インペリウム『皇国物語』

funky45

81話 共同戦線

 親睦会後の宿泊場にて口直しの紅茶を嗜んでいる。ああいう騒がしい場面での食事会はどうも苦手で自分のペースで会話も食事も楽しめないから正直息苦しささえ感じる。とは言っても楽しみもあったのだが今回はそのあても外れたから余計に落胆していると扉をノックする音と共に扉の隙間から手紙が挟まれていた。封を切り中身を確認していたと思ったら身体が自然と動き、気づけば部屋から飛び出していた。


 向かった先の大衆食堂のような場所で空席に座るとすぐに手紙の主たちがやって来た。


「わざわざお呼びくださり申し訳ございません。こちらから接触を図ろうかと考えておりました」


「普段の話し方で結構です、シェイド殿。このような場所での呼び出しで申し訳ない」


「まだ公爵ですけどね」


 レイティス大統領のクローデットとフローゼル王国のアリアス本人達からであった。今回の会談でドラストニアとは別の視点からの話を交えたいが為の密約のようなもの。警戒はしつつもドラストニア内部では下手な動きはできないためか各々護衛も付けることなく接触してきたことには正直驚かされた。


「そういえばそちらの意見は輸出入に関する問題に言及されていましたね。フローゼル王国は『翠晶石』。レイティス共和国からは新型の『兵器』」


 どちらの勢力もドラストニアとの関係も含めて結ばれたが今回のドラストニアの動きの早さについて言及しているようだ。連盟を作りたいという目論みなのは彼らの間でも共通の認識であり、一国では限界だということも十分に理解は得られている。


「内容に関しては我々からしても渡りに船。理解はできるが解せない部分も多くある。その内の一つがこの早さだ」


「おそらくビレフやベスパルティアに対しての牽制、或いは優位に立つことか」


「しかしグレトン公国は如何でしょうか? 海域の領有権だけが目的ではないでしょう」


 確かにレイティスの兵器やフローゼルの『翠晶石』の存在を手にしたことは非常に大きく前進したと言える。グレトンに関して言えば粗悪品の流通や食糧問題に関する面で大きく前進はしているが他国に比べればその恩恵は希薄とも言えるのではないか。彼らが言いたいことはそういうことなのだろう。


「私共でもそれぞれの恩恵は受けておりますし、断る理由はございませんよ。確かに…フローゼルでの一件で彼らに恩義があるようにも見えますがそれは彼らからしても同じことですよ。レイティスにしても同じです」


 フローゼルでの援軍の通過に加えて同調したこと、海賊との一件でロゼットの救出にも一役買っており、グレトンがドラストニアに与えた恩義も決して小さなものではない。こちらの思惑としては今のうちにドラストニアに恩を売っておくことそれそのものが目的なのだから。


「それに…魔物が現在、王都へと北上してきているという情報も手にしております」


「…! それはラインズ皇子も?」


「当然把握はしておるだろうな。それもかなり深刻なレベルでの話…ともとれる。…急いだ理由はだからか…?」


「そこまでは分かりかねますが。むしろこれは更なる恩を売ること…好機だとも思えませんか?」


 会談の場におけるドラストニアの危機。しかしドラストニアも自身から諸国にわかるようなやり方でしかも会談の場ともなる王都が危機的状況だということを伝えるような真似をすれば混乱は必至。そんな愚策は取らないが諸国からの手助けを欲しているのも事実。おそらくは間接的な方法で流れるような手段を用いるとされる。


 それを利用することにも出来ると伝えると諸侯も真剣な表情で考え込む。アリアス陛下はむしろ複雑な表情とも取れる様子。


「アリアス陛下、自国のために他国の危機的状況を利用することは必要なことでもありましょう。むしろ今回に限ってはドラストニアに対しての救援です。援軍を送ってもらった事に対する恩を返すという意味で取られることで良いのでは?」


 俺がそう言い終えるとアリアス陛下も納得してくれたのか、目を閉じて頷いていた。やはりあの娘にしてこの父親というところか、義で動くというのは立派だがそれで国を路頭に迷わせるようでは一国の主としては失格だ。そういうところがあの叔父上に利用されたのだろうな。グレトンとの一件があってからか少しはその傾向が変わりつつあるのか今回は素直にこちらの意見に同調してくれたようだ。 クローデット大統領からは早速運び出した新兵器を配備できるように早朝促すと言っていた。この人は割りと俺に似たような性格をしていて話がわかりやすい。


「勿論ドラストニアを裏切るなんてことは考えてもいませんし。この場にいてもおそらく彼らの長老派が口うるさくなるだけでしょうし、彼らも対外的には公で話さざるを得ないでしょうしね」


「だからこそ明日の会談でなにかしらのアクションがあると思いますよ」


 二人はどんなものかと尋ねるがそれは俺にもわからない。…―が代表だけの集まりである明日が最も話題として出てきやすいタイミングでもあるだろう。


「それに我々も一国を担う宰相ですから…多少はね」


 俺はそう締めくくって飲み物を注がれたグラスで互いの今後を祝ったのであった。




 ◇




 翌朝のドラストニア王都、その遥か南の上空で爽やかな風を浴びながら黒い翼が泳ぐように天空を舞う。王都の城壁は厳重な警備で固められ、王宮での会談に備え鼠一匹も侵入不可能な厳戒態勢を敷かれている。南の諸国の動きに加えガザレリア、そして魔物の北上の一件までは兵達には極秘裏にラインズ達より通達を受けており、都市部の活気と反してこちらは重い緊張感に包まれている。


 そして王宮のテラスバルコニーでは食事会も兼ねた会談が正に開催されようとしている。食事も食器も一級品で揃えられ、各々首脳陣が集い正式に条約が締結されようとしていた。勿論ドラストニア側からは皇子であるラインズ、セルバンデスと長老派からポスト公爵が参加している。実質的な国王の代表ということでラインズ皇子とポスト公爵の両名は参加しているが意見は割れないように予め示し合わせてある様子。会場ヘ向かう途中で二人は歩みを進めながら相手の顔を見ずに言葉を交わす。


「こちらと同意していただけるとは正直思っていませんでしたよ」


「シャーナル皇女殿下のいらっしゃらないので私が出てきたまでのこと、皇女殿下ならばそう判断されたでしょう」


 シャーナルの意思を尊重した形だとポスト公爵が語る様子に笑みを浮かべるラインズ。


「長老派の方々からは随分と不満の声も上がったのではありませんか?」


「さほどではございません」


 ラインズの嫌味とも取れる発言をすらりと躱すものの、先の彼に対する牽制の仕返しなのかとポスト公爵は面白くなさそうな表情を浮かべる。ラインズはというと思ったりよりも素っ気無い態度に彼はつまらなさそうに口を尖らせてセバスを見るが、彼も目を閉じて首をゆっくりと横に振る。意見の一致をしているのにわざわざ歩調を乱すようなことはしないでほしい、という意味を含めていたかは定かではない。


 会場では既に諸国の代表、王族も揃っており現状フローゼルのアリアス国王陛下を中心に話は展開される。ただこの勢力の中で力を持つかどうかと言われれば眉唾ものではあるが、アリアス自身は温厚な性格も相まって諸国から多くの支持は集めているようだ。長老派のポスト公爵もその一人のようで昨夜の親睦会では随分と話し込んでいたところをグレトンの小さな代表シェイドは少し離れた場所から見ていた。


 シェイドはというと諸国の動き、特にレイティスとドラストニアの内部を探る事を重視していた。彼らにとってはドラストニアの食品輸入とレイティスの技術力を求めつつも警戒している。


(ドラストニアは表面上は一致ということなのね…。ただレイティスが最も軍事力、とりわけ技術の面では勝っているんだよね)


(『榴弾砲』の開発が成功したそうだし、これでパワーバランスがまた偏ってしまうのがなんとも言い難いけど彼らもこっちの協力を得られないとビレフやベスパルティアと渡りあうことは出来ないのはよく理解してる)


 榴弾砲はビレフで開発されていた大砲の新技術だがそれに対抗すべくレイティスは独自に開発し成功。まだ実戦配備されたわけではないが増産も決定したことをある消息筋から情報を手にしていた。おそらくラインズもこの事を知っていたからこそレイティスとも同盟関係を結ぶように考えたと少年のシェイドは考えている。食事が運ばれ始めた頃、彼はハウスキーパーの面々を見てみるが彼の知る顔はなかった。たまたま通りかかったセバスにその事を耳打ちすると彼女の近況を話すも少し濁したような言い方に引っかかりを覚えた。


 彼女の身に何か起こったのか、それとも別の動きをしているのか、考えを巡らせていると王宮内にいた飛竜達が一斉に空へと飛び上がっていきちょっとした騒ぎとなる。


「なんだ?」と声を上げる高官と諸侯。シェイドも空を見上げるが日差しと雲しか見えず目を凝らしていると薄っすらと雲の中から影のようなものが見えてくる。








 そして上空からはすぐに見てもわかるような警戒態勢、王都へ入るにも門では厳しい審査が行われているせいか長蛇の列が出来ている。


「レイティスでも似たような光景を見たような…」


「列車でも恐らく同じ状況でしょうね」


 一刻の猶予もないこの状況では手段を選んでいられないと悟ったのかシルヴィアはロゼットに声をかける。


「ロゼット殿、少々荒っぽくなりますのでしっかりと掴まっていてくださいね」


「ふ、振り落とされたりは…しないですよね?」


「保障は致しかねますが、善処はしますよ」


 ロゼットは固唾を飲んで「そこは保障して欲しかった…」と泣き言をいいつつも身構えるとシルヴィアは黒龍に「旋回しつつ王宮へと向かって、できるだけ周回しながらね。攻撃をしてきたら躱すだけよ」と伝える。一直線に王宮へ向かうのではなく王都を周回しながら向かうということに疑問を感じたロゼットはシルヴィアに疑問をぶつける。


「え、そのまま真っ直ぐ向かわないんですか?」


 彼女の言葉に驚いているのかシルヴィアは目を丸くして「え?」と僅かに困惑交じりの疑問の言葉を発したと同時に身体が宙に浮くような感覚の後にとてつもない負荷が襲い掛かる。黒龍は急降下で王都へと向かっていき、体が物凄い勢いで剥がされるような引っ張られる感覚。それはまるで―…。


「何っこの…ジェットコースタあああああぁぁぁ!?」


 乙女の絶叫を乗せながら、急降下を続ける黒龍。その速度は降下するごとに増していき、先ほどまで手に治まるくらいに小さく見えた王都が一瞬でいつもの巨大な大都市へと見えてくる。


 王都の城壁からは黒龍の姿を捉えたのか号令と緊急戦闘配備が伝えられ、砲台の準備とマスケットによる迎撃行動がとられる。


「構え……撃てッ!!」


 合図と共に一斉に銃弾が黒龍目掛けて放たれるも黒龍の龍鱗にはまるで歯が立たずに豆鉄砲でも当たるかの如く金属音を立てて弾き飛ばす。黒龍も意に介さないような様子で城壁へと距離を一気に詰める。砲台の準備が整い、点火。怒号を放つかのような音を立てて黒龍目掛けて放たれるも黒龍は難無く躱すと城壁をなぞる様に横切っていく。


 都市部では砲台の音を聞いた住民達で騒ぎが起こり、衛兵が避難を促している様子。王都を旋回するように飛び回る黒龍の姿を目撃した住民は言葉を失い、唖然としていた。暗雲のように静かな轟音を上げて、隙間風が都市の隅々まで駆け巡る。龍そのものの存在が希少ということもあるのかこのエンティアの人間でさえ彼らの姿に驚嘆を隠せない。兵達も戦々恐々としているが、決して退くことはなかった。


 王宮の首脳陣営も騒動に気づき、旋回して様子を伺う龍から守るべく衛兵達が集まり、避難を促すが―ラインズは冷静であった。


「セバス、軍に伝えろ。撃たずに迎え入れろって」


「な、何を!?」


 セバスはラインズの言葉に声を上げるが、意味深な表情を浮かべているのに加え考えなしに動く彼のことではないために近くにいた兵に通達した。その様子をレイティス大統領のクローデットは目を細めて見逃さなかった。


(…ドラストニア側の催し物か…?)


 王都と王宮の反応とは裏腹にシルヴィアは涼しい顔で周囲を見渡すだけで、ロゼットは心配そうな様子で彼女に問いかける。


「し、シルヴィアさん、どうやって降りるんですか!?」


 ロゼットの不安の声にもシルヴィアの反応は薄いもの。そして「こんなところでしょうね」と言うや否や自身のマントに隠していた花火を打ち上げて、あたかも催し物かの如く派手な演出を飾る。ラインズもやはりかと言わんばかりに一同へと声をかけた。


 城壁でも時を同じくしてセバスからの通達を受けている。


「伝令です、攻撃は中止せよとのことで…」


 伝令がそう伝える前にモリアヌスが制止していたようで砲台とマスケットは沈黙していた。都市部の住民達もその場で足を止めて花火による演出に呆然としている。催し物だと思い歓声を上げている者もおり、シルヴィアの思惑通りにことが進んでいるようでもあった。


「攻撃意思はなさそうだが…不気味な存在には違いない、警戒は怠るな。それと将軍に今回のことを書簡を送ってくれ」


「はっ…」


 魔物の北上の件に関して通達を受けていたので即時反応はできたものの軍内部は妙に殺気立ち、重苦しい空気が漂う。モリアヌスは演習も含めた催事だと兵に伝えつつ、軍の士気が乱れぬようにと気を配り一息つかせる。兵の一人が心配するようにモリアヌスにも声をかけるが「将軍なら同じことをされた」とだけ返して彼も都市へと避難していた者達に呼びかけに行った。


 そして王宮の会場となっているテラスバルコニーにて黒い巨体が黒翼を羽ばたかせながらゆっくりと近付いて舞い降りてくる。その姿に一同は驚嘆な様子で言葉にさえならなかった。各々、王族、首脳であっても龍をその目でしかもすぐ間近にまで接近することなどこれまで経験もないような衝撃を受けていたのは明らかだった。


「ラインズ様?」


「さて…あいつの主様に事情をたっぷり聞こうか」


 耳打ちしあうように会話するラインズとセバス。ラインズもああは言ったものの正体は分からない相手に対して少し警戒はしつつも敵意を向けるようなものではなかった。かなりの広さ誇るテラスバルコニーに収まる黒龍も器用に手すり部分でバランスを取るようにして後ろ足をつけて降り立つと同時に衛兵が警戒しながら近寄っていく。ラインズも歩み出し、黒龍も周囲を見渡すように互いに牽制しあう。


「お騒がせしてしまい申し訳ございません」


 シルヴィアがそう言いながら黒龍の背中から降り立つ。見たこともないような美女が降り立ってきて一同息を呑む。シェイドも口笛を吹いて「また、凄いのが来たねぇ」と溢す。頭を下げるシルヴィアに近付いてラインズは彼女が今回の催し物の目玉だと諸侯に説明をしつつ紹介。諸侯がざわつきつつも笑顔を溢している中で二人は握手を交わしながら耳打つように会話。


「ドラストニアの第一皇子ラインズアーク・オズ・ドラストニア殿下でございますか?」


「ええ、貴女が書簡を?」


「申し遅れました。シルヴィアと申します。話を合わせてくださり感謝します、火急の件だった故の非礼、どうかご容赦を」


 彼女の言葉を聞き逃さなかったシェイドは彼女の言葉に挟むようにして問う。


「なるほど、流石にドラストニアの催し。ただでは終わらないことには慣れていましたが他にも何かあるのではございませんか?」


 そう言ってシェイドの言葉を皮切りにアリアス国王もクローデット大統領も彼らの方へと向き直る。何かを悟ったラインズは少しだけ呼吸を整えた後に徐に話を始めた。


「現在、ドラストニア王都へと魔物の群れが大移動を始めているそうで、今回その情報を垂れ込んでくれたのが彼女です」


 一同は騒然とする中、事を知っている各国の代表はようやく来たかと話の本丸を待っていたかのように落ち着いた反応を見せてアリアス国王が尋ねる。


「してその数は?」


 ラインズはシルヴィアへ促し彼女も淡々と見てきたものを答える。それと同時に黒龍の背中から降りてくる小さな少女の姿をシェイドは見逃さなかった。流石の彼も彼女の存在には驚きを隠せずに僅かに動揺する様を見せるがすぐに普段の表情に切り替える。


「あまりこういうことに関しては濁したくないので、ざっと見ただけで正確性は欠けますが…中型の魔物を中心とした群で恐らく三十万ほどは下らないかと」


 騒然としていた声が一気に静まり返り、事態の深刻さがより顕著となった。一方でどうするかと疑問の声やドラストニア側を糾弾する声も上がる中で口火を切ったのは各国の代表だった。


「ラインズ皇子殿下、必要と思われる物資は如何ほどでしょうか? 必要数に応じてこちらは用意できる準備はございます」


 各国の首脳陣が宥めるようにして代表であるアリアスとクローデットに意見を述べるが彼らはそれを一蹴。


「体裁を繕いたいなら表面上だけでも行動に移せんのか。今回締結した同盟関係を早々に反故にするというのが君らの意見かね?」


 クローデットに反論され口ごもる側近達。アリアスも同じ意見を述べて出来うる限りの支援を行うとの約束を取り付ける。そしてシェイドも同じく、フローゼルやレイティスのように新兵器などはなかったが兵力を送り込むと彼らへの支援を表明。 


「そちらからそのような言葉を頂けるとは…なんと御礼の言葉を述べて良いのか」


 ラインズにとってはこれ以上にない提案に謝辞を述べて、同時に今後の方針も含めた作戦会議へと場所を移す事となった。その際にロゼットは久しぶりに顔を合わせた面々と目を合わせていくがラインズは二度見して彼女の身なりに対して苦笑いを浮かべる。そしてシェイドは目を細めて品定めするように見回した後、胸の辺りを叩いてなにやら落胆したような様子を見せて彼らへと追従していった。


 ラインズはともかくシェイドの反応の意味は分かったのかムッとした表情で顔を赤らめてほっぺを膨らませているとセバスが心配そうに近付いてきて彼女の無事を喜んでいた。


「書簡でロゼット様が行方不明とのことを聞きつけ捜索隊を送ることを思案しておりました。良くご無事で…」


 そう言ってセバスは彼女の前で跪く。まるで許しを請うかのような姿に彼女は慌てて立ち上がるよう伝えてからこう続ける。


「セバスさん…心配かけてごめんなさい。もう大丈夫ですから行きましょう、私も話したいことがあるんです」


 そう言ってセバスの手を取ってロゼットも皆の元へと向かっていく。その時の彼女の姿はどこか逞しく育ったような、普段見せる少女の姿とは違いどこか先代を思わせるようなものにセバスの目には映る。




 ◇




 会議室へ入るや否やラインズは開口一番に今回の事を事前に知っていたことを改めて話す。それを踏まえて軍そのものは準備を整えており、列車で魔物の侵入を阻止すべく防衛に向かわせている。それにあわせてシルヴィアが続けて話す。


「出現した魔物のほとんどはジャングルのような森林地帯の魔物がほとんどです。こちらへ向かっている段階でも環境が合わない等のストレス負荷は尋常ではないでしょう。そのため王都にたどり着くまでに大半が脆弱となっているでしょう」


「三十万とは言いましたが実際に現段階で王都へたどり着ける魔物は三割にも満たないかと、その前に力尽きるか群れに付いていけなくなることが考えられます」


 それでも三割近くが生き残り、九万近い魔物の群れが襲い掛かるとなると他国が攻め入ってくるような数の多さ。しかも相手は人間ではなく一頭がそれぞれ騎馬のような機動力と猛将の獰猛さと攻撃力を併せ持つ。そこで実際に戦闘を経験したロゼットにも質問を投げかける。


「ロゼット殿は実際に経験されていかがでしたでしょうか?」


 突然のことに少し声が上ずりながらも彼女は自身の体験を元に話す。


「えっと…魔物は非常に攻撃的でしたものすごく凶暴で音もなく忍び寄ってくることも…。あ、あと」


 そしてあの場で起こった悲劇も彼女は伝えた。あの事を思い出してフラッシュバックしつつ死んでいった人達の顔が浮かび身体が少し震えた。手も震えて言葉も出ない。


(ロゼット…?)


 彼女の様子が変わり少し騒然とする周囲にシェイドも少し心配するように表情が固い。それでもシルヴィアは変わらず彼女が話し出すのを待っている。


 そしてロゼットは意を決したのか目を強く瞑ってから、何かを拭うようにして首を横に振る。


(私に繋いでくれたものを…今度はちゃんと私が…)


 彼女の顔つきが変わり表情から不安はなくなっていた。その目は先ほどまでとは明らかに違うもの。


「それから、他の種類でありながらも意思疎通が出来るのか、連携して襲ってくることもありました。魔物の身体を傷つけた際に傷口から触手のような管がうねりを上げて飛び出していたのでもしかしたら何か関係があるのかもしれません」


 彼女の話に少し首を傾げて聞いている各国の代表と首脳陣。首脳陣からは疑いの声も上がる。


「何か根拠でもあるのかね?」


「湿原地帯に逃げ込んだ際にも同じような生物を目撃しています。その生物は魚のような姿形をしていましたのけれど、野営地を襲った魔物はオオトカゲのような生物でしたので」


 ロゼットは質問に自分が見たままのことを淡々と返すとラインズもそのことに対して援護する。


「その情報はミスティアへ送った部隊からも同様の報告を受けています。確かな情報筋ですので間違いないかと」


 そう言ってラインズはアリアスの方へと向くと彼も察したのか同調の姿勢を見せた。ラインズの思わぬ援護に目を丸くしてるロゼット。


「生態情報は今後の対策にも十分に役立つ、別種同士の連携もこれが要因とも考えられますし。報告によると絶命していたかと思われていた魔物の体内からその触手の主が食い破って飛び出してきたということも報告されております」


 流石に直接的な表現にどよめく周囲に中には青ざめた表情で口を押さえる者もいた。


「まさか…寄生体?」


「まだ実証段階ではないようですが肉体が崩れ落ちても尚、襲い掛かってくるという点は非常に脅威かと」


 話を聞く限りではまるでアンデッドを彷彿させるものだが寄生虫のような存在が魔物に取り付いた結果か否か―…。そしてロゼットは決意したかのように言葉をかける。


「私は…多くの人の犠牲の中でこのこと知り、生きて帰ってくることができました。こうして皆さんに事実を伝える事が出来たのも…彼らのおかげです」


「守りたいもののために―…命をかけて戦ってくださった人達の思いに応えるためにも…」


 振り絞るようにして少女は秘めたる小さな勇気を見せる。


「だから私は皆さんに伝えたかったんです…!」


「先ほどもラインズ皇子殿下からお言葉もございましたし、私はただの有識者の娘という立場でしかございませんので…失礼を承知で申し上げます」


「今はドラストニアの王都へ向けられた脅威かもかもしれませんがいずれ他国へと波及する恐れも十分にございます。皆さんのお力を少しでもお貸しいただけるよう、改めてよろしくお願いいたします…!」


 少女の言葉と強い意志を見て各国の代表はそれぞれの思いを表情で見せる。それは小さな女の子の言葉とも思えぬものに対するものだった。クローデットも彼女の正体を知っている以上断る選択肢はない、アリアスにしても同じく彼女の言葉で決断した『翠晶石』の普及。おそらく彼女の頭の中にそんな考えはない。それでも頭を下げて頼み込む、いや彼女ならば頭の中にあったとしても恥を忍んで頼み込んでいたであろう。


「……先ほども申しましたが勿論協力は致します。こちらとしてもドラストニア王国は大切な同盟国、クローデット大統領も同じなのでは?」


 そうアリアスがクローデットに投げかけると彼も溜め息をついて答える。


「そのための同盟でしょう。軍事関連のことでございましたらこちらにお任せください」


 ロゼットは二人の言葉を聞いて深々と頭を下げるとシルヴィアも二人の代表と彼女に謝辞を述べて話を続けた。シェイドは発言を控えて彼女の言葉だけでどう動くか成り行きを見守っていたが思った以上の反応と見て安堵の表情を浮かべていた。


 ラインズだけは妙な引っ掛かりを覚えたのか神妙な面持ちで会話から下がるロゼットを見ていた。少し首を傾げてロゼットも彼の顔を見ていたがラインズの表情は変わらなかった。


「それでも一頭で人間を一人殺すには十分といえる脅威はございます。先ほどの話を聞く限りですと出来る限り砲弾と爆薬による爆破で数を減らしつつ足の速い騎馬兵による斬り込みで次の砲撃まで時間を稼ぎます。それでも抜けてきた魔物にはマスケットで対応し前線を保つ事を第一に。魔物の四肢を潰し火薬による焼却が最も効果的でしょう」


 相手は暴走列車の如く駆け抜けていく数の暴力。短期決戦で決着させることを目的とし持ちうる火力を全て初撃に注ぐ単純かつ分かりやすい内容。


「それを可能とできる場所はここです」


 彼女が指した場所、そこは丁度雨季のミスティアと温暖期の狭間にあるドラストニア王都圏内にある平原であった。

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