インペリウム『皇国物語』

funky45

49話 人身に潜む魔の者

 海賊達の歓声の中、銃声が響き渡る。


 火薬の臭いともに鉄の臭いも入り混じる。ロゼットは目を瞑り、身体を強張らせていた。手の感覚はまだ残っている。恐る恐るまぶたを開けてゆくが涙で滲んでよく見えずに何度も瞬きして視界を回復していくと彼女の目に飛び込んできたもの、それは意外なものであった。


「なっ…」


 紫苑は槍を向けたまま止まっている。行商人も呆気に取られて立ち尽くしていた。海賊の船員達も目を丸くして先ほどまでの歓声が嘘のように静まっていた。


 船長の凶弾によって倒れたのは紫苑ではなく、ロゼットの腕を切り落とそうと短刀を振り下ろした船員であった。眉間に一発撃ち込まれ即死のようで、悲鳴すら上げずにその場に倒れる。


 船内は一気に静まり返り、船長だけが不敵な笑みを浮かべてすぐに笑いこける。


「せ、船長…」


「あぁ…手元が狂った」


 にやつきながら放つ船長の言葉にロゼットを押さえ込んでいた船員も唖然として手を離し、同時にロゼットは床にへたれこんでしゃっくり上げて泣く。


「おぉ…可哀想に怖い思いをさせられて、この少女が一番気の毒だろうになぁ」


 船長はロゼットに顔を近づけて彼女の顔を妖しい手つきで撫で回す。嫌悪感が漂うも僅かに嫌がる素振りを見せることしか出来ず震えているだけだ。行商人と紫苑も唖然とした後、船長に視線を向けて顰めている。


「仲間を撃つか…」


 紫苑の言葉に反応を示した船長は悪びれる様子を見せるどころか、至極当然といった態度。


「仲間? 何か勘違いしているようだな」


 船長の答えに紫苑は僅かに首を傾げる。


「俺はこの船の長で『絶対』だ。『法』であり『ルール』。こいつらの生き死にも俺が握っている」


 秩序とは絶対的な『力』によって成り立つ概念だと彼は言い放つ。この船では彼こそが『全て』であり力そのものの象徴。これによって支配が成り立つのだとレイティスの現状を例えに上げながら彼は海賊一同に向かい言い放つ。


「たまには誰か殺しておかないと、お前ら俺が誰だか忘れちまうだろう?」


 海賊の船員達は一同に顔を見合わせて、船長に従順な態度を示す。しかしあの大男は声を上げて再びロゼットの腕輪を欲するような雄たけびを上げる。


「ほしぃ…ほじぃ…ほじぃぃぃ!!」


 まるそれは子供のような強請る絶叫。だらしなく涎を垂らしながら顔を横に物凄い勢いで振る様は狂気の様相。


「ま、まずい! おい止めるぞ」


 船員数名が止めに入るが巨体から繰り出される怪力に吹っ飛ばされ、ロゼットに迫ってくる。震えて後ずさりし、逃げようとする。男との距離は指先が触れるか触れないかの紙一重で男の動きは止まっていた。ロゼットは何が起こったのかわからずにキョトンとしていると男が苦しみ悶える。しかし男は体がピクリとも動かず一時停止したかのようにその体勢のまま動かない。


 男の周囲、足元に黒い影のような煙のようにも見えるもやが漂っているのに気づく。船員達はそれに気づき焦燥した声ですぐに男から離れるよう促す。


 男の背後から船長の不気味な声が忍び寄る。


「同じ事を何度も言わせるな。ここでは俺が『法』だ。その脳みそに何度叩き込めば理解できるんだ?」


 船長は右手をかざしている。その手からは先ほどの黒い煙のような靄が湧き上がっている。ロゼットには黒い砂のように見えていた。巨漢の鼻の穴と口、耳と至るところの穴からその黒い砂を流し込みながら船長の元へと身体を運んでゆく。


「賢しい奴は嫌いだが、脳の足りない奴は反吐が出る」


 船長が言い放つと同時に巨漢は宙に浮き、そのまま海上の方へと不可視の力で飛ばされる。男の身体は徐々に膨張していき風船のように破裂した。


 一同はあっけに取られるしかなく、船長は笑みを浮べて品のない花火と称してロゼットらを牢へと案内する。紫苑もロゼットを人質にとられてはどうすることも出来ず、行商人からも従うように提言され大槍を下ろすしかなかった。




 ◇




 都市の襲撃は収まり、各地で上がった火の手も終息。賊と思わしき人物達も数百規模で捕らえられ、まだ生き残りがいないか捜索は続いている。


 シェイドとセルバンデスは政庁内で案内された閣議室へと連れられる途中で聞き覚えのある声が響く。外を見ると少女が一人役所へ入れてもらうよう懇願している。


「お願いします! 知り合いがいるんです」


「シンシア嬢!!」


 シェイドとセルバンデスが駆けつけ彼女を保護し、ロゼット達の行方を尋ねる。


「ヴェルちゃんと天龍様は私を逃がすために…」


 涙ながらに訴えるシンシア。おそらく紫苑が彼女達を逃がした後にロゼットが一人囮となったのだろうとセルバンデスは思った。紫苑もいるから万が一などということはないだろうが彼女がもし人質となってしまったら最悪な事態へと発展する。


 焦りと緊張の混じる中でようやく会いたかった人物とが数名の衛兵を引き連れて彼らの元へとやってきた。そしてその隣にいた意外な人物にセルバンデスは驚くこととなる。


「遅れてすまなかった、来ていたのがセルバンデス殿とは知らず申し訳ない。彼がいなければもっと遅くなるところだった」


「いえいえ、私もクローデット大統領にお伺いできてこちらに来た甲斐がございました」


 彼の隣にいた人物はドラストニア大公の爵位を持つロブトン。


「クローデット大統領…ご無沙汰しております」


 ロブトン大公を一瞥し、挨拶を交わすセルバンデス。ドラストニア王国、大公の爵位を持ち表向きは長老派に属する人物。彼はセルバンデスらがフローゼルとグレトンの問題の最中でレイティスに赴き民衆側の大統領立候補者と接触をしていたと思われていた。


 そんな彼が今度は現政権の大統領と接触を図るのだ。内心彼の意図が掴めずに状況整理に努め、動向を伺う。シェイドも少し警戒気味にしつつも笑みを溢していた。


「立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」


 クローデット大統領に促され閣議室へと入る。以前立ち寄った港町のパドック将軍と数名の将兵、高官多数による報告が行なわれていた中で一同が入室。


「大統領! 被害は想定以上のものです。民間人の中でも死傷者合わせて数千規模に達するかと」


「どうして初動が遅れた?」


「要所を狙い撃ちされたのが原因かと、それと…」


 そう言うと大統領に耳打ちするように将兵は伝えていた。シェイドもセルバンデスに耳打ちで今回の被害規模の大きさについて言及する。この都市の規模自体がドラストニア王都に劣らないほどのものだ。防衛力も現状が生み出した戦力の集中を除いて考えても一介の海賊に落とせるようなものではない。


 にもかかわらず襲撃は成功といえる結果となり、初動が遅れたことに関しておそらく大統領側とも同じ考えだろう。二人が意見照らし合わせているとロブトン大公が彼らに言及する。


「数週間前、こちらに伺った際に大統領とはお会いできませんでした。が―……国の内情を市民団体と対談させていただきました」


「勿論おっしゃりたいことも分かります。大統領と現在、対立関係にある勢力ですが彼らの言うことにも一理、考えるものもございます」


 ロブトンの話を訝しげに聞いている大統領。


「問題なのは彼らを支持している人間に乗じている者の存在です…」


 ロブトン大公がそう言いかける。大統領も察して先ほどの耳打ちの内容を話す。


「賊が既に入り込んでいると言いたいのですかな…?」


「まさにそれです。私が示唆したいことなのです」


 ある程度は予測はしていた、海賊に繋がる者の存在。早急に対応するように大統領は促すが現在の情勢を考えたらそれこそ弾圧だと市民団体が騒ぎ立てるだろう。現政権は軍事力の増強を推し進めて、安全保障の面で基盤を固めていた。


 しかし今回の襲撃において甚大な被害を出してしまったことで大統領側の旗色も悪くなり、政権支持基盤も揺らいでしまうだろう。


 そこでロブトン大公は対立候補の勢力との連携で今回の問題に当たるのが妥当ではないかと提案する。


「大統領の政策で今回の問題が起こった以上、支持基盤の維持は困難でしょう」


「政策面で一致する部分がなくとも互いに妥協するしか打つ手はないのでは?」


 大統領が顔を顰めていると、報告が入り政庁前で市民団体が抗議の声を上げているとのこと。それに加え候補者勢力が現政権に協力するという意志を伝えてきたというものだった。


 レイティス政府の高官もこの際受け入れるべきでは? という声も上がるがシェイドが素朴な疑問をぶつける。


「ロブトン大公でしたね。彼らは確か移民推進の意見を汲んでいるけれど、その中に海賊に通じるものがいるという可能性もあるのでは?」


 シェイドの質問に彼は笑って答えてみせる。


「当然そう考えるでしょう。しかし移民を推進しているのであれば現政権以上に今回の海賊襲撃で彼らが受けた打撃は大きいはず。にもかかわらず市民団体はおろか現状の外の有様を見る限りでは彼らへと支持が傾倒しているようにも見受けられませんか?」


「確かに、だが彼らが全て本当に海賊と何のつながりのないという根拠はないですよね?」


 シェイドの反論に笑みを溢して余裕さえも見せる。


「シェイド公爵にとっては移民者とは全て賊の一味だと決め付けておきたいようですな」


「申し訳ない。何分用心深い性格なもので」


 互いに牽制し合う二人。両者の間に入りセルバンデスも現状では協力を受けざるを得ないという姿勢。何よりもそれ以外では後手に回るという選択肢しか残されていないのだから、先手が打てない以上政権内で自国を守るという意思表明をしなければこの都市だけでなくレイティス全体へと関わる問題になり兼ねない。レイティスが割れるという事態だけはなんとしても避けたかった。大統領はやむなしと溜め息をつき、ミシェル候補者の勢力を招きいれる。


 ロブトン大公の行動に一抹の不安を抱えながらセルバンデスは彼らと共にミシェル候補者の元へと赴く。

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