崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望

平凡?な毎日

 馬車で町に移動して、紋章を取り扱っている場所に到着する。今日は父と一緒に内部を見せて貰う事になっている。
 どうやら紋章院と呼ばれるこの場所は国の直属機関らしい。どおりで許可を得るのにずいぶんと時間がかかっていたわけだ。
 ようは役所の中を見学したいとお願いしたようなものだ。排他的な国の機関でよく無事に許可を漕ぎ着けたものだと驚いた。
 紋章院の中では、受付や相談所だったり、紋章を登録する場や、相続するための手続き、新しい紋章の議論をする場だったりと何だか完全に役所の中に来たような錯覚を受ける。
 こう、イメージでは職人が黙々と作業をしてデザインしたり作ったりしているイメージだったのだが…。
 ざっと施設を歩いて回って、デザインを行っている紋章師の紹介をされたくらいで想像とのかなりの落差に凹みそうだ。
 だが、紋章の図案を載せた書物を見せて貰えたことでやっと目的を果たせると気分が一気に浮上した。
 持ち出し禁止なのでこの部屋から出さないようにと誓約書を書かされた。誓約書といえば、この世界には契約魔法なるものが存在するらしい。
 ただ、子供であったことでそこまでの強要はされなかったが本来は制約と誓約が必要なことらしい。言ってみれば社外秘ってやつだね。
 過去のものまで様々な紋章が乗っている書物をぺらぺらと捲り、ついでにその情報を腕輪型の魔道具テントウネットに送っていく。
 様々な貴族の名前、系譜が書かれた貴族年鑑と照らし合わせつつ紋章を見ていく。
 あっ、ふと手が止まったのは、かつて冤罪によって処断されたブレインフォード家の家紋。ブレインフォード子爵家は西方にある家の一つで武家として名を馳せた成り上がりの貴族だ。
 数々の功績を挙げて子爵家にまで繁栄したが、帝国への武器の密輸、横領の罪に問われ一族郎党謀反の罪で処刑されたとある。
 家紋は風属性をもつウインドウルフという薄い緑色の毛並みをもった狼型の魔獣をベースとして武家らしく剣と盾を重ねたデザインになっている。
 じっくりと見分して捲っていく。我がレインフォード家の家紋は馬車をベースとした家紋だ。昔は隣国との接点で唯一の行路だったこともあり、馬車を家紋としたのだろう。
 前から見た馬車の横に馬が向かい合って立ち上がっている様子。そして、2本の剣を重ねた文様だ。
 そして、教会でお世話になっているニコラウス様の実家であるアーデンバーグ公爵家はワシが翼を広げた姿をベースに盾を背後に、複数の剣を扇状にデザインしてある。
 ちなみにわが国であるセインティア王国は十字架と聖杯を模したデザインで、隣国であるグラスウォード帝国は竜を象った紋章だ。
 様々な紋章を見ることが出来て勉強させてもらったことを感謝して紋章院見学会は終わりを迎えたのだった。


 リーフィアの毎日は目まぐるしい。


 早朝、庭の薬草のお世話をして、柔軟体操をする。そして転移して山での走り込みや剣の素振り、スライムたちに手伝ってもらい攻撃を避けたり防御したりする訓練を行う。
 汗を流して母へ挨拶に行き、朝食を食べたら部屋にこもると見せかけて転移でスラムに移動する。子供たちの様子やスラムの住人たちの様子を見て回り、レオナードやリュートにスラムでの問題が無いか確認しつつ、二人に護身術や剣を教えてもらう。
 それが終わったら、何人かの子供たちをつれて森へと冒険に行き依頼をこなす。帰ってきたらお金の分配や料理の手ほどきをして、行儀作法を確認したり指導したりする。
 ちなみにこうした行儀作法については、教会に通う際に泊まることになる本館で貴族としての勉強として様々な先生が付いている。
 読み書き計算の基礎学習に加えて、礼儀作法やダンスに音楽。どれも正妻の息がかかっており、怒るしか能が無い先生だ。
 仕方が無いのでスパイ・テントウ君に映像を記録してもらって自分で勉強している。こうした情報収集ではテントウ君は大活躍だ。本当に役に立つ。おかげで学ぶのは常に映像。
 先生の居る時間は聞いているふりをしつつ、別のことを考えたりして時間をつぶしている。ゆっくりとではないが、思考する時間が取れるのは大切なことだ。
 嫌味は聞き流しつつ、華麗にスルーする技や、わざと失敗して見せたりする演技力が身についた。そんなわけで、皆を指導できるのはテントウ君のおかげと言っても過言ではない。
 本邸の本は読み尽くしたし、はっきり言って来る意味が無いのだが、教会での出来事の報告を父に行うことが本邸での日課になっているので、そのついでに兄妹仲を育もうと父の命令と称して堂々と会えるように取り計らって貰ったりもしている。
 そうしなければ正妻がミリーナ姉様やエルン兄様に会わせてくれないのだ。そういう理由なのでこうした根回しが必要になってくる。
 父の命令なら正妻も文句は言えない。会いに行くことでカイン兄様と勉強をしたりもできるし、明らかに私で着せ替え人形をしているミリーナ姉様、遊び盛りなエルン兄様との時間を設けて5年の穴埋めと共に正妻の嘘の吹込みを払拭するべく行動している。
 最初はぎこちなかった兄弟仲だが、最近では比較的仲良くなってきていると思う。
 仲良くなったきっかけはやはり甘味だろうか。以前スライムの核は美味しいという話をしたのを覚えているだろうか、最近スライムの核の数も1日に1,000個生産することが出来るくらい増えてきた。
 ふと、スライムの核を煮詰めたらもっと味の濃い蜜のようなものが出来るのではないかと試してみた。スライムの核を1,000個鍋に入れて少量の水を加えて沸騰させる。熱が加わるとスライムの核は溶けていく。
 すべて溶かしてトロトロに煮込んでいく。すると蜂蜜のような甘い香りととろーりとした蜜が出来上がったのだ。
 これをスライム蜜として瓶詰めにしておく。そして更に煮詰めていくと色も鮮やかな赤に変わりブクブクと泡立ってくる。これを冷やし固めると飴状になって固まる。ちょっとした魔力回復飴の完成だ。
 それを石臼で粉上にすり潰してやると赤い飴は白っぽくなって砂糖のような甘いスライム糖の完成だ。これが出来たおかげで料理の幅はぐっと広くなった。
 なぜかというと、スライム工房にはいくつか問題がある。1つは作物を無理やり成長させているため、本来の成長をした作物に比べて品質が3割ほど落ちることだ。
 そして、スライムたちにとって味は無意味なことらしく栄養さえ取れれば良いと言う本能に沿っている。という事なので品種改良などは行うことが無い。
 命じたとしても味が理解できないだろう。あくまで私が持ってきた作物を増やして食べられるようにしたというだけのことだ。
 スライムは何でも食べる。味覚は無い。品種改良については私自身が行っていかなければならないだろう。
 そして最弱のスライムゆえに他の生物を育てる養殖などは不可能だ。逆に食べ物にされてしまう。唯一出来ることと言えば、私が魔力をこめて卵から孵して育てた5匹のケッコー鳥の世話くらい。
 ちなみにオス2匹とメス3匹だ。卵から魔力を加えて孵すと魔力の主とはじめて見た者を親と勘違いするらしい。刷り込みと一緒だね。
 スライム工房で生産できるのは品質の低い作物とケッコー鳥の卵、綿花を紡いだ糸や魔道具で織った布など。
 サトウキビのような作物のキビッタケは砂糖が取れるのだが味が無理やり生産したためかあまり甘くない。
 砂糖大根に似たアマコンという作物も同様だ。はちみつが欲しいが、キラービーと呼ばれる蜂の魔物は子供と同じくらいの大きさで巣も巨大。
 そんなもの地下とはいえ飼えるわけが無い。何かあったときに困るので甘味は諦めかけていたのだ。
 なんせこの世界ではテンプレのように砂糖が高価だったのだ。砂糖と言うより香辛料や塩も1カロンで銀貨1枚が飛んでいく。前世の100倍だ。
 ちなみにカロンというのは重さの単位で、1ミリグラムが1ミロン、1グラムが1グラン、1キログラム=1カロン、1トンが1トロンという。
 高額な調味料。味が質素でコッテリになってしまうのは当然だ。貴族でさえ満足に使えないのだ。平民でも塩は高価なので僅かにしか使えない。
 以前レオナードが塩のつぼを見て頭を抱えていたのはこのためだ。甘いお菓子が貴族であってもめったに食べられないもの。
 懐柔されるのも当然かもしれない。スライムの核を使った甘味はスラムでの名物になっていくがこれはまた後の話。


 今日は久々に一人で森に来ている。


 ちょっとした実験も兼ねているからだ。何の実験かというと、魔法による戦闘の手加減だ。それにちょうど良い相手が森にはいる。ゴブリンだ。
 ゴブリンは1匹いたら100匹は居ると言われるくらい増えるのが早い。
 緑の肌にとんがった耳、皺くちゃの顔。細い手足は棒のようでお腹は栄養失調のごとく膨らんでいる。その割には力が強く、強度も人と同じくらいある。
 その上脅威になるのは爪だ。鋭く鋭利な爪はナイフのように切れる。嗅覚も犬並みにあり集団で襲い掛かってくる。ゴブリンを放って置くと集落を築き、強くなる。
 進化するとホブゴブリンになり武器や魔法を使う者も現れる。こういった上位種になると討伐レベルもDランクからCランクにアップする。
 そしてその上のゴブリンロードクラスに進化すると討伐ランクはBランクとなる。その中でも強い種はゴブリンキングと呼ばれ討伐ランクもAランクと脅威度は変化する。だが、所詮はゴブリン。力は強いが頭は弱い。
 ロードクラスは賢い魔物も居るらしいが、ほとんどが本能に忠実で子孫を増やすことと食べることしか頭に無い。
 しかし、手先は器用で武器を作ったり粗野ではあるが家を建てたりするものも居るらしい。なので、対人戦闘を意識するとこれほどちょうど良い相手は居ないのだ。
 はじめてゴブリンを短剣で始末したときは少し気分が悪くなったりはしたが、スラムでもしょっちゅう人死にを目にしている私は妙に慣れてしまっていたのだろう。
 人型の魔物もすぐに慣れてしまった。今回は魔法での力調整を目的としているので、ちょっと魔物に人権があれば訴えられるかもしれない残虐行為を行うことになる。
 でも、魔法が規格外と言われている以上、うっかり人に向けて殺してしまっては元も子もない。ここは心を鬼にしてゴブリンたちには練習台になっていただこう。
 ゴブリンは3~5匹で行動していることが多い。魔力を絞って致命傷を避けて攻撃したり、気絶させる程度の力加減を見たりして調整していく。
 雷を使ったスタンガン的な魔法や一酸化炭素中毒になりうる風の魔法、冬山のように眠らせる氷の魔法など対人にも使えそうなものを試す。
 一撃で倒す光の魔法のレーザー光線などや、皮一枚程度の傷で済ませるために魔法を消すタイミングを計ったり、重力で動けなくする程度を確認したりとある程度試し終わった時には、ゴブリンの集落があった洞窟の中は見ると申し訳ないくらいの屍の山と化していた。
 あ、やべ。やっちまったと思ったがもう遅い。
 突如巨大な咆哮が聞こえたと思ったら大人二人分もあるような巨大なゴブリンが音を立ててこちらに向かってきていた。
 あれ、ホブゴブリンよりも大きいな。ゴブリンロードクラスだろうか。かなり大きい。恐ろしく大きな剣を振り回し向かってくる。
 その気迫に押されて思わず魔法を全力で放つ。気がつくと周囲は凍りに閉ざされた洞窟になっていた。
 当然巨大なゴブリンも氷付けだ。彫刻のように固まっている。
 そして周囲のゴブリンやホブゴブリンたちの屍の山を見てこれを一人で処理するのは無理だと諦めた。


「あら、アッシュ君じゃない。今日は一人なの?」


 声をかけてきたのは冒険者ギルドで半ば専属となりつつあるラナさんだ。


「あ、ラナさんこんにちは。今いいですか?」


「改まってどうしたの?」


「えっと、ちょっと張り切りすぎちゃって…どうしたらいいのか。」


 珍しく周囲を気にした様子の私にラナさんが奥についてくるようにと移動する。奥の部屋へと案内されて席に座る。


「それで、どうしたのかしら。」


「実は魔法の練習をしていて……うっかりやりすぎて。」


「魔法?」


 魔法を使えるのは貴族くらいだ。魔法と聞いて自分では処理できない可能性を考えたらしいラナさんは、ちょっと待つように言うと人を呼んできた。
 入ってきたのは40代後半くらいの茶色の髪で黄色の瞳をもったおじさんだ。
 年齢から考えると現役から遠のいていそうではあるが、その気迫は今も現役であるかのような錯覚を覚える。
 そして鍛え抜かれた筋肉は隆々として雄々しい。


「俺はこのギルドを任されているギルド長のガンツだ。話は俺が聞いてやる。話せ。」


 挨拶をして話をする。アシュレイと名乗ると一瞬眉が動いた。偽名だと疑われているかもしれない。まぁ、偽名なんだけど。
 ガンツさんは元Sランクの冒険者らしい。ゴブリンの集落を氷付けにして処理に困ったことを伝えるとガンツさんは状況把握の必要を考えて現場に連れて行くように行った。
 洞窟の中を検めたガンツさんがゴブリンたちの氷の彫像を見て頭を抱えていたが、大丈夫だろうか。
 冒険者ギルドの奥の部屋に戻ってきた私にガンツさんはとりあえず、ギルドのほうで処理をすることと、ギルド証を処理が終わるまで預かるから渡すように言われた。大人しく従っておく。
 3週間ほど預かるので暫く仮のギルド証を使うようにと銀のタグを渡された。
 数日のうちに町で氷の魔法を使う銀髪の子供がゴブリンの集落を一人で殲滅したらしいという噂が流れて、レオナードに怒りの鉄槌を受けた。
 なぜかギルドにいくと氷の貴公子だと囁かれるようになり、いつの間にか私に二つ名が付けられていた。


 氷の貴公子アシュレイの誕生だった。



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