インペリウム『皇国物語』

funky45

39話 一時から見えた魅力

 その日、ロゼットは休日を謳歌していた。連れて来た地竜の赤子「澄華」も王宮に慣れ、彼女の広い自室で寛いでいる。たまには外に連れ出して運動もさせないと怠け者になってしまう。


 丁度ラインズの自室に呼ばれていたこともあり澄華を連れて彼の部屋へと訪れる。部屋へ入るとセルバンデスも揃っており、何やら小物で散らかっていた。


「なんですかこれ」


 置いてあった小物の一つを手にとって見る。大きな盤面にマス目があり、さながら双六のようにも見えるが周囲を見渡すと同様の小物が散見される。奥からラインズが両手で抱えきれない量の骨董品のような小物を持ってくる。


「あったあった、いやぁー掃除してたら懐かしいもの見つけてな」


「ボードゲーム…??」


 広げると畳一畳分くらいの大きさの地図のような盤面に海と陸が描かれ、陸には領地や市場、海には船舶や砦がマス目に描かれている。双六や人生ゲームにしてはゴールが見当たらない。かといってオセロやチェスのようなコマの取り合いのようなものにも見えなかった。


 ロゼットは興味深々の様子で周囲を動き回りながら見回している。


 どうやらこのゲームを使って今日は息抜きをする様子。フローゼルでは予想だにしない一件を経験させ、図らずも魔物との実戦までも行わせてしまった。肩の力を抜いて子供でも気軽に参加できるよう計らい彼女も呼んでちょっとしたゲーム大会といったところか。


 久しぶりの遊びに少し心を踊らせるロゼット。セルバンデスも童心に返り息抜きのつもりでそれに挑む。


 簡単な概要説明として、プレイヤーは領地を購入して領主となって、自身の領地を拡大していくという単純なもの。設定された『目標金額』に資産が到達するか領地を全て自分ものにすることで勝利となる。


 領地のマス目に止まると表示されている金額分を支払うことで自身の領地とすることができる。以後他のプレイヤーがその領地に止まると表示金額の三割を所有者に納めなければならない。所有者が自身の領地のマス目に止まると領地と同じ金額を再び支払うことで発展させ税率を引き上げることが出来る。一段階目(初期段階)で三割、二段階目で六割、三段階目で表示金額と同等となる。


 また他のプレイヤーは表示金額の倍の金額で領地を買収することができる。


 市場のマス目では山札からカードを引くことができる。カードは一度きりの使い捨てで手札は最大五枚まで持つことが可能。それ以上は捨て山へと破棄しなければならない。使うタイミングはいつでも可能であるが基本的には自身のターンもしくは取引の場合のみ使用が許される。中には特定の場面でのみしか使えないカードも存在する。自身のターンで使われる場合は一枚しか使用できない。


 そしてプレイヤー同士が同じマス目に止まると『取引き』が出来る。内容はカードの交換、領地の交換などだ。ここではカードを何枚でも使用できる(自軍ターンの使用制限『一枚』にも含まれない)。また協定を結ぶことも出来、三ターンの間互いの領地マスに止まっても税金を支払わなくて良い(但し、その際に領地を買収することは出来ない)。


 その他のマス目にはそれぞれイベントが書かれておりそれに従うのが原則となる。


 流れとしては「移動→止まったマス目の処理(領地であれば任意)」その間任意のタイミングでカードを使用というもの。そして順番が一周すると資産の決算を行ない、この時に総資産が『目標金額』に達していた場合その時点でゲーム終了。さながらこちらでいうところのモノポリーだろうかと少し苦笑いするロゼット。


「移動はサイコロでもカードの効果でも良い」


 そうラインズが言って三つのサイコロをロゼットの前に撒く。


「三個用意されているのはカードの効果で使用することがあるからです。原則としては一つのみとなります」


 ロゼットは彼らの説明で大体ルールを把握し、おおまかな流れは実際に遊びながら覚えることにした。


「ゴール金額は無難に一万としておくか、じゃあ一番手は俺で行こうか、次にセバス、ロゼット嬢は最後だ」


「承知しました」


「おー」


 初期資金として二千を持ち、ゲーム開始される。


 一番手のラインズがサイコロを振るう、出目は四。開始地点の内陸領地から南下していく形でコマを進め、彼の止まったマス目は市場であった。山札から一枚引きカードは使用せず終了。


 二番手セルバンデス、サイコロを振るい出目は二。彼は西側へと向かい領地マスヘ止まる。領地金額は八〇〇で迷うことなく購入した。これで彼の資金は一二〇〇となるが購入した領地は資産として扱うため実質変わりはない。


 そして遂にロゼットの順番がやってくるとセルバンデスがサイコロに触れる前に紫色の布で手を拭うように言って来る。


「え……私の手そんなに汚れていないと思うんですが…」


 ショックを受けたように落ち込んだ様子で答えるロゼット。


「いえ、そのような意味ではございません。ロゼット様にはおそらく魔力がございますので『魔抗石』製のサイコロに触れると良くない作用が起こるやもしれません」


 少し慌ててセルバンデスが弁解。ウェアウルフとの一件で彼女が意図せず魔力を放ったことはラインズの耳にも届いており、『魔坑石』についての説明も交えながら話す。


「『魔坑石』ってのは魔力に反作用を与える魔石の一種だよ。魔力を打ち消したり、弾いたり、効果は色々ある。サイコロが『魔坑石』製なのは魔力を使ったイカサマ対策」


「魔力でサイコロの出目も決めたりできちゃうんですか?」


 ロゼットは手を拭いながら訊ねる。賭博なんかで普通のサイコロが使われ魔力を利用したイカサマが行なわれたり、占いなど、魔力は制御ができる人間からして見れば非常に便利なもの。しかしそれを自己の利益のみで使い結果いさかいなどの問題を引き起こす原因ともなると話す。


「その布で手に帯びている魔力を払えばサイコロも振るえます。『魔坑石』との反作用で気分を害されたり、手が痺れたりとどういった症状が出るかわかりませんからね」


「まー魔力の話なんてどうでも良いから。さっさとサイコロ振るっちゃいな」


 ロゼットがサイコロを振るうと出目は六。セルバンデスもラインズも思わず苦笑いしながらやってしまったかという顔をする。彼女はなんのことやらと頭に疑問符を浮かべながら東側へとコマを進め領地マスに止まる。
 表示金額は一五〇〇と割高だがそのほかにも記述が書かれており『この領地を含めて五つの領地を持った状態で決算を行なうと総資産の更に三割の恩恵を得る』と。


「おいおい、ちゃんと拭ったのか?」


「ちゃ、ちゃんと拭きましたよ!というかこのマス目ってそんなに良いんですか?」


 苦笑いしながらもセルバンデスも説明を行ないラインズを往なす。


「ラインズ様、言いがかりは止しましょう。総資産の三割ですから仮にロゼット様がこのまま残り四つの領地を手に入れ七七〇〇以上の総資産を持った状態でターンを終了すればその時点でゲーム終了となります」


 ロゼットが周の最後なので周終わりの決算で彼女の一人勝ちとなる。彼女は目を輝かせながら領地を購入。ラインズが略奪してやると息巻くと、彼女は肩に乗った澄華と共に警戒心を顕にしながら唸り声を上げる。


 そっくりな主人とペットに少し笑いが零れるラインズが二週目のサイコロを振るう。


 かくして三人の息抜きゲーム大会が始まった。




 ◇




 一時間が経過しただろうか
 現時点でラインズは領地を二つ所有し、資金は五六〇〇、総資産七五〇〇、手札は三枚。
 セルバンデスは領地を四つ所有、資金は四一〇〇、総資産八八〇〇、手札は一枚。
 ロゼットも同じく領地四、資金は三二〇〇、総資産七五〇〇、手札は二枚。


 セルバンデスがリードを取っており領地の所有数もロゼットと互角。それぞれ領地も三段階目にまで発展しておりロゼットにいたっては後一つ領地を取ってしまえばセルバンデスを追い越す勢い。下手をすればそのまま勝利も十分射程圏内である。


 対してラインズは出目の運が良くなく領地マスに一度きりしか止まれず恵まれたカード運によってもう一つの領地も得られたため立ち回りで切り抜けているという状況。資金的に余裕はあっても彼らの領地に止まったところで買収は得策ではない。九〇〇の領地を奪うにしても二人の土地は既に三段階となっており、実質三倍の二七〇〇の資金を支払い相手は一八〇〇の純利益を得る。


 セルバンデスは堅実に進め残り一二〇〇ならばゲーム後半の買収の応酬が続けばそう長くは掛からず溜まってしまう。堅実に領地を増やす方向に固めればよいだけなのだ。
 それはロゼットも同じだが二人が最も警戒しているのはやはりラインズ。運に恵まれなかったとはいえ手札を三枚残し、盤面も三人の駒がそれぞれ近くに止まっている状態。ロゼットは単にラインズの動きを気にしていたが、セルバンデスはあることを憂慮していた。


 ロゼットがサイコロを振るうと出目は四。セルバンデスの憂慮したことは現実のものとなる。
 マス目は市場に止まるが――


「ラインズさんと被った…」


「ロゼット、折角だからやってみないか?」


 それが何を意味するか――


「取引ですか?」


 市場マスの処理のために山札からカードを引いた後、ロゼットはどうするか考える。ラインズとしては勝ち星をロゼットに譲りセルバンデスの動きを阻止する考えなのか。セルバンデスもそれに反応するように深く考え込んでいる。


 ロゼットは取引実行を決め、返事をする。ラインズも取引の用意を始め、手札を裏に表示したままロゼットと何を取引するか考える。手札は互いに三枚、取引の際のルールにおいて手札は二枚まで相手に見せることが出来ると追加で説明される。この場合ラインズにとって見ればロゼットの方が圧倒的に有利であるため彼が初手でカードを一枚、彼女の方へ差し出しセルバンデスには見えないように確認させる。


 内容は『三マス進む』というカード。
 ロゼットの今いる地点から三マス目はセルバンデスの領地八〇〇のマス目が存在し。現在の総資産のまま買収してしまうとセルバンデスがその時点で勝利を収めてしまう。ロゼットの手札にはそれを防ぐ術はない。


「もう一枚、お前の期待に応えるカードはあるが。お前は何を提示してくれる?」


 そう言われロゼットは手札から考え選ぶ。土地を差し出さなかったことにセルバンデスは少し安堵する。ゲームとはいえ土地を差し出す国王になんてなられては彼にとっても心象良いものではない。彼女は決めたのか一枚差出し確認させる。


「なるほど……中々面白いの持ってるな」


 ラインズが呟きながら確認するカードは『盗見』というユニークなカード。プレイヤー一人の手札を選びその中から一枚選び見るというもの。いわば「間者」のようなカードだ。
 確認の後ラインズはロゼットにもう一枚カードを差し出す。


 確認したカードは『免税』。これは他のプレイヤー領地のマス目に止まった瞬間強制的に発動し税の支払いが発生しないというもの。一枚制限に含まれない特殊なカードだ。対してロゼットは『四マス進む』カードを提示しこの内容で取引を行ない、互いに提示したカードを二枚ずつ交換し終了。


 ラインズの出番となりサイコロを振るう出目は『二』で臨時収入マスで金一〇〇〇を得て資産は八五〇〇と激増する。同時に手札の『四マス』カードを見て盤面を確認すると四マス先に


 セルバンデスは二人の動向を見ながらサイコロを振るうと出目は同じく『二』。市場でカードを引き終了。


 ロゼットの出番になり先ほどの『三マス進む』と『免税』を用いてセルバンデスの領地の買収に掛かる。『三マス』カードで進みセルバンデスの領地にて税金が発生する。一枚制限に含まれない『免税』カードが発動し税金八〇〇を無効にする。


 そして資金一六〇〇を用いて買収する。セルバンデスも険しい表情を隠せない。収益は入るが土地を一つ奪われ資産も九六〇〇で止まってしまう。奪れた領地の段階は初期状態に戻りまた段階を引き上げる必要がある。


 ロゼットは五つの領地を揃えて六七〇〇の総資産に加え三割の恩恵を受け実質八七一〇の総資産となる。満足気な表情で澄華と喜ぶ彼女だがセルバンデスの資産は九六〇〇となり残り四〇〇。臨時収入マスに止まる、他の誰かがセルバンデスの領地マスに止まるだけでも勝利条件がほぼ揃う状態。


 ラインズの番に回り自分の勝ち目がないと踏んだ彼はせめて一泡吹かせるため四マス先の領地を目指す。先ほどのロゼットから交換したカード『四マス』を使ってロゼットのあの『特殊領地』を奪うことを一瞬画策するが、手が止まる――。


 ロゼットは先ほどの『四マス』カードのことを思い出し、少し焦る。計四五〇〇を支払って彼女の要である『領地』を奪いに来る。彼ならリスクを冒してでも取りに来ると。
 しかしラインズは手札を一枚残す冷静なセルバンデスに不気味さを感じていた。ロゼットからのもう一つのカード『盗見』で確認して安全策を取る、という手段もあり選択の余地を残してきたロゼットに対して密かに感謝する。


 悩んだ末にラインズが選んだものは―――サイコロを振るうものだった。


 出目は『四』を指し、ロゼットは思わず声を上げてしまう。ラインズはほくそ笑んで「悪いな、それだけじゃなんだ」と言いながら、彼女の『特殊領地』マスに止まりまず税金を支払った後カードを使う。


 使用したカードは彼がロゼットとの取引で提示しなかったカード『買収』であった。このカードの効果は「一〇〇〇支払うことで止まった領地を奪うことが出来る」というもの。これによって本来、四五〇〇を支払わなければならないところを二五〇〇という破格の安さで領地を奪ったのだ。


 七七〇〇以上の目標に到達したロゼットだが三割の恩恵は『特殊領地』に存在するため奪われた瞬間その効果は失われる。彼女は半べそをかきながらプルプルと身体を震わせていた。


「そんな泣くなって。『危険を冒す者が勝利を知る』ってことさ」と笑いながら言い放ちラインズの番は終了となった。




 セルバンデスの番が回りサイコロを振るうと出目は一。一瞬ラインズは固まった後すぐに制止するよう声を上げる。しかしセルバンデスは粛々と進め一マス先のラインズがたった今止まった領地マスへと止まる。


「なぁセバス。取引しないか!? この領地くれてやるからお前の二つの領地と交換ってのは?」


「…それで私に何の得がございますか? ロゼット様を焚き付けて領地を掻っ攫った人が何を申されますか」


「奪ったのは俺じゃないだろ!」


 焦るラインズを横にセルバンデスは手持ちのカード『支援』を使う。カード効果は「買収する際半額の値段で領地を買うことができる」というもの。幸いにも奪ったばかりの領地の税金はまだ一段階の三割の支払いのみで買収に必要な費用を半額で抑え実質プラスマイナスゼロとなんとも鮮やかな奪い方。


 ラインズの嘆きと共にその様を見て先ほどまで半泣き状態だったロゼットは一転して笑いこけていた。


 サイコロをセルバンデスから渡されロゼットの出番となる。実質セルバンデスの一人勝ちという状況だが少しでも好転させるために振るった瞬間、扉が叩かれる。


「失礼します。ロゼット・ヴェルクドロール様はおられますか?」


 衛兵がロゼットを呼びに来たため何事か伺うと、用件はシャーナルからの『お呼び掛かり』だった。ゲーム途中だったが彼女の呼びかかりだと仕方ないとゲーム大会は終了した。
 扉越しから「ロゼット―――…三分待ってあげるわ」という聴き慣れた声が響き渡り、片付けは任せろとラインズに言われ物凄い勢いで扉を開け慌てて向かった。




 ロゼット退室後セルバンデスの意外な勝利で幕引きしたと感想を述べながら、セルバンデスが片付けるためにロゼットのカードを手に取ると顔つきが変わる。その様子を見て訊ねるラインズに彼は言い放つ。


「いえ……この勝負―――ロゼット様の勝ちです」


 彼女のカードをラインズに見せる。そのカードは『再利用』。「捨て山から任意のカードを選び使用する」という効果を持つ。ラインズと同様取引には提示しなかった彼女のカード。そして彼女が最後に振るったサイコロの出目は『三』を指しており、あのまま続けていたら二人のいる『特殊領地』のマス目に止まっていた。


『再利用』の効果でラインズの使った『買収』を使えば、税と合わせても計一四五〇の金で再び取り戻し資産は七七五〇となる。五つの領地条件と恩恵の効果で彼女のターンが終了した時点で彼女の勝ちが確定していた。


「あの小娘、最後の最後でやってくれたな」


「意図していたのか、偶然か――どちらかはわかりませんな」


 偶然であってもその勝ち星を掴み取ったのもまた実力と言えよう。やはり彼女は『何か』を持っているのだろうと二人の直感がそう告げる。ただのゲームではあったにしろ、先代国王が彼女を王位継承者に選んだ理由の片鱗が垣間見えたのかもしれない。天性の惹き付ける何かが彼女にはあったと――


「三人も同じマス目に揃うなんて滑稽だな」


「それだけ惹かれあうものがあるのでしょうな」


 これもまた惹きつけられたのか、皮肉を吐きつつ彼らはゲームの後片付けを始めた。

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