インペリウム『皇国物語』

funky45

45話 従者の資格

 町の復旧作業が夜を徹して行なわれ、翌朝になっても継続している。紫苑、オルトらは消火作業の後、救出活動に移り状況報告を行なう。


 ロゼットとシンシアは緊急で仮設されたテントの簡易ベッドで疲れきって熟睡していた。シェイドも流石に休まることがなかったためか椅子にもたれかかるように眠っている。セルバンデスはそっとテントから出て行き、この港町の指揮官の下へと赴く。


「ドラストニアとグレトンからの救援、感謝致す。レイティス軍将官、パドックです」


「ドラストニアで外交官を務めておりますセルバンデスです」


 この町に駐屯する指揮官と顔合わせする。こちらがゴブリンだということに多少の驚きを見せていたが元々移民者の多いレイティス共和国ではさほど珍しいものでもなかった。復旧は大体終わり、港から近い民家や商店が襲われただけで内陸側にまでは被害は及んでいなかった。


「兵力はこれで全てですか?」


「現状で用意できる軍備は全て投入しております。これでも全く足りておりません」


「でしょうな」


 兵力の足りなさを指摘しながらパドックと共に現場へと向かう。火の手は消えたものの瓦礫となった民家は数多く、煙が残り香のように立っている。血の匂いと焦げた残り香の中で瓦礫の撤去作業を行なう兵と民間人との間でトラブルも付き物。兵と民間人の間で乱闘騒ぎになるのではないかと一触即発の様相。


「仮設避難所で受け入れてもらえなかったのよ。どこで寝泊りをすればいいの!?」


「一体軍は何をやっていたんだ!?これじゃあなんのために高い税を払っているのか…!!」


 負傷した兵、民間人を合わせて数百規模にも及び。死傷者や生死不明者の数を含めると千にも達する。それゆえに混乱の規模も大きく復旧にも相当な日数を要すると予想される中で民間人同士での諍いも起こり、少ない兵達を割いて沈静にあたらせる。


 ロゼット達も目を覚まして彼らの元へとやってくる。レイティスの大統領がこの先に北上した東側の要所である巨大な港の都市に赴くとの事を聞き、彼らもそこへ向かう方針を固めた。


「俺も同行していいかい?」


作業を終えた行商人が陽気な声を掛けてくる。船舶の襲撃の折では手助けもされた手前、断る理由も特にない。


「旅は道連れですか…良いでしょう。レイティスの事情にも詳しいようですし、同行はむしろ心強いかと」


一同に同意を求めるようにセルバンデスは視線を送る。シェイドも概ね同意しているようで、笑みを見せて同行を受け入れる。船長とはここで別れ、今後のことも考え行商人は引き続き港都市へと。


 パドックの兵数名が護衛に付かせるがロゼット達は少ない兵をこれ以上割かせるわけにもいかないと断る。しかし大統領から自分達が咎を受けるとのことであったため、数名の兵達だけで十分との事を伝え馬車での同道をお願いした。


 ロゼットにとっては久しぶりの馬車の旅で今回は他国からの出迎えを兼ねて少々豪勢な馬車であった。


 荷物を運び込む中ロゼットはふと町のほうへと目をやると、民間人たちの諍いの横で何やら看板を数十名の人間が掲げていた。看板の文字には「軍備強化反対」「軍隊は出て行け」という文字が書かれており困惑した表情でロゼットは遠くからそれを見ていた。


「……?? どういうことなの…?」


 思わず胸中を溢しつつ、セルバンデスに呼ばれ急いでそちらへ向かった。




 ◇




 馬車が港の大都市へと移動の最中でオルトがシェイドに対して疑問をぶつけた。


「あの町は酷いものです。とても襲撃に備えられるような状態ではございませんでした」


「兵力もおそらく数千程度でしょうがほとんどが新兵ばかりで実戦で使えるのは実際数百名もおりません」


 比較的大きな港町でもなく、交易所も盛況とは言いがたい。しかし人口は町の規模とは反してかなりの人数を抱えている。現に被害の数も尋常なものではなかった。シェイドとセルバンデスは顔を見合わせて考えを照らし合わせている。


「あの防衛力じゃ侵攻どころか賊に侵入されても笑えないよ」


「昨今の海賊問題の事を考えれば、あれでは粗末なものかとは思いましたが…」


 顔を顰めて二人は呆れている、というよりも僅かに焦りの混じった声色にも感じる。


「そんなに酷いものだったんですか?」


 ロゼットは前線にいたわけでもないし軍のことに関しても詳しくなかったために疑問をぶつける。


「ええ、あの町の規模を考えれば……有事のような現状では足りません。せめてベテランの将官を数十名は必要でしょうがパドック殿以外はほとんどが経験の少ない新兵が目立ちました」


 紫苑が彼女の問いに答え、現状の有り様を説明する。


 レイティス共和国は決して貧しい国家というわけではない。貿易による黒字は続いており、人口は言わずもがな兵力に関してはドラストニアに次ぐほどの軍事国家。現大統領はむしろ軍備に関してはこと積極的とも聞いていたため要所である東側の海に面した土地へ軍を投入しないわけがない。


 議論は尽きないが動きっぱなしだった紫苑、オルトに一息付つけさせるために一時の休息を置くことにした。




 ◇




 ドラストニア王都。都心部は明かりで満ちており、夜空の星々と重なるように見え幻想的な風景を生み出してゆく。そんな美しい景色を王宮から臨む一人の姿があった。


「見下ろすも夜空…見上げるも街並み―…か」


 感嘆の溜め息をつきつつ、夜風で涼む。風が時折、魔物と動物の鳴き声を運びそれが自身の生きている実感をより強くさせる。時として戦場に立ち自ら剣を振るうドラストニアの皇女シャーナルはある人物を待っている。


 一望できるバルコニーへ大きな影が二つ彼女の元へとゆっくり歩いてくる。


「あら、淑女を待たせるとは感心しないわね」


「失礼致した。珍しい申し出だったためいささか準備に手間取ってしまった」


「人間の癖にえらく景色と重なりやがる」


 ドラストニアの将兵となってまだ日が浅い異種族の二人。竜のような鱗を持つアーガストと深夜のように深い緑体色を持つマディソン。彼らは将兵としてはまだ功績を残してはいないもののその実力は折り紙つきだということは彼女自身も周知している。


 そんな彼らを呼び出した訳がただの夜風にあたるだけのものではないだろう。思慮深いアーガストは彼女の真意を探るように言葉を選び出す。


「深い夜ですな。星雲も川のように見えるとは、ここではあらゆるものが他とは違って見えよう。そうは思わんかマディソン」


「どうかね。星は死んでいった命という話は聞くが。そうは思いたくねぇな」


 マディソンの言葉に彼女は含み笑いで問いかけてくる。


「あら? どうして?」


「悪い奴も良い奴も、同じ光になんざなって欲しくねぇよ」


 凶悪な顔つきのオークが善人と悪人が一緒くたになることに不満を漏らす姿に少し笑って応える。その態度が鼻についたのか険しい表情で彼女を睨みつける。


「何が可笑しいんだよ」


「ごめんなさいね。他意はないのよ、ただ思いのほか情が強いというのがなんだか不思議な気がしたのよ」


「そう考えると人間の方が残酷な生き物ね」


 彼女は目を細め集落での事を思い出していた。それを察したのか彼らも同じく遠くを見て心の奥にしみ入る。魔物を使役し時として同族、種をも殺すことに躊躇いを示さない。


 最も純粋で残酷な生き物。


 そんな魔物を使役する人間達がガザレリア国内へ入ったとの事を彼らに告げる。彼らもまたそんな人間達に大切なものを奪われた存在。当然知る権利はあって然るべき。それぞれ思い思いに険しい表情を見せる二人に彼女は提言する。


「明朝、私は発つつもり。目的はガザレリア」


 シャーナルの言葉に目を見開く二人。そしてどうするかと問われる。


 彼女が彼らを呼んだ理由がようやく判明したが、二人は少し迷う。彼らが主君と誓ったのはロゼットに対してであって彼女ではない。ましてや国王派とは敵対の長老派のシャーナルに従士として出向くこととなると躊躇するのも当然である。


 マディソンは復讐を餌に供回りに連れて行かれると思っていたが、アーガストの方は違う。復讐を口実に自分たちを利用、ひいては取り込むつもりなのではないかという考えを張り巡らせる。当然シャーナルも彼が憂慮するのは予想していた。そこでさらに提案する。


 あくまで我々が赴くのは先遣としてであって、彼らの内情に入り込むものではないと付け加えた。


「そもそもこれはあの皇子からの頼みであって私だけのものではないわ。相手の内情も知れなければこちらも先手は打てない」


「貴方達二人を推薦したのも彼ら。連れて行くのはおそらく私の監視も兼ねての事でしょうね」


 シャーナルの監視としての同行。それを聞き少し疑問に思うアーガスト。ドラストニアに入り込んだばかりの自分達をそこまで信用するものだろうか。今回の訪問先は魔物や人間以外の異種族がほとんどとされるガザレリア。アーガスト達にその気はないが、彼らに帰順する可能性だってあると考えないのだろうか。


「そこまで我々を信用して良いものか、疑問は持たれなかったのですか?」


「私は能力ある者には相応の役職をつけるべきだという考え方よ。忠義とはまず評されなければついてくるものではないでしょう?」


 彼女は自分達の能力を信用しているのであって、思想や主義、考え方は二の次。ある意味分かりやすく、そして不敵な笑みを浮べる彼女に対して畏敬の念を抱くアーガスト。ラインズや紫苑が警戒するのも理解できる。


 しかしロゼットは真逆のタイプではある彼女を慕い剣術に至っては師事しているほど信頼を寄せている。その点も加味してアーガストは彼女に同行する意志を伝える。マディソンも少し考えた後、兄貴分の彼に従うことを決めた。


 こうしてシャーナルは猛将二名の同行を取り付け、彼らが能動的に協力するよう計らう。猛将二人はレイティスへ向かったロゼットらを思い、同じ夜空の下にいる彼女達に向けて同行するとの事を夜空に伝える。


 そんなレイティスの最大の港都市で何やら暗雲が立ち込め始めているともこの時の彼らには知るすべなどなかった…。

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