インペリウム『皇国物語』
84話 仄暗い手掛かり
ガザレリア北部、この周辺一帯はフローゼル領南部に存在する火山地帯からの流れで硫黄のような臭いを放つ源泉のようなものが噴出している箇所がいくつも存在。その影響もあって大森林とはうってかわり岩石が非常に目立つ。大森林を抜けると湿原地帯のような水辺に辿り着きそれを越えることで蒸気の吹き出る巨大な谷へと辿り付ける。
シャーナル達は谷底へと赴きそこからドラストニアまでの近道があるとリーコン達によって手渡されたメモには書いてあった。訝しげにマディソンは疑問を吐く。今回の脱出劇成功はしているもののリーコンにも不審な点は多く見られた。わざわざ列車を爆破してまで脱出することに何のメリットがあるのかも彼は分からずにいた。
「本当にそれアテになるのかよ?」
「列車の時間稼ぎで引き離せたでしょうけど、私たちの遺体が発見されなかったとすると彼らは必ず追っ手を出すでしょうね。今頃ガザレリア内部でもこの資料を持ち出されてお祭り騒ぎでしょうし」
「仮にリーコン達が裏切るというのならここが私たちの墓標となるだけよ」
「おいおい、冗談じゃねぇぞ…こんな辛気臭いとこで死んでたまるかよ」
「死地にはうってつけでしょうけどね」
皮肉混じりの彼女の言葉に「笑えねぇよ」とヤジを飛ばすマディソン。
確かに周辺には魔物や動物と見られる骨や残骸があちこちに覗える。ガス混じりで空気にも僅かに黄色い靄が掛かっているようにも感じ、腐臭も混じっている。まるで生物の墓地と言わんばかりの光景にも関わらず住み着く生物も存在するようだ。
互いに冗談ともとれる言葉を投げ合っていたシャーナルとマディソンだが、アーガストは冗談ではなく本当にここが死地になる可能性もあると考えていた。というのもアーガストやマディソンは元々外的要因に強い性質を持ち合わせているため体内に毒を取り込んでもほとんど害はないが人間であるシャーナルは彼らのようにはいかない。何の耐性も持たないただの人間の彼女にとっては有害なガスを吸い込むことでもかなり危険名状況に置かれてしまう。周囲への警戒は鼻が利く剣歯虎と地竜のサルタスに任せて自身は周辺を調査しつつ先導する形で進んでいく。
中部から南部にかけてはまだ比較的大人しい魔物であったもののそれに比べて北部は非常に危険性の高い、人間にも積極的に襲い掛かってくる凶暴な魔物も住み着いている。
地面を這う虫や生物もその音の方向から逃げるようにして移動。それと同時に周囲が揺れ動き、地響きが惹き起こる。
「地震か…」
(…いや…そうじゃない)
少しして揺れは収まるも生物たちの動きは相変わらず。二頭の相棒も特に目立った反応は見られない。
「蛇が出るかそれとも魔が出るか…」
「どちらかといえば凶鬼じゃねぇのか?」
普段小馬鹿にしたような言動を取ってくるシャーナルに対して呟いたことわざを指摘するマディソン。冗談と皮肉交じりで言ったという意味も含んでいるので彼女は鼻で笑う。流石に人肉を好む凶鬼が死肉とガスが散見される場所に生息しているとは到底考えられるものではない。彼女なりの分析ではあるがここは大森林から連なる湿原地帯から、死骸となった生物が流れ着いた事で出来上がったものだと考えていた。魔物が凶暴なのも死肉を漁る習性と『生きた生物』にありつける機会が少ないからだろう。
「だったらなんでリーコンはこんな場所を選んだんだ?」
「この地域なら追っ手からも逃れられると踏んだのだろう。聞く所によろば一万以上の精鋭が全滅したらしいからな」
「ガザレリアが大したことねぇだけじゃねぇかそれ?」
「そうとも言えないんじゃない?」
彼らの会話に横槍を入れるシャーナルは何かを発見しているようで屈んでいた。彼女が手にしていたものは腐食した金属片のようだ。だが妙なことに腐食していない部分はまだ新しいように見えて、つい最近まで人の手が加えられていたようにも見える。
彼女は足早に先行していき、二人もそれに駆け足で追従していく。
「皇女殿下! 危険です!」
徐々に彼女の足は遅くなり立ち止まってあるものを見ていた。すぐに追い付いたアーガスト達の視線の先に映ったものは廃墟と化した建築物。
「ガザレリアのものか…?」
前哨基地のようにも見えるが腐敗が酷く進行しておりかなり古びている。だが真新しいテントや機材など置き去りにされている様子からこの前哨基地に調査隊を派遣したようにも覗え、これが精鋭部隊の残骸なのだろうか。
彼らは周辺警戒も含めて調査を行う。機材は先ほどシャーナルが見つけた金属片と同じようにところどころに腐食痕が見られる。それに加えて不思議な点として遺体がどこにも見当たらない。周囲の死骸の山のように骨と見られるものが散見されるために人骨でも残るものだが、それどころか兵が着ていたとされる鎧や衣類すら発見されていない。見つかっても破片程度のものだった。
「どう思う兄者?」
「丸呑みでもしたのか…。それにしてもここにいただけでも百名規模と考えられる。全部隊をここに投入するなんてことはないだろうが百人もいて痕跡すら残らないものでもあるまい…」
剣歯虎を引き連れてシャーナルは施設を探る。先ほどの調査部隊のテントや機材とは違いこちらはかなり備品が傷んでおり、数十年近く放置されているようにも見られる。施設自体は簡素な作りだが何かの観測所のようにも見られ、医療品、生物学書、医術書が散見し前世紀の科学者の研究室だったのではないかと想像が働く。
埃被った机に目を向けて手でなぞるようにしていると、ふと彼女の目に留まる書類。
「生物研究の報告書…? ガザレリアで持ってきたものと似てる…わね」
日付は今から十年近く前のものだ。どうやらこの近辺での生物の生態系について研究していた内容であったが文書を読み進めると見たことがある文面を発見。
「『結果報告…この地の生物には元々微小の寄生体が宿っており彼らが出す特殊な物質によって、寄生先の制御を可能としている…。続く―』…」
「『その物質の触媒ともなっているのがこの『菌』であるのかは定かではない。微小寄生体は宿主に取り付くために菌を発生させてそこから物質を体内へと流し込んでいると考えられる。人間にも効果があるかは今のところ不明で、もしあるのであれば私たちにもその兆候が見えるが今のところ感染者は確認されていない』…」
寄生体という言葉にシャーナルは自身の持ってきた書類に記載されていた『寄生体』の情報と照らし合わせつつ更に読み進めていく。
「『しかし、この菌には強力な腐食性物質が備わっており、鋼鉄の甲冑でさえ容易く腐食してしまうため取り扱いが非常に困難である。その上生きた生物に取り付いた状態でなければ観察は困難であった』」
「『近辺の魔物の積極性、攻撃性はこの生物が放つ物質に影響を受けているのではないかと推測される。これ以上の研究も危険と判断し、本日を以って調査は終了とする』…か」
ガザレリアで発見された書類の『寄生体』。これも生物の体内に侵入することで宿主に取り付き支配するというものだ。異なる点といえば研究書物に記載されている標本の絵画は蛇とも鰻とも言い表せぬワーム状の個体であることと『微小体』は『菌』を媒介物として支配するという点。
そして最後に報告書の作成者の名前に『シェリエル・ホールズ』という名が記されていた。
「…やはり関与していたか…」
ホールズと同じ性を持つ人間の作成した報告書。これで今回の一件にホールズが関与していることは確定的であった。さしずめここに送られた精鋭というのも証拠隠滅、はたまたデータの持ち帰りが目的だったのかと考えをめぐらせていたそのときであった。
地響きとともに先ほどの揺れとは比較にならないような巨大な揺れが彼女達を襲う。研究所も崩れ始め身の危険を察知したシャーナルは剣歯虎に飛び乗り外へと向かう。
「またか!?」
「いや…近い…! すぐに離脱するぞ!」
地面からは蒸気が噴出し、地割れを起こして多量のガスも噴出される。これ以上の滞在は危険と判断してすぐのこの場からの離脱を余儀なくされる。建物から出てきた剣歯虎にマディソンは飛び乗り、揺れによって崩れて落ち行く岩石をサルタスはアーガストを乗せながらも巧みに壁や地面を巧みに飛び移って避ける。谷底が崩れるほどの揺れが起こるということはただ事ではない。
うごめく地面から何かが這い上がってくる気配を察知した二頭は二手に分かれるように躱すと同時に地面から節足動物が持つような巨大な足が這い出てきた。足の大きさだけでも十メートル以上はあろうか、逆サイドからももう一本出てきたかと、背後を見ていると同時に足の主が正体を現した。
長い足に蜘蛛のような複数の目を持つ、それでいて口と思われる部位のすぐ横からは足とはまた異なり一回り小さい鋏のような腕のようにも見える前足を持っていた。巨体に似合わず彼らに追い付かんかと言わんばかりの速度で這いずるように追って来る。
そして前に突き出ている足で踏みしめると同時にこちらを狙ってくるかのように地面に突き刺しながら迫ってきたのだ。
「狙ってはきてるけれど…私達が目的のようにも見えないわね!」
シャーナルの言葉にアーガストとマディソンは互いに目を合わせて合図だけで陣形を組み、振り下ろしてきた足に対してマディソンは斧形態に変形させた武装で斬り込みの一撃浴をびせる。だが思った以上に頑強だったのか傷が僅かに入るだけで大した痛手を負わせることが出来ない。
斬撃では無意味と判断したアーガストは自身の得物の口金部分の鉄球を回転させて足へと強烈な打撃を加える。流石に響いたのか僅かによろけるものの、追跡の手を緩める事はない。
そして口を開いて茶色く濁った糸の塊を吐瀉物を吐き出すように撒き散らす反撃に出る。糸に触れた死骸は煙を出しながらみるみるうちに解け落ちていく。
「当たれば怪我じゃ済まないわね…」
「こっちの攻撃は通らねぇってに」
「あの目のような部分に一撃でも加えられない?」
「あんたが剣歯虎の面倒見られるんならな、行ってきてやるよ」
揺れはまだ収まらず岩石が降り注ぎ安定しない地盤での逃走劇。周囲の残骸を破壊するように岩石が降り注ぐのを見てアーガストが行動に出る。降り注ぐ岩の中から魔物の足の動きを予測して、岩石を利用。身体を捻らせて、魔物の足の内側に落ちてきた岩石が足に当たる位置をまできたところを見極めて鉄球で打ち付ける。
魔物の足に衝撃が走る。岩石も破壊され、轟音と共に魔物の巨大な足は傾き耐性を崩した。崩れた隙を待っていたマディソンは「少しだけ頼むぞ」と魔物の足へと飛び移って足をなぞるように頭部に向かって走り出した。
「…あなたパルサーって言うのね」
シャーナルは彼の剣歯虎を撫でながら彼の勇姿を見ている。マディソンは飛び上がって戦斧を握り直しながら魔力をのようなエネルギーを送り込む。
「今度はただの斬撃じゃねぇぞ…!」
刃と盾にエネルギーが蓄えられ、電撃を帯びた状態となった武装をそのまま魔物の頭部目掛けて振り下ろす。強靭なオークの肉体も締め上げられるように力が入り蓄えられていくのが分かる。まるで岩石に流しこめられた溶岩のように鋼鉄でも動かないような頑強な筋肉が見て分かるほど膨らんでゆく。
そしてエネルギーも解放されて斬撃と同時に強力なエネルギーが魔物の頭上襲い掛かる。その一撃はオークの怪力も相まって衝撃波を起こしつつ、轟々しい雪崩の如く叩きつけられる。魔物は金切り声のような耳に残るような不快音を発しながら崩れる。
マディソンはそのまま魔物を蹴り飛ばした勢いで軽い身のこなしで地面へと着く。地面を軽く蹴って後方転回飛びで後退しつつ、剣歯虎へと飛び乗って見せた。
先ほどまでとてつもない一撃を繰り出した二メートル以上もあるオークが軽い身のこなしを見せたので驚きつつも少しシャーナルは笑う。
「思ったよりも身軽なのね」
「筋力が俺の体重を勝ってるんだよ」
二人のそんな様子を見ながら魔物を退いたことに安堵して一息ついていたアーガスト。
しかし―…。
「…っ!?」
先ほどまで収まりかけていた地響きが再び轟音を上げて、更に激しくなる。その直後彼らの背後から暴風の如く勢いで地面から噴出されていたガスのような塊が彼らを目掛けて放たれた。崩れ落ちていた巨大な魔物も飲み込み、彼らの得物でもビクともしなかった魔物の外殻は瞬く間に腐食して溶け出して無残な姿へと変わる。
「マディソン!!」
「ちっ…!!」
二頭は二手に別れ何とか避けることが出来た。
…―が今度は揺れが更に激しくなり、地面から先ほどのガスがところ彼処から噴出を始めたのだ。まるで彼らを逃がさないと言わんばかりにその勢いは数を増していく。紙一重に躱す状況が続く中で目線の先から光明が見えてくる。彼らはあの場所へと何とか逃げるべく最後の力を振り絞って二頭の魔物は光に向かって前へと乗り出し飛び上がった。
光の先に見えたものは―
広がる森林地帯、そして彼らの足元には急斜面。
「冗談じゃねぇよ!! しがみついてろ!!」
シャーナルに叫ぶようにマディソンは彼女を庇い、パルサーは何とか体勢を保とうとするが足を崩してそのまま二人を振りほどき転がっていく。
サルタスも前足を使いつつも体制を戻そうとしたがそのまま滑り落ちていく。途中でアーガストは飛び降りてからマディソンを掴む。減速するために得物で斜面を突き刺すがまるで減速しない上に斜面自体も水分を含んでしまっているせいかかなり足場が悪く彼もバランスを崩して、マディソン達を庇うように自身が下敷きになる形で地面へと落下。
なんとか地に足が着いたもののすぐにはとても動き出せそうにない状況。幸いにも周囲には魔物もおらずパルサーとサルタスもすぐに立ち上がることが出来て外傷はなさそうだった。
アーガストもマディソンも無事だったものの連日動きっぱなしだったこともあり、今回の逃走劇で体力も相当使い意識はあるもののその場でぐったりと倒れこむ。彼らの山に乗っかるようにシャーナルも倒れこんでいた。
綺麗だったゴシック系のドレスも泥まみれになりところどころ破れて普段の『優雅』さなど欠片もなかった。彼女自身そんなものを意識などしたこともなかったが、別段汚れ仕事も好きでやっているわけでもなく、彼女も流石に疲労がピークに達したのか溜め息をついてそのまま目を閉じていた。
「……最悪ね…」
シャーナル達は谷底へと赴きそこからドラストニアまでの近道があるとリーコン達によって手渡されたメモには書いてあった。訝しげにマディソンは疑問を吐く。今回の脱出劇成功はしているもののリーコンにも不審な点は多く見られた。わざわざ列車を爆破してまで脱出することに何のメリットがあるのかも彼は分からずにいた。
「本当にそれアテになるのかよ?」
「列車の時間稼ぎで引き離せたでしょうけど、私たちの遺体が発見されなかったとすると彼らは必ず追っ手を出すでしょうね。今頃ガザレリア内部でもこの資料を持ち出されてお祭り騒ぎでしょうし」
「仮にリーコン達が裏切るというのならここが私たちの墓標となるだけよ」
「おいおい、冗談じゃねぇぞ…こんな辛気臭いとこで死んでたまるかよ」
「死地にはうってつけでしょうけどね」
皮肉混じりの彼女の言葉に「笑えねぇよ」とヤジを飛ばすマディソン。
確かに周辺には魔物や動物と見られる骨や残骸があちこちに覗える。ガス混じりで空気にも僅かに黄色い靄が掛かっているようにも感じ、腐臭も混じっている。まるで生物の墓地と言わんばかりの光景にも関わらず住み着く生物も存在するようだ。
互いに冗談ともとれる言葉を投げ合っていたシャーナルとマディソンだが、アーガストは冗談ではなく本当にここが死地になる可能性もあると考えていた。というのもアーガストやマディソンは元々外的要因に強い性質を持ち合わせているため体内に毒を取り込んでもほとんど害はないが人間であるシャーナルは彼らのようにはいかない。何の耐性も持たないただの人間の彼女にとっては有害なガスを吸い込むことでもかなり危険名状況に置かれてしまう。周囲への警戒は鼻が利く剣歯虎と地竜のサルタスに任せて自身は周辺を調査しつつ先導する形で進んでいく。
中部から南部にかけてはまだ比較的大人しい魔物であったもののそれに比べて北部は非常に危険性の高い、人間にも積極的に襲い掛かってくる凶暴な魔物も住み着いている。
地面を這う虫や生物もその音の方向から逃げるようにして移動。それと同時に周囲が揺れ動き、地響きが惹き起こる。
「地震か…」
(…いや…そうじゃない)
少しして揺れは収まるも生物たちの動きは相変わらず。二頭の相棒も特に目立った反応は見られない。
「蛇が出るかそれとも魔が出るか…」
「どちらかといえば凶鬼じゃねぇのか?」
普段小馬鹿にしたような言動を取ってくるシャーナルに対して呟いたことわざを指摘するマディソン。冗談と皮肉交じりで言ったという意味も含んでいるので彼女は鼻で笑う。流石に人肉を好む凶鬼が死肉とガスが散見される場所に生息しているとは到底考えられるものではない。彼女なりの分析ではあるがここは大森林から連なる湿原地帯から、死骸となった生物が流れ着いた事で出来上がったものだと考えていた。魔物が凶暴なのも死肉を漁る習性と『生きた生物』にありつける機会が少ないからだろう。
「だったらなんでリーコンはこんな場所を選んだんだ?」
「この地域なら追っ手からも逃れられると踏んだのだろう。聞く所によろば一万以上の精鋭が全滅したらしいからな」
「ガザレリアが大したことねぇだけじゃねぇかそれ?」
「そうとも言えないんじゃない?」
彼らの会話に横槍を入れるシャーナルは何かを発見しているようで屈んでいた。彼女が手にしていたものは腐食した金属片のようだ。だが妙なことに腐食していない部分はまだ新しいように見えて、つい最近まで人の手が加えられていたようにも見える。
彼女は足早に先行していき、二人もそれに駆け足で追従していく。
「皇女殿下! 危険です!」
徐々に彼女の足は遅くなり立ち止まってあるものを見ていた。すぐに追い付いたアーガスト達の視線の先に映ったものは廃墟と化した建築物。
「ガザレリアのものか…?」
前哨基地のようにも見えるが腐敗が酷く進行しておりかなり古びている。だが真新しいテントや機材など置き去りにされている様子からこの前哨基地に調査隊を派遣したようにも覗え、これが精鋭部隊の残骸なのだろうか。
彼らは周辺警戒も含めて調査を行う。機材は先ほどシャーナルが見つけた金属片と同じようにところどころに腐食痕が見られる。それに加えて不思議な点として遺体がどこにも見当たらない。周囲の死骸の山のように骨と見られるものが散見されるために人骨でも残るものだが、それどころか兵が着ていたとされる鎧や衣類すら発見されていない。見つかっても破片程度のものだった。
「どう思う兄者?」
「丸呑みでもしたのか…。それにしてもここにいただけでも百名規模と考えられる。全部隊をここに投入するなんてことはないだろうが百人もいて痕跡すら残らないものでもあるまい…」
剣歯虎を引き連れてシャーナルは施設を探る。先ほどの調査部隊のテントや機材とは違いこちらはかなり備品が傷んでおり、数十年近く放置されているようにも見られる。施設自体は簡素な作りだが何かの観測所のようにも見られ、医療品、生物学書、医術書が散見し前世紀の科学者の研究室だったのではないかと想像が働く。
埃被った机に目を向けて手でなぞるようにしていると、ふと彼女の目に留まる書類。
「生物研究の報告書…? ガザレリアで持ってきたものと似てる…わね」
日付は今から十年近く前のものだ。どうやらこの近辺での生物の生態系について研究していた内容であったが文書を読み進めると見たことがある文面を発見。
「『結果報告…この地の生物には元々微小の寄生体が宿っており彼らが出す特殊な物質によって、寄生先の制御を可能としている…。続く―』…」
「『その物質の触媒ともなっているのがこの『菌』であるのかは定かではない。微小寄生体は宿主に取り付くために菌を発生させてそこから物質を体内へと流し込んでいると考えられる。人間にも効果があるかは今のところ不明で、もしあるのであれば私たちにもその兆候が見えるが今のところ感染者は確認されていない』…」
寄生体という言葉にシャーナルは自身の持ってきた書類に記載されていた『寄生体』の情報と照らし合わせつつ更に読み進めていく。
「『しかし、この菌には強力な腐食性物質が備わっており、鋼鉄の甲冑でさえ容易く腐食してしまうため取り扱いが非常に困難である。その上生きた生物に取り付いた状態でなければ観察は困難であった』」
「『近辺の魔物の積極性、攻撃性はこの生物が放つ物質に影響を受けているのではないかと推測される。これ以上の研究も危険と判断し、本日を以って調査は終了とする』…か」
ガザレリアで発見された書類の『寄生体』。これも生物の体内に侵入することで宿主に取り付き支配するというものだ。異なる点といえば研究書物に記載されている標本の絵画は蛇とも鰻とも言い表せぬワーム状の個体であることと『微小体』は『菌』を媒介物として支配するという点。
そして最後に報告書の作成者の名前に『シェリエル・ホールズ』という名が記されていた。
「…やはり関与していたか…」
ホールズと同じ性を持つ人間の作成した報告書。これで今回の一件にホールズが関与していることは確定的であった。さしずめここに送られた精鋭というのも証拠隠滅、はたまたデータの持ち帰りが目的だったのかと考えをめぐらせていたそのときであった。
地響きとともに先ほどの揺れとは比較にならないような巨大な揺れが彼女達を襲う。研究所も崩れ始め身の危険を察知したシャーナルは剣歯虎に飛び乗り外へと向かう。
「またか!?」
「いや…近い…! すぐに離脱するぞ!」
地面からは蒸気が噴出し、地割れを起こして多量のガスも噴出される。これ以上の滞在は危険と判断してすぐのこの場からの離脱を余儀なくされる。建物から出てきた剣歯虎にマディソンは飛び乗り、揺れによって崩れて落ち行く岩石をサルタスはアーガストを乗せながらも巧みに壁や地面を巧みに飛び移って避ける。谷底が崩れるほどの揺れが起こるということはただ事ではない。
うごめく地面から何かが這い上がってくる気配を察知した二頭は二手に分かれるように躱すと同時に地面から節足動物が持つような巨大な足が這い出てきた。足の大きさだけでも十メートル以上はあろうか、逆サイドからももう一本出てきたかと、背後を見ていると同時に足の主が正体を現した。
長い足に蜘蛛のような複数の目を持つ、それでいて口と思われる部位のすぐ横からは足とはまた異なり一回り小さい鋏のような腕のようにも見える前足を持っていた。巨体に似合わず彼らに追い付かんかと言わんばかりの速度で這いずるように追って来る。
そして前に突き出ている足で踏みしめると同時にこちらを狙ってくるかのように地面に突き刺しながら迫ってきたのだ。
「狙ってはきてるけれど…私達が目的のようにも見えないわね!」
シャーナルの言葉にアーガストとマディソンは互いに目を合わせて合図だけで陣形を組み、振り下ろしてきた足に対してマディソンは斧形態に変形させた武装で斬り込みの一撃浴をびせる。だが思った以上に頑強だったのか傷が僅かに入るだけで大した痛手を負わせることが出来ない。
斬撃では無意味と判断したアーガストは自身の得物の口金部分の鉄球を回転させて足へと強烈な打撃を加える。流石に響いたのか僅かによろけるものの、追跡の手を緩める事はない。
そして口を開いて茶色く濁った糸の塊を吐瀉物を吐き出すように撒き散らす反撃に出る。糸に触れた死骸は煙を出しながらみるみるうちに解け落ちていく。
「当たれば怪我じゃ済まないわね…」
「こっちの攻撃は通らねぇってに」
「あの目のような部分に一撃でも加えられない?」
「あんたが剣歯虎の面倒見られるんならな、行ってきてやるよ」
揺れはまだ収まらず岩石が降り注ぎ安定しない地盤での逃走劇。周囲の残骸を破壊するように岩石が降り注ぐのを見てアーガストが行動に出る。降り注ぐ岩の中から魔物の足の動きを予測して、岩石を利用。身体を捻らせて、魔物の足の内側に落ちてきた岩石が足に当たる位置をまできたところを見極めて鉄球で打ち付ける。
魔物の足に衝撃が走る。岩石も破壊され、轟音と共に魔物の巨大な足は傾き耐性を崩した。崩れた隙を待っていたマディソンは「少しだけ頼むぞ」と魔物の足へと飛び移って足をなぞるように頭部に向かって走り出した。
「…あなたパルサーって言うのね」
シャーナルは彼の剣歯虎を撫でながら彼の勇姿を見ている。マディソンは飛び上がって戦斧を握り直しながら魔力をのようなエネルギーを送り込む。
「今度はただの斬撃じゃねぇぞ…!」
刃と盾にエネルギーが蓄えられ、電撃を帯びた状態となった武装をそのまま魔物の頭部目掛けて振り下ろす。強靭なオークの肉体も締め上げられるように力が入り蓄えられていくのが分かる。まるで岩石に流しこめられた溶岩のように鋼鉄でも動かないような頑強な筋肉が見て分かるほど膨らんでゆく。
そしてエネルギーも解放されて斬撃と同時に強力なエネルギーが魔物の頭上襲い掛かる。その一撃はオークの怪力も相まって衝撃波を起こしつつ、轟々しい雪崩の如く叩きつけられる。魔物は金切り声のような耳に残るような不快音を発しながら崩れる。
マディソンはそのまま魔物を蹴り飛ばした勢いで軽い身のこなしで地面へと着く。地面を軽く蹴って後方転回飛びで後退しつつ、剣歯虎へと飛び乗って見せた。
先ほどまでとてつもない一撃を繰り出した二メートル以上もあるオークが軽い身のこなしを見せたので驚きつつも少しシャーナルは笑う。
「思ったよりも身軽なのね」
「筋力が俺の体重を勝ってるんだよ」
二人のそんな様子を見ながら魔物を退いたことに安堵して一息ついていたアーガスト。
しかし―…。
「…っ!?」
先ほどまで収まりかけていた地響きが再び轟音を上げて、更に激しくなる。その直後彼らの背後から暴風の如く勢いで地面から噴出されていたガスのような塊が彼らを目掛けて放たれた。崩れ落ちていた巨大な魔物も飲み込み、彼らの得物でもビクともしなかった魔物の外殻は瞬く間に腐食して溶け出して無残な姿へと変わる。
「マディソン!!」
「ちっ…!!」
二頭は二手に別れ何とか避けることが出来た。
…―が今度は揺れが更に激しくなり、地面から先ほどのガスがところ彼処から噴出を始めたのだ。まるで彼らを逃がさないと言わんばかりにその勢いは数を増していく。紙一重に躱す状況が続く中で目線の先から光明が見えてくる。彼らはあの場所へと何とか逃げるべく最後の力を振り絞って二頭の魔物は光に向かって前へと乗り出し飛び上がった。
光の先に見えたものは―
広がる森林地帯、そして彼らの足元には急斜面。
「冗談じゃねぇよ!! しがみついてろ!!」
シャーナルに叫ぶようにマディソンは彼女を庇い、パルサーは何とか体勢を保とうとするが足を崩してそのまま二人を振りほどき転がっていく。
サルタスも前足を使いつつも体制を戻そうとしたがそのまま滑り落ちていく。途中でアーガストは飛び降りてからマディソンを掴む。減速するために得物で斜面を突き刺すがまるで減速しない上に斜面自体も水分を含んでしまっているせいかかなり足場が悪く彼もバランスを崩して、マディソン達を庇うように自身が下敷きになる形で地面へと落下。
なんとか地に足が着いたもののすぐにはとても動き出せそうにない状況。幸いにも周囲には魔物もおらずパルサーとサルタスもすぐに立ち上がることが出来て外傷はなさそうだった。
アーガストもマディソンも無事だったものの連日動きっぱなしだったこともあり、今回の逃走劇で体力も相当使い意識はあるもののその場でぐったりと倒れこむ。彼らの山に乗っかるようにシャーナルも倒れこんでいた。
綺麗だったゴシック系のドレスも泥まみれになりところどころ破れて普段の『優雅』さなど欠片もなかった。彼女自身そんなものを意識などしたこともなかったが、別段汚れ仕事も好きでやっているわけでもなく、彼女も流石に疲労がピークに達したのか溜め息をついてそのまま目を閉じていた。
「……最悪ね…」
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.7万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,659
-
1.6万
-
-
9,536
-
1.1万
-
-
9,332
-
2.4万
-
-
9,154
-
2.3万
コメント