竜の血脈―黒狼盗賊団の頭―

叶 望

016 第三騎士団

 ルイが嘗て所属していた第三騎士団は王都の警備が主な任務になっていた。
 外に出るからこそ他者との接触がしやすい。
 その為、王都の警備は基本チームを組んで行うようになっていた。
 だが、何事にも例外と抜け穴というものはある。
 ルイを嵌めて今も第三騎士団に所属し、今では隊長にまで登り詰めた男が居た。
 グレル・アレイシス。
 アレイシス伯爵家の三男であり、ルイの腕に傷を付けた人物でもある。
 そして不正を行っていた張本人であり、それを悟られないよう上手く誤魔化し続け、ルイを貶めたのもその男だった。
 今では止める者も居なくなって以前よりもやり口が大胆になってきている。
 そしてその危険性に気付く事もないままに、グレルは堂々とそれを続けていた。


「良いんですかい旦那、お仕事中じゃなかったですかい?」


「ふん、変わりの者を用意しているし問題ないさ。それに隊長の俺に文句を付けるような部下はいねぇよ。」


「さすが準備の良い事で。それで、例の金は用意出来ているので?」


「あぁ、これだ。」


 グレルは懐から金の入った袋を取り出すと相手の男に渡す。
 その金は騎士団の活動資金からくすねたもの。
 帳簿は改竄されており、警備で使用した事になっていた。
 この国では領収書などの証明出来る物を発行する所は少ない。
 だからこそこのようなやり口が横行しているとも言えるのだが。
 店には帳簿はあるので調べれば当然バレる。
 だがそれに気付かなければ調べようもない事なのだ。
 以前は別の者を使っていた。
 だからこそ、ルイを嵌めて罪を擦り付ける事が出来たのだ。
 グレルはアレイシス家の息の掛かったこの店を経由する事で金を実家に移すことができている。
 この店である程度金が溜まるとそれを本家に届けるようになっていた。
 そしてその金は伯爵家の隠し財産として秘密裏に扱われるのだ。
 三男という微妙な生まれのグレルはこうして家に必要とされることで自分の居場所をなんとか繋ぎとめていた。
 元々野心の強い男だ。
 グレルはいずれ伯爵家さえも自分の思い通りに動かせるようになれば…そんな事さえも考えるようになっていた。
 そして敵が居なくなった事で何年もこうしてやってきたグレルはいつしか警戒するレベルが下がっていることに気付いて居ない。
 彼らのやり取りをじっと見つめる眼があったが、それに気が付くことも無かった。


――――…


「騎士の風上にも置けない男だな。」


「全くです。あんな隙だらけの状態の奴に嵌められたなんて…今更ながら悔しいですね。」


 店の向こう側で繰り広げられるやり取りを見ていたシュラは呆れたように呟いた。
 その言葉は決して返事を求めたものではなかったが、ルイが苦々しい表情でシュラの言葉に応えた。
 かつては友と呼んだ男。
 グレル・アレイシスはルイにとって騎士団での同期であり、苦楽を共に過ごした仲間だった。
 部屋も同室だったので気心も知れた仲だったのだ。
 だが、そう感じていたのはルイだけだったらしい。
 あの日ルイがグレルを頼った事こそ間違いだったのだ。
 ある店で騎士団の活動資金の一部を第三騎士団のある男が受け渡している事を突き止めたルイはその現場にグレルを伴って抑えようとしたのだ。
 だが、後ろから切りつけられてそれは失敗に終わった。
 友だと思っていた男はルイの反撃で逃げ出した。
 現場で金のやり取りをしていた男を何とか討つことに成功はしたのだが、毒の回った体ではその店から抜け出しただけでも力尽きてしまった。
 貴族であり、騎士で無ければあのまま野垂れ死んでいただろう。
 だが、結局命は助かったがやっても居ない罪を被されて罪人として魔力も封じられた。
 王都を追放されたうえに家からも捨てられたのだ。
 だが、こうして戻ってきた。
 ルイはシュラの計らいでかつての仇敵に復讐する機会を得たのだ。
 命を取るつもりは無い。
 だが、今まで奪われてきた騎士団の活動資金はきっちりと返してもらうつもりだ。
 そして罪を明かし、自身のかつての冤罪を晴らすことが出来れば幸いだ。
 だが、今は盗賊をやっているルイにとっては復讐が成功するだけでも十分な事だと感じていた。
 とにかく今は情報を集めることだ。
 金をどこに隠しているのか。
 それを突き止めて今まで盗んだ金がいくらあるのかをしっかりと調べる必要があるのだ。
 それをやらなければ、これまでの努力もただの盗人と変わらない扱いになってしまう。
 名前も大して広がっていない黒狼盗賊団ではあるが、その活動への意識は普通の盗賊とは全くと言って良い程違っていた。


――――…


 王都に来てから3月が経とうとしていた。
 その間、シュラ達一行はグレル・アレイシスとアレイシス伯爵家の息の掛かった店と伯爵家と3つの場所で調べを進めてきた。
 そしてとうとう隠し財産の場所を突き止める事もとっくの昔に終えていた。
 何を待っていたのかと言うと資金を移し終えるのを待っていたのだ。
 金を手元に置いている間は油断する事は無いだろう。
 だが、一度自分の手元から離れた金の行方など意識するはずは無い。
 そこを狙ったのだ。
 移し終えた次の日の夜、闇に紛れて黒狼盗賊団はアレイシス伯爵家の隠し財産をこっそりと頂戴する事に成功した。
 だが、今回の目的は盗まれ続けた騎士団の活動資金を取り返すという目的だけではない。
 ルイの復讐も兼ねているのだ。
 こっそり頂戴するだけで終わらせる気など到底無かった。
 ルイ。かつての名はルイス・シュバリエ。
 シュバリエ家から追放されて以降、ただのルイとして生きてきた。
 今宵だけはルイスとしてかつての友であった男グレルに引導を渡すため、わざと盗んだ事を披露しに騎士団の宿舎へやって来ていた。
 グレルの部屋は当の昔に調べ上げている。
 部屋の明かりはすでに消えており、当人はベッドでぐっすりと眠っている。
 その部屋の窓に手をかけてルイスはわざと窓のガラスを壊して部屋へと侵入した。
 流石にガラスの割れる音で眼を覚ましたグレルはすぐさま臨戦態勢を取っていた。
 だが、現れた人物を見て目を瞬く。


「お前はルイス…なぜここに。いや、どうやってここに来た!」


 グレルの部屋は3階にある。
 当然外にロープなんて掛かっていない。
 グレルの顔には有り得ないという表情がありありと出ていた。


「お久しぶりですね、グレル。お元気でしたか?」


 のんきに挨拶するルイス。
 しかし窓が破られた音で外が騒がしくなって来ていた。


「ルイス、お前は王都を追われたはず。この街にはいる事さえ出来ないはずだ。」


「挨拶もなしですか。この場所にはもちろん魔法を使って来ましたよ?どうやって入ってきたかですが、当然変装してに決まっています。そして、ここに来た理由はグレル…貴方が一番理解しているはずだ。」


「馬鹿な、魔法だと?いや、右腕も…治っているのか。どうやって。」


 ぶつぶつと呟いていたグレルだったが、じろりとルイスを睨んだ。
 そして、剣を抜いてルイスに襲いかかる。


「どちらにしても賊が相手だ。遠慮はしない。さっさとお縄に付くが良い。」


 だが、その剣は簡単に弾かれて手から零れ落ちた。


「その程度で隊長だなんてお笑い種ですね。汚い手を使ってその地位を得て来たのでしょうが、それも今日まで。」


 ルイスがじりじりとグレルとの距離を詰める。
 グレルは有り得ないと言う表情でルイスを見上げていた。


「な、何が望みだ。」


「生憎と貴方にお願いする事なんて1つもありませんよ。すでに色々と終えて来た後ですし。」


「終えて来ただと?」


「えぇ。貴方が今まで盗んでいた第三騎士団の活動資金はきっちりと回収させて貰いましたよ。そして貴方が関与していた証拠と共にすでに第一騎士団に渡っている頃でしょう。」


「なんだと?馬鹿な…。」


 騒がしかった回廊に新たな声が加わる。


「グレル・アレイシス、ここを開けろ!第一騎士団の調査で来た。すぐに開けない場合は強制的に入らせてもらう。」


 グレルはその言葉に青ざめている。
 そしてルイスは言いたい事は言い終えたとばかりに窓から飛び降りた。
 だが、下には多くの騎士が待ち構えている。
 しかし、ルイスがそこに到達する事は無かった。
 階段のように宙を走りその場から逃げ去っていく。
 その姿は宙で消え去った。
 まるで亡霊のように消えるルイスを見たグレルは今度こそ腰を抜かして失神したのだった。



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