インペリウム『皇国物語』
48話 闇よりの来訪者
シェイドは広間の路上からかなり逃げたところでようやくロゼット達がいないことに気づく。
「ロゼット達は!?」
「っ!? 分かりません! 先ほどの騒ぎではぐれてしまったようです。紫苑殿が付いていてくれたように見えましたが」
狼狽える一同に対して行商人が落ち着くように声をかける。
「落ち着け! えっと…セルバンデス殿……だったか? 広場の時は二人でいるのを見たんだな?」
「ええ、そのように見えましたが爆発音以降は目にしておりません」
行商人は彼らに政庁へと向かうように促し、地理に詳しい自身が彼らを探し出してくると伝える。衛兵も周辺の騒動の鎮静化に当たっており、初動の遅れもあって兵内でも混乱している様子。
怒号と悲鳴の中を掻い潜って一人、ロゼット達を探すべく逃げる人々と逆走していく。
路地裏へ逃げ延びたことでロゼットは人ごみから脱していた。燃え盛る破片からも寸でのところで転がりながら危機を回避し、路地裏で難を逃れるべく先を歩いていくと差し込む明かりから見える人影。向こう側へ助けを求めるべく走るが同時に悲鳴と共に刃で切り倒される鋭い音が響く。
血の飛び散る音と人が倒れこむ影に足を止めて息を呑む。海賊が都市内部にまで侵入してきている。恐怖で震えながらも逃げ場を探して辺りを見渡していると、路地の影から引き込まれてしまう。
「おい、さっきこっちにも誰かいなかったか!?」
「知るかよ、てめぇの腐臭放つ眼球に映るものなんざ糞に集るハエくらいだ」
「んだと!? 腐った死体の仲間入りにしてやろうか!? ぁあ!?」
身内同士で諍いが起こっているほどに無秩序という言葉がしっくりくる。ロゼットの口元を両手で押さえ物陰から様子を伺っているのはシンシア。彼女もはぐれてしまいやり過ごそうといていたが、彼らの侵入も馬鹿には出来ないくらいに迅速なものだ。
見つかるのも時間の問題。彼女達は隙を見て再び混乱する大通りへと歩き出すが、足元に散らばるガラス片を踏み、その音で気づかれてしまう。
「やっぱりいるじゃねぇか」
不気味な笑みを見せて賊はこちらに向かってくる。二人の少女は震える足で力の限り逃げようと走り出す。
しかし大通りからも賊が現れ挟まれる。
「へへっ…可愛い獲物じゃねぇか、なぶり殺し甲斐がありそうだなぁ」
ロゼットも剣を握り締め応戦しようと身構える。震える手で抵抗を見せるが恐怖心が見透かされているのか賊はニヤニヤと笑いながら彼女達に向かってくる。
賊の一人が近付いてくる刹那、鋭い一閃が煌めく。
その一閃によって賊から大量の血が吹き上がり、悲鳴を上げる間もなく倒れこんだ。漆黒の長い髪に鋭い眼光を放ちながら賊に相対する屈強な戦士。
「紫苑さん!!」
少女二人は安堵の声を上げ、紫苑は彼女らの安否を確認し襲い掛かってくる賊を次々と討ち取ってゆく。しかし思いのほか数が多く、二人を守りながらの戦闘はかなり厳しい。
「御二方!! 直ぐに逃げられよ!! ここは私にお任せください…! すぐに追い付きます」
二人は戸惑うが、自分達のせいで足を引っ張るわけにも行かないとすぐに判断し踵を返して走り出した。ロゼットは振り返り、紫苑の無事を願うように声をかけて立ち去ってゆく。
無我夢中で走っていく中、路上へと出ると海上にあの時の黒い船体が浮かんでいるのも確認する。
「あの船体…あの時の海賊…」
シンシアに早く逃げるように声を掛けられ再び走り出す。その直後、通り過ぎた民家が爆破されその勢いでロゼットは吹き飛ばされる。爆風によって巻き上がる炎と煙。火薬の独特の臭いが充満し、頭を守るように倒れこんだロゼットは民家に目をやる。
「なんで……大砲の音もないのに民家で爆発が」
ロゼットの呟きに呼応するように爆発音を聞きつけた賊が奇声をあげながら追って来る。今度は紫苑はいないものの人数は数名。体勢を整えるべく上体を起こす。
「ヴェルちゃん!! 大丈夫!?」
「シンシアさん! 私に構わず逃げて」
迫り来る賊から逃げるために自らが身代わりになることを買って出る。
「ヴェルちゃんはどうするの!?」
「何とかします!!」
体の節々が痛むも身体を起こしてロゼットは剣を抜き賊に相対する。相手も人間である以上こちらにだって勝機はあると体得した剣術を駆使して応戦。シンシアもどうすることも出来ず走って逃げ出す。それを見た賊の一人が彼女を追いかけるがロゼットが切り込み賊の腕から出血させる。
吹き出る血に驚き悲鳴を上げて倒れこむ。彼女も思った以上に深く斬れてしまったことに困惑して怯える。
「そ、そんな…そんなに思いっきり斬ったつもりは…!!」
賊の仲間が激昂し彼女に斬りかかってくる。一合の打ち合いで相手の剣術は所詮素人レベルのものではあったが、男である以上彼女よりも力があった。技術はあっても肉体の差はどうやっても乗り越えられない。
彼女は身のこなしで往なしつつその刃を賊へと向ける。
しかし先ほどの切り倒したことが脳裏に浮かび、寸での所で剣の腹で賊に叩きつけるに留まる。賊は激痛にもだえるが外傷なく倒れこむ。
切っ先を賊に向けて直ぐに退くように彼女は問いかける。
賊も彼女の実力がただの少女のものではないと警戒するが、彼女の背後から一人の男の影が近寄る。彼女が気づいた頃には強烈な一撃を加えられ彼女はそのまま気を失ってしまう。
◇
紫苑は彼女達の後を追っていたが見つからず、周囲の賊を打ち倒しながら民間人の救出を行なっている。港町襲撃の際とは比較にならない数の賊が既に都市に入り込んでおり、何人相手にしていてもキリがない。
紫苑の背後から賊の一人が斬りかかり、彼もその殺気を感じ取り振り返って槍を構えるが乾いた小さな爆音が響いた後火薬の臭いが鼻の奥に入り込んでくる。
振り返るとあの行商人がマスケット銃を小型にしたような形状の拳銃を構えていた。
「余計な手助けだったかな?」
「いえ…助かりました…!」
紫苑は彼の持つ拳銃を物珍しそうに見た後、大通りへと二人で駆けてゆく。その中でシンシアと合流する。
「天龍様! ヴェルちゃんが…!! たった一人で海賊と…」
紫苑の表情が険しくなる。涙を流して訴えるシンシアを安心させる言葉を投げかけるが、彼の内心は穏やかなものではない。
彼女の無事を確かめた後、紫苑はロゼットの救出のため単身で向かっていく。
「ま、待てよ将軍!! 一人で突っ込む気かよ!?」
紫苑は振り返ることなく、疾風の如く速さで駆けてゆく。彼の向かう先には数多くの海賊達が民家を襲撃し暴利を貪っている。
「あの数相手に正気かよ…! 嬢ちゃん」
行商人はシンシアにセルバンデス達が向かったと思われる政庁への近道を教えて紫苑を追いかける。
迫り来る賊を諸共せず迎撃してゆく紫苑。疾風迅雷の如く向かってゆき、それに行商人も追従する。彼も賊から奪った剣を抜き、紫苑に劣らぬ勇猛ぶりを発揮している。
大通りを抜け、遂に港へ辿り着く。目前に映る黒い船体が不気味に波に揺れる。
「待て将軍! いくらあんたの武勇でも正面からやりあうのは無謀だ!!」
「しかし…!! 彼女が連れ去られたやもしれぬ状況…。どうすれば?」
行商人は少し考えた後、乗り込むための策を弄する。
◇
船内ではならず者と呼ぶに相応しい風貌の海賊達が蔓延っている。都市から奪った金銀を運び出し、涎を垂らしながら歓喜の声を上げている下っ端の者達。
統制を取るべく数名の頭のような存在が指揮を執り往なしている様子。正規軍にもいるような風貌の彼らは他の下っ端とは一線を画している装備品も充実している。船内へと忍び込んだ紫苑と行商人は船内の状況も探るがロゼットの姿は見当たらなかった。
「しかし妙ですね」
「あんたも気づいたかい…?」
紫苑は船内の人数を確認するがいても精々数十名ほどでしかない規模。船体自体は巨大でも船員は思った以上に少数。ましてや精鋭のような錬度もないというのにこんな規模でどうして港の襲撃が成功しているのか疑問が残る。
「夜襲であるにしてもこの規模の都市からの略奪など無謀すぎる」
紫苑が分析していると都市の砦からようやく砲撃の音が鳴り響く。
「やっとこさ反撃とは…初動が遅すぎるな。赴任早々の襲撃と見たなこりゃ」
この規模なら紫苑単騎でも一掃はできるが、目的はロゼットの救出。捕らえられているであろう彼女を物陰から捜索していると一羽の鳥が彼らの元へと降り立つ。
見た目はオウムのように見える派手な色彩と立派な鶏冠を持っており、こちらを向いて首を傾げる。次の瞬間ものすごい鳴き声を発して彼らの居場所を伝える。
聴きつけた海賊達が襲い掛かり、応戦。紫苑達も止むなしに正面を切って戦闘を行なう。あっという間に数名の海賊を斬り捨て、船内を突破していく。
指揮している海賊は彼らの武勇に危機感を抱いたのか、下っ端に戦闘を任せて甲板の中へと退く。
紫苑は飛び上がって数名の海賊を同時に相手取り、刀剣を槍捌きで往なし吹き飛ばす。背後からの不意打ちさえ一瞬の隙も見せずに反応し討ち取る。
甲板で乾いた銃声が響く。
紫苑らが銃声の方を見ると、海賊によって捕らえられた小さな躯体が縛り上げられ、口元もふさがれている。
「ロゼット様!!」
目を見開いて紫苑の方へと駆けていこうともがくが、海賊によって拘束されており身動きが取れずにいる。
「なるほど…このガキがてめぇの主人か」
「彼女を返して頂きたい!」
鋭い眼光と共に、槍の切っ先を向ける。彼女を人質にとられては分が悪いと行商人は彼に耳打ちし、動向を伺うことを提案される。
「あんたらの要求はなんだ? こっちはそのお嬢ちゃんさえ返してもらえばそれで良い」
行商人が要求を提示する。その声に応えるよう海賊達の奥から低い声で歩いてくる影。伸び切った無精髭をたくわえて不敵な笑みを浮べている。その風貌から彼がこの海賊の長なのだろうと伺える。
「あんたが船長?」
船長とおぼしき男は頷いて答える。
「君達の要求はこのお嬢様らしいが、こちらは何人も部下を殺された。他の連中も疼いているのだがどう怒りを静めるというのだね?」
「略奪のために都市を襲撃したのはお前達のほうであろう?」
仲間を殺されて憤慨の声を上げる海賊達に反論する。彼らの主張曰く己の生存本能に従って『返してもらった』に過ぎないと述べる。元々この地は彼らのものであり、数百年前に今のレイティスが侵略してきたと主張。
「無秩序であったこの地に秩序をもたらしたのは今のレイティスでは?」
紫苑が反論を述べた後に海賊の船長は笑って見せた後、切って捨てる。
「聞いたか? あの体制で秩序と呼べるとはおめでたい限りだ」
「現状をみても秩序があると? あの都市を見て何故そう言える?」
男は都市の内情を知っている。だからこそ今回の襲撃を行うことが出来たのだろうと悟る。しかし解放する気がないのであればどうするのかと問うと。死んだ仲間の仇を討つ事を提示してきたのだ。当然そんなものを受け入れることは出来ない。
「おいおい、子供じゃないんだ。呑めない要求が通るとでも?」
行商人は呆れたような物言いで問いかけるが、相手は応じるような素振りも見せない。
「ふん…どうもわかっていないようだな」
男はそういうと手下どもに合図を送り樽の前にロゼットを連れ立たせる。そして彼女の両腕を乗せた。船長の隣にアーガストやマディソンほどの背丈はあろう大柄な男がだらしなく涎を垂らしながら興奮した様子で同じ言葉を繰り返していた。
「ほしぃ! ほしぃ!! ほしぃぃ!! これ、ほしぃぃぞ!!」
「お前達は今どういう立場なのかわかっていないようだな。うちの部下はこの腕輪を気に入ったようでな。いや…この小娘の『腕』を気に入ってるのかもしれんな?」
彼女の白くて細い左手と身に付けている孔雀魔鉱石の腕輪を手でなぞるように触れる。腕輪が外敵と認識したのか僅かに電撃のようなものが発生する。顔を顰めて船長は続ける。
「しかしこれではどうにも外せない。他の方法が思いつかない故これしかないと…」
「思うのだよ」
彼女の腕を伸ばし固定する。そして海賊の一人が鋭い短刀を構えている。
「死んだ部下達への手向けだ。腕の一本くらい飛ばしても構わんだろ?」
「っ…!!」
ロゼットは震撼する。必死にもがいて暴れまわるも押さえつけられた身体はビクともしない。紫苑は槍を構えて攻撃態勢を見せるが行商人に制止される。
「待てよ、落ち着けって。貴族の出身だとは考えないのか? それじゃあ人質としての価値が薄れちまわないかと考えないのか?」
「続けろ」
海賊達の「やれ!やれ!やれ!!」という歓声の言葉だけが連呼され続ける中、行商人が説得を試みるも聞く耳を持たないといった様子で短刀を持った男は振り上げる。口を塞がれ悲痛な声にならない悲鳴を上げ、大粒の涙を流しながらロゼットは必死に暴れて抵抗しているが無常にもその短刀が振り下ろされようとする。
「彼らがドラストニアの使者だとしてもか!?」
行商人が最後の訴えを叫ぶが、短刀は振り下ろされた。
「ロゼット様!!」
紫苑は叫びと共に彼らに向かって猛進していく。それに反応して船長は銃を構え引き金が引かれる。月下の海上に浮かぶ船体、海賊達の歓声が巻き起こる中で乾いた銃声が一際、響き渡った。
「ロゼット達は!?」
「っ!? 分かりません! 先ほどの騒ぎではぐれてしまったようです。紫苑殿が付いていてくれたように見えましたが」
狼狽える一同に対して行商人が落ち着くように声をかける。
「落ち着け! えっと…セルバンデス殿……だったか? 広場の時は二人でいるのを見たんだな?」
「ええ、そのように見えましたが爆発音以降は目にしておりません」
行商人は彼らに政庁へと向かうように促し、地理に詳しい自身が彼らを探し出してくると伝える。衛兵も周辺の騒動の鎮静化に当たっており、初動の遅れもあって兵内でも混乱している様子。
怒号と悲鳴の中を掻い潜って一人、ロゼット達を探すべく逃げる人々と逆走していく。
路地裏へ逃げ延びたことでロゼットは人ごみから脱していた。燃え盛る破片からも寸でのところで転がりながら危機を回避し、路地裏で難を逃れるべく先を歩いていくと差し込む明かりから見える人影。向こう側へ助けを求めるべく走るが同時に悲鳴と共に刃で切り倒される鋭い音が響く。
血の飛び散る音と人が倒れこむ影に足を止めて息を呑む。海賊が都市内部にまで侵入してきている。恐怖で震えながらも逃げ場を探して辺りを見渡していると、路地の影から引き込まれてしまう。
「おい、さっきこっちにも誰かいなかったか!?」
「知るかよ、てめぇの腐臭放つ眼球に映るものなんざ糞に集るハエくらいだ」
「んだと!? 腐った死体の仲間入りにしてやろうか!? ぁあ!?」
身内同士で諍いが起こっているほどに無秩序という言葉がしっくりくる。ロゼットの口元を両手で押さえ物陰から様子を伺っているのはシンシア。彼女もはぐれてしまいやり過ごそうといていたが、彼らの侵入も馬鹿には出来ないくらいに迅速なものだ。
見つかるのも時間の問題。彼女達は隙を見て再び混乱する大通りへと歩き出すが、足元に散らばるガラス片を踏み、その音で気づかれてしまう。
「やっぱりいるじゃねぇか」
不気味な笑みを見せて賊はこちらに向かってくる。二人の少女は震える足で力の限り逃げようと走り出す。
しかし大通りからも賊が現れ挟まれる。
「へへっ…可愛い獲物じゃねぇか、なぶり殺し甲斐がありそうだなぁ」
ロゼットも剣を握り締め応戦しようと身構える。震える手で抵抗を見せるが恐怖心が見透かされているのか賊はニヤニヤと笑いながら彼女達に向かってくる。
賊の一人が近付いてくる刹那、鋭い一閃が煌めく。
その一閃によって賊から大量の血が吹き上がり、悲鳴を上げる間もなく倒れこんだ。漆黒の長い髪に鋭い眼光を放ちながら賊に相対する屈強な戦士。
「紫苑さん!!」
少女二人は安堵の声を上げ、紫苑は彼女らの安否を確認し襲い掛かってくる賊を次々と討ち取ってゆく。しかし思いのほか数が多く、二人を守りながらの戦闘はかなり厳しい。
「御二方!! 直ぐに逃げられよ!! ここは私にお任せください…! すぐに追い付きます」
二人は戸惑うが、自分達のせいで足を引っ張るわけにも行かないとすぐに判断し踵を返して走り出した。ロゼットは振り返り、紫苑の無事を願うように声をかけて立ち去ってゆく。
無我夢中で走っていく中、路上へと出ると海上にあの時の黒い船体が浮かんでいるのも確認する。
「あの船体…あの時の海賊…」
シンシアに早く逃げるように声を掛けられ再び走り出す。その直後、通り過ぎた民家が爆破されその勢いでロゼットは吹き飛ばされる。爆風によって巻き上がる炎と煙。火薬の独特の臭いが充満し、頭を守るように倒れこんだロゼットは民家に目をやる。
「なんで……大砲の音もないのに民家で爆発が」
ロゼットの呟きに呼応するように爆発音を聞きつけた賊が奇声をあげながら追って来る。今度は紫苑はいないものの人数は数名。体勢を整えるべく上体を起こす。
「ヴェルちゃん!! 大丈夫!?」
「シンシアさん! 私に構わず逃げて」
迫り来る賊から逃げるために自らが身代わりになることを買って出る。
「ヴェルちゃんはどうするの!?」
「何とかします!!」
体の節々が痛むも身体を起こしてロゼットは剣を抜き賊に相対する。相手も人間である以上こちらにだって勝機はあると体得した剣術を駆使して応戦。シンシアもどうすることも出来ず走って逃げ出す。それを見た賊の一人が彼女を追いかけるがロゼットが切り込み賊の腕から出血させる。
吹き出る血に驚き悲鳴を上げて倒れこむ。彼女も思った以上に深く斬れてしまったことに困惑して怯える。
「そ、そんな…そんなに思いっきり斬ったつもりは…!!」
賊の仲間が激昂し彼女に斬りかかってくる。一合の打ち合いで相手の剣術は所詮素人レベルのものではあったが、男である以上彼女よりも力があった。技術はあっても肉体の差はどうやっても乗り越えられない。
彼女は身のこなしで往なしつつその刃を賊へと向ける。
しかし先ほどの切り倒したことが脳裏に浮かび、寸での所で剣の腹で賊に叩きつけるに留まる。賊は激痛にもだえるが外傷なく倒れこむ。
切っ先を賊に向けて直ぐに退くように彼女は問いかける。
賊も彼女の実力がただの少女のものではないと警戒するが、彼女の背後から一人の男の影が近寄る。彼女が気づいた頃には強烈な一撃を加えられ彼女はそのまま気を失ってしまう。
◇
紫苑は彼女達の後を追っていたが見つからず、周囲の賊を打ち倒しながら民間人の救出を行なっている。港町襲撃の際とは比較にならない数の賊が既に都市に入り込んでおり、何人相手にしていてもキリがない。
紫苑の背後から賊の一人が斬りかかり、彼もその殺気を感じ取り振り返って槍を構えるが乾いた小さな爆音が響いた後火薬の臭いが鼻の奥に入り込んでくる。
振り返るとあの行商人がマスケット銃を小型にしたような形状の拳銃を構えていた。
「余計な手助けだったかな?」
「いえ…助かりました…!」
紫苑は彼の持つ拳銃を物珍しそうに見た後、大通りへと二人で駆けてゆく。その中でシンシアと合流する。
「天龍様! ヴェルちゃんが…!! たった一人で海賊と…」
紫苑の表情が険しくなる。涙を流して訴えるシンシアを安心させる言葉を投げかけるが、彼の内心は穏やかなものではない。
彼女の無事を確かめた後、紫苑はロゼットの救出のため単身で向かっていく。
「ま、待てよ将軍!! 一人で突っ込む気かよ!?」
紫苑は振り返ることなく、疾風の如く速さで駆けてゆく。彼の向かう先には数多くの海賊達が民家を襲撃し暴利を貪っている。
「あの数相手に正気かよ…! 嬢ちゃん」
行商人はシンシアにセルバンデス達が向かったと思われる政庁への近道を教えて紫苑を追いかける。
迫り来る賊を諸共せず迎撃してゆく紫苑。疾風迅雷の如く向かってゆき、それに行商人も追従する。彼も賊から奪った剣を抜き、紫苑に劣らぬ勇猛ぶりを発揮している。
大通りを抜け、遂に港へ辿り着く。目前に映る黒い船体が不気味に波に揺れる。
「待て将軍! いくらあんたの武勇でも正面からやりあうのは無謀だ!!」
「しかし…!! 彼女が連れ去られたやもしれぬ状況…。どうすれば?」
行商人は少し考えた後、乗り込むための策を弄する。
◇
船内ではならず者と呼ぶに相応しい風貌の海賊達が蔓延っている。都市から奪った金銀を運び出し、涎を垂らしながら歓喜の声を上げている下っ端の者達。
統制を取るべく数名の頭のような存在が指揮を執り往なしている様子。正規軍にもいるような風貌の彼らは他の下っ端とは一線を画している装備品も充実している。船内へと忍び込んだ紫苑と行商人は船内の状況も探るがロゼットの姿は見当たらなかった。
「しかし妙ですね」
「あんたも気づいたかい…?」
紫苑は船内の人数を確認するがいても精々数十名ほどでしかない規模。船体自体は巨大でも船員は思った以上に少数。ましてや精鋭のような錬度もないというのにこんな規模でどうして港の襲撃が成功しているのか疑問が残る。
「夜襲であるにしてもこの規模の都市からの略奪など無謀すぎる」
紫苑が分析していると都市の砦からようやく砲撃の音が鳴り響く。
「やっとこさ反撃とは…初動が遅すぎるな。赴任早々の襲撃と見たなこりゃ」
この規模なら紫苑単騎でも一掃はできるが、目的はロゼットの救出。捕らえられているであろう彼女を物陰から捜索していると一羽の鳥が彼らの元へと降り立つ。
見た目はオウムのように見える派手な色彩と立派な鶏冠を持っており、こちらを向いて首を傾げる。次の瞬間ものすごい鳴き声を発して彼らの居場所を伝える。
聴きつけた海賊達が襲い掛かり、応戦。紫苑達も止むなしに正面を切って戦闘を行なう。あっという間に数名の海賊を斬り捨て、船内を突破していく。
指揮している海賊は彼らの武勇に危機感を抱いたのか、下っ端に戦闘を任せて甲板の中へと退く。
紫苑は飛び上がって数名の海賊を同時に相手取り、刀剣を槍捌きで往なし吹き飛ばす。背後からの不意打ちさえ一瞬の隙も見せずに反応し討ち取る。
甲板で乾いた銃声が響く。
紫苑らが銃声の方を見ると、海賊によって捕らえられた小さな躯体が縛り上げられ、口元もふさがれている。
「ロゼット様!!」
目を見開いて紫苑の方へと駆けていこうともがくが、海賊によって拘束されており身動きが取れずにいる。
「なるほど…このガキがてめぇの主人か」
「彼女を返して頂きたい!」
鋭い眼光と共に、槍の切っ先を向ける。彼女を人質にとられては分が悪いと行商人は彼に耳打ちし、動向を伺うことを提案される。
「あんたらの要求はなんだ? こっちはそのお嬢ちゃんさえ返してもらえばそれで良い」
行商人が要求を提示する。その声に応えるよう海賊達の奥から低い声で歩いてくる影。伸び切った無精髭をたくわえて不敵な笑みを浮べている。その風貌から彼がこの海賊の長なのだろうと伺える。
「あんたが船長?」
船長とおぼしき男は頷いて答える。
「君達の要求はこのお嬢様らしいが、こちらは何人も部下を殺された。他の連中も疼いているのだがどう怒りを静めるというのだね?」
「略奪のために都市を襲撃したのはお前達のほうであろう?」
仲間を殺されて憤慨の声を上げる海賊達に反論する。彼らの主張曰く己の生存本能に従って『返してもらった』に過ぎないと述べる。元々この地は彼らのものであり、数百年前に今のレイティスが侵略してきたと主張。
「無秩序であったこの地に秩序をもたらしたのは今のレイティスでは?」
紫苑が反論を述べた後に海賊の船長は笑って見せた後、切って捨てる。
「聞いたか? あの体制で秩序と呼べるとはおめでたい限りだ」
「現状をみても秩序があると? あの都市を見て何故そう言える?」
男は都市の内情を知っている。だからこそ今回の襲撃を行うことが出来たのだろうと悟る。しかし解放する気がないのであればどうするのかと問うと。死んだ仲間の仇を討つ事を提示してきたのだ。当然そんなものを受け入れることは出来ない。
「おいおい、子供じゃないんだ。呑めない要求が通るとでも?」
行商人は呆れたような物言いで問いかけるが、相手は応じるような素振りも見せない。
「ふん…どうもわかっていないようだな」
男はそういうと手下どもに合図を送り樽の前にロゼットを連れ立たせる。そして彼女の両腕を乗せた。船長の隣にアーガストやマディソンほどの背丈はあろう大柄な男がだらしなく涎を垂らしながら興奮した様子で同じ言葉を繰り返していた。
「ほしぃ! ほしぃ!! ほしぃぃ!! これ、ほしぃぃぞ!!」
「お前達は今どういう立場なのかわかっていないようだな。うちの部下はこの腕輪を気に入ったようでな。いや…この小娘の『腕』を気に入ってるのかもしれんな?」
彼女の白くて細い左手と身に付けている孔雀魔鉱石の腕輪を手でなぞるように触れる。腕輪が外敵と認識したのか僅かに電撃のようなものが発生する。顔を顰めて船長は続ける。
「しかしこれではどうにも外せない。他の方法が思いつかない故これしかないと…」
「思うのだよ」
彼女の腕を伸ばし固定する。そして海賊の一人が鋭い短刀を構えている。
「死んだ部下達への手向けだ。腕の一本くらい飛ばしても構わんだろ?」
「っ…!!」
ロゼットは震撼する。必死にもがいて暴れまわるも押さえつけられた身体はビクともしない。紫苑は槍を構えて攻撃態勢を見せるが行商人に制止される。
「待てよ、落ち着けって。貴族の出身だとは考えないのか? それじゃあ人質としての価値が薄れちまわないかと考えないのか?」
「続けろ」
海賊達の「やれ!やれ!やれ!!」という歓声の言葉だけが連呼され続ける中、行商人が説得を試みるも聞く耳を持たないといった様子で短刀を持った男は振り上げる。口を塞がれ悲痛な声にならない悲鳴を上げ、大粒の涙を流しながらロゼットは必死に暴れて抵抗しているが無常にもその短刀が振り下ろされようとする。
「彼らがドラストニアの使者だとしてもか!?」
行商人が最後の訴えを叫ぶが、短刀は振り下ろされた。
「ロゼット様!!」
紫苑は叫びと共に彼らに向かって猛進していく。それに反応して船長は銃を構え引き金が引かれる。月下の海上に浮かぶ船体、海賊達の歓声が巻き起こる中で乾いた銃声が一際、響き渡った。
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