュランは彼らのリーダーとして今日から共に過ごす事になる。
始めての事に不安もあるが暫く行動を共にする相手を知ろうとリュシュランは全員の顔を見渡した。
もちろんそれは王族であっても変わらない。
リュシュラン王子は暗くなった広い部屋の中でベッドに転がって考え事をしていた。
護衛として着いて来ているナイルズはリュシュランの部屋の扉の前で待機している。
常に張り付かれている護衛が目の前に居ないというだけでリュシュランはほっと息をついた。
ベッドの上で考えていたのは彼らの言葉。
シルフィールやフェルトは自分が記憶をなくす前の私を知っている。
それぞれの言葉を何度も自分の中で反芻するリュシュラン。
しかし何度その言葉を思い返してもそういった事を思い出すことはない。
ただ切なさがリュシュランの心に広がるだけだった。
記憶を失うきっかけさえ教えて貰うことができないリュシュランは、以前の自分を知る彼らだけが記憶を取り戻す希望であろうと考えていた。
だが、きっと私の周囲の者はそれを望んで居ないのだろうとも理解している。
ぽっかりと空いた心の穴、それは今のリュシュランそのものであるように感じた。
ふと周囲の魔力が動いた事に気がついたリュシュランはふと窓の方に目を向けた。
音もなく窓を開いて入ってきた人物を見てリュシュランは一瞬警戒をするが、かろうじて知り合いであろうその人物の動向を見定める事にした。
ベッドから身を起こして相手と対峙するリュシュラン。
「こんばんは、シュラ様。いや、今はリュシュラン殿下とお呼びした方が良いのでしょうね。」
「ルイス・シュバリエ…。」
名を呟いたリュシュランに柔らかな笑みを浮かべるルイス。
まるで隔絶された空間に居るような魔力に包まれてリュシュランは僅かに眉を顰めた。
「危険はありません。会話を聞かれたくなかったもので。」
「分かった。それで、私に何の用でしょうか。このような訪問をしなければならないほどの事でも?」
「ふふ。このような形になったのはお詫びいたします。ただ、きっと貴方に会うにはこうする他に方法は無かったでしょうが。」
くすりと笑うルイスはリュシュランの傍に歩み寄る。
「あぁ、用事って程の事はありません。言ってみれば殿下の様子見と寝物語でもと。」
「はい?」
思わず聞き返すリュシュランはルイスの顔を見上げる。
「私は物語を聞かねば寝られない程の幼い子供では無いぞ。」
「存じて居ます。ただ、私が貴方に聞かせたいだけなのです。かつてシュランガルムを従えて盗賊を率いていたとある義賊の話を。」
「………用が無いなら私は寝るぞ。」
「構いませんよ。さて、この話は今から8年も前の事。かつてアルテンという街に一人の少年が母と二人で住んでいました。少年は黒い髪に金の瞳を持っていました。母親は美人でかつては優雅な貴族の出の女性でした。」
ごろりとルイスと反対の方向を向いてベッドに横たわるリュシュラン。
相手に自分を害する気が無いのはすぐに分かった。
それにルイスは自分の恩人でもあるらしいし、彼女の言葉もある。
だから無防備にも背を向けて彼の言葉に耳を傾けながら眠りについた。
――――…
程なくして眠りについたリュシュランの横顔を見てからルイスはそっとその場を去った。
その日からルイスとリュシュランの夜の邂逅が続いていく。
少しずつルイスの知るシュラの姿をリュシュランに聞かせる。
ルイスにはリュシュランの記憶を取り戻す方法など持ってはいない。
だからこうして、寝物語として彼に聞かせる他になかった。
少しでも記憶が戻る助けになればと願いを込めて。
だが、すぐに効果が出るわけではない。
シュラの事や仲間たちの事。
ルイスの知りえる限りの事をリュシュランに聞かせていく。
話は次第に男爵の馬車を救った事や王女の事に繋がっていく。
リュシュランは聞いた物語からシュラと呼ばれている者が自分であったのかと漠然と考えるようになっていた。
ルイス自身が私をシュラ様と呼ぶ。
なにより男爵や王女の言葉と合致するその話はリュシュランが真実の可能性として受け止めるには十分だった。
ルイスがリュシュランとこうして会う事ができるようになったのは学院に入ってからだ。
城には忍び込むような隙などそうそうありはしない。
ルイスから様々な話を聞いたリュシュランだったが、それを真実だと認めたとしても記憶が戻るような事はなかった。
「そんなに悲しそうな顔をしないでシュラ様。」
「だが…。」
「いいんです。こんな事でシュラ様を取り戻せるとは思って居ませんでしたから。」
「すまない。色々と聞いたが思い出すことはできなかった。」
「私が勝手に聞かせた事。リュシュラン殿下が思い悩む事ではありませんよ。」
ルイスはリュシュランの頭を優しく撫でる。
16にもなってという気分が沸き起こるがなぜかルイスであれば許せるような気がしてされるがままになっている。
「そういえば、もうすぐ学院の合宿に出られるのでしたね。」
「そう。確か深遠の森で5日程の予定だったと思うが。」
「魔物と対峙する事になりますね。どうかリュシュラン殿下、お気をつけて。」
「ありがとう。ルイス。」
最近では過去の話もするがリュシュランの学校生活の話をすることも増えてきた。
まるでリュシュランにとって兄のような存在にルイスはなっていた。
かつてシュラが同じように感じていたなど知りはしないが、リュシュランは自然とそれを受け入れていた。
――――…
程なくしてリュシュランたち学生は深遠の森へと合宿へ向かう事になった。
馬車での移動で行列ができる。
移動だけでも結構な距離がある。
ぞろぞろと護衛の者たちを周りに付けて馬車はゆっくりと進んでいく。
整地された道ばかりではないので、がたごとと揺られながら進んでいくが、時折馬車が止まるのは魔物が街道に出てきたからであろう。
そんな道を進みながら深遠の森へと進む。
到着するとそこから更に5日間のサバイバル生活を行い、魔物との戦闘という実戦経験を積むのが今回の合宿での目的だ。
もちろん、食料や水は基本現地調達。
持ち込むのは精々塩やいくつかのパンと干し肉は最低限持っていくがそれだけでは5日は厳しいだろう。
学院で学ぶのは読み書き計算といった学問だけではない。
こうした実技も必要な科目なのだ。
いくつかのチームに分かれて森の中で生活する。
リュシュランの周りには護衛が付くが、基本的に実習で手助けする事は無い。
あくまで彼らは護衛なのだから。
そんなリュシュランのチームには隣国フレイン王国の第七王女シルフィール・フレイン・ウェスリーとシトリー男爵家次男のフェルトそして有力貴族の子弟が混じるが彼らはリュシュラン自身よりも王族であるという権威が目当ての者たちだ。
全員がそうとは限らないがそういった者であってもリュシュランは必要であれば上手く使わなければならない。
将来の練習がてらこうして学院に放り込まれたのだ。
そういった輩の扱いも学ぶべきなのだろう。
森の中は鬱蒼として手入れなどされていない。
深遠の森とはよく言ったものだ。
暗い森の中を進んでいくと開けた場所に出る。
ここが今回合宿の基点となる場所だ。
5日のサバイバルを終えて集合場所として扱う以外にも学院の監督として来ている先生方が拠点とする場所でもある。
全員が馬車から荷物を降ろして集合する。
「これより、白銀学院恒例である行事、深遠の森合宿を行う。各自チームに分かれてこれから5日間のサバイバルを実施する。森の中には魔物も居る。決して油断することなく無事に合宿を終える事が諸君の課題である。なにか異常があればこちらに知らせにくるようにする事を忘れるな。では、合宿を開始する。」
監督の先生の合図で合宿が開始された。
チームは全部で5名。
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始めての事に不安もあるが暫く行動を共にする相手を知ろうとリュシュランは全員の顔を見渡した。
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