インペリウム『皇国物語』
83話 言霊
深夜、会食が終わり後片付けがなされたいつもの風景を映し出すテラスバルコニー。深夜でも賑わっている繁華街が見え、賑やかな声が夜風に乗って僅かに聞こえてくる。そんな夜風に当たりに来たのか、はたまたそこに横たわる黒い巨体に会いに来たのか少女がそっと足を忍ばせる。
少しだけ気に入ったのか動きやすいからなのか帰ってきてからも彼女はシルヴィアからもらった服装で出歩いている。そんな姿で普段出歩けばセバスに小言を言われ、メイド長には大目玉を食らい、ラインズには呆れられるのが容易に想像できる。けれど少女は妙な安らぎのようなものを感じていた。
いくら忍び足で音を殺しても彼女が近づいてきたことに気づく黒い巨体。彼女は片目だけを開けて眠そうに少女を見つめるだけだった。
「ごめんね起こしちゃって」
起こしてしまった事に謝りながら小さな手で黒龍の身体を優しく擦って気遣う。ただ彼女は黒龍に連れて行って欲しい場所があるためにここへ来たのだ。列車で行くよりも速く、たった一日でたどり着くことが出来るからこそ急いでいる彼女にとって必要だった。そんなそわそわとしていた彼女の様子をずっと見ていたのか背後から声を掛ける少年。
「地竜の次はドラゴンを操れるようになったのか?」
突然声をかけられて驚きつつも振り返ってみせると立っているのはシェイド。
「っ…ちょ、ちょっと大声出さないでよ!」
彼女は声を潜めるようにしてシェイドに注意する。まるで内緒で飛び立とうとしている現場を目撃されて妹が兄に窘められるような構図に不思議と彼から笑みが零れた。久しぶりに元気な顔を見れたことに喜んでいたのかもしれないし、ロゼットといる時だけはシェイドも歳相応の少年だった。
「そのドラゴンでどこかに行くつもりだったの?」
「澄華を…ミスティアに置いて来ちゃったから」
「連れ戻しに行くの?」
「ううん…私も戻るつもり。元々はハウスキーパーの仕事であそこに行ったんだもん。ご主人の御曹司に連れてこられたからという理由もあるけど…やっぱり自分のできることをしなきゃって」
ここへ戻り、事態を知らせて協力を諸国に仰いだ時点で自身のここで出来ることは終わったと思った彼女は留まる意味がない。
「セルバンデス殿やラインズ皇子は戻ってきてもいいって言ってたんでしょ?」
「二人はそう言っていたけれど、自分だけ何もしないわけにはいかないでしょ」
本当は安全な王都に彼女を置いておきたいというのが二人の本音だというのはロゼットも勿論分かってはいた。頭では分かっているが…彼女がそんなことを納得できるような性格ではない。
「わざわざ今ミスティアに戻る必要なんかないだろ」
「何も出来ないからだよ!!」
彼女の張り上げた声に僅かに身体がビクついて驚くシェイド。どこか悲痛混じりで怒りも僅かに感じられるがそれは彼に向けたものではなかった。彼女自身に向けられたように感じる。
「ホントに…私は何も出来ないよ…! 子供だから仕方ないし、自分で何をするのが良いのかなんてことも考えられないし…」
「だから何もしなくていいの…? ただ待っていれば自分の役割が与えられるの? そんなのって…違うじゃない」
何も出来ない自分のもどかしさに絶望を感じ始めているのだろう。現実と理想とのあまりにもかけ離れた差に役割としての大小を求めて小さなことでは何もやっていないのではないかと思い込み始めていた。
「お前が……今日、言った『言葉』も何もしていないって言うのか?」
「私の言葉があってもなくても…クローデット大統領もイヴさんのお父様もドラストニアとの関係が今後絶対に必要だということなんて、いくら私でもセバスさんとの勉強会でないし、今まで見て来て全部分かってるよ!」
「やった気でいることよりも何かしなきゃ…じゃないと私……このままだと、壊れそう…」
彼女はそう言って泣き崩れるように黒龍に縋りつく。身体を震わせて、自分が必要とされたいと彼女は心の叫びを吐露する。そんな彼女に向かってシェイドは足を強く踏みしめて近寄る。彼は彼女の胸倉を掴んでそのまま壁にたたきつけるような勢いで彼女に向かい合い。その表情は今まで見たこともないような真剣な眼差し。彼女を潤んだ瞳を捉える様に強く向ける。
「本気で言ってんのかお前…!」
シェイドの勢いに彼女は気圧されして怯える。今までに見た事がない形相で静かに捲くし立てる。
「俺は少なくとも、お前の強い願いと想いだと思って受け取って協力するって決めたんだよ! それがなければただ利害だけでしか行動していないし派兵だって最低限にしてやったさ!」
「兵士だってな、命令だって分かってても当然戦地に赴くさ、けど国王にもし『労いや恩情などあってもなくても命令なのだから行け』と言われてみろよ! どんな思いで死ににいくかお前に想像できるのかよ!?」
「国同士だって同じなんだよ、どんなものであっても人と人との付き合いだ。上に立つ人間として他者への思い、自分を慕ってくれる人間に対する敬意だけは絶対に忘れちゃいけないんだよ」
「さっきの言葉をお前、紫苑殿に向かって同じこと言えんのかよ!?」
そう言われてロゼットは溜め込んでいた涙が一気に崩壊して体を震わせ崩れる。紫苑に対してそんな言葉を向けるなど、彼女に出来るはずがなかった。自分の言っていた事の意味を理解して彼女はシェイドに泣きながらただただ謝罪の言葉しか出てこなかった。
「ごめん…ごめん…な…さい」
縋りつく彼女にシェイドは頭を優しく撫でて彼も謝罪する。
「……俺も言いすぎた…ごめん。自分が何も出来ていないなんて、そんな風に思うなよ」
「ロゼットの言葉は…自分で思っている以上に色んな人間に響いて、お前の事を知る人間からしてみたら時として誰よりも重みがあるものなんだ。紫苑殿にとってみればお前の言葉一つ一つが絶対なんだ」
「言葉一つだけで誰かの力になるなんて、並みの人間に出来る事なんかじゃないんだよ。お前はそれが出来る人間なんだ。俺なんかと違って…」
そう言いかけるシェイドの言葉にロゼットは首を振る。彼の言葉のある部分に対してだけ否定しているようだった。
「そんなこと…ないよ。シェイド君の言葉で…気づけたんだもん…自分に何が出来るのかも…」
そうでなければ自分では気づけないままだったかもしれない。気付くことがもっと遅く、他の誰かを知らぬ間に傷つけてしまっていたかもしれない。それがセバスやラインズ、紫苑だったかもしれないー…。
彼の言葉が彼女の中で響いた事もまた同じであったように誰かの中で響かせる言葉を持つ人間は必ず存在する。そんな人間に従い、慕いついていく。国の成り立ちとはそういうものだと彼女は知った。
「だったらもう泣くなよ。泣きべそかく前に自分のすることがあるんだろ?」
彼の言葉に応えるように腕で強く擦って涙を拭う。顔を赤らめていつも彼に対する強気な表情へと変わっていた。けれどどこか笑顔も垣間見る事ができ、元気な少女のものでもあった。
二人のことをずっと見ているだけだった黒龍が首を上げて起き上がり、まるで乗れと言わんばかりに躯体を横へ向けてくる。少年と少女は見合わせて一緒に乗り込むが座りこむと当然のようにロゼットが前になりシェイドは彼女に掴まる形になっている。
「……ねぇなんで私が前なのさ?」
「え、だって俺乗った事ないし」
「というかシェイド君は付いてきちゃダメでしょ!?」
「あ、俺もここでの仕事は終わったし。あとやれることって言ったらミスティア近郊の偵察だよ。実際にその魔物を自分の目で見ておきたいからね。自分達が相手にするものくらい見ておかないと」
自ら危険に足を踏み入れようとすることに彼女もそれが彼の役割じゃないのは分かっていたし、オルトや側近達のことはどうするのかと聞き返してやろうかと思っていた。
しかし正直なところ自分一人では心許なかった。それに彼がお忍びで他国の偵察を行なっていたのは今に始まった事でもない。
「ミスティアまでだからね。なっ…ちょっと!…変なところ触らないでよ!」
「し、しょーがないだろ!? 肩掴むだけじゃ落されるかもしれないじゃん」
自分の腰当たりに手を廻しているのをしきりに気にしながら、シェイドの手の位置をずらしつつ黒龍に飛び立つように首周りを叩く。
すると黒龍は漆黒の巨大な翼を広げて後ろ足で立ち上がり、そのまま舞い上がった。初めてのドラゴンの感触にシェイドも童心を燻られたのか声を上げて楽しんでいる。廊下でその声に気づいたのかシルヴィア達は走り出してテラスバルコニーへと向かう。
「あのチビ共!」
ラインズは悪態を吐きながら走り出し、たどり着いた時にはすでに黒龍は上空へと舞い上がる目前。セバスとラインズは止めに入るも横から神速の如く速さで駆け抜けるシルヴィア。呆気に取られながらも彼女の人間離れした素早い動きをただ見ているしか出来ず、手すりから驚異的な跳躍力で飛翔したと思いきや飛び上がる黒龍の尾に掴まった。
彼女は彼らを見るなり手を振って見せて、すぐに黒龍の背中へと飛び移っていく。
「すぐに追いかけて…」と言い出しかけたセバスだが、ラインズは必要はないと言わんばかりに首を横に振った。
「今の俺たちにそんな余裕も時間もない。あいつらに任せよう」
「…正直同意しかねますが…自ら進んで動こうとなされているロゼット様を止めるのも忍びなく思います」
シェイドとシルヴィアがいる以上魔物討伐に向かったわけではないのはラインズもわかっていたし、どちらにしてもミスティアにも報告が必要だったことからそれらの任を彼らに託すことを選んだ。恐らくシルヴィアならそうするだろうと予測していたのだろう、彼らは闇夜に浮かぶ月に向かっていくロゼット達を見送り軍と今後の対応策に乗り出す。
「無茶をされますね、お二人共。黒龍は私の友人なのですがね」
背後からシルヴィアがやって来て驚く二人。まさかあの短時間で飛び乗ってくるとは思ってもいなかったのか、どんな身体能力をしているのか聞きたいこともあったがロゼットはまず勝手に乗っていこうとしたことを謝る。
「ごめんねシルヴィアさん。彼女が行くって聞かなくて」
「自分だって乗っかってる癖に!」
「まぁまぁ…ここまできたら旅は道連れでよろしいではありませんか」
シルヴィアもシェイドの後ろへと回り、彼の背中に立派なものが押し当てられて少し頬を染める少年。少し目を細めてロゼットの顔を覗きこむようにしてきたために彼女も気になって怪訝な声で訊ねる。
「な、なにさ」
「……いや、お前がこうなるのも何時ごろなのかなって」
「はぁ…?」
何のことか分からずに溜め息交じりの声を発するがシェイドはそれ以上何も言わなかった。そんな二人の様子を微笑ましく見ていた彼女は黒龍に進路を伝えるべく首周りを叩いて指示する。応じた黒龍は少しだけ躯体を西へと傾けつつ再び夜空の広がる大陸を風とともに切り裂いていったのだった。
少しだけ気に入ったのか動きやすいからなのか帰ってきてからも彼女はシルヴィアからもらった服装で出歩いている。そんな姿で普段出歩けばセバスに小言を言われ、メイド長には大目玉を食らい、ラインズには呆れられるのが容易に想像できる。けれど少女は妙な安らぎのようなものを感じていた。
いくら忍び足で音を殺しても彼女が近づいてきたことに気づく黒い巨体。彼女は片目だけを開けて眠そうに少女を見つめるだけだった。
「ごめんね起こしちゃって」
起こしてしまった事に謝りながら小さな手で黒龍の身体を優しく擦って気遣う。ただ彼女は黒龍に連れて行って欲しい場所があるためにここへ来たのだ。列車で行くよりも速く、たった一日でたどり着くことが出来るからこそ急いでいる彼女にとって必要だった。そんなそわそわとしていた彼女の様子をずっと見ていたのか背後から声を掛ける少年。
「地竜の次はドラゴンを操れるようになったのか?」
突然声をかけられて驚きつつも振り返ってみせると立っているのはシェイド。
「っ…ちょ、ちょっと大声出さないでよ!」
彼女は声を潜めるようにしてシェイドに注意する。まるで内緒で飛び立とうとしている現場を目撃されて妹が兄に窘められるような構図に不思議と彼から笑みが零れた。久しぶりに元気な顔を見れたことに喜んでいたのかもしれないし、ロゼットといる時だけはシェイドも歳相応の少年だった。
「そのドラゴンでどこかに行くつもりだったの?」
「澄華を…ミスティアに置いて来ちゃったから」
「連れ戻しに行くの?」
「ううん…私も戻るつもり。元々はハウスキーパーの仕事であそこに行ったんだもん。ご主人の御曹司に連れてこられたからという理由もあるけど…やっぱり自分のできることをしなきゃって」
ここへ戻り、事態を知らせて協力を諸国に仰いだ時点で自身のここで出来ることは終わったと思った彼女は留まる意味がない。
「セルバンデス殿やラインズ皇子は戻ってきてもいいって言ってたんでしょ?」
「二人はそう言っていたけれど、自分だけ何もしないわけにはいかないでしょ」
本当は安全な王都に彼女を置いておきたいというのが二人の本音だというのはロゼットも勿論分かってはいた。頭では分かっているが…彼女がそんなことを納得できるような性格ではない。
「わざわざ今ミスティアに戻る必要なんかないだろ」
「何も出来ないからだよ!!」
彼女の張り上げた声に僅かに身体がビクついて驚くシェイド。どこか悲痛混じりで怒りも僅かに感じられるがそれは彼に向けたものではなかった。彼女自身に向けられたように感じる。
「ホントに…私は何も出来ないよ…! 子供だから仕方ないし、自分で何をするのが良いのかなんてことも考えられないし…」
「だから何もしなくていいの…? ただ待っていれば自分の役割が与えられるの? そんなのって…違うじゃない」
何も出来ない自分のもどかしさに絶望を感じ始めているのだろう。現実と理想とのあまりにもかけ離れた差に役割としての大小を求めて小さなことでは何もやっていないのではないかと思い込み始めていた。
「お前が……今日、言った『言葉』も何もしていないって言うのか?」
「私の言葉があってもなくても…クローデット大統領もイヴさんのお父様もドラストニアとの関係が今後絶対に必要だということなんて、いくら私でもセバスさんとの勉強会でないし、今まで見て来て全部分かってるよ!」
「やった気でいることよりも何かしなきゃ…じゃないと私……このままだと、壊れそう…」
彼女はそう言って泣き崩れるように黒龍に縋りつく。身体を震わせて、自分が必要とされたいと彼女は心の叫びを吐露する。そんな彼女に向かってシェイドは足を強く踏みしめて近寄る。彼は彼女の胸倉を掴んでそのまま壁にたたきつけるような勢いで彼女に向かい合い。その表情は今まで見たこともないような真剣な眼差し。彼女を潤んだ瞳を捉える様に強く向ける。
「本気で言ってんのかお前…!」
シェイドの勢いに彼女は気圧されして怯える。今までに見た事がない形相で静かに捲くし立てる。
「俺は少なくとも、お前の強い願いと想いだと思って受け取って協力するって決めたんだよ! それがなければただ利害だけでしか行動していないし派兵だって最低限にしてやったさ!」
「兵士だってな、命令だって分かってても当然戦地に赴くさ、けど国王にもし『労いや恩情などあってもなくても命令なのだから行け』と言われてみろよ! どんな思いで死ににいくかお前に想像できるのかよ!?」
「国同士だって同じなんだよ、どんなものであっても人と人との付き合いだ。上に立つ人間として他者への思い、自分を慕ってくれる人間に対する敬意だけは絶対に忘れちゃいけないんだよ」
「さっきの言葉をお前、紫苑殿に向かって同じこと言えんのかよ!?」
そう言われてロゼットは溜め込んでいた涙が一気に崩壊して体を震わせ崩れる。紫苑に対してそんな言葉を向けるなど、彼女に出来るはずがなかった。自分の言っていた事の意味を理解して彼女はシェイドに泣きながらただただ謝罪の言葉しか出てこなかった。
「ごめん…ごめん…な…さい」
縋りつく彼女にシェイドは頭を優しく撫でて彼も謝罪する。
「……俺も言いすぎた…ごめん。自分が何も出来ていないなんて、そんな風に思うなよ」
「ロゼットの言葉は…自分で思っている以上に色んな人間に響いて、お前の事を知る人間からしてみたら時として誰よりも重みがあるものなんだ。紫苑殿にとってみればお前の言葉一つ一つが絶対なんだ」
「言葉一つだけで誰かの力になるなんて、並みの人間に出来る事なんかじゃないんだよ。お前はそれが出来る人間なんだ。俺なんかと違って…」
そう言いかけるシェイドの言葉にロゼットは首を振る。彼の言葉のある部分に対してだけ否定しているようだった。
「そんなこと…ないよ。シェイド君の言葉で…気づけたんだもん…自分に何が出来るのかも…」
そうでなければ自分では気づけないままだったかもしれない。気付くことがもっと遅く、他の誰かを知らぬ間に傷つけてしまっていたかもしれない。それがセバスやラインズ、紫苑だったかもしれないー…。
彼の言葉が彼女の中で響いた事もまた同じであったように誰かの中で響かせる言葉を持つ人間は必ず存在する。そんな人間に従い、慕いついていく。国の成り立ちとはそういうものだと彼女は知った。
「だったらもう泣くなよ。泣きべそかく前に自分のすることがあるんだろ?」
彼の言葉に応えるように腕で強く擦って涙を拭う。顔を赤らめていつも彼に対する強気な表情へと変わっていた。けれどどこか笑顔も垣間見る事ができ、元気な少女のものでもあった。
二人のことをずっと見ているだけだった黒龍が首を上げて起き上がり、まるで乗れと言わんばかりに躯体を横へ向けてくる。少年と少女は見合わせて一緒に乗り込むが座りこむと当然のようにロゼットが前になりシェイドは彼女に掴まる形になっている。
「……ねぇなんで私が前なのさ?」
「え、だって俺乗った事ないし」
「というかシェイド君は付いてきちゃダメでしょ!?」
「あ、俺もここでの仕事は終わったし。あとやれることって言ったらミスティア近郊の偵察だよ。実際にその魔物を自分の目で見ておきたいからね。自分達が相手にするものくらい見ておかないと」
自ら危険に足を踏み入れようとすることに彼女もそれが彼の役割じゃないのは分かっていたし、オルトや側近達のことはどうするのかと聞き返してやろうかと思っていた。
しかし正直なところ自分一人では心許なかった。それに彼がお忍びで他国の偵察を行なっていたのは今に始まった事でもない。
「ミスティアまでだからね。なっ…ちょっと!…変なところ触らないでよ!」
「し、しょーがないだろ!? 肩掴むだけじゃ落されるかもしれないじゃん」
自分の腰当たりに手を廻しているのをしきりに気にしながら、シェイドの手の位置をずらしつつ黒龍に飛び立つように首周りを叩く。
すると黒龍は漆黒の巨大な翼を広げて後ろ足で立ち上がり、そのまま舞い上がった。初めてのドラゴンの感触にシェイドも童心を燻られたのか声を上げて楽しんでいる。廊下でその声に気づいたのかシルヴィア達は走り出してテラスバルコニーへと向かう。
「あのチビ共!」
ラインズは悪態を吐きながら走り出し、たどり着いた時にはすでに黒龍は上空へと舞い上がる目前。セバスとラインズは止めに入るも横から神速の如く速さで駆け抜けるシルヴィア。呆気に取られながらも彼女の人間離れした素早い動きをただ見ているしか出来ず、手すりから驚異的な跳躍力で飛翔したと思いきや飛び上がる黒龍の尾に掴まった。
彼女は彼らを見るなり手を振って見せて、すぐに黒龍の背中へと飛び移っていく。
「すぐに追いかけて…」と言い出しかけたセバスだが、ラインズは必要はないと言わんばかりに首を横に振った。
「今の俺たちにそんな余裕も時間もない。あいつらに任せよう」
「…正直同意しかねますが…自ら進んで動こうとなされているロゼット様を止めるのも忍びなく思います」
シェイドとシルヴィアがいる以上魔物討伐に向かったわけではないのはラインズもわかっていたし、どちらにしてもミスティアにも報告が必要だったことからそれらの任を彼らに託すことを選んだ。恐らくシルヴィアならそうするだろうと予測していたのだろう、彼らは闇夜に浮かぶ月に向かっていくロゼット達を見送り軍と今後の対応策に乗り出す。
「無茶をされますね、お二人共。黒龍は私の友人なのですがね」
背後からシルヴィアがやって来て驚く二人。まさかあの短時間で飛び乗ってくるとは思ってもいなかったのか、どんな身体能力をしているのか聞きたいこともあったがロゼットはまず勝手に乗っていこうとしたことを謝る。
「ごめんねシルヴィアさん。彼女が行くって聞かなくて」
「自分だって乗っかってる癖に!」
「まぁまぁ…ここまできたら旅は道連れでよろしいではありませんか」
シルヴィアもシェイドの後ろへと回り、彼の背中に立派なものが押し当てられて少し頬を染める少年。少し目を細めてロゼットの顔を覗きこむようにしてきたために彼女も気になって怪訝な声で訊ねる。
「な、なにさ」
「……いや、お前がこうなるのも何時ごろなのかなって」
「はぁ…?」
何のことか分からずに溜め息交じりの声を発するがシェイドはそれ以上何も言わなかった。そんな二人の様子を微笑ましく見ていた彼女は黒龍に進路を伝えるべく首周りを叩いて指示する。応じた黒龍は少しだけ躯体を西へと傾けつつ再び夜空の広がる大陸を風とともに切り裂いていったのだった。
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