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インペリウム『皇国物語』

funky45

43話 足元より始まる

 深夜の廃屋――
 一同は虫が奏でる音楽を子守唄にしつつ眠りに就く。私はあまり寝付くことが出来ず、起き上がりまだ暖炉に明かりが点いているのを確認し居間の方へと足を運ぶ。


『彼』は居間で壁にもたれかかるようにして目を閉じているだけだった。物音に気づき私のほうを向くと少し驚いた様子を見せる。


「ロゼット様…いかがなされましたか?」


「起こしちゃってごめんなさい。なんだか眠れなくて」


 そう言いかけると紫苑さんは私が暖を取れるように自分の側へと招き、、すぐ隣に座らせた。彼との距離は手と手が触れ合えるほどに近く、顔が熱くなっていく。鼓動が早くなるのを感じ、少し緊張していた。


「御加減はいかがですか?」


「おかげさまで、もう大丈夫です。また紫苑さんにご迷惑かけてしまってすみません…」


 旅船でのこと。魔物から乗客を守ろうと剣を握り紫苑さんたちのような真似事を行なったけど、私が実際に助けることが出来た人はさほど多くなかった。


 シャーナルさんとの鍛錬で自身の力がついたことは実感していた。その影響もあってみんなを助けることが出来ると思い違いをしていたのかもしれない。そのことを今回のことで思い知らされた。


「とんでもございません。ロゼット様の御身は私の命も同然です。貴女をお守りすることが私の責務」


 紫苑さんは慌てて私を守ったこと自体が自分の役割だと返す。


 そう『役割』―――と。


 ならば私の役割はなんなのか?


 ただ助けられるだけの存在なのだろうか。


「私の役割は――……なんなんでしょうか」


 私の問いかけに彼は少し首を傾げた。


「私も……剣を振るって逃げ惑う彼らを助けることができるかもしれない。そう思っていたんですけど」


「実際に出来たことを思い返してみると……何も出来ていないんです」


 フローゼルにおいて大人の男性と得物の差はあったものの互角以上に剣を交え、ウェアウルフとの死線の際にはセバスさんと二人掛かりで討伐したこと。そうした経験をしたことで自分に確かな自信が湧き上がっていたのは事実だった。


 しかしそれはただの勢いだけの勇ましさ。紫苑さんやオルトさんでさえ必死の様相で激戦の中を生きながらえていたのに、ほんの僅かな時をシャーナルさんと鍛錬した程度で彼らに並び立てるわけなどない。


 少なくとも今の自分には彼らと並ぶことが出来るほどの何かがあるとは思えなかった。


 少し俯いていると彼が私の左手を取りブレスレットを見ていた。


「あ、これフローゼルでマキナさんと一緒に作ったものなんです。自分用にどうかなって相談して…」


 紫苑さんもブレスレットのほうが良かったのかなと様子を伺っていると、彼は真剣な表情で観察を続けながら答える。


「これは――『孔雀魔鉱石くじゃくまこうせき』……魔石です。翠晶石すいしょうせきではありません」


 意外な言葉が返ってくる。翠晶石だと思い作った装飾品が魔鉱石だったと言われる。


 以前ラインズさん達と話していた『魔抗石まこうせき』とは異なり魔力を放つ性質を持った『魔放石まほうせき』と呼ばれるものらしく魔石の一種なのだとか。暖炉の火の光に当てて観察してみるように言われて見ると、光加減によって深い碧に虹のような輝きが帯びているのがわかる。


「魔力を放つ際にこれがより一層強く輝くことで『魔法』に変換される仕組みなんだとか。私も僅かに魔力を扱うことは出来ますが魔術や魔導の類に精通しているわけではございませんので詳しくはわかりませんが」


「じゃあ…ウェアウルフの時もこのブレスレットのおかげで魔法を?」


 おそらくはそうだろうと彼は頷く。もしかしたらフローゼルで『翠晶石』ではなくこの魔石が今後採掘され続けるのではないかと思っていたけど紫苑さんは少し訝しげな様子。


「そのドワーフのマキナ殿によってフローゼルにて『翠晶石』が発見されたのですよね?」


「はい、彼女が最初に訴えていましたので…」


「………少し疑問ですね」


 彼曰く、ドワーフは元々製鉄技術に秀でた能力を持つ。その性質上、鉄鋼石のみならず様々な鉱物の加工技術にも精通している。紫苑さんでさえ存在を知る『孔雀魔鉱石』を知らないはずがない。


 にもかかわらずそれを私のブレスレットに加工して譲渡したのには何か意図があるのかもしれない――と彼は考える。


「どんな意図が?」


 紫苑さんにグイっと顔を近づけて聞くと彼も少し近寄って答える。


「『孔雀魔鉱石』単体でも魔力は持っております。元々魔石は魔力を持たざる者でも魔法を用いるための魔力の結晶体です。もしかしたら幼いロゼット様の身を案じて、いざという時の守り刀として発揮されるように用意されたのかもしれません」


 フローゼルでの一戦を彼女も見ているからそれもあって私の立ち回りが不安に見えたのかな。一応納得はできるけどそれなら私に一言伝えてくれないとわからないのにとぼやいてしまう。


 紫苑さんは更に考えた様子で、あるいは『魔導』の資質があるのかもしれないと見てこの魔石を託したのかもしれないと続ける。実例もあって私も答えに詰まり否定はできなかった。


 元々エンティアの出自でもない私に魔力が備わっているなんて考えたこともなかった。そう考え込んでいると紫苑さんの表情が笑顔に変わり、私の手を取る。


「もしかしたらそれがロゼット様が持っておられるもので『出来ること』なのかもしれませんね」


 笑顔でありながらも真っ直ぐな目、彼と向き合ってそう言われ今までに感じたことのない気持ちが湧き上がる。
 鼓動は今にも破裂してしまうのではないかと言うほど太鼓を叩くように高鳴り、彼にも聴こえてしまっているのではないかと思うと益々大きくなっていく。彼の握った手も震えているのが伝わったのか、手を離して先ほどの笑顔が申し分けなさそうな表情へと変わり私への謝罪に変わる。


 私は慌てて紫苑さんに顔を上げてもらい、緊張してしまっただけだと伝えると彼は笑っていた。


 暖炉の火が僅かに入ってきた風に揺れる。二人の静かな時が過ぎると思っていたけれど、その風と共に不安が過ぎった。




 ◇


「外が静か過ぎます…」


「え?」


 紫苑が外の静けさが異様だと察知する。
 ロゼットも耳を澄ませてみるが確かに違和感を覚える。動物はおろか虫の鳴き声さえも聴こえてこない。


 更に聞き耳を立てていると僅かに声が聞こえてくる。


「泣き声…?」


 ロゼットが呟くと紫苑も顔を見合わせ頷く。二人で外へと静かに出て行き、声の方へと向かっていく。ロゼットは紫苑の側を僅かな距離もあけずに手の届く距離を保ちながら追従する。


 声色を聞く限り少女か、かような夜更けに子供がすすり泣いているのであれば放っておくわけにもいかないと保護へと向かうが草木を掻き分けて進んでいくも一向ひたぶるに少女の姿は見えてこない。


 地面に聞き耳を立てる紫苑。声と別の音の簡単な判別であれば数里先でも聞き分けられるようで位置情報の確認を行なう。幾度と確認を行ないながら神妙な面持ちを見せては探索を続け、徐々に足早となっていく。ロゼットもそれになんとか着いていくと徐々に様子がおかしいことに気づく。突き進む度に風が微かに焼け焦げた匂いを運ぶ。


 紫苑の足が止まり、彼女も足を緩めて彼の見つめる先――。辿り着くと丘のようで見渡すことの出来る場所だった。


 そこから見渡す景色から半里ほど先に港町が見えるが、煙が出ており明るくなっていた。ここからだとかなりはっきりと音が聞こえる。


「あ、あれは…もしかして」


「おそらくは――…」


 海賊の襲撃。大砲の音こそないものの海上に浮かぶ不気味な黒い帆を持つ船舶が海軍のものではないことはロゼットにも直ぐにわかった。紫苑がどのようにするか考えを巡らせている横でロゼットも苦心の表情を見せる。


 助けたいという気持ちはあるが、先ほどの紫苑との話を思い出す。


 果たして自分達が向かって助けになるのか―――?


 また自身が紫苑やオルトらのアキレス腱になるのではないかと考えると踏み込めないでいた。紫苑は彼女の胸中を察し敢えてこう提言した。


「ロゼット様、向かいましょう…!」


 ロゼットは自身の気持ちを汲んだ彼の発言に驚きの表情を浮べた。


「小さな港町といえどレイティス軍も駐在しているでしょう。彼らと協力し我々はあくまで加勢として合流するのです」


「でも……シンシアさんもいますし…それに私がまたご迷惑を――…」


「あなたの御身は必ず私がお守りいたします」


 ロゼットが答える前に紫苑が彼女を守り通すと強く答える。その勢いに押されて直ぐにセルバンデスらの元へと戻り、港町へ加勢に行くと決める。




 ◇




 逃げ惑う人々と海賊による略奪襲撃行為で入り乱れる港町。悲鳴と怒号が飛び交う中でその混乱に乗じて略奪行為に及んでいる人間も散見される。女性達を追いかけ回す者、ただただ惨たらしく殺戮を行なう者様々でレイティス軍も対応に遅れ指揮系統が乱れている。少なくともロゼット達が到着した際にはまともに機能しているような状態ではなかった。


「軍の指揮官と合流いたしましょう、紫苑殿とオルト殿は賊の討伐を」


「承知しました」


 将兵二人には討伐に向かわせ、ロゼット達は軍の駐屯地へと向かい指揮官と合流を目指す。


 行く先々では火の手が回った建物ばかりで中から人が何名も身体に火をつけた状態で飛び出してくる。すぐさま近くにあった袋や布で彼らの火の手の消化を行ない手助けする。


 紫苑、オルトは数十名の賊を同時に相手取り圧倒的な身体能力を以って制圧する。紫苑は旅船での跳躍力を再び見せて賊を圧巻させて彼らの背後を取り一挙に討ち取ってゆく。


 紫苑は背後から斬りかかってくる敵意を察知し、相手の一太刀を目視もせずに躱し、構えた槍で燃え盛る民家目掛けて吹き飛ばす。
 得物の長剣を流すようにしてオルトは賊の剣撃を往なし、胴体を正確に捉えて切り刻んでいく。如何に凶悪で凶暴な海賊でも彼らの勇猛さを目の当たりにし先ほどまで血気盛んであった表情は瞬く間に青ざめたものへと変わり、尻すぼみして逃げ出す者まで出てくる。


「所詮は徒党か…期待はずれもいい所だ」


「オルト殿、油断なさらぬよう…!」


 戦陣で命を懸けて武を振るう彼らにとっては頭を悩ませていると言われている海賊であっても子供の相手をするよりも容易なものに感じていたが紫苑は慢心は捨てるようにオルトを諌める。
 途中彼らの奮闘にレイティス軍の将兵らも驚いた様子で合流する。


「勇ましい戦いぶりお見事。貴殿らは?」


「ドラストニアとグレトンの使者です。こちらから火の手が見えたので援護に参りました。我が主らも合流されているかと」


「援護、感謝致します!」


 紫苑達との戦闘に分が悪いと感じた海賊達は次々に退き、海賊船も黒い帆を不気味に揺らしながら闇夜の黒い海へと退いて行く。ようやく大砲の準備が出来たとの報告が入るが既に闇夜に紛れてしまった海賊船相手に無闇に打ち込んでも火薬を無駄にするだけ。


 残党がいないか兵を巡らせ、今後の対策に加え、町の被害状況の確認に当たり紫苑達も協力するため同行する。


 そしてロゼット達は将兵の指揮官達と合流しており、自分達がドラストニア側から来た使者だということを告げ落ち着き次第、大統領との面会をことづける。


 赤々と燃え、消火活動と住民の安否確認を行なう中でその炎の中に、海賊問題が思っていた以上に深刻なものだとロゼットは一人思いながら見つめていた。





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