インペリウム『皇国物語』
37話 vestige
集落の跡地、焼け果てて生存者もただの一人も存在しなかった。
ロゼットは購入していた皮の上着に仕込まれた鋼鉄のおかげで大事には至らず衝撃で気絶しただけで済んだが上着は使い物にならなくなってしまった。
そして彼らの亡骸は火葬で弔われた。
「火葬で大丈夫だったのか?」とラフィークがぽつりと呟く。
「集落の長と話しましたが、その時は宗派に属していないと触れていたので」
セルバンデスは長と話していたことを思い出して火葬を選んだ。火葬が終わり遺灰をドラストニアの王都へ持ち帰り慰霊碑を建てるとのことであった。元々このドラストニアの地を行き来していた彼らであったためこんな辺境の地ではなく王都の静かな場所で眠ってもらうために。
国境警備隊と共に紫苑も駆けつけロゼット達の安否を確認する。遅れてアーガスト、マディソン達とも合流。事の次第を受けアーガストは言葉を失い、マディソンは激昂し嘆いた。
列車で彼らと共に王都への帰路に着く、いつもの調子に戻っている一同だがロゼットだけは静かに列車の窓を眺めているだけだった。その様子を心配そうに見つめるセルバンデスと紫苑、澄華が彼女に擦り寄ると笑顔で応える。
◇
ドラストニア王都へ帰還後いつもの日常へと戻る。事後処理に追われる日々を送りながらメイドとしての仕事もこなすロゼット。周囲からは少したくましくなったのではないかと声をかけられるようになり彼女も冗談交じりで笑いながら応えていた。
フローゼルとの間で行なわれた協議にてホールズ派の人間が国外へと逃亡し、彼らが向かった先が南方へ下り集落へと行き着いた際に物資を略奪されたと思われる。
魔物も彼らによって放たれていたとのことで詳しい調査は現在も行なわれている。フローゼルも責任の一旦を負うこととなりイヴをドラストニアへ派遣する形で収まった。というのもシャーナルがかなりこの件で揉め、先方に乗り込んで責任をきっちり取らせるべく今回の措置を取ったというもの。
数日後イヴもドラストニア王都へと入りラインズの付き人という形でドラストニアへ駐留することとなる。何名もの高官や貴族が例のごとく『インペル』の彼女を口説いたとか口説かなかったとか噂が囁かれた。
アーガスト、マディソンは慰霊碑が出来上がるまでの間、王都に停泊しその間紫苑やイヴ達と度々手合わせを願い出ては鍛錬の日々に明け暮れる。その横でロゼットと澄華も眺めながら彼らを横目に仕事を行なう。
そんな日々が続き、会食の席後の夜――
ロゼットは久しぶりに鍛錬場へと赴く。細剣を抜いて刀身を月明かりにかざすと綺麗に整えられたのが良くわかり、あの時の血のりも既になく鉄の臭いもなかった。
細剣を手に構えると奥から見慣れた姿がやってくる。栗色の髪は月明かりに照らされ淡く輝き夜光の美女とも言うべきか、見慣れた姿なのにここずっと鍛錬がなかったせいか懐かしくも感じる。
「シャーナルさん…」
シャーナルも剣を抜き彼女に向かって構える。鍛錬用の刃の落とされたものではない、互いに実戦用の細剣。ロゼットが思わずたじろぐと彼女は物凄い勢いで向かってくる。
驚くもすぐさま構え、彼女に相対する―――鋭い音が鳴り響き一合互いに交わす。力はほぼ互角、シャーナルも手加減を見せるような素振りはない。
すぐさま迎撃の構えを見せるロゼットだがシャーナルに先手を打たれ剣を往なされる、そして一挙に距離を詰められロゼットは体を咄嗟に後退させるがそれよりも早く彼女の接近を許してしまう。
ほぼ密着した状態にまでなり
そのままロゼットは―――シャーナルに抱き寄せられた。
「……え?」
突然のことに混乱するロゼットだがそんな彼女の頭を今度は優しく撫でるシャーナル。何も分からずにいるロゼットに言葉を掛ける。
「辛い時は…泣いても良い――泣きなさい」
鍛錬場で何度も彼女に付き合い続け、時には厳しい言葉を投げかけられ勝てずに悔し涙を流した時でさえ、泣くなと激を飛ばしてきた。
そんなシャーナルが泣いてよいと諭すのだ。
「集落の時からずっと貴女を見てきた。泣くどころか涙一つ見せることなく、悲しむ暇さえもなく……ずっと『笑顔』で応える日常へと戻ったのだから無理もない」
「あまりにもめまぐるしく時間だけが過ぎてしまった。けれど――もう泣いてもいいのよ」
「笑うのはやめて――…今はちゃんと泣きなさい」
ロゼットは理解出来ていなかった、頭では分からずにいたけれど頬を熱いものが伝うのがわかる。
「あれ…え…なんで…」
感情が抑えきれず涙だけが溢れてくる。そんな彼女の様子を見て悲しそうな、優しい表情でシャーナルは応える。
それを見た瞬間―――…一気に溜め込んでいたものが溢れ出て、ロゼットの中で駆け巡る。
集落の子供のこと――。死線を経験し、セルバンデスと共に感じた恐怖。失ってしまった命がもうここにはないという現実を…。
受け入れたくなどなかった。でも――自分でも分かっていたのだ。誰かにそう言ってもらえなければきっと彼女はずっと心の中に封じ込めていたであろう。
だからこそ向き合う機会が必要だったのだ。
受け入れるしかないのだと。
涙でぐしゃぐしゃになりようやく現実を受け入れ、体を強張らせてシャーナルに思いっきり抱きついた。
声を押し殺すように泣いていたが
「もっと大声で泣きなさい…!」と優しく言われると溢れる感情に押し出され赤ん坊のように泣き晴らした。
声にもならない泣き声で彼女の心の叫び声がこだましていた。
影からラインズ、セルバンデス、紫苑らが見守っていた。彼らも笑顔を振りまいている姿のロゼットをみて小さな体で色んなものを溜め込み、あんな少女にこんな経験をさせてしまったこと悔いているようで月明かりの下でただ見守ることしか出来なかった。
◇
慰霊碑が建てられ一同は黙祷を捧げる。
集まったのは関係したロゼット達だけであったがそれでも祈りを捧げられたことで彼らも静かに眠ることが出来るだろう。
「ラインズ殿、シャーナル殿、今回は我々の希望聞き受けていただき感謝致します。彼らにとってせめてもの救いであったと言えましょう」
「誰かが死ぬ度にこんなこと毎回はできないがウチの連中が直接に関わっているからな」
ロゼット達の意思も汲んでいるが、グレトン、フローゼルとの国家間で惹き起こったことが関与しているためラインズ自身も負い目を感じていた。そのために今回は特別に配慮して慰霊碑を建てるに至った。
アーガスト、マディソンらは街の宿場へ戻り最後に酒盛りをしていくそうであった。
空も彼らの死を悼むかの如く雨が降り始め、ロゼットとセルバンデスはアーガストらのいると思われる宿場に入っていく。
中の作りは酒場と宿が合わさったようになっており、多くの人間が思い思いに酒場で寛いでいる中で二人はとても目立っていた。ドラゴニアンとオークの巨体の二人が人間ばかりの酒場で酒盛りをやっていたら嫌でも目立つ。
隣に座りロゼットはミルクをセルバンデスはストレートを頼んでいた。
「なぁ兄者ァ…俺たちどうすんだこれから。帰る場所もねぇ…守るものもねぇ…クソみてぇな日常に変わっちまう」
「生ける者全てに死は平等に訪れる。だがそれは生も然り、生きる上で己を磨き生き残るか。それは誰しもがもつ権利であり責務だ」
酒に呑まれ酔っているのかマディソンは愚痴をこぼし続ける。それに対して理を説くアーガスト。彼の言うようにどんな命でも最後は死へと繋がる。だからといって怠けていいという理由にはならないと、ロゼットは彼の言うことに聞き入っていた。
「生きている以上、生きるための努力をしていかねばならん。そうでなければ彼らも浮かばれん」
「わかってんだよォ!! けどな…! あんな死に方…ねぇだろうがよ。どこにぶつけりゃ良いんだよ…俺ぁ…ムカついて堪らねぇんだ!!」
マディソンは涙ながらに酒に酔い感情的になっているのか怒りと悲しみが入り混じって悲痛な声にも聞こえてくる。セルバンデスもロゼットも黙って聞き入っていたが、周りの人間が酒がまずくなると騒ぎ始める。酒場の店主も正直あまりいい顔はしていない。
それに反応し激昂の雄たけびを上げるマディソンと酒場の客との間で小競り合いが起ころうとしていた。アーガストが冷静に間に入り、セルバンデスも酒場の客を往なすがマディソンは納得出来ずにそのまま大雨が降る中構わず外へと出て行く。近くにあった空の樽を思いっきり蹴りつけるのを見てロゼットは吐露する。
「物に当たってどうなるのよ…」
その言葉を聞き逃さなかったマディソンは今度はロゼットに矛先を変える。
「なんか言いてぇのかよ」
深緑の巨体は小さな少女に迫り来る。それでもロゼットは身じろぎ一つせず、かといってたじろぐわけでもなく、彼が近づいてくるのに合わせて鋭い視線をマディソンへと向けていく。しかしその表情は怒りというものでもなくどこか悲しさを持ったものであった。
「今のマディソンさん…ちっともかっこよくない…」
ロゼットはマディソンの目を見てはっきりと言い放つ。その強い眼光に一瞬オークであるはずのマディソンの方がほんの僅かに動揺する。
「…っ…あーそうだよ…! 俺ぁオークだ。おめぇら人間の言うところの豚野郎だよ! だからどうだってんだ! ぁあ!?」
悪酔いになってきているのか自暴自棄な発言に変わっていく。しかし子供の少女を殴るのは忍びないのか周囲の物に当り散らしていく。アーガストもやめるように制止するが彼の怒りは収まらない。
そんな巨体で暴れるオークに向かってロゼットは止めるように彼の身体にしがみ付く。大の大人の男でさえどうにもならないというのに少女の力でどうにかなるわけもなく、振り回された腕によって吹っ飛ばされる。
ロゼットは泥まみれになりセルバンデスが駆け寄るが構わずロゼットはマディソンに飛び乗ってしがみ付き止めようと聴かない。
「うざってぇなぁ!! 離れろや!!」
「いい加減ウジウジ拗ねないでよ!!」
背中にしがみ付いたロゼットを掴み投げ飛ばす。酒場の外壁に叩きつけられて、手足がすりむけて全身に痛みも来ているのにそれでも構わず立ち上がり、鬼気を帯びてマディソン目掛けて猛進してくる。あまりの勢いにマディソンも構え、飛び上がった彼女の握り締めた拳が彼の顔面に直撃する。
助走をつけた一撃と言えど所詮は少女の力、頑強なオークの肉体には効き目などないはずなのにマディソンは少しぐらつき、ロゼットに馬乗りにされる形になる。馬乗りにされロゼットを睨みつけるが彼女の表情を見て一瞬でそれが揺らいだ。
「悔しくて辛くても…!! 今を見てよ!!」
ロゼットの悲痛な叫びと彼女の溢れる涙を見て彼の先ほどまでのやり場のない怒りはなりを潜める。辛いのはロゼット達だって同じだ、むしろあんな惨状を目の前で見ている彼女達に残る傷跡のほうが深いだろう。
「まだ…まだ生きてるのに…」
「そんな――…あきらめるようなこと…言わないでよ」
彼女は縋りつくように拳を握り、今度は弱々しく彼の胸を叩きながら泣きじゃくっている。彼女の拳と言葉にマディソンには戦場で剣、槍で突かれるよりも効いたようで彼も起き上がり彼女の背中をさすりながら目を閉じて彼女を慰めていた。
「アーガスト殿、御二人さえ宜しければ……このドラストニアの地を『帰る場所』とする事はできないでしょうか?」
ロゼットとセルバンデスは元々二人をドラストニアに迎え入れるために説得に来たのであったが思わぬ諍いになり、説得は難しいかと思われた。しかし彼らも傷心で流浪の身、精神的にも肉体的にも疲労は溜まっていたであろうところにあの一件。
ロゼット自身も彼らと深く関わりこのままでは名残惜しかった。異種族である自身たちをドラストニア王都の人々が受け入れてくれるであろうか――彼らにも不安が過ぎる。
マディソンは大きな手でロゼットの頭を摩りながらアーガストのほうを一瞥する。アーガストもそれを見て、何よりもマディソン相手にも真っ直ぐに自身の意志を示した彼女の姿を見て彼らと共にすれば暗雲とした自分達の心に光明を照らしてくれるのではないかと思う。
「本当に―…よろしいのでしょうか? 大層な食扶持が増えますぞ?」
アーガストの言葉にセルバンデスは笑みで答えロゼットの方へと向く。マディソンが笑みを溢しながらロゼットの顔を見る。
「さっきまで盛大に泣いてたくせに―…なんていい顔してるんだよ」
先ほどまでの雨も止み、雨雲から僅かに日の光が差す―…。
マディソンの大きな手に収まってしまうほど小さな体の少女は泣き腫らし、太陽のような笑顔でマディソンに応えていた。
ロゼットは購入していた皮の上着に仕込まれた鋼鉄のおかげで大事には至らず衝撃で気絶しただけで済んだが上着は使い物にならなくなってしまった。
そして彼らの亡骸は火葬で弔われた。
「火葬で大丈夫だったのか?」とラフィークがぽつりと呟く。
「集落の長と話しましたが、その時は宗派に属していないと触れていたので」
セルバンデスは長と話していたことを思い出して火葬を選んだ。火葬が終わり遺灰をドラストニアの王都へ持ち帰り慰霊碑を建てるとのことであった。元々このドラストニアの地を行き来していた彼らであったためこんな辺境の地ではなく王都の静かな場所で眠ってもらうために。
国境警備隊と共に紫苑も駆けつけロゼット達の安否を確認する。遅れてアーガスト、マディソン達とも合流。事の次第を受けアーガストは言葉を失い、マディソンは激昂し嘆いた。
列車で彼らと共に王都への帰路に着く、いつもの調子に戻っている一同だがロゼットだけは静かに列車の窓を眺めているだけだった。その様子を心配そうに見つめるセルバンデスと紫苑、澄華が彼女に擦り寄ると笑顔で応える。
◇
ドラストニア王都へ帰還後いつもの日常へと戻る。事後処理に追われる日々を送りながらメイドとしての仕事もこなすロゼット。周囲からは少したくましくなったのではないかと声をかけられるようになり彼女も冗談交じりで笑いながら応えていた。
フローゼルとの間で行なわれた協議にてホールズ派の人間が国外へと逃亡し、彼らが向かった先が南方へ下り集落へと行き着いた際に物資を略奪されたと思われる。
魔物も彼らによって放たれていたとのことで詳しい調査は現在も行なわれている。フローゼルも責任の一旦を負うこととなりイヴをドラストニアへ派遣する形で収まった。というのもシャーナルがかなりこの件で揉め、先方に乗り込んで責任をきっちり取らせるべく今回の措置を取ったというもの。
数日後イヴもドラストニア王都へと入りラインズの付き人という形でドラストニアへ駐留することとなる。何名もの高官や貴族が例のごとく『インペル』の彼女を口説いたとか口説かなかったとか噂が囁かれた。
アーガスト、マディソンは慰霊碑が出来上がるまでの間、王都に停泊しその間紫苑やイヴ達と度々手合わせを願い出ては鍛錬の日々に明け暮れる。その横でロゼットと澄華も眺めながら彼らを横目に仕事を行なう。
そんな日々が続き、会食の席後の夜――
ロゼットは久しぶりに鍛錬場へと赴く。細剣を抜いて刀身を月明かりにかざすと綺麗に整えられたのが良くわかり、あの時の血のりも既になく鉄の臭いもなかった。
細剣を手に構えると奥から見慣れた姿がやってくる。栗色の髪は月明かりに照らされ淡く輝き夜光の美女とも言うべきか、見慣れた姿なのにここずっと鍛錬がなかったせいか懐かしくも感じる。
「シャーナルさん…」
シャーナルも剣を抜き彼女に向かって構える。鍛錬用の刃の落とされたものではない、互いに実戦用の細剣。ロゼットが思わずたじろぐと彼女は物凄い勢いで向かってくる。
驚くもすぐさま構え、彼女に相対する―――鋭い音が鳴り響き一合互いに交わす。力はほぼ互角、シャーナルも手加減を見せるような素振りはない。
すぐさま迎撃の構えを見せるロゼットだがシャーナルに先手を打たれ剣を往なされる、そして一挙に距離を詰められロゼットは体を咄嗟に後退させるがそれよりも早く彼女の接近を許してしまう。
ほぼ密着した状態にまでなり
そのままロゼットは―――シャーナルに抱き寄せられた。
「……え?」
突然のことに混乱するロゼットだがそんな彼女の頭を今度は優しく撫でるシャーナル。何も分からずにいるロゼットに言葉を掛ける。
「辛い時は…泣いても良い――泣きなさい」
鍛錬場で何度も彼女に付き合い続け、時には厳しい言葉を投げかけられ勝てずに悔し涙を流した時でさえ、泣くなと激を飛ばしてきた。
そんなシャーナルが泣いてよいと諭すのだ。
「集落の時からずっと貴女を見てきた。泣くどころか涙一つ見せることなく、悲しむ暇さえもなく……ずっと『笑顔』で応える日常へと戻ったのだから無理もない」
「あまりにもめまぐるしく時間だけが過ぎてしまった。けれど――もう泣いてもいいのよ」
「笑うのはやめて――…今はちゃんと泣きなさい」
ロゼットは理解出来ていなかった、頭では分からずにいたけれど頬を熱いものが伝うのがわかる。
「あれ…え…なんで…」
感情が抑えきれず涙だけが溢れてくる。そんな彼女の様子を見て悲しそうな、優しい表情でシャーナルは応える。
それを見た瞬間―――…一気に溜め込んでいたものが溢れ出て、ロゼットの中で駆け巡る。
集落の子供のこと――。死線を経験し、セルバンデスと共に感じた恐怖。失ってしまった命がもうここにはないという現実を…。
受け入れたくなどなかった。でも――自分でも分かっていたのだ。誰かにそう言ってもらえなければきっと彼女はずっと心の中に封じ込めていたであろう。
だからこそ向き合う機会が必要だったのだ。
受け入れるしかないのだと。
涙でぐしゃぐしゃになりようやく現実を受け入れ、体を強張らせてシャーナルに思いっきり抱きついた。
声を押し殺すように泣いていたが
「もっと大声で泣きなさい…!」と優しく言われると溢れる感情に押し出され赤ん坊のように泣き晴らした。
声にもならない泣き声で彼女の心の叫び声がこだましていた。
影からラインズ、セルバンデス、紫苑らが見守っていた。彼らも笑顔を振りまいている姿のロゼットをみて小さな体で色んなものを溜め込み、あんな少女にこんな経験をさせてしまったこと悔いているようで月明かりの下でただ見守ることしか出来なかった。
◇
慰霊碑が建てられ一同は黙祷を捧げる。
集まったのは関係したロゼット達だけであったがそれでも祈りを捧げられたことで彼らも静かに眠ることが出来るだろう。
「ラインズ殿、シャーナル殿、今回は我々の希望聞き受けていただき感謝致します。彼らにとってせめてもの救いであったと言えましょう」
「誰かが死ぬ度にこんなこと毎回はできないがウチの連中が直接に関わっているからな」
ロゼット達の意思も汲んでいるが、グレトン、フローゼルとの国家間で惹き起こったことが関与しているためラインズ自身も負い目を感じていた。そのために今回は特別に配慮して慰霊碑を建てるに至った。
アーガスト、マディソンらは街の宿場へ戻り最後に酒盛りをしていくそうであった。
空も彼らの死を悼むかの如く雨が降り始め、ロゼットとセルバンデスはアーガストらのいると思われる宿場に入っていく。
中の作りは酒場と宿が合わさったようになっており、多くの人間が思い思いに酒場で寛いでいる中で二人はとても目立っていた。ドラゴニアンとオークの巨体の二人が人間ばかりの酒場で酒盛りをやっていたら嫌でも目立つ。
隣に座りロゼットはミルクをセルバンデスはストレートを頼んでいた。
「なぁ兄者ァ…俺たちどうすんだこれから。帰る場所もねぇ…守るものもねぇ…クソみてぇな日常に変わっちまう」
「生ける者全てに死は平等に訪れる。だがそれは生も然り、生きる上で己を磨き生き残るか。それは誰しもがもつ権利であり責務だ」
酒に呑まれ酔っているのかマディソンは愚痴をこぼし続ける。それに対して理を説くアーガスト。彼の言うようにどんな命でも最後は死へと繋がる。だからといって怠けていいという理由にはならないと、ロゼットは彼の言うことに聞き入っていた。
「生きている以上、生きるための努力をしていかねばならん。そうでなければ彼らも浮かばれん」
「わかってんだよォ!! けどな…! あんな死に方…ねぇだろうがよ。どこにぶつけりゃ良いんだよ…俺ぁ…ムカついて堪らねぇんだ!!」
マディソンは涙ながらに酒に酔い感情的になっているのか怒りと悲しみが入り混じって悲痛な声にも聞こえてくる。セルバンデスもロゼットも黙って聞き入っていたが、周りの人間が酒がまずくなると騒ぎ始める。酒場の店主も正直あまりいい顔はしていない。
それに反応し激昂の雄たけびを上げるマディソンと酒場の客との間で小競り合いが起ころうとしていた。アーガストが冷静に間に入り、セルバンデスも酒場の客を往なすがマディソンは納得出来ずにそのまま大雨が降る中構わず外へと出て行く。近くにあった空の樽を思いっきり蹴りつけるのを見てロゼットは吐露する。
「物に当たってどうなるのよ…」
その言葉を聞き逃さなかったマディソンは今度はロゼットに矛先を変える。
「なんか言いてぇのかよ」
深緑の巨体は小さな少女に迫り来る。それでもロゼットは身じろぎ一つせず、かといってたじろぐわけでもなく、彼が近づいてくるのに合わせて鋭い視線をマディソンへと向けていく。しかしその表情は怒りというものでもなくどこか悲しさを持ったものであった。
「今のマディソンさん…ちっともかっこよくない…」
ロゼットはマディソンの目を見てはっきりと言い放つ。その強い眼光に一瞬オークであるはずのマディソンの方がほんの僅かに動揺する。
「…っ…あーそうだよ…! 俺ぁオークだ。おめぇら人間の言うところの豚野郎だよ! だからどうだってんだ! ぁあ!?」
悪酔いになってきているのか自暴自棄な発言に変わっていく。しかし子供の少女を殴るのは忍びないのか周囲の物に当り散らしていく。アーガストもやめるように制止するが彼の怒りは収まらない。
そんな巨体で暴れるオークに向かってロゼットは止めるように彼の身体にしがみ付く。大の大人の男でさえどうにもならないというのに少女の力でどうにかなるわけもなく、振り回された腕によって吹っ飛ばされる。
ロゼットは泥まみれになりセルバンデスが駆け寄るが構わずロゼットはマディソンに飛び乗ってしがみ付き止めようと聴かない。
「うざってぇなぁ!! 離れろや!!」
「いい加減ウジウジ拗ねないでよ!!」
背中にしがみ付いたロゼットを掴み投げ飛ばす。酒場の外壁に叩きつけられて、手足がすりむけて全身に痛みも来ているのにそれでも構わず立ち上がり、鬼気を帯びてマディソン目掛けて猛進してくる。あまりの勢いにマディソンも構え、飛び上がった彼女の握り締めた拳が彼の顔面に直撃する。
助走をつけた一撃と言えど所詮は少女の力、頑強なオークの肉体には効き目などないはずなのにマディソンは少しぐらつき、ロゼットに馬乗りにされる形になる。馬乗りにされロゼットを睨みつけるが彼女の表情を見て一瞬でそれが揺らいだ。
「悔しくて辛くても…!! 今を見てよ!!」
ロゼットの悲痛な叫びと彼女の溢れる涙を見て彼の先ほどまでのやり場のない怒りはなりを潜める。辛いのはロゼット達だって同じだ、むしろあんな惨状を目の前で見ている彼女達に残る傷跡のほうが深いだろう。
「まだ…まだ生きてるのに…」
「そんな――…あきらめるようなこと…言わないでよ」
彼女は縋りつくように拳を握り、今度は弱々しく彼の胸を叩きながら泣きじゃくっている。彼女の拳と言葉にマディソンには戦場で剣、槍で突かれるよりも効いたようで彼も起き上がり彼女の背中をさすりながら目を閉じて彼女を慰めていた。
「アーガスト殿、御二人さえ宜しければ……このドラストニアの地を『帰る場所』とする事はできないでしょうか?」
ロゼットとセルバンデスは元々二人をドラストニアに迎え入れるために説得に来たのであったが思わぬ諍いになり、説得は難しいかと思われた。しかし彼らも傷心で流浪の身、精神的にも肉体的にも疲労は溜まっていたであろうところにあの一件。
ロゼット自身も彼らと深く関わりこのままでは名残惜しかった。異種族である自身たちをドラストニア王都の人々が受け入れてくれるであろうか――彼らにも不安が過ぎる。
マディソンは大きな手でロゼットの頭を摩りながらアーガストのほうを一瞥する。アーガストもそれを見て、何よりもマディソン相手にも真っ直ぐに自身の意志を示した彼女の姿を見て彼らと共にすれば暗雲とした自分達の心に光明を照らしてくれるのではないかと思う。
「本当に―…よろしいのでしょうか? 大層な食扶持が増えますぞ?」
アーガストの言葉にセルバンデスは笑みで答えロゼットの方へと向く。マディソンが笑みを溢しながらロゼットの顔を見る。
「さっきまで盛大に泣いてたくせに―…なんていい顔してるんだよ」
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