インペリウム『皇国物語』

funky45

52話 悪霊の棲み処

「まずは諸君、お集まりいただき感謝する。そして我々はようやく重い腰を上げる時がやって来たのだ」


 ロゼット達を誘拐してきた船長ダヴィッドは議会の場でまずこう切り出した。彼の言葉に強い興味を示す海賊の長達。彼らもこの近海で名のある海賊としてこの場に集った。数十ほどではあるものの、誰も歴戦の猛者にも劣らない面構え。


 そして今回ロゼットたちを誘拐してきた経緯と状況を説明し彼らにも理解を求める。多くの海賊はダヴィッドの功を称えるように歓喜の言葉を上げるが数名の長はそうではない様子を見せ議会の空気が変わる。


「ダヴィッド船長もヤキが回ったようだな。あんな少女がドラストニアの使者だと本気で信じているのかね?」


「これは我々にとっても分岐点となりうるのではないか? 交渉に持ち込むにしても我々に有利な条件を全面的に受け入れるとも思えん。それどころか総攻撃をされればこの要塞といえどもたないだろう」


 ダヴィッドに対して海賊の長の一人が疑問を投げかける。彼らにとっては確かに信じがたい話でもある。事実であれば強力なカードにはなるが同時に不安要素にもなり兼ねない。中にはダヴィッドの独断だという声も上がっている。


 彼女がもし本当に使者であったとすればドラストニアからは敵対象から攻撃対象へと変わる。レイティスを侵攻が成功したとしても、その後ドラストニアとの戦争となればどうするというのか。


「我々の数は精々数千程度。対して向こうは十万は超える海軍を都市に集中していると聞く。正面からでは無謀すぎるだろう」


 周囲の長達は少々懐疑的でざわめく。ダヴィッドはいつものように不敵な笑みを浮べて、愛剣を議会のテーブルに突きたて、彼らに対しても現実を突きつける。


「なら降伏するというのかね? 我々を捕らえても彼らは慈悲など見せないと思うが、どうだ?」


「逃走経路を確保しておくべきだっただろうに、まともにやりあっても勝てる相手ではないだろう」


 しかし四方を囲まれたこの海域に逃げ道など存在しないというのはこの海域を縄張りとしている海賊達にとっては周知の事実。逃げるためならわざわざこんな孤島におびき寄せるような真似などしない。


 彼の中ではすでに腹が決まっている。彼のすべきこと、目的を達するために言葉を口にする。


「各々言いたいことは勿論分かる、だがこの機を逃せば我々は確実に駆逐される。害獣を駆除するように彼らの掲げる『正義』という名の下にな」


 ダヴィッドの言葉に一同は静まり返る。彼は続けて問いかけていく。


「この海域は元々我々のものであった、にもかかわらず、二百年前に奴等が最初に侵略してきた。我々に支配を強いてこの地から追いやろうとし、今度は蹂躙するつもりだ!」


「奴等と我々、どちらが殺戮者か等、子供でも分かる構図だろう―…?。奴等にこれまで苦汁を舐めさせられてきたが、今度は我々が奴等の喉元を噛み千切ってやる。我々がただ蹂躙されるのを待っている理由が何処にあろうか!?」


 彼の言葉に呼応するように海賊達は声を上げる。それはさながら扇動者の演説。ダヴィッドを支持する声は議会の場に留まらずこの要塞全体に響き渡るようで、それが下っ端の海賊にも届き彼らも声を上げる。中には戦争が出来ると悦に浸り、歓喜の声を発狂させる者もいるほど彼らは血に飢えていた。


「だが今回、『布石』を利用する機会がようやく巡ってきた。二百年だ、我々が待ちに待ったこの時が今ようやく巡ってきたのだ!! この機を逃せば我々に待つものは破滅だ!! その手に剣をとって我々を虐げて肥えた奴等の横っ腹に突きたててやるのだと、なぜ言えん!?」


 彼の言葉に乾いた絶叫が響き渡る。


「そうだ!! 殺してやる!!」


 彼らを一層煽り立てる海賊の長ダヴィッド。懐疑的だった議会の空気は彼の演説によって一変し、レイティスとの全面戦争を望む形となった。


 彼の妙案、やはりレイティス内部に通じる内通者たちに政権を取らせることである。彼らの行動はそれに協力する形での襲撃。それを実行に至るまでのプロセスが揃った今、


 ダヴィッド船長が彼らの中でも中心的とされる所以はロゼットらに見せたあの『能力』が強く起因していると思われるがあの力強い演説に含まれる言葉が扇動し駆り立てる。


 彼は勿論、自分を理解している。それ故に彼らの中心に立ち扇動を行なうのだ。






 そして――…。


 湧き上がる声に反応し、牢から聞いていることしか出来ないロゼット達。レイティスとの全面戦争を引き起こそうとしていると考察している行商人。ロゼットは止めなくてならないと焦燥した様子を見せるが今は牢の中。現状をよく考えるように宥め、『この瞬間』という時を待てと行商人は彼女に告げる。


 そんな中、牢に近付いてくる人物が一人、行商人の元へ。


「ジャックス!」


「おー…来た来た、首尾はどうだ?」


 行商人のことを『ジャックス』と呼ぶ男はロゼットが先ほど港で見た男性であった。男の名は『エイハブ』、彼らは元々知り合いだったらしく会話から察するに行商人仲間であったことが伺える。片やレイティスに拠点を置く商人ともう一人は海賊と通じている男。ロゼットは警戒しながら彼らに伺う。


「お知り合いですか…?」


 ロゼットの問いに彼女のことを聞き返す男。ジャックスと呼ばれた行商人は共にダヴィッドに連れてこられたと説明を交え、彼らの目的を話す。エイハブは顔を顰めて、彼の言葉に返す。


「なるほどな…。それでダヴィッド達はお前達を連れてきたのか」


 彼女らの話を聞いて妙に納得した表情へと変わっていくエイハブ。ロゼットはここに来て海賊の船長の名を始めて知る。それに対して紫苑もその名を聞いたことがあるのか呟く。


「紫苑さんも知っているんですか?」


「ええ、クロイツバルン海賊団という名で確か見聞きした程度には」


 それを横でジャックスは神妙な面持ちで一瞥した後エイハブが言葉を挟んでくる。


「しかしなジャックス、連中の目的はそれだけじゃない。おそらくレイティスを乗っ取る気だ」


 勿論ジャックス、ロゼット達もそれはわかっていた。しかし彼らの戦力を見るにただの無謀だと述べたがそこへ更に彼は続けた。


「いやそうじゃない。いいか? 連中はレイティスの現状を利用するつもりだ。現状がどうなのかはお前のほうが良く知っているだろう」


 レイティスの現状を見るにあの港の大都市においては移民難民が押し寄せて、人の行き交いが混雑している。その混乱に乗じて今回は襲撃を受けた、そして内部に入り込んでいた海賊の一部者達による工作によって軍の対応が遅れてしまったこと。問題点を挙げればキリがないがおおよその弱点を付かれた結果となった。


「移民の数がどれほどのものか実際に見ていないからわからんが、まだあの政策続いていたのか?」


 エイハブは少々呆れたように前政権の移民政策について問う。


「いや、ここ数日で各地の港が襲撃されている。そこからの避難民みたいなもんだが、移民者の後が絶えないのはおそらく『別件』だろうな」


「クローデットがそこまで愚かじゃないのは俺が良く知っている。いや――…そう思いたいのかもな…」


 ジャックスは目を細めて何か思うように述べる姿をロゼットは不思議そうに見ている。


 エイハブはその移民者達が問題だと本題へと入る。


「あの移民者達はおそらく連中の『布石』だ。海賊達は今回の襲撃であの都市の弱点をほぼ把握したようなものだ」


 前政権のこともあって減少傾向にはあっても移民者は後を絶たず押し寄せてくる一方である。各地の港への襲撃によって難民者を増加させ、混乱に乗じて移民者の中に海賊勢力に属する者たちを忍ばせておき襲撃の機会を伺っている。


 機が熟した時、それが一挙に放たれるというものだと語った。


 確かに夜襲を掛けられ初動は遅れたものの、都市のあちこちで軍人の姿が散見されるほどには兵力は相当なものだとロゼットは考えていたがそれでも対応できないほどのものなのかと甚だ疑問であったようだ。


「…―となるとあの対立候補の動きを余計に考慮しなければなりませんね。彼ら独自に私兵組織も立ち上げておりましたし、これに呼応するような動きも起こされては…」


 彼女の疑問にまるで答えるように紫苑が憂慮すべき点を上げた。エイハブは対立候補者が前政権以上の移民推進者ということを知らずにいたため、その点も踏まえて情報整理を行なう。


「ああ、政権側も気づいちゃいるだろうが正確な数の把握までは出来ていないだろうし、それに連中にとっても慎重にならざるを得ない時期だ。今は狼煙を上げるよりも政権側との連携を申し込んでくるだろうな」


 彼らが政権と手を組むということを聞いて、尚更混乱するロゼット。彼らは現政権と真逆の思想、そして私兵組織を持っているとなると『反乱』という答えに結びつくのは容易である。しかし現政権と手を結ぶ理由はなんであるのか?


「え…現政権と手を結ぶんですか? 話を聞く限りだと海賊と協力して彼らは現政権を倒すことを考えそうなんですが…」


「仮にそうだとして、国民はそんな連中を支持すると思うか?」


 ジャックスにそう言われ妙に納得してしまう。彼らが敵という認識が本来レイティス国民であることをかき消してしまうからだ。それほどに彼らが行なおうとしていることがどのようなことなのか改めて思い知らされる。


『形』としてはレイティスのための国会議員であるため国民の安全のために剣を持つが実情は海賊側と通じているかもしれない。味方の中に敵がいるかもしれないという現実ほど恐ろしいものはない。


 エイハブはそろそろ見張りが戻ってくる頃合だと判断し彼らの元から離れる。彼とは後々合流することになるかもしれないとロゼットは予感しつつ、戻ってきた見張りはダヴィッドと共にやって来た。


「行商人、出ろ。お前には交渉の場で役に立ってもらいたい」


 ダヴィッドはジャックスだけを解放し、レイティスとの交渉の場での橋渡し役を行なわせようとの考えだ。しかし一筋縄といかなかったのがこの行商人。条件にロゼットの解放を求めて彼は協力すると取引を持ちかける。


 ロゼットは少しばかり意外と言わんばかりの表情を浮べた。確かに牢から出たいという気持ちはあったものの、解放ともなれば逃走の危険性もあるため海賊の警戒がより強くなるのは彼女も承知している。にもかかわらず自身をここで解放させる理由がわからなかった。彼の策略なのかあるいは海賊と実は手を結んでいたのか―…


 少しばかり考えた後ダヴィッドは紫苑を解放すると条件を変えてくる。それが受け入れられないのであればその要求は聞けないと。


 ジャックスも少し表情を曇らせたが致し方ないと要求の変更を呑み紫苑を解放。ロゼットは彼と離れることを少し惜しむように手を伸ばし、彼もそれに応える様に彼女の手を取る。


「必ず貴女を助けに参ります。それまでどうかご辛抱を…」


 不安な表情を浮べて彼を見据える。自分の身の心配もあるが今回の一件で紫苑には助けてもらってばかりで彼にも危険な目をあわせてしまっている。まるで自身に許しを請うかのようなそんな風に紫苑の目には映っていた。


「私のことよりも…無理だけはしないでください」


 ロゼットは小さな声で彼に伝え紫苑もいつもの笑顔で応える。彼ら二人を引き離すようにジャックスが間に入りこみ紫苑に彼らについていくように促す。その際僅かにロゼットに耳打つ。


「大きな動きがあったら自慢の小さな『お尻』を頼りな」


 そう囁いた後に軽くウィンクをして見せて彼らと共に立ち去っていく。紫苑との余韻に浸る中で水をさされたように感じ少し赤くなった膨れっ面で自分のお尻を触っていると何かポケットに入っていることに気づく。


 小袋のようで中には光の粉のようなものが含まれていた。明かりに照らすことで様々な輝きを放つようにも見えて少女には不思議な粉という印象だっただろう。


「多分…これのことだよね? でも何に使えばいいんだろう?」


 困惑した表情で頭に疑問符が浮かぶ少女。ただ一人牢の中で置いていかれたロゼットは不思議な粉を見つめながら彼らの無事を祈ることしか出来なかった。




 ◇




 船体に激突するような勢いで激しい音を立てる波に強風かと思うかの如く潮風が強く肌を打つ大海原。レイティス海軍、十数隻規模の大艦隊、兵力にして一万ほどの精鋭を率いて深く青い大海を切り込むように前進していく。目指すは彼らの待つ地、丁度海域の中心地に位置する孤島。


 戦艦内部では作戦会議が行なわれている。相手の出方にもよるがあの孤島近辺は彼ら海賊のテリトリー、いわば本拠地である。こちらとしては完全なアウェイであるため相手の数も把握出来ない。


 セルバンデスは憂鬱な面持ちで今回の作戦に挑み、シェイドも彼の心中を察して心配した様子で話す。


「天龍将軍がいるとはいえ、彼女の命を握られている以上彼もすぐには行動は移せないだろうね。しかし裏を返せばこちらが交渉に応じるのであれば彼らは絶対に彼女には手出しできないということにもなる」


 ロゼットに手を出せばその時点で海賊の命運は潰える。彼らには思想信条など存在せず掲げるものは己の利益。下手なテロリストよりもよほど利己的であるため、高尚な信念の下に行動を起こしているわけではない。


 そのため相当な異常者でもない限り交渉の余地は十分にあると言える。ましてや向こうから持ちかけてきたこと簡単に反故にはしてこないだろうと考える。


「しかしオルト将軍を残してきて大丈夫なのですか?」


 シェイドは側近のオルトを港の大都市へと残し、自ら単身で彼らに追従しており、その大胆さに呆れるとも驚いているとも取れる様子でセルバンデスは訊ねる。シェイドもセルバンデスがレイティス軍将兵のパドックと話している様子を見聞きしていたようでオルトをもしもの時の保険として残してきたと述べる。


「あなたも随分と大胆なことを…。こちらもラインズ様宛に書簡は送ったので今回のことは即日知らせが届くとは思いますが、援軍はおそらく期待できないでしょう」


「長老派かぁ…面倒くさいねホント」


 シェイドもドラストニアの内情を知る。書簡が届き、軍を動かすとなると議会で長老派の反対を受ける可能性もある。長老派にロゼットの存在を知れれるとドラストニアにおいて彼女の身の保証がなくなる。王妃の暗殺という前例がある以上然るべき時まで隠し通す他ない。


 だが現実として彼女の命は海賊の手の中にある。セルバンデスにとってこれ以上にない苦しい戦いを強いられることなるのは必至であった。そんな彼にシェイドはある提案を一つ―


「セルバンデス殿に折り入って頼みたいことがあるんだけれどいいかな?」


 彼が頼みごとを口にしたその時船内から間者を捕らえたとの声が上がる。海軍兵に連れてこられたのはシンシア。今回の作戦自体危険と判断したために彼女は港へ残してきたはずだがロゼットのことが心配だと訴え船内に潜り込んでいたようであった。


「シンシア嬢、なぜ付いてきたのですか?」


「わ、私ではお役に立てないかもしれませんが…でもヴェルちゃんのことが心配で…!!」


 自分のせいで捕まってしまった彼女をなんとか助け出したいという一心で彼らに追従。ここまでついてきてしまった以上今から引き返させることも出来ない。


「引き返すわけにも行かないし、危険なのには変わりないからね」


 シェイドは含みを持つような言葉を発し、シンシアは彼に頭を下げる。そのやり取りを遠くから見つめるロブトン大公が彼の発言に少し眉を上げて反応を示していた。


 大統領に彼女の同行を特別に許可してもらい各々ロゼットへの思いを胸に大海を駆け抜けていく。


 その先に待っている暗雲をまだ知らずに――。



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