インペリウム『皇国物語』

funky45

62話 メイドとしてのお勉強

 ドラストニアの王都、有り余るほどの大きなベッドで目を覚ましいつもの日常に戻ったことを実感する。


 早朝のハウスキーパーとしての仕事へと向かうために目を擦りながら下着と服に手を伸ばす。外ではそうはないが自室では慣れてしまったこともあり、相変わらず裸のままで寝る癖は直らずついにここでも出てくるようになってしまっていた。


 それほどまでにここでの生活に馴染んでしまっていたのかもしれない。自分の癖にぶつくさと文句を言いながら着替えをテキパキとこなしていく様がなんとも妙な感じに思えてくる。


 ここに来た当初は夜も浅い睡眠ばかりだったのか朝起きても酷いくらいに眠気が取れなかったのに今はほとんどそんなことはない。むしろ現代にいたときよりもスッキリとした目覚めだと感じてしまっている。


「『そんな癖が抜けないようでは淑女とは到底程遠いわよ、ロゼット』。なーんてね」


 シャーナルさんの口調を真似するように姿見の鏡台の前で衣装を合わせながら口を溢す。最近一人言が多くなったのか仕事中でも時々溢してしまっているようで、同じハウスキーパーの仲間に気をつけたほうが良いと注意されることもあるくらいに増えてるようだった。


 メイド長にそんなところを見られたら注意どころでは済まされない。


 支度を整えて扉を開けコソコソと柱から通ずる隠し通路を通ってハウスキーパーの集合場所へと向かう。王室から出てきたとバレてしまうわけにもいかないし、何より自身が王位継承者ということも口外できない。と言っても信じてもらえるわけがないというのが本音である。


「私お姫様なんですよーなんて言ってたら、頭のおかしい子としか思われないもんね。それに実際にそんなお姫様っぽいこともなかったし…」


 まぁここ最近ずっと外国に外遊ばかりだったりは良かったのだが、魔物と戦ったり海賊に誘拐されたりだの散々な目に遭っているだけにちょっとだけへこんでしまう。精々アズランド家との紛争の真っ只中で紫苑さんにお姫様抱っこで連れられた程度くらいしか思い出せない。


 王都においてもメイドのお仕事ばかりで掃除やその他諸々のお手伝い、空いた時間でセバスさんの授業と学校にいた頃よりも詰まったスケジュールで生活しているんじゃないかと、今になって思い起こす。その分一週間のお休みは三日もあるが、おそらくセバスさんやラインズさんが根回ししてくれてるおかげなんだろうな…。それに外遊に付き添わなければならない時もあるし、休みの融通も大分利かせてもらってるから実質もっとお休みいただいているけれどそれでもクタクタになる時はベッドに倒れるように眠ってしまっている。


 あまり特別扱いされるとメイド長も小言を言うし、今はまだないにしろそのうちメイド間であまりよく思わない人だって出てくるかもしれない。身内に敵を作るようなことだけはしたくない、特に長老派の目もあるから目立ちたくもないかな。


「ポスト公爵の一件もあるしね…」


 あの後、何合か打ち合いをして、怪我にまでは至ることはなかったけれど場面場面で危ないところはあった。おそらく手加減をしてはいたのだろうけど、剣の鋭さはシャーナルさんには及ばないものの力は男性ということもあってやはり私では到底歯がたたなかった。もちろん打ち合う前からそれは分かっていたから、真っ向からの勝負は避けて剣速で遣り合うしかないと判断。


 状況だけ見ればウェアウルフの時と同じような感じだったのかな。数合の打ち合いだけで私の実力を悟ったのかポスト公爵もすぐに剣を収めて一礼してその場を立ち去っていった。シャーナルさんもそうだったけどこの国の王位継承者の意図がイマイチ理解出来なかった。ただの気まぐれだったのか、それともラインズさんの近くにいる私に接触を図ろうと近付いてきているのか。


 私じゃ考えてもラインズさんやセバスさんのように裏の裏を読むことなんて出来ない、自分から意思表示することで相手の意思を知るくらいしか手段を知らない。だからこそ『人を見ろ』と言われたのだけどそれが身に付いているのか実感もあまり湧かないのがこれまで生活してきた中での本音だった。


「ちゃんと成長しているのかは不安だなぁ」


 そんなことを考えながらも気づかないうちにまたしても一人言を呟いていた。




 ◇




「ヴェルクドロールさん、メイド長に呼ばれてますよ」


 早朝の仕事が終わり、一時の休憩で仲間のメイドと交代し、着替えの支度をしている最中仲間ののハウスキーパーに呼び止められる。メイド長に呼び出しを受けたのだが今日は何も問題は起こしてないのになんで呼び出されたんだろうかと。


「私、何かしましたっけ…?」


 不安気な声で先輩メイドに伺うけど、彼女は少し笑って私に安心するように返す。


「多分そんなんじゃないと思うよ。研修の件じゃないかな」


「研修??」


 研修と言われて、頭の中でクエスチョンマークがたくさん浮かぶ。先輩メイド曰く、ここに来たハウスキーパーは近隣の貴族、有識者の下で研修を受けてハウスキーパーとしての心得と基礎的な知識を身に付けるために送り込まれるそうで平たく言えばメイドのお勉強会みたいなものだそうだ。


 仕事を行なう上でも最低限の知識と教養がなければ仮に他国の王族と接する時に些細な事で無礼とされることもある。そうしたことを避ける意味合いでも彼ら貴族の元でハウスキーパーとしての心得を身に付けるものなのだそうだが実際には結構緩いとのことを耳打ちされる。


 私を含む数名の新米メイドが集められ、その中にはシンシアさんもいた。


「あなた方には二日後、研修のために王都を発ってもらいます。先方にはすでに書簡で連絡しており、研修に向けての準備もございますので本日の勤めは終了です。各々準備としっかり休息を取っておくようにしてください」


「かしこまりましたメイド長」


 メイド長の連絡に一同声を揃えて答える。なんだかこの様も板についてきたというのか、最初は変な感じだったけれど今は自然な形で行なえるようにはなっていた。


 私も準備に向けて支度を整えようと自室へ向かうがメイド長に呼び止められてしまった。


「ヴェルクドロール、少しお話がございます」


 少し緊張して私はただ一人残らされてしまう。他の新米メイドに困ったような笑いをされながら頑張ってねと言われたが何を頑張れというのだろうか…。


「あ、あの…なんでしょうか…」


 怯えていたのがありあり分かる様子だったのか、彼女は溜め息をついて剣術の時もそうであったのか―? と返されてしまう。あれだけシャーナルさんと積み重ねていたら流石に知られてしまうのはわかっていたけれど、いつも早朝、深夜に行なっておりハウスキーパー達は自身の宿舎に帰っている時間帯なのになぜ知っているのか。


「し、知っていたんですか…?」


「貴女がシャーナル皇女と行なっているのは随分前から知っております。剣術に関しては大分腕前は上達されたようにも見受けられますし、本日はポスト公爵とも交えておりましたね」


 メイド長は思いのほか私の剣術に関して観察しているようで、ほぼ毎日見ていたんじゃないかと思うほど事細かに話していた。なんでそんなに知ってるんだろうと私がちょっと引き気味に聞いているとメイド長は質問をしてきた。


「それで、きちんと休息は取れているのですか?」


 剣術で仕事が疎かになっていると小言の一つでも言われるのだろうと身構えていたが想定外の質問に目を丸くして唖然としてしまった。我に返って少し動揺しながらも有体に答える。


「はぁ……最初のうちは辛かったですけど、今はさほど…以前よりは目覚めが良いくらいには平気です」


 答えた私の様子を伺うように何か考えながらジロジロと見てくるメイド長。たまにこの人のこともよく分からなくなることがあるけれど、彼女に関しては仕事での上司にあたるので個人的な交流がないぶん余計にそう感じてしまうのだろう。


 少し考えた後にメイド長は口を開き私の言葉に偽りがないことを察し、予定通り二日後に私も研修に行ってもらうと告げた。外遊の件もあったので、もし疲労が取れておらず無理をしているのであれば延期を考えていたそうだが私にそのような兆候がないとの判断だそうだ。


「特に貴女は今後、有識者側の人間としても立ち振る舞わねばならないのでしっかり学んでくるように。貴女は他のハウスキーパー達とは立場も異なるのでよく理解しておきなさい。いいですね?」


「は、はい! が、頑張ります」


 メイド長なりに私のことを気遣ってくれたのかな、と少し彼女の優しさにほっこりしつつ自室に戻るように言われたので少しだけいそいそと向かって行った。一週間ほどの研修ということなので衣服もそうだが必要な身の回りの備品の買出しが必要だと感じ、せっかく時間も空いたので私は王都の町へと向かうことにした。


「そうだ、せっかくだから誰か誘っていこうかな」




 ◇




 王都の町へと繰り出したロゼットはウキウキ気分であった。というのも誘えた人物が人物だけに彼女にとっては今日という日そのものがツイてるといえるのだろう。


「私だけでよろしかったでしょうか?」


「勿論です! むしろ紫苑さんと二人き…じゃなくて、一緒に買い物なんて初めてですしね!」


 露骨な発言は避けるように―…というよりも誤魔化すように慌てて言い直していた。肌も髪の色も異なる二人が親族同士に見られることはまずない。端から見たら不思議な関係に見えるのだろうがエンティアにおいての常識がどんなものなのか分からないし、歳の離れた『恋人同士』という風にもみえるのだろうか。そんな事を考えてもみるが子守をしている青年と連れられる少女という認識の方が普通だろう。


 それでも少女にとっては気になる異性と出かけるということ自体に大きな意味が含まれている。紫苑の服装も普段でも軽装の鎧を身に付けているが今回は左腕に軽装の篭手のようなものを装備しているだけで、街中で歩いている貴族達ほどではないにしろきっちりとした私服姿であった。新鮮な彼の姿にほんの少しの緊張と心を躍らせながら彼女は彼の服装について感じたことを思うままに伝えた。


「なんだか紫苑さんが私服姿を見せてくれるなんて新鮮ですね。ちょっぴり特別な気分になっちゃいます」


「王都の中でしたら危険もございませんし、鎧姿で出歩くわけにもいきませんからね」


「それに折角のロゼット様のお誘い、相応の格好をと思い選らばせて頂きました」


 自分を想って選んだと言われ彼女の感情は更に高まる。おそらく彼には恋愛感情はないのだろうけど、少女にとって彼の一言がとても嬉しく心がときめくには十分過ぎるものであった。


 ロゼットは紫苑の手を握り、彼もそれに応えて優しく握り返す。笑顔で向き合う二人は王都の門をくぐり街へと向かう。


 街中は相変わらず大変な盛況ぶりで忙しく賑わっている様が伺える。ちょっとした屋台の軽食屋のようなものも露店として開いており、お祭り気分も味わえる。


 ロゼットは屋台に夢中になり少しだけ見たいとのことを告げて走り出していく。ポテトやケバブのようなものから、クレープやソフトクリームなど思いの外色んなものがあり驚いている様子。特にソフトクリームがあることに驚き、エンティアでも食べることができるのかと少し感動している様子にも見られる。


 少女の夢中になる姿を少し離れたところから見ている紫苑も少し安堵した様子であった。ここ最近彼女も休む間もなく外交で外遊に連れられ、海賊の一件で精神的にも疲労が溜まっている。その上魔力のこともあったために彼女の健康状態に憂慮していた。


 ソフトクリームと串に刺さったドーナツのようなお菓子を買っていそいそと紫苑の元へと戻ってくる。


「紫苑さん! どうぞ」


「ありがとうございます。わざわざ私の分までご用意していただけるとは感謝の極みです」


 紫苑はロゼットから渡されたドーナツを受け取り、二人で分け合いながら楽しんだ。周囲の子供たちも楽しそうに声を上げながら、屋台のものに興味を示している様子をロゼットは横目で見ていた。その姿に紫苑は少し羨ましそうな、何か懐かしむようなそんな印象を受けていたがすぐに彼に向き直り買い物の続きに戻ろうと笑顔で答えていた。


 衣類店の区画を横切り、少し気になる様子で見ているロゼットに立ち寄っていくことを提案し紫苑と二人で入店。あの仕立て屋とはまた違った雰囲気で商品の衣服も手に取りやすいよう店内も明るい装飾で施されている工夫がなされていた。店内にいる他の客も商品を実際に手にとっているのが散見されるためこの辺りでは珍しい。


 ロゼットも手にとって生地の感触を確かめたりして選んでいた。なんだかんだで歳相応の少女なのだと紫苑も隣で眺めていると隣から聞きなれた声が聞こえてくる。


「これはちょっと…」


「いえいえ、お客様にとてもお似合いになられますかと。こちらなんかはいかかでしょうか?」


 イヴが買い物に来ており、女性店員に商品を薦められている。見た限りだとシャーナルがよく着ていそうなゴシックロリータ風でありながらどこか妖艶さが際立つような衣装。彼女の容姿なら確かに着こなすことは出来ようが、当の本人は乗り気ではないらしい。彼女の容姿も言わずもがな身なりも整っていることもあって客としての質も高いと踏んで彼女への接客が続いていたのだろう。


 見ていられなくなったロゼットが彼女に声を掛けて、二人の間に割ってはいる。


「わぁその服も可愛いですね」


「あら、お嬢さんには…そうですねぇ」


 ロゼットなりに気を使ったのか、ああいうことをあしらうのに慣れていなさそうなイヴから逸らさせて自身の服を選んでもらうように仕向け二人に軽く会釈して店員の方へと向かっていく。イヴも彼女に申し分けなさそうな表情で彼女に手を合わせて紫苑と二人で話す。ああいう手合いが苦手なのは端から見てもよく理解できるし、彼女自身どこか押しに弱そうな一面があるというのも見受けられる。


「自覚はあるのだけど、なんだか押し迫られるときっぱり断れないものね」


「イヴ王女のお気持ちは分かります。自分も苦手なもので」


 彼女の思わぬ一面を見て互いに顔を見合わせて笑みがこぼれる。普段は気丈に振る舞い王女として自国のことでは一歩も退かずに凛々しい姿を見せている。戦場においてはその容姿からは想像もできないほどの剣術の腕前を見せている。それが一般庶民を前にしてたじろぐ姿を見るにイヴも一人の普通の人間なのだと、紫苑もそれに同調し互いになんだか可笑しく思えてしまっていた。


 そんな二人の雰囲気に少しだけ妬いてしまうロゼット。イヴも美人で普段の接し方は非常に女性らしく振舞う。紫苑もまた顔立ちの整った美青年、悠然とした大人の持つ余裕の心が表面に表れている。そんな二人だからこそ惹かれあう部分もあるのかもしれないと少々の危機感を抱く。


「あ、あの紫苑さん! 服を選んでほしいんですけど」


 二人の間に割って入るかのように自身が手に取った服を見せる。少女は好意を向ける相手が取られるんじゃないかとイヴに少しの対抗意識を向けていた。彼女もそれを察したのか紫苑に見てあげるようにと促す。自分にはそのような美的感覚はないと自負している紫苑は困った表情で見比べる。戦場における判断能力には自信はあるがこういった場合の判断はどうするべきなのか。


 紫苑に助け舟を渡すようにイヴが耳打ちする。


「彼女は紫苑殿に選んで欲しいのよ」


「しかし…私が選んだことでロゼット様がもし身に付けて、辱めを受けるようなことがあると…」


「紫苑殿に選んでもらうことに意味があるんだと思いますよ」


 自分に選んでもらうことに意味があるのだと言われ悩みながらも紫苑は彼女に合いそうな服を吟味する。その表情は真剣そのもので少しロゼットもビビッてしまう。でもこれほど自分対して真剣になってくれるからこそロゼットは紫苑に好意的に接しているのだろうと、そんな二人を横で見つめながらイヴは何かを思う。


 紫苑に選んでもらった服を購入し満足気なロゼット。買い物を済ませてで一息つくために飲食店へと足を運ぶ。一階が雑貨屋で二階にテラスのような開けた場所という作りになっておりそこがカフェのような飲食店を営んでいた。


「私は紅茶を、リズが…ジュースでよかったかしら? 紫苑殿は珈琲にされますか?」


「私はジュースでお願いします」


「珈琲を頂きます」


 各々注文し、数分後に運ばれてきて午後のひとときを楽しむ。ロゼットもドラストニアに来て以来こんなに優雅な時間を過ごしたことはなかった。常に命の危険と隣り合わせにあるエンティアではそれも比較的当たり前のように多くの人々は過ごしている。


 故に自身の身を守るための術を身に付け、生き残るために戦う。ロゼットもそれは例外ではなかった。彼女のような幼子であっても生きるために『力』を持たなければ、死んでいたかも知れない場面はこれまで幾度もあった。命を大切にすること、死と隣りあわせで生きる中でこんなささやかな日常はなにものにも変えがたい大切な時間。


 現代にいたころでもこんな大人のような時間の過ごし方はしなかっただろう。友人達と学校ではしゃいで流行のものに興味を惹かれて皆で騒いで楽しむ日々もあったんだろうなと懐かしむようにジュースを飲む。


 ふと思う――。


 ドラストニアに来ておそらく体感的に二ヶ月近くは経過している。レイティスで見た夢でもそうであるが自身が元の世界へ帰ることができるのか…。帰ることが出来たとしても時間はどうなっているのだろう。


 ここで過ごしたとおりの時間となれば夏休みなど終わっている。帰った頃には誰も知っている人がいない、とてつもない時間が過ぎていて自身の居場所なんてなくなっているかもしれない。昔聞いたことのある日本の御伽話で「浦島太郎」というお話があったけど本当にそんなことになっているかもしれない。帰りたいと思う反面、帰ることへの恐怖も湧きあがる彼女の中で感情が入り混じっていた。


 顔色として出ていたのかロゼットの事を気に掛けるように紫苑が心配する。


「ロゼット様、気分が優れないのでしょうか?」


「いえ…! 大丈夫ですよ。ちょっと一階の雑貨屋さんで気分転換して来ます…!」


 イヴも心配して自分も一緒に行くと言ったが一人で大丈夫だと彼女を止め、一人で一階へと向かう。


(気を使わせてしまったかしら…)


 彼女のこと心配する二人であったが詮索しすぎるのもかえって彼女に煩わしい思いをさせてしまうかもしれないと、そっとしておくことにした。







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