インペリウム『皇国物語』
56話 崩壊の中で交わした約束
孤島内部の海賊達は先ほどの爆破によって気を取られ、シェイドとエイハブ達によって掃討された。エイハブは彼らが海軍の人間だとすぐに認識し彼らにことの経緯を簡単に説明。
先ほどの爆発で要塞拠点として利用していた大空洞も崩れ始め、近場の行商船で一同脱出を図らせるがシェイドはただ一人ロゼットの救出に向かうべく船を降りる。
「待て坊主! 嬢ちゃんのことはジャックスに任せろ!」
「嫁さんを見捨てる旦那がいるかい!?」
冗談なのか本気なのか分からないような言葉を残してシェイドは走り出す。エイハブも「あの二人結婚でもしてんのか?」と真に受けて訝しげな表情を浮べて彼を見送る。実際ロゼット救出を最優先としているためシェイドはたとえ一人でも要塞内部を突き進んでいく覚悟だった。
そして――…。
ジャックスとロゼット達はダヴィッド達海賊との激戦を繰り広げている。小さな躯体で俊敏な動きを以って翻弄するロゼットに苛立ちをみせる海賊のならず者。剣撃を飛び上がってかわし、柄を相手の側頭部向けて叩きこむ。走りこんでから地面を滑走するように相手の股下を潜って、股間に目掛けて「えいっ」と思いっきり蹴り上げるなどの攻撃で複数の海賊を相手取る。
卑怯というか子供らしい手ではあるものの対面での戦いならともかく少女がまともに彼ら複数人と戦うには急所を突いた戦い方でないと遣り合えないとよく理解していることが伺える。
ジャックスはダヴィッドと互角の戦いを繰り広げるも、戦闘術において敵のほうが上手であった。徐々に追い込まれるような形でダヴィッドは余裕の笑みを浮べて降伏するように述べる。
ジャックスは大きな隙が出来たダヴィッド目掛けて剣を突立て見せる。
しかしダヴィッドの表情は変わらず、呆れたように溜め息をつく。突立てられた部分からは黒い炭が漂いいくら身体を貫かれようとも彼の心臓に刃を突立てなければ意味がないのだ。
ダヴィッドは自身の剣で今度はジャックスの身体を貫いた。ジャックスは目を見開いて苦しみの表情を浮べる。ダヴィッドは彼の身体から剣を引き抜くと同時に耳打ちするように「残念だったな。そしてさようならだ」とだけ呟いた。
倒れこむジャックスの姿を見たロゼットの叫び声が虚しく木霊し、爆破で大空洞が崩れかかり岩石が降ってくる音によってその悲鳴もかき消されてしまう。ジャックスから今度はロゼットへと方向転換し向かってくるダヴィッド。
傲岸不遜ないつもの不敵な笑みを浮べて近付いてくる絶望。ロゼットは顔を上げてただ絶望に打ちひしがれるばかりに見えたが彼女の目に映ってきたものは――…。
絶望に打ちひしがれるロゼットへと一歩一歩、歩み寄っていく彼女のその表情はなんとも彼にとって甘美なものであろう。
そう彼女の驚いた表情――…驚いているー…?
彼女の様子を見て妙な違和感に気づく。驚きの表情とは言えど、先ほどまでの絶望したものとは明らかに様子が違っていたのだ。
ゆっくりと振り返るとジャックスが起き上がり顔を横に振りながら目覚めるような仕草をしている。先ほど剣で刺し殺したはずの男が立ち上がっているのだ、ダヴィッドはまたしてもしくじったのかと―? そんな馬鹿なことがあるはずないと考えを巡らしているとあることに気がつく。
ジャックスの傷口から僅かに電流のようなスパークのようなものが走っていることに気づく。彼は服を捲り上げて傷口を確認すると刺したはずの左わき腹が金属の塊のような構造になっているのだ。
「き…機械…!?」とロゼットが呟くとそれに答えるようにジャックスも溢す。
「へぇ面白いもんだ。痛みはあるが…大したもんじゃねぇな」
彼の呟きに唖然とした表情を見せるダヴィッド。それに気づいたジャックスは「俺が生きていた理由が分かったか?」と皮肉をかまして再びダヴィッドへと斬りかかる。
ロゼットは安堵し、半分泣きべそをかいていた顔をごしごしと拭っているとその隙を突いた海賊が彼女に飛び掛ってくる。その刹那、峰打ちで迎撃する少年の姿が飛び込んできた。
「俺の嫁にする前に傷物にすんなよ」
冗談とも毒とも言えぬ物言いで颯爽とシェイドが彼女の救出に現れた。久しぶりに見知った顔に出会ったために気づかぬうちに喜びに満ちた表情を見せるロゼット。
彼女の表情を見て「そんなに俺に会いたかったの?」と言いつつ彼女を立たせて最後の一人であるダヴィッドに向かう。しかし彼はほぼ不死身とも言える存在、どうにかして心臓に突立てる方法はないかと考えを巡らせていると彼女はジャックスから貰ったあの『粉』を思い出す。
「シェイド君、お願いがあるんだけど…!」
ロゼットの妙案にシェイドも耳を傾けてダヴィッドに向かっていく。こちらに気づいたダヴィッドは先ほどのダイヤモンドを小型の槍状にして銃弾のように飛ばして迎撃してくる。
「出来る…はず…いや! 今の私に出来ることなんだ…!!」
ロゼットは思い出していた。紫苑とあの時話したこととウェアウルフの時の死線で感じたあの熱い感覚を――…。
左手の腕輪が彼女の思いに応えるかように熱を帯びて左手にエネルギーの塊のようなものが生まれてくるのが分かる。
左手に魔力を込めて向かってくるロゼットの姿が目に映り彼女目掛けて無数の刃を飛ばす。鈍い音と感覚が彼女の太ももに流れる。刃の一撃が彼女の身体を駆け巡るように、そして太ももに熱いものが縮小と拡大を繰り返すような感覚で襲う。
あまりの痛みに悶えて盛大に転んでしまい、すかさず彼女に向けて再び打ち込むその刹那、シェイドがロゼットから先ほど託された『粉』をダヴィッド目掛けて投げつける。粉はダヴィッドの身体中を粉塵として舞い光の粉がきらきらと輝くのを見て彼は笑みを浮べた。
「俺の能力が魔力によるものだと言っただろう? 聞こえなかったのか?」
ダヴィッドはそう言い放つと、魔力が増したのか先ほどよりも遥かに巨大なダイヤモンドの槍を形成させてロゼット達に向けるが彼の身体を剣が突き刺さる。投げつけたのはジャックスで挑発するように奇天烈な素振りと侮蔑の言葉を吐くと標的を彼に定めダヴィッドは笑い声のような雄たけびを上げながらマシンガンを放つような勢いでジャックスに向けて速射して放つ。
ジャックスは岩影に隠れ、逃げる機会を伺うがダヴィッドの攻撃の手は留まらないどころか同時に巨大な結晶の塊を形成し、彼目掛けて放とうとする。
彼の猛攻をなんとしてでも止めるべく果敢にシェイドが斬りかかりダヴィッドの腕を斬りおとすも即座に再生し、その手でシェイドの首を締め上げる。
「出て来いジャックス、ガキを見捨てるのか!? ぁあ!?」
ジャックスは思わず声を上げて岩陰から出てくるがそれを待っていたかのようにダヴィッドは巨大な結晶の塊を砲撃の如く速度で放つ。ジャックスのいた岩場は轟音と爆風に見舞われ大砲が直撃したかのような勢いで周辺のものが崩れゆく。
そして今度はシェイドを絞め殺そうと力を込めるが彼を救うべくロゼットが最後の力を振り絞ってダヴィッドの背後にしがみ付く。
「ぐっ…!! 離れろ小娘!!」
太ももに走る激痛を堪えながらもロゼットは負けじと喰らいつく。
「可愛い蕾は愛でるんじゃなかったの!?」
「そうだな! だが、生意気な餓鬼は大っ嫌いだ!!」
ダヴィッドはそう言うとシェイドを放り投げて、ロゼットを剥がそうと掴みかかるが、先ほどまで溜め込んでいた魔力を彼女はダヴィッドの左胸目掛けて押し当てる。魔力は彼の身体に付着した粉塵に吸収され一挙に膨れ上がる。ロゼットはそのまま彼を蹴り飛ばして離脱を図る。
その直後に魔力は一挙に解放されて彼女の込めた『炎』の魔法は『カルティタイトの粉』の恩恵を受けて特大の爆発を惹き起こした。寸前で離れたとはいえロゼットも爆発の余波に巻き込まれ吹き飛ばされる。
爆心地は炎に囲まれ煙がもくもくと上がっている。ロゼットは傷ついた身体を引きずり、燃え上がる炎を見てやっと終わったのだと安心していた。
が―…。
「やって…くれたな…小娘が…」
驚愕であった――…。ゼロ距離からの粉塵の恩恵も込めたありったけの魔力をぶつけたにも関わらず彼は生きていたのだ。爆炎の中から体の半分が吹き飛んだ姿でも尚、彼女に対する恨み節を吐いて、最後の力と言わんばかりの光り輝く槍を形成しよろよろとおぼつかない足で近付いてくる。
吹き飛んだ左半身から心臓がむき出した状態、彼を殺しきるのは今しかないと、ロゼットは身体を引きずり吹き飛んだ自身の剣を拾いに必死で這いずる。
全身の痛みを堪えながら、満身創痍の両者は最後の止めを刺すために血肉を限界まで動かす。
しかしその最後はあっけなく一つの銃声によって訪れた。ダヴィッドの心臓からは血液が噴出し溢れ銃弾による煙が上がっていた。振り返ると岩石に身体を挟まれたジャックスから放たれたものだと分かった。
ダヴィッドは血を噴出しながらも最後に笑みを溢して「ジャックス……クロイツ…バルン」と呼びその場に倒れた込んだのだった。
今度こそ本当に終わったのだとシェイドはロゼットに駆け寄り、彼女の身体を支える。ロゼットはジャックスの方へと向かうように頼み、彼の元へ。ジャックスの左半身は岩に挟まれてとても動かせるものじゃなかった。ロゼットはなんとかして彼を助けようとするがジャックスが制止。彼は酒を取り出してロゼットに飲むように伝える。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! それに私…成人してないし…」
「おいおい真面目だな…いいから飲んでおけ。太ももの痛みが少しは楽になるぞ」
真面目に答えるロゼットに諭すように薦めるジャックス。ロゼットは少し躊躇した後、一気に飲み残りをジャックスに渡した。飲みっぷりに感心した彼は将来酒豪になると言った後酒を口に含む。
「こんな麗しのお姫様と酒を共に飲めるなんて今日はツイてる」
ジャックスはそう言って残りの酒を楽しんでいるが二人は複雑な表情を浮べる。この先に海賊が用意していた船で脱出するように伝え、自分はなんとか脱出すると彼らへ心配をかけさせないようにするのが彼に出来る精々の事。
ロゼットは涙混じりにジャックスの手を取って祈るように必ず脱出することを約束する。
「今度は…ジャックスさんの船で海に連れてってくださいね」
「おう、お前さんにピッタリな立派な船で迎えに行ってやる」
ジャックスもそれに応えて必ずまた会いに行くと、そしてロゼットのことをシェイドに託すと二人は彼の元を去って脱出へと向かう。
シェイドに支えられて船着場までやってくると用意されていた船を見て目を丸くする。この時代には似つかわしくない燃料式で動く小型のボートであった。おそらく交易ルートでどこからか入手したのだろうがどうやってこんなものを作ったのかとジト目でロゼットは不思議に思っているとシェイドが燃料らしき鉱物を近くの樽から持ってくる。タンクのような入れ物に鉱石を詰め込めるだけ詰め込み適当に弄っているとエンジンが掛かる。
ロゼットは現代にあるボートに似てることからバイクのハンドルのような部分を握って捻ってみると、轟音と共に豪速の勢いで突き進んでいく。驚いた彼女の手がおぼつかなくなったためシェイドも一緒にハンドルを支えながら安定した推進力で洞窟を進んでいく。しかし音を立てて崩れ行く洞窟内に次々と落石が起こりもはや完全に崩壊するのも時間の問題。
「ちょっとスピード上げるぞ!」
シェイドはそう言ってボートの速度を上げる。徐々に操作に慣れてきたのか落ちてくる岩石をかわしながら進んでいく。ロゼットは残っている体力を使って魔力による火炎を明かり代わりに灯しながら前方を照らすことで視界を作る。手に汗握る脱出劇、洞窟の先に見えた光に向かって一挙に速度を上げるシェイド。
緊張感で熱く火照った頬に冷たい水しぶきが掛かる。脱出間際にロゼットの体力は限界を向かえてそのまま倒れこむように魔力が途絶えた。シェイドはロゼットの安否を心配する声を上げつつも船を止めることが出来ずにそのまま突き抜けて―…。
飛び出すような勢いで孤島から脱出。孤島は爆破によって炎上し行商人達が仕掛けたであろう火薬による連鎖反応で爆発が続く。シェイドはロゼットを抱えてただそれを見ていることしか出来なかった。
少し離れた海上から海兵たちの勝利を称える声が上がっていることに気づき、こちらも終わったのだと気づく。すると背後から『赤い旗』を掲げた軍船が近付いてきて、行商人達が自分達の安否を確認する声を向ける。そこにはロブトン大公によって救い出されたあの行商人達が乗っていた。横でシェイドとロゼットを見定めるロブトン大公に少し鋭い目つきで見据えて、シェイド達は彼らの船に上げられた。
先ほどの爆発で要塞拠点として利用していた大空洞も崩れ始め、近場の行商船で一同脱出を図らせるがシェイドはただ一人ロゼットの救出に向かうべく船を降りる。
「待て坊主! 嬢ちゃんのことはジャックスに任せろ!」
「嫁さんを見捨てる旦那がいるかい!?」
冗談なのか本気なのか分からないような言葉を残してシェイドは走り出す。エイハブも「あの二人結婚でもしてんのか?」と真に受けて訝しげな表情を浮べて彼を見送る。実際ロゼット救出を最優先としているためシェイドはたとえ一人でも要塞内部を突き進んでいく覚悟だった。
そして――…。
ジャックスとロゼット達はダヴィッド達海賊との激戦を繰り広げている。小さな躯体で俊敏な動きを以って翻弄するロゼットに苛立ちをみせる海賊のならず者。剣撃を飛び上がってかわし、柄を相手の側頭部向けて叩きこむ。走りこんでから地面を滑走するように相手の股下を潜って、股間に目掛けて「えいっ」と思いっきり蹴り上げるなどの攻撃で複数の海賊を相手取る。
卑怯というか子供らしい手ではあるものの対面での戦いならともかく少女がまともに彼ら複数人と戦うには急所を突いた戦い方でないと遣り合えないとよく理解していることが伺える。
ジャックスはダヴィッドと互角の戦いを繰り広げるも、戦闘術において敵のほうが上手であった。徐々に追い込まれるような形でダヴィッドは余裕の笑みを浮べて降伏するように述べる。
ジャックスは大きな隙が出来たダヴィッド目掛けて剣を突立て見せる。
しかしダヴィッドの表情は変わらず、呆れたように溜め息をつく。突立てられた部分からは黒い炭が漂いいくら身体を貫かれようとも彼の心臓に刃を突立てなければ意味がないのだ。
ダヴィッドは自身の剣で今度はジャックスの身体を貫いた。ジャックスは目を見開いて苦しみの表情を浮べる。ダヴィッドは彼の身体から剣を引き抜くと同時に耳打ちするように「残念だったな。そしてさようならだ」とだけ呟いた。
倒れこむジャックスの姿を見たロゼットの叫び声が虚しく木霊し、爆破で大空洞が崩れかかり岩石が降ってくる音によってその悲鳴もかき消されてしまう。ジャックスから今度はロゼットへと方向転換し向かってくるダヴィッド。
傲岸不遜ないつもの不敵な笑みを浮べて近付いてくる絶望。ロゼットは顔を上げてただ絶望に打ちひしがれるばかりに見えたが彼女の目に映ってきたものは――…。
絶望に打ちひしがれるロゼットへと一歩一歩、歩み寄っていく彼女のその表情はなんとも彼にとって甘美なものであろう。
そう彼女の驚いた表情――…驚いているー…?
彼女の様子を見て妙な違和感に気づく。驚きの表情とは言えど、先ほどまでの絶望したものとは明らかに様子が違っていたのだ。
ゆっくりと振り返るとジャックスが起き上がり顔を横に振りながら目覚めるような仕草をしている。先ほど剣で刺し殺したはずの男が立ち上がっているのだ、ダヴィッドはまたしてもしくじったのかと―? そんな馬鹿なことがあるはずないと考えを巡らしているとあることに気がつく。
ジャックスの傷口から僅かに電流のようなスパークのようなものが走っていることに気づく。彼は服を捲り上げて傷口を確認すると刺したはずの左わき腹が金属の塊のような構造になっているのだ。
「き…機械…!?」とロゼットが呟くとそれに答えるようにジャックスも溢す。
「へぇ面白いもんだ。痛みはあるが…大したもんじゃねぇな」
彼の呟きに唖然とした表情を見せるダヴィッド。それに気づいたジャックスは「俺が生きていた理由が分かったか?」と皮肉をかまして再びダヴィッドへと斬りかかる。
ロゼットは安堵し、半分泣きべそをかいていた顔をごしごしと拭っているとその隙を突いた海賊が彼女に飛び掛ってくる。その刹那、峰打ちで迎撃する少年の姿が飛び込んできた。
「俺の嫁にする前に傷物にすんなよ」
冗談とも毒とも言えぬ物言いで颯爽とシェイドが彼女の救出に現れた。久しぶりに見知った顔に出会ったために気づかぬうちに喜びに満ちた表情を見せるロゼット。
彼女の表情を見て「そんなに俺に会いたかったの?」と言いつつ彼女を立たせて最後の一人であるダヴィッドに向かう。しかし彼はほぼ不死身とも言える存在、どうにかして心臓に突立てる方法はないかと考えを巡らせていると彼女はジャックスから貰ったあの『粉』を思い出す。
「シェイド君、お願いがあるんだけど…!」
ロゼットの妙案にシェイドも耳を傾けてダヴィッドに向かっていく。こちらに気づいたダヴィッドは先ほどのダイヤモンドを小型の槍状にして銃弾のように飛ばして迎撃してくる。
「出来る…はず…いや! 今の私に出来ることなんだ…!!」
ロゼットは思い出していた。紫苑とあの時話したこととウェアウルフの時の死線で感じたあの熱い感覚を――…。
左手の腕輪が彼女の思いに応えるかように熱を帯びて左手にエネルギーの塊のようなものが生まれてくるのが分かる。
左手に魔力を込めて向かってくるロゼットの姿が目に映り彼女目掛けて無数の刃を飛ばす。鈍い音と感覚が彼女の太ももに流れる。刃の一撃が彼女の身体を駆け巡るように、そして太ももに熱いものが縮小と拡大を繰り返すような感覚で襲う。
あまりの痛みに悶えて盛大に転んでしまい、すかさず彼女に向けて再び打ち込むその刹那、シェイドがロゼットから先ほど託された『粉』をダヴィッド目掛けて投げつける。粉はダヴィッドの身体中を粉塵として舞い光の粉がきらきらと輝くのを見て彼は笑みを浮べた。
「俺の能力が魔力によるものだと言っただろう? 聞こえなかったのか?」
ダヴィッドはそう言い放つと、魔力が増したのか先ほどよりも遥かに巨大なダイヤモンドの槍を形成させてロゼット達に向けるが彼の身体を剣が突き刺さる。投げつけたのはジャックスで挑発するように奇天烈な素振りと侮蔑の言葉を吐くと標的を彼に定めダヴィッドは笑い声のような雄たけびを上げながらマシンガンを放つような勢いでジャックスに向けて速射して放つ。
ジャックスは岩影に隠れ、逃げる機会を伺うがダヴィッドの攻撃の手は留まらないどころか同時に巨大な結晶の塊を形成し、彼目掛けて放とうとする。
彼の猛攻をなんとしてでも止めるべく果敢にシェイドが斬りかかりダヴィッドの腕を斬りおとすも即座に再生し、その手でシェイドの首を締め上げる。
「出て来いジャックス、ガキを見捨てるのか!? ぁあ!?」
ジャックスは思わず声を上げて岩陰から出てくるがそれを待っていたかのようにダヴィッドは巨大な結晶の塊を砲撃の如く速度で放つ。ジャックスのいた岩場は轟音と爆風に見舞われ大砲が直撃したかのような勢いで周辺のものが崩れゆく。
そして今度はシェイドを絞め殺そうと力を込めるが彼を救うべくロゼットが最後の力を振り絞ってダヴィッドの背後にしがみ付く。
「ぐっ…!! 離れろ小娘!!」
太ももに走る激痛を堪えながらもロゼットは負けじと喰らいつく。
「可愛い蕾は愛でるんじゃなかったの!?」
「そうだな! だが、生意気な餓鬼は大っ嫌いだ!!」
ダヴィッドはそう言うとシェイドを放り投げて、ロゼットを剥がそうと掴みかかるが、先ほどまで溜め込んでいた魔力を彼女はダヴィッドの左胸目掛けて押し当てる。魔力は彼の身体に付着した粉塵に吸収され一挙に膨れ上がる。ロゼットはそのまま彼を蹴り飛ばして離脱を図る。
その直後に魔力は一挙に解放されて彼女の込めた『炎』の魔法は『カルティタイトの粉』の恩恵を受けて特大の爆発を惹き起こした。寸前で離れたとはいえロゼットも爆発の余波に巻き込まれ吹き飛ばされる。
爆心地は炎に囲まれ煙がもくもくと上がっている。ロゼットは傷ついた身体を引きずり、燃え上がる炎を見てやっと終わったのだと安心していた。
が―…。
「やって…くれたな…小娘が…」
驚愕であった――…。ゼロ距離からの粉塵の恩恵も込めたありったけの魔力をぶつけたにも関わらず彼は生きていたのだ。爆炎の中から体の半分が吹き飛んだ姿でも尚、彼女に対する恨み節を吐いて、最後の力と言わんばかりの光り輝く槍を形成しよろよろとおぼつかない足で近付いてくる。
吹き飛んだ左半身から心臓がむき出した状態、彼を殺しきるのは今しかないと、ロゼットは身体を引きずり吹き飛んだ自身の剣を拾いに必死で這いずる。
全身の痛みを堪えながら、満身創痍の両者は最後の止めを刺すために血肉を限界まで動かす。
しかしその最後はあっけなく一つの銃声によって訪れた。ダヴィッドの心臓からは血液が噴出し溢れ銃弾による煙が上がっていた。振り返ると岩石に身体を挟まれたジャックスから放たれたものだと分かった。
ダヴィッドは血を噴出しながらも最後に笑みを溢して「ジャックス……クロイツ…バルン」と呼びその場に倒れた込んだのだった。
今度こそ本当に終わったのだとシェイドはロゼットに駆け寄り、彼女の身体を支える。ロゼットはジャックスの方へと向かうように頼み、彼の元へ。ジャックスの左半身は岩に挟まれてとても動かせるものじゃなかった。ロゼットはなんとかして彼を助けようとするがジャックスが制止。彼は酒を取り出してロゼットに飲むように伝える。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! それに私…成人してないし…」
「おいおい真面目だな…いいから飲んでおけ。太ももの痛みが少しは楽になるぞ」
真面目に答えるロゼットに諭すように薦めるジャックス。ロゼットは少し躊躇した後、一気に飲み残りをジャックスに渡した。飲みっぷりに感心した彼は将来酒豪になると言った後酒を口に含む。
「こんな麗しのお姫様と酒を共に飲めるなんて今日はツイてる」
ジャックスはそう言って残りの酒を楽しんでいるが二人は複雑な表情を浮べる。この先に海賊が用意していた船で脱出するように伝え、自分はなんとか脱出すると彼らへ心配をかけさせないようにするのが彼に出来る精々の事。
ロゼットは涙混じりにジャックスの手を取って祈るように必ず脱出することを約束する。
「今度は…ジャックスさんの船で海に連れてってくださいね」
「おう、お前さんにピッタリな立派な船で迎えに行ってやる」
ジャックスもそれに応えて必ずまた会いに行くと、そしてロゼットのことをシェイドに託すと二人は彼の元を去って脱出へと向かう。
シェイドに支えられて船着場までやってくると用意されていた船を見て目を丸くする。この時代には似つかわしくない燃料式で動く小型のボートであった。おそらく交易ルートでどこからか入手したのだろうがどうやってこんなものを作ったのかとジト目でロゼットは不思議に思っているとシェイドが燃料らしき鉱物を近くの樽から持ってくる。タンクのような入れ物に鉱石を詰め込めるだけ詰め込み適当に弄っているとエンジンが掛かる。
ロゼットは現代にあるボートに似てることからバイクのハンドルのような部分を握って捻ってみると、轟音と共に豪速の勢いで突き進んでいく。驚いた彼女の手がおぼつかなくなったためシェイドも一緒にハンドルを支えながら安定した推進力で洞窟を進んでいく。しかし音を立てて崩れ行く洞窟内に次々と落石が起こりもはや完全に崩壊するのも時間の問題。
「ちょっとスピード上げるぞ!」
シェイドはそう言ってボートの速度を上げる。徐々に操作に慣れてきたのか落ちてくる岩石をかわしながら進んでいく。ロゼットは残っている体力を使って魔力による火炎を明かり代わりに灯しながら前方を照らすことで視界を作る。手に汗握る脱出劇、洞窟の先に見えた光に向かって一挙に速度を上げるシェイド。
緊張感で熱く火照った頬に冷たい水しぶきが掛かる。脱出間際にロゼットの体力は限界を向かえてそのまま倒れこむように魔力が途絶えた。シェイドはロゼットの安否を心配する声を上げつつも船を止めることが出来ずにそのまま突き抜けて―…。
飛び出すような勢いで孤島から脱出。孤島は爆破によって炎上し行商人達が仕掛けたであろう火薬による連鎖反応で爆発が続く。シェイドはロゼットを抱えてただそれを見ていることしか出来なかった。
少し離れた海上から海兵たちの勝利を称える声が上がっていることに気づき、こちらも終わったのだと気づく。すると背後から『赤い旗』を掲げた軍船が近付いてきて、行商人達が自分達の安否を確認する声を向ける。そこにはロブトン大公によって救い出されたあの行商人達が乗っていた。横でシェイドとロゼットを見定めるロブトン大公に少し鋭い目つきで見据えて、シェイド達は彼らの船に上げられた。
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