インペリウム『皇国物語』

funky45

82話 賢人の先見

 その夜、王都では荷物の運搬作業が急ピッチで進められていた。レイティスから試射用に運ばれてきた榴弾砲は全て今回の作戦に投入されることとなり、その他の物資諸々も随時ドラストニアへと運搬される。防衛線から最も近い都市へと運送されそこから部隊合流に加えて陣を敷き、防衛の準備が行われる手筈。王都までは概算でおよそ十日ほどだが天候やその時の魔物の調子にもよると考えられ、長くとも十五日前後と考えられる。


 突如現われた謎の美女シルヴィアに無事であったロゼットの存在が大きく影響したのかラインズとセバスの間で交わされる会話。あまりにも情報が錯綜し未だに連絡のないシャーナルの件もあり、一つ物事が片付く度に悩みの種は増す一方。一応の今後の対策は片付いたが問題は棚上げ状態が続く中―…。


「まさかこのタイミングでロゼットも帰って来たのは驚いたよ」


「無事だという確信がおありだったと…?」


「まさか。ただなんでかな、あの娘がそう簡単に…なんてことも考えられなくてな」


 彼らしからぬ、自身の勘というよりも根拠のないものへの信用が珍しかったのかセバスは彼の顔をじっと見ているだけだ。


「しかしまぁ…なんていうのか変わったな、ロゼットも」


「ええ、あれだけ物事をハッキリとおっしゃられるとは。それに周囲の分析も的確でしたし、ラインズ様に似て洞察力の面では将来先代に並ぶものかと…」


「…」


「どうした?」


 そう言いかけてセバスが言葉を濁したことに心配した様子で声をかけた。


「いえ、ただ…」


「少し―…似てきたか?」


 口を噤んでしまったセバス。彼の言いたいことはラインズもあの時、同じく感じ取っており言葉を被せてくる。先代ドラストニアの国王の意志が垣間見え、彼女も人を大切にしつつも物事へと取り組む姿勢が一歩前進しているように感じる。セバスは自身の教育の賜物という風に思うでもなく彼女の成長に少し嬉しそうにする反面、憂いているようにも見えた。過酷な現実がおそらく彼女を変えつつあったのは確かだがそのような危険な環境に図らずも置いてしまっている事に対するものだ。


「子供の成長って早いもんだな」


「環境次第で優れた経験値となりましょうが、私は出来る事であれば避けたいと考えております」


 彼女は確かに王位継承者で先代が唯一継承するとした子。


 しかしまだまだ幼い少女。そんな少女に過度な期待を寄せることも果たしてよいのだろうかと、時折悩む事も教育の中であると告白する。


「あのような少女が自ら誰かの支えになろうとしているなど……。本来であればロゼット様ほどの年の瀬でございましたら、支えられて成長することが常でしょう」


「現代はな、けど一昔前はこんなことも普通だったぞ」


「そうではない社会を築いていくことが私共の役割でございます。だからこそ…今があるのでは―…?」


 セバスは少し強い口調でラインズへと返す。国家運営を自ら担っている彼らが自身のためではなく文明社会を発展させていくことと国家を守ること。『子は国の財産』と言うようにの子供達の安全を保障し学問の場を設けていくことで次の時代を作り上げる。そうしたバトンの渡し合いこそが種の存続へと繋がる。


「時代の担い手はこんな年寄りではなく、ロゼット様のような若い芽です。年老いた者達は若い命のためにあるべきなのです」


 それはまるで長老派に対しての揶揄でもあったのだろうか、自分自身への戒めでもあったのだろう。


 先代はロゼットに次代を担う国王として託したものの、長老派は彼女を擁立する立場ではなく仮に王位継承がなされたとしても自分達の政争の具として彼女を利用することしか考えていないし、シャーナルを筆頭にポストとロブトンの存在が大きく影響している。向こうの立場から見ても、国王派と称しつつロゼットを利用して政治的に優位に立つことが目的ではないかとも見られている。


 国王派を筆頭とした摂政と言われようとも先代が残した彼女を守り抜いていく事こそが彼らの『役割』なのだが…。


「支えようとしているのはきっと今の仕事の影響もあるのだろうな」


「ならハウスキーパーの仕事も考え直した方がよろしいのでは…」


「それを言ったらきっと本人が嫌がるぞ」


 実際、一度慣れてしまった慣習を忘れるというのは中々難しい。ラインズ自身も本音では彼女にハウスキーパーをやらせてしまった事自体が失敗だったのではないかと時折思うことがあるのだ。この先も彼女が危機的状況に見舞われることは恐らく何度も起こるだろうと考えられる。


 先代自身、外交で諸国との摩擦を解消していたと同時に先陣を切って戦った事もあり幾度となく死地へ赴き危険と隣り合わせでもあった。自身がそうであったからこそ彼女の代からは死線を経験するような環境を変えるために尽力していたことは彼らが良く知っている。


 しかしながら情勢は未だに死線と隣り合わせ、現在でさえ刻一刻と迫り来る猛威へと向かっていく。


 二人が会話をしながら廊下を歩いていると夜光に照らされる美しい姿が目に映る。フードを被っていても分かるほどの美。黄金の月の残光のような輝きは生ける者とは思えないほど、美しさとは時として『死』を連想させてしまう。そんなどこか死を纏う美女は彼らに気づき、笑顔を見せてこちらへと歩み寄ってくる。


「シルヴィア殿、いかがされましたか」


「少し喉の渇きを覚えましたので、飲み物がいただけないか伺おうかと」


 軽く会釈をする様も品性を感じさせられ慎ましい女性と印象付ける。そんな慎ましさとは裏腹にあのような大胆な行動に出たことには彼らも改めて驚かされたと実感する。


「フード越しでも分かるほどの美人があんな大胆なことをされるとは」


 ラインズの言葉にシルヴィアは深々と頭を下げては詫びるも、彼の意図した大胆なことに関して詫びているわけでなく、むしろ全く別の意味が込められている。


「考えが同じ…と思いましたので」


「…理由を尋ねても?」


 少し間を置き彼女に問う。彼女の思惑、というよりも彼女がこちらの考えに気づきわざわざ同調したのには理由が当然あるはず。そうでなければあの場ですぐに合わせることなど出来ない上に予め作戦だと示し合わせていてもあそこまで鮮やかに事が運ぶとも思えない。ここまでシルヴィアが協力的にドラストニアに接することに何か違和感を覚えるセバス。彼らが疑惑の目を向けているとシルヴィアは静かに語りだした。


「会談の場を利用して協力を得るにはあのタイミングが最も良い機会でしょう。同時に黒龍ならば魔物と対峙した時に近い状況も作り出せます」


「しかも貴女方は実際には『飛んでいた』だけで実害を出すわけではない。住民の反応も見ることが出来る上に軍の陣形や動きも手に取るように分かると」


 セバスはそこで疑念が確信へと変わり溢す。


「ドラストニアの動きを知ることが貴女の目的?」


 彼女がただ頭の切れる人間ではないということは襲撃に見せかけてその場にあわせた行動を取った時点ですでに分かっていた事。ドラストニアの軍の動きを見ていたとなればいくら協力者といえど彼女の存在そのものが脅威に映るのは必然。


「だがそれが目的ではない―…」


 しかしラインズは違った。彼女の真意がそこにあるのではないと看破していた。


「では私の目的とはなんでしょうか…皇子殿下」


 意味深に彼らの表情を覗うようにシャーナルとはまた違う妖艶さと美しさを表面上は見せ付ける。その奥底にあるものがまるで深淵を覗くようで、彼女の瞳も彼らの奥底を覗いているようなそんな気にさえ起こさせるほど『恐ろしく』感じたのだ。


「ドラストニアが諸国との融和を進め、同盟を結び共栄圏を実現。先導に立っている国家であり軍事力も持ち合わせている。現実問題としては、国王が不在という点…」


「或いはまだ表立つことが出来ない…とかでしょうか?」


「ほぅ…それはどういう意味で?」


「そうですね…例えば誰も考えてすらいない…『幼い少女』…とかでしょうかね」


 セバスの首筋に冷ややかなものが流れる。彼女は王位継承者がロゼットだということを知っている、というよりかは勘付いているというのが正しいか。国王派の中でも僅かな者しか知りえない、同盟諸国でも代表と国王しか知りえないことを彼女は見抜いていた。


「ただの私の『勘』ですので…大方は王位継承権を巡っての内政の捻れと見ています」


「その認識、十分に推察通りかと」


 彼女の大方の予想はほとんど的中していた。長老派にアズランド王家との一件、そして諸国との同盟への一連の流れも彼女は淡々とまるで見てきたように話す様にセバスは呆気に取られ、ラインズも少しだけ表情を堅くして聞き入っていた。


「フローゼルの『翠晶石』にしても、あの地域では火山地帯から流れる地脈の影響もあって発生することは地理関係から考察することも可能です。グレトンにしても軍事力拡大を図り、ドラストニアと対等に渡り合うことを目的としていたのであれば頷けます。レイティスの海賊問題と移民問題もここ数年で始まったような話でもございません」


 確かに彼女の説明の中には分析を交えることで考察できるだけの余地はあった。彼女の驚異的なまでの分析能力こそ今回の行動を実現させたと要因に他ならない。


「一つだけ聞きたい。なぜドラストニアに肩を持つ? それほどまでに分析能力を持ち合わせているのならビレフやベスパルティアで手腕を発揮する事だって出来たはずだ」


 ラインズの疑問もまた尤もでこのドラストニア以上の軍事技術を持った両国であれば彼女ほどの逸材、喉から手が出るほどに欲するはずだが、彼女は首を横に振り「彼らに私は不要でしょう」とポツリと呟く。彼女の分析から出した結論でそれほどまでに驚異的な技術力を持っているからなのか、それとも彼女自身の問題なのか。彼女は答えはしなかったがラインズもそこはあえて伏せていた。


 最後に一つとしてラインズは今後の行く末について彼女の見解を尋ねる。


「魔物討伐もそうなんだが、今後はどう情勢が変わるか是非貴女の見解を一つの意見として尋ねても?」


「…私的な見解でよろしいでしょうか?」


 彼女は少し考えてから口を開く。不気味に思いつつもセバスは彼女からの意見を聞くことに終止集中していた。これほどの分析能力を持った人間の意見を聞く機会もあるものではない。ラインズとしてもおそらく有識者待遇で招き入れたいと考えているのだろうかとセバスは顔を覗うが果たして真意は…。


 その後彼らが何を語ったのかは定かではないがこの時の二人が彼女から得られたものが虚構かはたまたうつつとなったのかは後に思い知らされる事になる。

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