崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望

ダンジョンに挑む

 様々な薬草が並ぶ調合室でリーフィアことリディはジョシュアとリックにあるモノを披露していた。
 ふわりと魔力で出来た鳥が宙を飛ぶ。
 その鳥の後をキラキラと魔力の軌跡が舞って幻想的な空間を演出している。


「わぁ、綺麗だねリディ。」


「ふふ。魔力操作の練習をしていたら出来るようになったのです。」


「すごいですね。リー…リディ様。」


 リックは未だにリディと言う名に慣れないらしく、名前を呼ぶ度にしょっちゅうつっかえている。


「僕もできるようになりますか?」


「ジョーならすぐだよ。魔力を全身囲ったり、一部だけに集中させたりできるようになったらこういった物の形を作る練習。まぁ、体全体に魔力を纏えるようになっているととっさの時に防御代わりになったりするからきっと役に立つよ?」


「僕、練習してみます。」


「あ、リックも練習するんだよ!」


「わ、分かりました。」


「じゃ、ジョシュアとどっちが早くできるようになるか競争だね。」


「楽しそうです!負けませんよリックさん。」


「えっと、俺も頑張りますね。」


 ジョシュアはともかくリックには何れ冒険に連れまわしたりする予定があるので早めに身に着けて貰いたい技能だ。
 競争相手が居ればきっと身に着けるのも早いはず。
 私はこれと同じやり取りをエドとルイスとも行っている。魔力を纏っていれば身体の強度も自然と上がるし多少の怪我の予防にもなる。
 少しでも安全に過ごせるようにと工夫を凝らした結果がこの手品のような魔力操作だ。
 ちなみに、現在宮廷魔法使いのリューイ様とカイルも訓練している。
 魔力操作が魔法を使う上で重要だと言う事に気がついた為だ。
 だが、大人は身に着けるのがかなり大変らしい。クリステル達が随分と苦労しているからだ。柔軟性のある子供の方がやはり身に付くのは早いらしい。
 何せ家族であるカイン兄様やミリーナ姉様、エルン兄様も上手にできるようになってきているからだ。
 そういった訓練を少しずつ指導しつつ、私はとうとう念願のダンジョンに足を踏み入れる事になった。
 ダンジョンもしくは迷宮、神の試練。様々な呼び方があるこの場所は不思議な空間と言っても過言ではないだろう。
 なぜなら、ダンジョン内で死んでも復活できるのだ。死んだ瞬間に体が復活の間と呼ばれる場所に移動しているらしい。
 らしいというのは、実際に試した事がないため分からないという単純な理由からだが、探索する者の多くはその恩恵を受けていると言う。
 ただし、復活は出来るが荷物は手元に戻らないため、慌てて取りに戻るも奪われた後だったというのはざらだ。
 そして、ダンジョンに入るには探索ギルドへ加入する必要がある。
 冒険者と違って命の危険が少ない分登録しているものは多い。ただ、探索者の実の入りが良いかと言うと微妙だ。
 ダンジョンの中で死ぬ事はない反面、ダンジョンの魔物も死んだら消える。
 稀にドロップを落とすが、その確率は10回中1回出るかでないかという微妙なものだ。
 だが、それでも探索者が後を絶たないのは理由がある。お宝だ。
 ダンジョンには稀に宝箱が出現する。
 その中にある物はポーションだったり、宝石だったり武器や防具だったり、お金だったりする事もある。
 そしてもう一つ特徴がある。
 それは、ダンジョン内に入ると魔力が少しずつ吸われるという事。どうやらダンジョンは魔力を吸って成長しているらしい。
 そしてダンジョンの魔物は実体がないので外に出てくる事は少ない。少ないというのは稀に実体化して外に飛び出す事があるからだ。
 原因はダンジョンの外にある物を摂取する事で実体を得た為だ。
 まるで食べ物を口にしたらその世界の住人になるというまるで黄泉の世界の話のような現象だが、実際に起こっていて実験もされて確証がある。
 なので、稀にダンジョン内でも消えずに死体が残る場合があるので、その時は解体して持って帰ることが出来る。
 ちなみに、死体は放っておくとダンジョンが吸収するらしい。
 成長を続けるダンジョンは稀に出現する。もちろんダンジョンを討伐する事も可能だ。ダンジョンコアと呼ばれる核を破壊するとそのダンジョンは崩壊する。
 しかし、長い間力を蓄えたダンジョンは階層すら不明で討伐が現実的に不可能と言われる場所もある。
 そういったダンジョンを管理しているのが探索者ギルド。
 出来たばかりのダンジョンを攻略して破壊の依頼を出すのもそこだ。


「探索者ギルドへようこそ。ご用件を承ります。」


「あの、登録をお願いします。」


「では、こちらに記入をお願いします。」


 探索者ギルドで必要事項を記入して登録する。
 ちなみに今回はアシュレイの姿で来ている。受付をして探索者ギルドの証である銀色のタグを受け取る。
 これも冒険者ギルドと似たようなものだ。
 探索者ギルドでの説明を聞くとこれもまた大差はない。探索者同士のいざこざには関与しないとか、命の危険があるとか、素材は買取できますよとかそういった事だ。
 内容を確認してからダンジョンへ向かう。
 ダンジョン前ではタグを確認されて誰が入っているのかチェックがされている。
 もちろん何日も戻らない場合もあるが、死ぬ事はないため単純に誰が入っているのかの確認だろう。
 中は洞窟になっていた。きちんと触れる事もできる。
 採掘すると偶に鉱石や宝石が出るらしい。それを目的にしているものも当然居る。
 階層は深くなればなるほど魔物も強くなる。
 そしてドロップ品はスライムを倒すと薬草が出たり、ゴブリンだと干し肉が出たりと意味が分からないものもある。
 魔物と出るドロップは関連性がないのかと言うとそういう訳でもないらしい。
 オークを倒すとオークの肩ロースが出たとか、バラ肉がでたとか部位ごとに出る事もあるようだ。
 スケルトンを倒すとなぜか錆びた剣が出たなんて事もあるそうだ。
 ドロップ品も出るものは何種類かあってレアな物もあるそうだ。
 明らかにゲームっぽい仕様だが、そういえばこの世界もゲームのような世界だったと思い直した。


 探索者ギルドではランクではなく、階層によってクラス分けされている。
 ただし、クラスといっても冒険者ギルドのように多くはない。
 下位、中位、上位の3つのランクだ。下位は1階層から30階層くらいまでの探索者のこと。中位は31階層から70階層までの探索者、上位はそれ以上の探索者だ。
 また、10階層ごとにボス部屋があって、それを乗り越えなければ次の階層には進めない仕掛けになっている。
 そして、10階層ごとにポータルと呼ばれる移動手段があり、一度踏み入れたことが条件ではあるが10階層ごとに移動が可能だ。
 ちなみに1階層から30階層に出てくる魔物はスライム、ゴブリン、ウルフ、コボルト、オーク、トレント、キラービー、スケルトンといった定番の魔物だ。
 31階層から70階層に出てくる魔物は下位の魔物にゾンビ、トロール、ゴーレム、レイス、インプなどが加わる。
 そして、71階層以上になれば地形も変化し様々な階層が出現する上にワイバーンやコカトリス、マンティコア、キマイラ、といった危険度の高い魔物も増えてくる。
 だが、現時点で最高到達階層は79階でそれ以上は進めていないのが現状だ。
 80階層のボス部屋にいるデュラハンが倒せないらしい。
 はじめてのダンジョンにわくわくしながらダンジョンに足を踏み入れた。
 罠もあるかもしれないので魔力で感知しながら進んでいる。
 ゆっくりとしか進めないのは難点だが、死ぬ事はないと分かっていても自爆するつもりはない。落とし穴を避けたりしながら進んでいくと、スライムが現れた。
 短剣で切り裂いた瞬間スライムの体は粒子のように光を放ち消えていく。
 下層では大した敵は居なさそうだ。ちまちまとドロップ品を集めながら進んでいく。
 魔力探知で大体の地図は頭に入っている。
 ボス部屋にまで最短で進もうと考えた際に遠くから叫び声が聞こえた。
 声は段々と近くなる。走ってきているようだ。
 なんだろうと広場で待機していると、わらわらと魔物を引き連れた茶色の髪の男が走りこんできた。
 どうやらモンスター部屋にかかったらしい。
 モンスター部屋というのは罠の一種で大勢の魔物が大挙して押し寄せてくる部屋の事だ。
 そして、男は私を目に留めると腰につけた袋から一つの果物を取り出した。
 それをこちらに投げつける。果物は避けたけど、ぐしゃりとつぶれた果物から強烈な匂いが広がる。


「わりぃな坊主。」


 にやりと笑った男はそのまま駆けていった。
 その男を追っていたはずの魔物は果物の匂いにつられたのかこちらに向かってくる。
 潰れた果物は魔物寄せに使われるヨールの実。
 見た目は赤い瓢箪状の果物でもちろん食べる事もできる。
 味も甘くて濃厚である代わりに強烈な香りは辺りの魔物を引き寄せるのだ。
 どうやら私は囮にされたらしい。魔物の数は総勢30匹と言ったところだろうか、いや、まだ奥からぞろぞろ出てくる感じだ。
 ダンジョンに入って9階層目でこんな事になるなんてと溜息をつきながら魔力を練る。
 部屋全体に行き渡らせた魔力を一気に凍らせた。
 出来上がったのは以前ゴブリンの殲滅に使ったのと同じ氷の魔法。
 氷の彫像が並んだと思ったら光になって消えていく。
 いくつかのドロップを回収してから進もうとした瞬間に、背後に気配を感じて飛び退った。


「ちっ!すばしっこい奴め。」


 私が立っていた場所にはナイフが突き刺さっている。
 振り向くと先ほど私に魔物を押し付けた男が立っていた。襲撃に失敗したと悟った男はすぐさま逃げようとする。


「逃がさないよ。」


 瞬時に氷の剣を男の周囲に展開する。


「ひっ!!」


 驚いた男が声を上げた。ゆっくりと男に向かって歩みを進める。


「ダンジョン内で死んでも死なないからって、やっていい事と悪い事があるよね。魔物を押し付けた上に背後から襲うなんて盗賊と変わらないじゃないか。」


「ま、待ってくれ。わ、悪かった!許してくれ。」


 ギロリと男を睨みつける。


「僕じゃなければ、死に戻っていたんじゃない?それで消えた後の荷物を盗むのがあんたのやり口?魔物を倒せたら終わった瞬間を狙って殺す?随分と卑怯じゃないか。」


「か、金が必要だったんだ。お袋が病気で。」


「ありきたりな言い訳は結構。次は容赦しない。」


 氷の剣を解除して男を解放する。
 全く、愚かな事をする奴も居たものだと頭を振って先に進んだ。
 後でこの男を逃した事を後悔する事になるのだがそれは、まだ先の事だ。


――――…


 後日、王宮へ戻ると宮廷魔法使いの弟子であるカイルが徹夜明けで机に突っ伏して研究室に篭っていた。
 不健康な生活をこんな年でやるんじゃないと寝かかっているカイルを揺さぶり起こす。


「カイル、おい。こんな所で寝るんじゃない。」


「ん…あと少し…だけ。」


「起きろ!!カイルってば…あれ、確か婚約者とデートって昨日じゃなかったっけ?」


「……あ、忘れていたな。」


「こら!婚約者より研究ってか。全く。サクリナ様がいくら幼馴染でも限度ってあるだろう?同じ研究が大好きで一緒に研究付けできるくらいの仲なら良いけどそんなんじゃないだろ。」


「あぁ、その手があったか。」


「いや、そういう問題じゃなくて。とにかくサクリナ様に謝罪して来いよ?近しき仲にも礼儀ありだからな。」


「おう。」


 のっそりと起き上がって身支度を整えるカイル。
 後にサクリナ様が研究室でカイルと一緒に楽しげに実験を行っている姿が確認される。私が余計な一言を言ったばかりにと頭の痛い結果になったのだった。
 だが、疎遠になりつつあった二人が共に過ごす時間を持ち、仲が深まったのならいいかと自分を無理やり納得させる。
 結局のところ二人して研究馬鹿だったらしい。


――――…


 ダンジョン攻略を楽しんでいたある日、エドワード殿下よりお手紙が届いた。
 狩猟のお誘いだ。しかもすぐに出発しなければ間に合わないくらい急な日程だった。
 そこではたと気付いた事がある。あ、乗馬の練習なんてした事ないと。
 慌てても、もう遅い。馬車だけ出して転移で追いかけるなんて事は出来るわけがない。
 私は大人しく馬車で揺られる事になった。狩猟にはうってつけの晴れた朝。
 私は馬に揺られている。
 もちろん一人では乗れないので、エドワード殿下と相乗りだ。
 うれしいやら恥ずかしいやらで私の顔は羞恥に染まっていた。


「ふふ、フィアでもできない事はあったんだね。」


 笑って声をかけてくるエドは楽しそうだ。


「わ、笑わないでエド。私もうっかり乗馬のこと忘れていただけだもの。これから乗れるように練習するわ。」


「それは、なんだか残念だな。できればフィアには乗馬ができないままで居て欲しいのだけど。」


「えっ?どうしてですの?」


「だって、一人で馬に乗れるようになったら一緒に乗る機会は減ってしまうでしょう?僕はフィアとこうして居られるのがうれしいから。」


 ぎゅっと私を支えるエドの腕に力が篭る。


「そ、それは…。」


 なんだか恥ずかしくて口ごもってしまった私は真っ赤に染まった。


「ふふ。フィアはこのままで居てね。」


「ひゃ、ひゃい…。」


 耳元で聞こえるエドの声に思わずビクリとして声が裏返った。なんてこと。まだ10歳になったばかりだと言うのに。


「くす。真っ赤になったフィアはかわいいな。」


 ぎゃー誰かこの王子を止めてくれ!ぽそりと耳元で呟くなんて反則だ。
 おかしい臣下としての教育はこんなのも入っていたかしら。


「全く、我が弟は羨ましいな。私もこんなに可愛らしい婚約者が早く欲しいよ。」


 割り込んできた声は第一王子であるアルバート・セインティア・アークス様。
 エドワード殿下とは同母のご兄弟でエドが臣下にくだると決断して以降、頻繁にエドと顔を合わせる事が増えたようだ。


「アルバート兄上にはフィアはあげませんから。」


 警戒したエドワード殿下がぎゅっと私を抱きしめる。


「弟の婚約者を奪うほど私は無粋ではないよ。」


 くすりと笑うアルバート殿下は金色の髪に赤い瞳というレガード国王陛下と同じ色を持っている。
 2つほど年の差はあるけれど、その口調や雰囲気はすでに王としての気質を身に纏っておりこれぞ王者の風格と言うものなのだろうと感じさせる。
 白い馬に跨るアルバート殿下はまさに物語に出てくるような王子様のようだ。


「さて、狩の拠点はあの辺りでよろしいでしょうか。」


 兄弟のやり取りを見て微笑ましそうに声をかけてきたのは王国騎士団長であるマークス・ガードナー様だ。
 今回の狩猟には王族が二人も参加するとあって陛下が付けてくれたらしい。
 ガードナー騎士団長はエドの護衛騎士であるルイスの父親だ。
 ルイスは将来を思ってか父親であるガードナー騎士団長の一挙一動を見逃すまいと真剣だ。拠点を作って狩の準備を行う。
 騎士たちの動作はキビキビとしていて統率が取れている。あっという間に拠点は出来て狩の時間になった。
 そして、気がついた事がもう一つ。弓なんてやった事ないや…。
 狩をする王子様方は生き生きとしていた。
 えぇ、弓を引き絞って矢がミョーンと1メルも飛ばずに落下した事なんて気にしていませんよ。
 大爆笑されたからって凹んだりしてないんだからね。
 本日の狩は夕刻前に終わって皆満足そうにしている。


「ほら、フィア?機嫌直して。」


 その言葉に潤んだ瞳を向ける私。
 えぇ、あんまり弓が出来なくてショックだったというよりも、従者として付いてきたリックの方が上手に獲物を獲っていたから悔しかったなんて言えませんよ。


「エド、私…弓も出来るように頑張りますから。」


「うん。頑張ろうね。」


 いつも澄ましている私の意外な一面を見られたとうれしそうに話すエド。
 ほのぼのとした時間が過ぎていく。
 ずっと、こんな時が続けばいいのにと思ったその時、ざわりとした森の気配と共に、騎士たちが慌しく動き出す。


「どうしたんだろう?」


「あ、人が走ってきますわ。」


 見覚えのある男の姿にぎょっとする私。
 ダンジョンで魔物をトレインして押し付けてきたあの愚か者。その後ろには魔物たちの群れが続いている。


「殿下をお守りしろ!陣形を取れ。」


 怒号が響き、騎士たちが配置に付く。
 その様子をあざ笑うかのように投げつけられた物。男が走り抜ける。


「リック、その男を捕らえなさい!」


「はっ!」


 リックが男の後を追っていく。大勢の魔物の群れに身を強張らせる騎士たち。
 元来、騎士は対人戦闘を基本として訓練をつんでいる。
 魔物を相手にする事は少ない。
 あまり経験のない上、今回連れてきているのは近衛騎士だ。下級騎士とは違う。


「ガードナー騎士団長、不躾ではありますが対魔物戦の経験はございますか?」


「…ない。数匹なら狩った事もあるが、こんな数は対峙した事はない。」


「エド、実戦経験はありますか?」


「…ないよ。フィア、危ないから下がって。」


 手を引くエドの手をそっと掴んで離す。


「フィア?」


「エドは下がって。ガードナー騎士団長、王子様方をよろしくお願いします。」


「何を考えている?」


 私の様子に不審に思ったのか問いかけてくる騎士団長。


「荒っぽい事は慣れていますの。魔物相手ならば負けませんわ。」


 すっと短剣を抜いて騎士たちの前に飛び出していく。その様子を唖然と見送る騎士団長。
 エドの叫び声が聞こえたが、構っている暇はない。殲滅戦だ。
 魔法を使えば楽だけど、今ここでそれをする訳にはいかなかった。
 とはいえ、迫ってきているのはゴブリンの群れ。
 短剣に魔力を通してゴブリンたちを切り裂いていく。途中から男を取り押さえて戻ってきたリックが戦闘に加わる。
 血しぶきが舞い、ゴブリンたちの断末魔が響き渡る。
 舞うようにゴブリンを切っていく私たち。途中からゴブリンが脅威ではないと判断した騎士たちも戦闘に加わる。
 最後のゴブリンに止めを刺して、私は空を見上げた。


「終わったぞー!」


 その声は誰が挙げたものだろうか。
 静かになった森の中、血まみれの状態で立っていた私の体をエドワード殿下が後ろから抱き寄せる。


「フィア…無事でよかった。」


「エド…血がお召し物に付いてしまいます。」


 抱きしめるエドの腕に力が篭る。
 そっと生活魔法の『クリーン』をかけてくれたエドに感謝を伝える。


「フィア…次は僕が守るから。」


 ぽそりと呟いたエドは私をくるりと回転させるとひょいと抱き上げる。


「ふぇ?え、エド?」


「いいからジッとしていて。この位しか今は出来ないから。」


 にっこりと微笑んだエド。ふわりと抱き上げられたまま、エドに身を委ねる。
 リックが捕らえた男の名はトマーといった。
 ある女に金を渡されて指示に従っただけだというその男は騎士団によって連行されていった。


「怒っていますか?」


 深夜、王宮の客室で休んでいると背後に気配を感じた。


「クリステル、今回の事クラウス様はご存知だったの?」


「はい。リーフィア様より監視を頼まれていたマリアという侍女を追っていましたから。」


「それで、マリアの飼い主の情報は?」


「残念ながらメザリント様についている近衛騎士が随分と勘が良いようで、監視が難しいのです。」


「近衛騎士?」


「えぇ、金の髪を横に流していつもメザリント様の傍に付いている男です。」


「あ、赤目の?」


「えぇ、奴の名はタルウィン・マナフレッドといいます。メザリント様が王宮に上がられる前から彼女の傍にいた者です。」


「そう、引き続き調査をよろしくね。」


「えぇ。それからクラウス様から伝言が。」


「何かしら。」


「魔物の群れに飛び込むなど無茶をするな。あと、応援の連絡を入れるのを忘れるなと。」


「あちゃ、これってまた説教コースかしら。」


「そうでしょうね。ただ殿下方をお守りしたという点もありますので、幾分かマシかと。」


「そうだといいけど。」


 後日、クラウス様に報告書の提出とお説教フルコースを味わう事になった。
 にこやかな笑顔で責められるのはやはり恐ろしいと改めて感じる私だった。



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