インペリウム『皇国物語』

funky45

46話 僅かな陰り

 馬車はレイティスの港都市を前に立ち往生してしまった。多くの馬車が行列のように連なり、長蛇の列を成す。外の賑やかな様子に一同は気づき目を覚ましていた。


「何の騒ぎ??」


「とんだ渋滞に巻き込まれちまったな。移民国家は大変なことで」


 ロゼットと共に同行してきた行商人が空の酒ビンを残念そうに揺らしながら彼女に応える。馬車から顔を覗かせて旅人に訊ねてみることに。


「何かあったんですか?」


 近くにいた旅人が彼女の問いに答える。


「ああ、なんでも近隣の港町が海賊騒ぎで次々と襲撃を受けたらしく、警備を固めているんだそうだ」


「ここは港の巨大な都市だから尚更なんだよ。それにほら…大統領が訪問って話も出てるし」


 旅人の話を聞きながらロゼットは都市のほうに目をやる。都市はドラストニア王都のものよりも堅固で高い城壁に囲まれており、兵力も尋常じゃない数を投入されていることが伺える。


 海からだけではなく、内陸のからの侵入にも警戒してのことで検問が厳重に敷かれている。このままいけば夜が更けても都市に入ることは難しい。


「他国からの使者も例外ではございませんね」


「書簡は届いてるんですよね? それでも…」


 ロゼットが言いかけるところにシェイドが被せて「他国からなら尚更だよ」と答える。使者として招き入れた人物が賊、または他国からのスパイであったりとそれでなくとも内情を教えてしまうわけだから警戒が増すのは当然だと言えよう。信用たる国家、人物でもなければ国賓として招くことも難しい、時代ゆえの問題。


 ロゼットが少し落ち込んだような表情を見せる横で行商人が一同に安心するようにと声をかける。


「そう落ち込むなよ。入る手段はあるさ」


 彼は立ち上がり、レイティスの衛兵に対して近隣の宿を探して本日は宿泊すると伝える。彼らを所定の港町へと帰した後一同は行商人に連れられ、丘を越えた先の細道を抜けると洞窟のような場所にたどり着く。扉を開け地下道のような通路へと入っていく。ロゼットはさながら地下の秘密の抜け穴かとワクワクしている様子を見せる。


「こんな抜け道があったとは…」


「この先を抜ければちょっとした水のほとりに出る。そこから小船で水路へ入り込めば、港に着く。そこからは街中へと」


「こんな入り方しちゃっていいの?」


 行商人の案内にシェイドは表面上、疑問を口にするが一晩かかっても入れるかどうか分からない正面から行くより他はないと諦めている。何よりロゼットはここから都市へ向かう気満々であった。セルバンデスも呆れ気味であったが止むなしと判断、紫苑とオルトに周辺の警戒を任せる。


 抜けると緩やか流れの川とも水のほとりとも見えるような場所と桟橋があり、小船が何艘か陸に上げられている。その中か一艘を適当に選び水に浮かせる。二艘使いドラストニア陣営とグレトン行商人の四名と三名ずつに分け、行商人達に先導してもらう。


 船を時折漕ぎながら流れに身を任せて下っていく。水路のような場所へと入っていくと辺りは暗闇に包まれる。進んでいくにつれ徐々に流れが早まっていくのが分かりロゼットは少し緊張していた。


 そして行商人が突然大声を発する。


「何かに掴まれ!」


 彼の声にオルトは直ぐに反応し主の身を寄せ、紫苑もロゼットとシンシアを寄せて支える。けたたましい滝のような音とが近付いてくるのが分かった。船は急加速し、まるでジェットコースターにでも乗っているかのような急降下が彼らを襲う。


「きゃあっ」


 少女二人の短い声と共に物凄い勢いで水路のトンネルを抜けていくようで、少しでも握っている手を緩めたらバランスを崩して船から落ちてしまいそうな状態。ロゼットとシンシアは互いに抱き合いながら紫苑にしっかりと支えられ、しがみついている。


 暗闇を抜け地面が削られているのか所々穴が開いており光が差す。トンネルというよりも配水管の中を下っていきアトラクションを楽しんでいるかのようで先ほどまでの恐怖感がいつしか高揚感にロゼットの中で変わっていく。


 引きつっていた表情には笑みが見られるほどに余裕が出てきたところで再び暗闇のトンネルへと入り込む。ガクンと再び急降下が襲い、大きな水しぶきを上げて小船は水辺に着水する。


 閉じていた目を開けるとそこは崖に建設された建物群の跡地のような場所へであった。


 崖の高さは断崖絶壁と呼ぶに相応しく、内側へ抉られるようになっておりそこに建物の跡地がむき出しになっているような状態。崖の頂上がちょっとした天井のようにも見え、長い年月をかけて海の波に削られたかのようだ。


「凄い…建物があんなところから」


「地下に建設したみたいにも見えるね。かなり古いものじゃないかな」


 今よりも遥か昔に地下に建造され、現在ではそれが遺跡のように剥き出しになっている。いつ崩壊してもおかしくないようなほどに不安定な状態にありながらどこか趣を感じるロゼット。小船は崖に沿っていくとちょっとした入り江に到着し水門の前で停止する。


「俺だ、開けてくれ」


 行商人が合図を出すと重そうな門が重厚な音を立ててゆっくりと開門する。中へ入ると水路になっておりその奥は開かれた水辺の空間が広がっており商人達の溜まり場のようで賑わっている。地下ではあるものの小さな港と市場が合わさったようで独特の雰囲気が漂う。


 桟橋に船を着けると入港料として銀貨一枚を求められ支払い、同時に入港記録の証明書を渡される。証明書には大統領のサインも入っており、ここが正式な商人達の出入り口だと初めて知ったのだ。


「なんと……ここは国家公認の船着場だったと」


「今でこそ船着場だけどな。元は大統領が使っていた抜け道みたいなものだったらしい」


 行商人の説明にロゼットとシンシアはぎょっとする。


「えっ。大統領もあんなアトラクションに乗って入り込むんですか?」


ロゼットとシンシアはジト目で少し引きつったような表情で行商人にツッコミのような疑問をぶつける。


「悪かった悪かった! 予め言ってたら、お嬢様方の足取りが重くなると思ったんだよ」


 笑いながら行商人は少女二人に謝る。溜まり場を抜けて階段で上がっていくと光が差し、外に繋がると吹き込んでくる風による圧迫感が迫ってくる。息を少し詰まらせ後に広がる光景――。


 ドラストニアよりも高い建物と立派な家々が立ち並び、行き交う人々も非常に多く混雑している。以前訪れたドラストニアの中継駅や港以上に様々な種族が存在し魔物や動物をつれた者や旅人、商人や大道芸人など職種もバラバラ。


 どこか空いている宿場区がないか探すが、行商人に今から探すのは厳しいから自身のねぐらに案内するという。下町のような桟橋の上に木材で乱雑に打ち付けられた家々が並ぶ。


「やっぱりこういうところはあるんですね」


 シンシアが不安そうな声を溢した。中心市街からもさほど離れてはいないがここら一体は静かで住民のほとんどが仕事に出ている。スラム街までは言わないが同じ都市内部でありがら市街との落差に不安を覚えるロゼットも同じだった。


 その中でも比較的落ち着いた雰囲気の建物に到着する。内部の作りは外観と違いしっかりした作りに出来ており、秘密基地のようにロゼットの目には映る。


 長い間使われていなかったのか少し埃が被っており、クモの巣も散見された。行商人は慌しく片付けている。


「随分長く使われていなかったのですか?」


「ちょっとしたデカイ商談を成立させるために長旅が続いててな。どこも買ってくれなくて難航したんだよ」


「それはさぞ儲かったことでしょう。して…何を販売されていたのですか?」


 少し怪しむように伺うセルバンデスに淹れたての珈琲を渡し、笑いながら答える。


「怪しいものじゃない。珈琲豆だよ。ほらそこに積まれてるだろ」


 角に積み上げられている木箱から僅かに袋が覗いている。


「確かに香ばしいものの正体はこれでしたか。この珈琲も?」


「ああ、そうだよ」


 セルバンデスは興味をもったのか一つ頂いても良いかと確認すると商人は快諾する。少し遅めのブレイクタイムの後、役所へと向かう。


 道中は相変わらず賑わっており途中で選挙ポスターのような貼り紙を目にする。


「そういえば大統領選挙の真っ只中なんだよね。現大統領も大変だよね」


「海賊問題があるもんね」


 シンシアとロゼットが他愛のない世間話に興じているとシェイドが少し口を挟む。


「むしろ相手側とこの都市の実情に頭悩ませているんじゃないかな」


「どういうこと?」


 シェイドの横槍にロゼットが続けて疑問をぶつけると、町を見渡すように言われどう思うかと訊ねられた。少女二人は意味が分からず互いに見合わせ首を傾げる。すると今度はこの都市の人々の顔ぶれについて問われる。都市はいろんな種族が集まっており、行き交う中で人間が半数を超える中でもう半分全く異なった種族たちである。


 人間の中でも顔つきは違っており統一性、とりわけ誰が国民なのか分かりづらいものとなっていた。


「彼らのうち誰が国民で誰が観光客で、移民者なのかね」


 その言葉を聞いてロゼットは彼が言いたかったことに気づく。以前話していた異種族が入り込むことで起こる弊害。


「けど今のところ目立った問題は引き起こってないように見えるますけど…」


「街中で堂々と起こってたらそれこそ暴動だよ」


 シンシアはまだ疑問を拭えない様子でいたがロゼットはアズランド当主の言葉を聞いていたためにそれが思い出される。一抹の不安を拭えないままでいる中でちょっとした広場に着き選挙活動が行なわれている集会に出くわす。


「さきの政策でクローデット現大統領は防衛体制を敷くと称して、この美しい都市に軍を大量に投入された。美しかった情景は今や要塞と化してしまった」


「そして今度はあろう事かここに住む都市の住民達から市民権を奪い、彼らだけの国家にしようと宣言までしていることに私はこの上ない憤りを感じている!」


「この国はなんのために建てられたのか!? 何のための権利なのか! 自由を求めてやってくる人々のための土地ではないのか!」


 力強く演説を行なう女性の勢いに呼応するように集まった民衆は声を上げている。一同は足を止めて演説を聞いているが、紫苑が民衆の中の一人の男性の動きに警戒するようオルトに伝える。


 女性が演説を続けようとこぶしを握り締めた瞬間男が剣を抜き女性に向かって切りかかる。民衆からは悲鳴上がり、女性に向かって刃が向けられる直後だった。


 紫苑の守り刀でもある黒刀が煌めきを放つ。一瞬の閃光で男の持っていた剣が真っ二つとなりあえなく取り押さえられる。


「勝手なこと抜かしやがってこの国賊共が!! レイティス人を迫害している連中が求める自由や権利ってのは侵略なのか!?」


 男が喚きたてるのに対してレイティスの軍とは異なった制服を身に纏った女性の私兵と思われる人達が縄で締め上げる。女性は紫苑の方へと向き直りお礼を述べながら更に演説を続ける。


「皆さんも見たでしょう? 彼らは自分達のことしか考えていない。そして真の正義には彼のような仁義がおのずとやってくるのです」


 集会の民衆が声を上げて声援を送る。女性の名前を呼ぶ叫び声が響き、紫苑の手助けは見事に選挙活動の演説に利用された。


 演説が落ち着き女性が改めて一行に御礼を述べる。


「先ほどは失礼致しました。助けていただいたのに演説で利用してしまい…」


「いえ、殺傷沙汰が起こらなかったのがなによりです」


 女性はコモン・ミシェルと名乗り、大統領選挙の立候補者で現政権と対抗馬であった。対抗馬が女性だと思っていなかったロゼットは意外に思いながら彼らの様子を伺っている。


「勇ましい限りです。我が陣営にもあなたのような人材がおれば心強いのですが…」


「そういえばこのあたりでは見ない風貌ですが、あなたはもしや『神国』のご出身でしょうか?」


 女性は聞かない名前の国名を挙げた。その言葉にシェイドがほんの少しだけ眉を動かすのをロゼットは見逃さなかった。紫苑は困った様子で彼女の問いに答えた。


「いえ、一応ドラストニアです」


 少し残念そうな表情に変わった後、女性は続けて紫苑と先ほどの男の身柄に関して話しているようだ。騒ぎを聞きつけた国の衛兵が数十名やってきて事情を話す。


「彼の身柄はこちらで引き取ります」


「いえ、こちらで対処いたします。お手を煩わせるわけにもまいりませんので」


 そう言ってミシェルの私兵達が男の身柄を拘束して連れて行こうとしたところでセルバンデスとシェイドも介入する。


「流石にここは国に身柄を引き渡しましょう。彼もあなた方にとっては危険な存在でしょうし」


「衛兵さん、彼の身柄は丁重にね」


 丁度、役所へと赴くつもりだったため一行も衛兵に案内を求めて役所へと向かう。ミシェル陣営は少し渋ったような様子を見せた後こちらへの引渡しに応じ、男を連れてその場を後にした。


 男に対して民衆からは罵詈雑言が飛び交いロゼットは怖がりながら紫苑の直ぐ側にぴたりとくっつく。


 男を引き連れた衛兵達と別れる間際、男がこちらを睨むような目を向けてきた。ロゼットはてっきり恨み言でも言われるのかと思って不安そうに見ていた。


「なぜ助けた?」


 男の口から発せられたもの意外なものであった。ロゼットは先ほどの不安な表情から一変し、紫苑とシェイドは彼を見て答える。


「どちらも助けたわけではない」


「一人で向かっていく勇気は結構だけど、血を以っての主張なんてしても血で返ってくるだけだよ」


 紫苑の後にシェイドがそう続け、男は自身の行ないを噛み締めた様子で護送されていく。どうして男はこちらが助けたと言って来たのか二人の少女は理解できず、彼らに追従するしかなかった。















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