インペリウム『皇国物語』

funky45

71話 支援者

 イヴがミスティアに到着する頃にはすでに日差しが差し込もうとしていた早朝であった。陽の光によって照らし出されるミスティア、しかし少し様子がおかしいことに気づく。城壁の外では火の手が回っていたかのように煙がもくもくと上がっており、多くの人々が確認された。


「なんだありゃ」


「急いで!」


 馬車を気早に走らせ急ぎ向かう。都市に近付くにつれて徐々に城壁にこべりついた焼却痕のような黒い煤と血なまぐさい匂いが風に運ばれ微かに鼻についてくる。現場は嵐が去った後のような惨状。負傷者を運び出しいまだ消火活動が続けられている。


「こりゃひでぇな…ここまで魔物の繁殖が進んでいるのか」


 駅員は周囲の惨状を見て思いを吐きだす。城壁の外にも居住区は存在し、そちらにも被害は及んでいる。子供の泣き叫ぶ声、怪我を訴える住民の声が響き渡り、戦場さながらだった。小さな子供が泣きながら両親を探している姿を見て駆け寄り衛兵を呼びつけ彼等に託す。


 出来ることなら彼らの救助活動を手伝いたかったが自分の任務を忘れるわけにはいかない。ついでに衛兵に声をかけて訊ねた。


「ここの軍の指揮官はどちらに?」


「あなたは?」


「王都から派遣されたイヴ・エメラルダです。話は通っていると思いますが」


 王都から預かった書状の宛名を見せて、案内を促す。指揮官は既に都市内部で休息をとっているとのことだが、現場で指揮を執らなくて良いのだろうかと疑問をぶつける。


「来たところで何もしませんよ。今日だって我々が深夜に駆けつけたというのに、隊長がやって来たのは朝方でしかも既に事が終わった後ですし」


「あの…その方、本当に指揮官なんですか?」


 衛兵はここぞとばかりに愚痴を溢す。イヴもあまりに責任能力のない隊長に素朴な疑問をぶつけてみるが彼の話いわく、隊長と呼ばれる人物は元は役人だったそうで軍人経験は皆無だったそうだ。ミスティアの知事から選出されたそうで、揃いも揃って上官階級の人間はこの地の『生え抜き』だとか。


 案内された臨時に立てられた本部のテントにはやる気の無さそうな指揮官クラスの人物達が談笑に耽っている。誰の顔もシワと年期の入った肌の初老ばかりで、中には椅子に座ってそのまはま寝ている人間もちらほら見られるものだから彼女も呆れ返る。


(…どういうこと…? 年寄りなのもそうだけど、ミスティア出身者だけの構成というのは…)


 衛兵はその中では目立つ中年の男性に声をかけて、イヴが王都から派遣された人物だと説明し紹介する。


「副長ただいま戻りました。それから隊長に急ぎ用がございますがどちらに」


「先ほど用を足しに向かわれた。帰ってくるのは、用なら私が聞きうける」


 そう言いながら指揮官らしき男性は彼女と目をあわせることなく周辺地図を広げながら軽い自己紹介を交わす。彼は『イーサン』と名乗り現状衛兵の部隊の副隊長を務めている。現状のミスティアの軽い状況説明と分析をした後に直ぐにでも部隊を編成して周辺の調査と討伐に乗り出したいとの旨を伝えるが―…


「こちらに派遣された兵力で編成したいのですが兵科はどのように…」


「今回の襲撃で警備体制の強化を先ほど敷いたばかりだ。で、調査派兵はここひと月の間にすでに数個の部隊に分けて行なっている」


「詰るところあなた方が来るのが遅すぎたんですよ」


 そう言われ彼女は返す言葉も思い浮かばなかった。知らなかったとはいえ、このような現状になっていることをドラストニアは放置していたのだから、彼らの代わりに来た彼女としても責任は重かった。彼の言葉には憤りにも近い感情を感じ静かで確かな怒りがひしひしと伝わってくる。派兵部隊ということを聞いて期待していたのも大きかったのだろうが、実際にやって来た指揮官が若年の少女ともなれば落胆するのも当然。そしてこの士気が下がりかねないほどの指揮官達の対応と王都の対応に露骨に不満を漏らした結果がこれであった。


「対応が遅れたことに対してはお詫び致します。指揮はそちらで執っていただいて結構ですので」


「謝罪はいい。私が言いたいのはそもそも議会が許可を出さないということだ」


「どういうことでしょうか?」


 イヴの疑問に返ってきた答え、それはこの都市が抱える根本的な問題にあるというのだという。彼は本部から出て案内されるがままにイヴは付いて行く。




 ◇




 外の騒々しい様子にロゼットはベッドで目を覚ます。そこは宿場の共同部屋ではなく、簡易用のベッドと薬品棚、書類等で散らかっている机を見るにどこかの医務室のようである。重い身体を起こして部屋の扉を開くと静かな廊下が広がる。内装は非常に立派な作りで領主の屋敷にも似ているため何処かの屋敷かと考えながら歩いていく。廊下を出た先の広間にて怪我をした役人や住民が何名か見受けられ、住民は役人になにやら訴えてかけている様子もあり、役人はその対応に追われている。


「ここはって…もしかして役所?」


 どうやら気づいた場所は都市の役場で魔物被害が思っていた以上に多大であった。彼女自身も覚えている部分は魔物を退治し、城壁の外側から轟音が聞こえてきたところで途切れていた。おそらくその時に気を失ってしまったのだろう。


「そういえば、クローディアさん! 商人の人もどこにいるんだろ…!」


 まだ力の入らない足を引きずりながら、彼女は役所内を探し回る。自分がここで寝かされていたということは必ず役所内のどこかにいるはずである。辺りを見回していると見覚えのあるシルエットを発見し、彼女は向かっていく。


 長い廊下でも役人があちらこちらと足音を立てて走っていく。まるで災害でも起こったかのような慌てふためいている様子にロゼットの不安は募る。


 そして廊下の奥の部屋から喚き散らすような聞き覚えのある声が彼女の耳に入ってくる。


「冗談じゃないわ! あんな魔物が都市内部で徘徊しているというのに何の対策も打たないとは何を考えているのよ!?」


「ブレジステン婦人のおっしゃることは重々承知しております。ですが議会の決定で都市内部での武器の使用に制限が掛けられているのはご存知でしょう?」


 アデラと役人との間でひと悶着起こっているようで、とは言っても今回の襲撃に際しての対応の甘さに奥方が一方的に追求しているようだ。


「まぁまぁ、落ち着いてください。対応措置はとっておりますので、何も軍を動かすほどのものでもないでしょう。今回の被害は確かに残念ではございますが元はと言えば魔物や動物達の住み処を切り開いて荒らしたのは人間の我々ですし。そもそも初動が遅れた時点で免れることのできる問題ではありませんでした」


 彼女の言葉を遮るようにして役人の一人が魔物を擁護するように発言する。彼の言葉に再び喚き散らす奥方。だが役人の発言を看過できないと横槍を入れたのはポットンであった。


「聞き捨てなりませんね。知事にそう言われてしまってはこの都市を任せられると思いますか?」


 魔物に対しての発言に気味の悪いものを感じるロゼット。事実としては人間が元いた魔物を追いやり土地を開拓したのだろうが、それは魔物側も同じ経緯を辿っているのではないかと疑問を浮かべていると背後で気配を察知する。反応に遅れてしまい、気づいた時には襟を少し掴まれ猫のような扱いを受ける。


「ちょっと…は、放して!」


「お嬢ちゃん、盗み聞きはいかんだろ」


 つかまれた襟を放そうとじたばた抵抗するロゼットが振り返ると屋敷を訪ねてきたあの役人であった。男はそのままロゼットを連れて知事の部屋へと入室。


「失礼します。知事、それから婦人も」


「ああ、どうかしたかねカブス君。そちらのお嬢さんは?」


「彼女も参加したそうにしていたものでして」


 そんな冗談を吐いてから彼は報告書として纏めた文書を知事に渡しきたことを説明。アデラはロゼットが自分たちの連れである事を説明し彼女に対して睨むような目つきを向ける。一瞬ロゼットも怯むも不思議と怒りを感じていなかった。文書を渡す際に先ほど話し合っていたことに対して自身の意見を述べるようににして現在の警備体制の甘さが知事の支持層に影響しているのではないかと耳打ちするように言及。奥方は露骨に嫌そうな表情を見せるもポットンは鋭く細めた目を見せてなにやら納得しているようにも見受けられた。


「しかしこれは住民からの声でもあるのですよ。魔物に対する考え方を改めるべく、彼らとかかわりを持つ地域としては必要不可欠でしょう。王都からも公認、その上支援も受けているのですから」


「それは貴方の支援者を守りたいからなのでは? 現在は産業も進みつつある上に主人はビレフとの関係を強固に考えておりますよ? この都市部はおろかミスティア自体が商業含む産業あってのことなのに、農業・畜産だけに期待を寄せるつもりでもいるのかしら」


 そもそも知事の考え方自体に問題があるのではないかと奥方は口を尖らせる。対する知事もそういうつもりではないし、現状でも農業・畜産の規模は広がっているとも返した。全くの無警戒状態ではないし、軍の兵力も保有している点では防衛機能が全くないわけではない。しかし機能しているかどうかは懐疑的ではあるが―…。その点に対してはロゼットも疑問の目を向けている。


 話が平行線で進まない中で更に入室する者が―。


「奥方のおっしゃられることも尤もですが、流石に軽視しすぎるのは如何かと。けれど概ね同意は出来ますよ」


 入ってきたのはあの青年。そして彼の背後にいる女性にもロゼットは見覚えがあり僅かに声を漏らす。彼女にとってあの特徴的な眼帯は強く印象に残っていた。青年はミスティアでの市場拡大を考えていたが、魔物が横行し襲撃してくるような都市で新しい商売を始めることはできない主張。


「実際に撤退を視野に入れている商人達も確認されております。ご自分の目で是非とも確認しに行っていただけるとわかりますよ」


 ミスティアは畜産・農業が主要産業であったが、工業技術の発達とともにその規模は縮小していき現在は全体の二割ほどしかない。それでも拡大路線を進んでいるそうだが人口比から考えても他の産業の発展の速度は異常なものであった。ミスティア全体の金回りを考えても売り手の喪失は財産そのものを失うも同じ。


「全ての産業が撤退するということはまずありえませんが、私も取引先を探しております。仮に私が新たな取引の場を設けたとして、自分達の安全保障もしてくれないこの地に果たして留まるようなことを考えるでしょうか?」


 その上税だけを取られるのであれば残る理由など皆無だろう。安全保障が機能していないのであれば住民はどうであれ、商人は顧客相手を変えてより商売しやすい場所へと移るだけだ。脅しのつもりで言っているのかと知事は尋ねるが、青年は現実的な話をしているだけだと答える。


 ロゼットも人を襲う魔物が出る町で生活なんて出来るかと訊ねられても答えは否。どう考えても理があるのは青年の方であった。それまで沈黙を守っていたポットンが笑いながら立ち上がり彼の方へと歩み寄る。


「なるほど、そちらの商人の方は話が早くて助かります。確かに貴方のおっしゃる通り、人の住む地は人が結局守っていかなければならない。しかし今のミスティアにとって…いや知事にとって悩ましい話ですね?」


 ポットンは知事のほうを一瞥し、彼はばつが悪そうに目を逸らす。


「いえいえとんでもございません。ポットン・ブレジステン殿ですね、お噂は耳にしております」


 商売柄彼はポットンのことを知っていたようで地主のブレジステンと本来は会うつもりであったそうだ。ポットン自身も都合がよく父親にすぐに紹介できると息巻いている。


「通りで自分のことをご存知でしたか、お名前を頂戴できますか?」


 青年は『ラムザ』と名乗り握手を交わす。彼の仕事内容というのは主に人材紹介を行なっている、それ以外にも補給物資なども取り扱っている。各地に彼らの営業所が存在し、今回はドラストニアで開拓を考えていたためにこの地へとやって来たそうだ。さきほどから傍観を決めていたカブスは眉に唾をつけてラムザの話しをどうも怪しんでいる様子。その様子をロゼットに見られていることに気づき、彼は少しだけおどけてみせる。


 二人の若い男性の話が盛り上がっている中で一人、良い顔をしていない知事が言及をする。


「次期当主、義勇兵は結構ですがすでに軍は動いております。あなた方も『領主』ではなくただの地主、あくまでこの地の代表は知事である私です。軍を率いるような権限もないのに一体どうするおつもりでしょう…」


 知事がそう言いかけて扉がノックされる。入ってきたのは役人らしき人物それから軍人と思われる人物。


 そしてもう一つロゼットの耳に馴染みのある声が響く。


「許可でしたらこちらにございます。遅くなり申し訳ございません、ドラストニア王都より任じられ馳せ参じました『イヴ・エメラルダ』です」


 イヴの登場に驚きつつも見知った顔との出会いで嬉しそうな表情へと変わる。周囲も彼女がやってきたことに驚き、軍人とも思っていたのもあるがそれ以上に彼女の美しさに言葉を失っている。奥方が咳払いをして男性人は我に返る。


「王家は軍人を寄越したんじゃなかったのかしら。知事は貴族の娘をご所望で?」


「いや…私は軍の派兵を依頼したのですが…まさかこのような美しい女性がいらっしゃるとは」


 知事も彼女の美しい容姿に頬がほころんでいるものの奥方に睨まれる。イヴは冷ややかな目を向けながら預かってきた書状を渡す。知事が内容を読み上げると『王』からの勅書だった。魔物の大規模な討伐部隊の派兵、物資その他の支援の他、地主、有識者はこれに積極的に支援を行えとの内容に知事の表情が見る見るうちに変わるのが伺える。他にも志願者にも積極的に参加する機会を与える事、軍の指揮は現地の人間に一任するもイヴを必ず相談役に置くこととされていた。


 ポットンもアデラも国王の勅書と聞き命を下された以上従うべきだと強気の姿勢に出る。ラムザも概ねこれには従わざるを得ないだろうと主張、イヴはすぐにでも部隊を編成し参加も続出すると読み軍から兵装を貸し出すべきと迫る。


 しかし、それでも知事はまだ渋り決断できずにいた。


「しかし住民がそれに納得するかどうかは別の話です! 住民の中には魔物との共存を真剣に考えている者も多数おります。そうした彼らの思いは汲み取ることはされないのですか」


「その後の収拾をするのが貴方の役では? その椅子にただ座っていれば良いというのが知事の仕事ではないでしょう?」


 頑なに庇護しようと主張する知事に対してイヴが強い言葉で切り捨てる。威圧を纏ったその言葉に知事も気圧されし、


「知事、私の報告書を後ほどしっかり読んでいただければ幸いかと、ちなみに複写もしてありますので悪しからず」


 どういう意味かとカブスを尋問しようと詰め寄るも彼はそれだけを言い残しそのまま立ち去っていった。わずかにロゼットの方を見てまた少しだけ笑みを溢しつつ。


 軍も王の命令ということならば動かざるを得ないと指揮官は知事に語気を強めて確認だけを取る。それは同意を求めるものではない形だけのもの。知事はまだににか言いたげではあったものの勅命に逆らえるほど肝が据わっている人物でもなければ権力などもとい存在しない。少し脱力した様子であとは勝手にやってくれと言わんばかりに溜め息をついて彼らの会話から脱する。


「話は決まったようですね。ではさっそく本題に入りましょうか」


 ポットンが話を仕切り、現状の兵力と兵装の詳細を出すようにイヴは指揮官に依頼。ロゼットを一瞥して笑みを見せた。ロゼットもそれに習い笑みで返す。アデラがロゼットを引き連れて退出しようとするとポットンに呼び止められ「彼女も残す」と言い出した。


「彼女も随分と戦えるようですし、戦力は一人でも欲しいところじゃないですか。それに君は現状うちのハウスキーパー、次期当主の命として辞退なされないように」


 イヴは止めようとするが自身も軍を動かすことに同意しているどころか率先して進言した手前何も言い返せない。ロゼットもイヴの表情で断っても良いという意思を汲み取れたが彼女の出した答えは―…。


「わかりました。私も付いていきます」


 少女のハッキリとした声が室内に響く。ポットンもアデラも納得し、イヴだけは心配そうに彼女を見ていた。そしてラムザも彼女を見る目が少しだけ違っていた。不安と幼さが篭った彼女の声だったがその目には力強い意思のようなものを感じ取っていたのか少しだけ不思議そうに彼女を見ている。


 話に加わるために彼の隣に歩いてきた彼女は軽く会釈と笑みを見せて先の御礼をしている様子。少しだけ真剣な目を向けた後、ラムザもそれに応え笑顔を返した。





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