鈴蘭には毒がある-見た目に騙されてはいけません-

叶 望

スラム街の子供たち



 マドックと呼ばれた男がハルを怒鳴りつけている横で、エマと顔を見合わせてその説教が終わるのを待っていたリリーナ。


 そのリリーナに気が付いたマドックはリリーナの姿を見て呆気に取られた。
 どう見ても良いところのお嬢さんだ。
 こんな場所にはあまりに不釣合いな少女。


 エマがハルを助けてくれたと言う事をマドックに説明すると、マドックは大きくため息を付いた。


「すまなかったなお嬢様。ハルが迷惑をかけたみたいで。」


「いえ、構いませんわ。」


「どこかのご息女だと思うのですが、ここは危険ですからすぐに帰られたほうがいい。」


 マドックはリリーナにそう告げるがここまで付いてきたのだ。
 せっかくなのでリリーナは試してみたい事を実践するために口を開いた。


「ねぇ貴方、お料理はできるかしら?」


「はっ?」


 マドックはぽかんと口を開けてリリーナを見つめた。


「お姉ちゃん私、お料理できるよ!」


 エマがリリーナにぴょんぴょんと飛び跳ねてアピールしている。
 そんなエマににっこりと微笑むとリリーナはエマに視線を合わせてお願いをした。


「じゃあ、エマちゃん私にお料理を教えてくれる?」


「いいよ!」


「ま、待ってくれ!なんでお嬢様が料理なんて……。」


「ドロップのお肉が気になってしまって。」


「ど、ドロップ?」


「えぇ。ダンジョンで手に入れたお肉が大量にあるのですが、私お料理なんてした事がないのです。」


「だからって使用人がいるのでは?」


「家には内緒にしておりますの。だからこうしてお願いしているのですわ。」


 ふわりと微笑むリリーナに頭を抱えるマドック。
 だがマドックが頭を悩ませるのはこれだけではすまなかった。


「な、なんでモームの肉がこんなに大量にあるんだ!」


「ですからドロップだと申し上げたじゃありませんか。」


「ありえない。熟練の冒険者だってこんなに集められないぞ。」


「でもここに実際にあるではありませんか。ほら、エマちゃん早くお料理教えてくださいませ。」


「うん。リリーナお姉ちゃんって凄いんだね。」


 ぽやぽやと和やかに会話をしながら料理をするリリーナとエマを見て、マドックとハルは呆然として固まっている。


「なぁ、マドックさん。俺って実はすんごい人に助けられたんだな。」


「いや、凄いってレベルの話じゃないだろこれは。」


「てか、あの量のお肉俺たちでも食べきれないよ。」


「そうだな。」


「では加工して販売したら良いではありませんか。」


「え?」


 いきなり会話に入り込んできたリリーナにハルは首を傾げる。


「私ドロップを持ち余しておりますの。だから貴方たちがこれを加工して上手く売り捌いたらどうかしら。」


「いいのか?」


 マドックさんがリリーナに問うが、リリーナは一瞬キョトンとした表情になるがすぐに頷いた。


「お料理を教えて貰う対価ということで如何かしら。」


「ありがたいが、なんでそこまで?」


「私にとってお料理を学ぶということはこのお肉と同じだけの価値があるということですわ。」


 ドロップの山を見上げるリリーナにとってこの量を提供するのはたいした事ではない。
 ダンジョンではいくらでも魔物が沸きだすのでダンジョン自身が討伐されない限りは困る事もない。


 それに魔法で一気に殲滅できるリリーナは大した労力もかけていないのだ。


 あくまで貴族である彼女にとって遊びの一つなのだから。


 その日からエマに教えてもらうお料理と肉の加工販売のためにリリーナは知恵を貸すことになる。
 いつしかスラムの者たちを巻き込んでリリーナ達は一つの商会を立ち上げた。
 商会の主はマドックだ。


 その上でリリーナは子供たちに計算や文字を教えるという役をいつの間にかこなすようになっていた。
 平民は読み書きが出来るだけでも一目置かれる。
 それを知ったのはこうして彼らに触れ合ったおかげだ。
 リリーナは平民の暮らしぶりなど知らなかった。


 だからここで知る事成すこと初めてがほとんどだ。


 リリーナはそんな発見の一つ一つを楽しんでいた。


――――…


 リリーナの与えた肉を使って商会を立ち上げたマドックは、リリーナ頼りの状況に甘んじる事はなく、しっかりと自分達だけでも商会が成り立つように販路を広げていく。
 迷宮のドロップに頼り切ればリリーナが居なくなっただけで立ち居かなくなる。


 せっかくリリーナが与えてくれたチャンスを無駄にする事だけはしたくなかった。
 リリーナは各地の産物を地図に書きこんでいる。
 それを元に商品の開発を始めてしっかりと商売に組み込んで行った。


 王都のスラムは少しずつスラムという状況から脱しようとしていた。
 それに多くの人間が感謝してリリーナの恥にならないようにと一丸となって活動を始めたのだ。


 リリーナはスラムでの救世主と化していた。


――――…


 リリーナがその日もエマに料理を教えてもらうために王都へと足を運んでいた。
 街での歩き方も様になって来たリリーナはスラムの方へと足を伸ばす。
 暗い路地はすでに見慣れてしまっている。


 だが、一つだけ違ったのは路地に少年が明らかにゴロツキの類と分かる男たちに追い詰められそうになって居たことだろうか。


 リリーナは走って少年の手を掴んでその場から逃げ出す。
 追いかけてくる男たちをすでに把握している裏路地の迷路を使って撒いていく。
 上手く撒いてからいつもの場所に辿り着いた。


 肩で息をしながらリリーナは少年を見つめる。
 金の髪は艶があり、青い瞳は澄んだ海のように美しい。
 上質な服を着ている事から彼も高貴な身の上であろう事は想像が付く。
 恐らく年も近いはずだ。


 12歳のリリーナは社交界に出て居ない。


 だから貴族の子弟のことなど頭に入っていないので相手が誰かは分からない。
 知ったところで会う事もきっとないだろう。
 リリーナはそう割り切って接する事に決めた。


「あ、リリーナお姉ちゃん。あれ、その子どうしたの?」


「エマ…彼はえっと私の知り合いです。今日は一緒に来てしまったの。駄目かしら。」


「ううん、大丈夫。でもお兄ちゃんをこんなとこ勝手に連れてきて良いの?」


「少しだけだから大丈夫よ…多分。」


 男たちに追われるよりもマシだろう。


 リリーナは名も知らぬ少年をとりあえず連れてマドックの家に入った。
 いつも通り料理をエマに習って一人分料理が増える事になったが構わずに作る。
 そして料理を堪能していると慌しくハルが戻ってきた。


「大変だリリーナ姉ちゃん。マドックさんが。」


「何があったの?」


「男爵家の次男だって男が俺たちの商会に乗り込んできて従えって。マドックさん抵抗して大怪我したんだ。」


「それで、何処にいるの?」


「部屋に運んだ。どうしよう。リリーナ姉ちゃんマドックさん死んじゃうよ。」


「案内なさい。」


 ハルに連れられてマドックの部屋に入ると、血の臭いが充満していた。
 辛うじて応急処置を施したらしいマドックは苦しそうにこちらを見た。


「ハル、他に怪我人は?」


「マドックさんが庇ってくれて怪我はないよ。」


「そう。良かった。」


 リリーナはマドックの怪我の具合を確認するために近くへと寄った。


「すまないお嬢様。こんな無様を晒してしまって。」


「しゃべらないで、傷を見せてくれる?」


 包帯を外して傷を確認する。
 明らかに剣で切り付けられた後があり、未だ血が止まらずに流れている。
 リリーナはマドックの状態を確認するべく魔力を使った。
 ふわりと温かな魔力がマドックを包む。


「な、何が。」


 そしてリリーナが小さく『ヒール』を唱える。
 温かな光がマドックを包み、受けた傷を修復する。
 光が消える頃には傷一つ残らずに消えていた。


「へっ?」


「もう大丈夫。」


 リリーナは無事にマドックの治療を終えてニッコリと微笑んだ。


 その後ろで金の髪を持つ少年が目を見張ってリリーナを見つめていたが、リリーナはそれに気が付かなかった。



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