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竜の血脈―黒狼盗賊団の頭―

叶 望

018 王女の恋

 その日王都は祭りのように賑わっていた。
 王女の乗る馬車がゆっくりと王都の街を進む。
 音楽が鳴り響き、着飾った護衛の騎士が馬車を囲んでいる。
 それを見る人々は道の端に寄っており人々の列がまるで道を作って居るようにも見えた。


 王都でフレイン王国の王女を向かえその賑わいが最高潮に達しようとした頃、ある集団の狂気がそれを壊そうと動き出す。
 王都に聳える城へ向かって馬車は進む。
 王女は窓から手を振りながら道行く人々を微笑みながら見ていた。
 まだ15歳になったばかりで可憐さとあどけなさが残っている。
 その少女の持つ色は白銀であり、さらりと背中に延びた髪は絹糸のように柔らかそうに見える。紅玉の瞳は白銀の髪と相まって作り物めいた美しさも併せ持つ。
 だが、少女の柔らかな笑みが美しさだけでなく優しさも現していた。
 その馬車からも城がだんだんと大きく見えてきた頃、目深にフードを被り黒いローブを着た男が屋根の上に姿を現す。
 そしてパレードを見守る人々が顔を上げた時には、弓を引き絞って矢を放つ姿だった。
 一陣の風のように矢はまっすぐ馬車に乗る王女へと飛んでいく。
 突然の出来事に騎士たちも対応ができなかった。
 そんな中動けたのはただ一人の少年。
 シュラはルイの制止を聞かずに飛び出した。
 矢が馬車の中に届くかと思われた瞬間には、矢を手で握り取ったシュラの姿があった。
 だが、勢い良く飛び出したシュラはその力を殺しきれずにそのまま馬車へと激突した。


「うぐっ…。」


 声をあげたのは一瞬。
 すぐさま受身を取って立ち上がった。
 当然馬車は止まっており、驚きに固まる護衛と街の人々。


「追え!」


 シュラの鋭い声で黒狼盗賊団の面々が、黒いローブの男たちを追いかける。
 ルイ以外の全員がその場を離れ追跡に掛かる。
 追いかけたのを見届けてシュラはすぐさまその場を離れようとしたが、護衛たちの向けた剣で身動きが取れない。
 ゆっくりと馬車の扉が開かれて中からフレイン王国第七王女であるシルフィールが姿を現した。
 馬車の中から侍女らしき女性が声をあげている辺り、止めようとして失敗したらしい。
 突然飛び出して来た身元の分からない少年に接近を許すなどあってはならない。


「剣を下げて差し上げて。彼は私の命を守ってくれた恩人ですよ。」


 その声を聞いて騎士たちがしぶしぶ剣を下げていく。
 シュラは剣が下げられたと分かってほっと一息を付いて声の主を振り返った。
 その瞬間騒がしい王都の音が全く聞こえないくらいシュラとシルフィール王女の間に不可思議な衝撃が走った。
 じっと互いを見つめあう二人。
 まるで世界中の音が消えたように感じる。
 静寂の中、二人しか存在しない空間が出来上がっていた。
 その様子に王都の人々は沸いた。
 歓声が響き渡り冷やかしの声が飛ぶ。


「シュラ様!」


 焦ったようなルイの声にはっと自分の状況を思い出したシュラは手に持っていた矢を確認して護衛に渡す。


「毒が塗られている。気を付けて扱ってください。」


 矢を渡して手ぶらになったシュラは再びシルフィール王女に向き合う。
 王女の瞳は揺れていた。
 シュラの瞳もまた王女の姿を見ると目を逸らせなくなる。
 だが、それを振りほどいてシルフィール王女の手をそっと持ち上げるとその手に軽いキスを落とした。
 だがシュラは自分でもなぜそんな事をしたのか分かって居ない。


「怪我が無くて良かった。」


「ありがとうございます。あの…。」


 頬を赤く染めて言葉を告げる王女。
 だが、その言葉は一瞬詰まった様子で王女は潤んだ瞳でシュラの顔を見上げた。
 その時の表情は自分に無い物を持つ者への羨望の眼差し。


「とっても綺麗な黒髪。それに金の瞳もまるで宝石みたいね。」


 びくりとシュラの肩が震える。
 だが、シルフィール王女は自分が何を告げたのか理解していないようだった。


「黒髪?金髪だろう。」


「青い瞳が金色?王女様は何を言っているんだ。」


「黒髪、金の瞳って今王都で賞金をかけられている探し人と一緒じゃないか?」


 様々な声が周囲から上がる。
 その声に我に返った騎士団がシュラを拘束しようと手が伸びる。
 だが、その瞬間まばゆい光が騎士たちの目を眩ます。
 そして騎士の手が伸びるよりも一足速くシュラは地を蹴りあげてその場から離脱した。
 トンと音を立てて屋根に飛び上がると唖然とする人々を背にそのまま駆けて姿を消し去った。追いかけて路地に入るルイと合流する。


「一体何があったのですかシュラ様。」


「分からない。ルイ、俺の姿は今どんなだ?」


「金の髪に青い瞳です。」


「………見破られた。」


「なっ!見破られたですって?」


「うん。何でか分からないけど彼女には俺の本当の姿が見えていたらしい。」


「それは驚きますね。」


「だろ?でも変な感じだ。なんでだろう…彼女の傍を離れたのに、今も傍にいるみたいな感覚がある。」


「それは…。」


 その奇妙な感覚が何なのかルイには検討が付かなかった。
 だが、フレイン王国の王女が相手だ。
 何か特別な力があっても不思議ではない。
 それに一度は封じ込めたシュラの出自に関する考えが一瞬頭を過ぎる。
 もしシュラが王族であれば、互いに不思議な力を感知してもおかしくないからだ。
 走って仲間の元へ向かうシュラ達は王都の外れで合流した。


「すみませんシュラ様、逃げられました。」


「そうか。仕方が無いさ。今回はなんとも無かったんだ。無理に追う必要はないだろう。」


 そう言ってその場を離れる。
 シュラは王都で様々な者たちにその姿を目にされている。
 しばらくは身を隠した方が良いだろうと考えた。
 大勢の者たちの目撃証言と共にシュラの情報は城へと伝わった。
 光の魔法を使った時点でシュラと呼ばれた少年が行方不明になっている第五王子であろう事は見当が付く。
 今も王都に居ることが分かったのだ。
 すぐに街中を騎士によって探させたが見付ける事は出来なかった。
 それに髪の色だけではなく瞳の色さえ変えて見せたのだ。
 捜索が困難であることは明白だった。
 結局その少年は見つかる事も無かったが、捜査の手を緩める事は無い。
 ナイルズも王都で見つかったと知らせを受けて王都の街へ繰り出している。
 だが、今はまだ手掛かりさえ掴めないままだった。


――――…


 城へと着いた王女はライアックの国王と謁見を終えて、与えられた部屋でエマと共に荷を解いていた。
 ライアック王国の侍女たちも手伝ってくれたのでかなり速く荷物が片付く。
 自国との格差に少し悲しみを感じつつもシルフィールは昼間の事が忘れられずに窓から外ばかり見ていた。


「シルフィール様、もしかしなくても恋ですか?」


「分からない。でもあの方にもう一度逢いたい。変なの。私…彼とこうして離れているのにまるで傍にいるみたいで。」


「彼がシルフィール様のお相手となる殿方なのでしょうか。」


「どうかしら。でも彼の事を思うと胸の奥が疼くの。今すぐにでも会いにいきたい。これが番と出会った証なのかしら。」


「番がどういうものかは私には分かりませんが、シルフィール様が恋をしたという事は分かります。ですが、彼は探し人として懸賞金をかけられているような人物です。一体何をしてそうなっているのでしょうね。」


「だれも知らないって言っていたわね。生け捕りで情報だけでもお金を出すなんてよっぽど悪い事でもしたのかしら?」


「ともかく普通に会うことは難しそうですね。」


「会うだけなら…できるかも。」


「え?」


「彼がどこに居るのか、なんとなく分かる気がするの。」


「そんな事まで分かるのですか?」


「もう一度会えればはっきりすると思うのだけど。」


「ですが、危険すぎます。」


「分かっているわ。でも私、この気持ちを止められない。エマ、私きっと彼に恋をした。彼以外なんて考えられないの。」


 まるで惹きあうように互いの存在を感じる。
 シュラもシルフィールもこの時同じ様に互いの事を考えていた。
 そして、その想いはどんどんと強くなる。
 だがシュラはその想いを感じながらも相手を考えると手に入らないものとして割り切る事にした。
 しかし二人は再び出会う事になる。
 それも思いがけない場所で見えることなどこの時は考えもしなかったのだった。



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