インペリウム『皇国物語』

funky45

35話 狼煙

 湖アクエリアスから流れる水が張り巡らされる王都。その輝きと呼応するかのごとくアリアス国王がかざす碧い鉱石は輝きを増す。人々の行き交いが一層増し活気付くフローゼル王国――


 早朝、対グレトンとの連合でドラストニアとフローゼル間の国交が正常化され、『同盟連合国』という、より強固で新たな関係となった。今回のグレトンとの一戦は内密扱いとされ、マンティス大公、オーブ公爵は賊の襲撃に遭い『不幸な事故』として処理されたらしい。


「本当に良かったのか?」


「他の高官連中が納得してくれたしね。一応グレトンはフローゼルからしたら敵国だから仕方ないよ」


「あんたには借りができたな。紫苑の部隊がグレトン領地内を通過できるように融通利かせてもらわなければもっと長引いていた」


 紫苑が騎馬兵の大軍を率いてグレトン領内を進軍できた理由はシェイドにあり、彼はマンティス大公の暴走を阻止すべくフローゼルとドラストニアに協力し、彼らを失墜させることが目的であった。


 元々惹き起こっていた労働者の斡旋に鋼鉄の粗悪品の横行によってグレトン産業自体にも傷が付きかねない。そうなれば経済的にも今後厳しくなる上、『武力』のみで国際的にも発言権が持てるほど容易なものではないと分かっていた。


 現に翠晶石は鉱山が開拓されたことで多量に採掘され始め市場に出回るのもそう遠くはない。フローゼル軍の兵装もそれに合わせたものへと新調され、フローゼルの経済は瞬く間に潤いを見せつつある。


 戦争によって国力を消耗するよりも経済的に優位に立つために取引き(ディール)で国力を増強しつつ自国の産業の発展を促すほうが良いと考えシェイドは独自に動いていた。


「実際にドラストニアとやり合っても今のラインズ皇子が指揮する軍に勝てるとも到底思えない。最初から戦争なんて手段はグレトンが選べる選択肢じゃなかったんだ」


「率いているのは俺じゃない。軍部は紫苑に一任しているが、あんな勇将他にはいないさ。俺の知りえる限り最強の将兵だ」


 紫苑を高評している様子のラインズに少し笑みを溢すシェイド。


「元はアズランドの人間だったのだろう? どうやって口説いたのさ」


「ウチには『天然の男誑おとこたらし』がいるからな。その男誑しが本当の…」と言いかけラインズは言葉を止める。男誑しという言葉にシェイドは反応し、心当たりがある『少女』を思い出す。


「そうか…ロゼットは王位継承者だったのか」


 シェイドは少し気づきつつはあったが王族とまでは考えていなかった。それがまさかドラストニア国王、その王位継承者だったとはと驚いている様子だがどこか納得しているようにも見えた。


「あんたも似たようなもんだろ、グレトン先代当主、クルド・バルムート……その一人息子、シェイド・バーン・バルムート」


「……知っていたんだね」


「最初は中々気づかなかったがマンティス親子を見て先代には息子が一人いたのを思い出したんだ。今回のこと―――……復讐だったのか?」


 少し驚いて見せたシェイドは直ぐに真顔に戻った後、いつものように笑みを浮かべて答えた。


「さぁね。でも先代がやろうとしていたこと…。彼らの目指したものは全く違うものだった。先代は王国や公国のように君主が国を治めるよりも、国民によって選出された代表制を望んでいた」


「貴族では人心を掴むことはできないとまた王族では暴君を生み出してしまうのではないかと。そんな迷いを付け入られたから殺されたんだけどね」


 グレトン公国は特定の人物が君主となって治めるのではなく国民も国家の基盤、そして政治に参加するために彼らにも自分達の代表を選ぶ権利があるべきだと説く。シェイドは亡き父、先代君主の意志を汲んでいた、ただそれだけであった。


「まぁ困った時は助けてよ。今度はそちらに頼るかもしれないからさ。あ、それともロゼットを囲い込んでおけば良いのかな?」


「どっちでもいいさ。こちらもあんた達を頼ることになるだろうし」


 シェイドとラインズ、二人の先代より繋がる子供たちは互いに似たもの同士としてのシンパシーを感じる部分もあり疑念を抱くこともあるがそれだけ理解もし合える。密かに協定を交わし、グレトンとドラストニアは実質同盟国となった。




 ◇




 私達はフローゼル王国を発つ準備を始め、紫苑さん達と国境関所の砦まで向かうことになった。準備の最中扉を叩く音と共にフローゼルの衛兵が入ってくる。


「ドラストニア一行様、マキナ様よりお預かりの品をお届けに上がりました」


「あ! 出来たんですねっ」


 期待の目を向けて受け取った品物を取り出してみると、そこには深い碧い輝きを放つブレスレットがあった。シェイドくんの持っていたものと同じくらいに輝き、身に付けてみるとサイズは丁度よく肌触りも悪くない。宝石、装飾品としても優れているようでそのような加工方法も既に確立されたようだ。


「ロゼット殿、いつの間にそのようなものを」


「マキナさんにお願いしたんです。実はお二人の分も用意してあるんですよ」


 それぞれ首飾りと指輪をシャーナル皇女とセルバンデスさんに渡す。


「お二人には今回大変お世話になりましたし、折角フローゼル王国との友好関係も強まったのでその記念にと」


「首飾りですか。これは見事な作り…。わざわざお気遣いいただきありがとうございます」


「ミーハーねぇ…早速良いカモにされて」


 各々感想を述べながら、身に付けてくれた。シャーナル皇女もなんだかんだで気に入ってくれたのか身に付けた指輪を何度も日の光にかざしながらその輝きを確認しているようだった。


 定刻となり、フローゼル王宮の正門でそれぞれ別れの挨拶を交わす。


「今回は本当にお世話になりました。心より感謝の言葉を贈らせていただきたい。ありがとう」


 アリアス国王とイヴさんは深々と頭を下げて私達もそれに応え、互いに握手を交わす。シャーナル皇女はイヴさんとはなにやら意味深な笑顔でやり取りをしていて少し怖かったけど、私はアリアス国王から大変に感謝されていた。


「本当に君のおかげでフローゼルも私も大きく変わることが出来たと思う」


「私も色んなことが勉強になったと思います。難しいこともありましたけど…お互いにとって良い結果が残せたのは本当に良かったです」


「リズ、またいつでも遊びに来てくれていいのよ」


「はいっ。また遊びに来ます」


 私達はフローゼルに別れを告げ、アーガストさんとマディソンさんは集落の子供たちにお土産を買っていくと話していた。


 それを聞いてついつい自分も買い物をしたいと乗ってみたが遊びにきたわけじゃないと静止されてしまう。今度遊びに来たときに堪能しようと感じ肩に澄華を乗せて駅へ向かった。


 駅に辿り着くと紫苑さんが待っており駆け寄る。予定外ではあったものの共に乗り込み、途中までだけど今回は誰よりも心強い護衛を連れて帰ることが出来る。


「今回は紫苑さんもいるから安心して帰れますね」


「ご苦労。あなた確か砦までだったわよね」


「はい、兵達は既に砦に向かわせてあります。どうか彼らにも労いの言葉を掛けてやってください」


 シェイドくんの計らいでドラストニアはグレトン領内を進軍でき、今回の攻防戦にて勝利を収めることが出来たそうだと話す紫苑さん。グレトンとフローゼルとの問題は解消されたが紫苑さんが留守の間にロブトン大公に動きがあったと報告されていた。


「ロブトン大公がレイティス共和国へと…? この時期となると大統領選挙でしょうか。しかし領主と民衆で対立構図が生まれておりましたが」


 セルバンデスさんの疑問にいつもの皮肉を交えながらシャーナル皇女が答える。


「あの成り上がりじゃ民衆側しか受け入れてもらえないでしょう。自国の大事よりも他国の紛争に介入ねぇ…。とんだお人好し国家ね」


「今回は元々フローゼルが吸収される危険も含んでおりましたので、マンティス大公の下では全面戦争もありえたでしょう」


「そう考えると今回のフローゼル側への介入は妥当でしょう」


 本当はドラストニアに帰還後にこっそり渡すつもりだった紫苑さんへ用意していたお土産を取り出し渡す。


「これは翠晶石の装飾品、私にでしょうか?」


「は、はいっ。あまり上手く作れませんでしたけど…」


 これはマキナさんに頼み込んだものではなく加工の手伝いをしていた際に密かに教えてもらったやり方で私が作ったものだけれど簡素なお守りのようなものに仕上げをマキナさんも手伝ってくれた。


「あら、私達のものとはずいぶんと違うものね」


「ロゼット殿ご自身で作られたのですか?」


「あ、はい。その…せっかくなので教えてもらおうと…えへへ」


 小さなお守りのような翠晶石を紫苑さんも受け取ってくれて改めて御礼の言葉は頂く。


「ありがとうございます。大切に肌身離さず持ち歩こうと思います」


 私は照れくさくなって少し席を立ち車内廊下を歩きながら外の景色を眺めていた。砦までの間だけれど、紫苑さんと久しぶりに積もる話をしながら過ごした。




 ◇




 国境付近にてマキナは関所を通過し、採掘した翠晶石を片手に何やら思うところがある様子。半分ドワーフの血が流れている彼女にとって今回の収穫は僅かなものであった。


「ちょっとガッカリかな。大方が翠晶石しか発見できなかったし、フローゼルは大喜びみたいだけど」


「まぁ――…これだけ手に入っただけでもいいかな」


 そう言いながら取り出した鉱石は翠晶石とは違い、碧に虹のような輝きを含んだ更に深い色の鉱石。彼女の本当の目的はこの鉱石を発掘することであった。グレトンの山脈から連なる鉱物ならもっと高度な技術を要するものが採掘されると期待していたが彼女がかざすこの欠片とロゼットのブレスレットで使った分だけだと。


「あの子には内緒にして渡したけど、多分使いこなせるんじゃないかな。もっと高い魔力を感じたし」


 そう言い放つと一層鉱石は輝きを増し、内包するエネルギーが表面化するのが分かる。オーラとも言い表せるその光はまさしく『魔力』そのものであった。


 魔力の塊を内包するこの鉱石を持ち、目指すはドラストニアから西側へ南下したところに位置する『ビレフ』と呼ばれる地へ向けて彼女は歩いてゆく。


「楽しかったし、またあの子達と会えるかなぁ。ドラストニアに遊びに行ってもいいかもね」


 ロゼット達との再会を望みながら次なる出会いに期待を膨らませ彼女の旅路は続くのであった。






 ◇




 木の軋む音、体の揺れで目を覚ますロゼット。気づくと読書を堪能しているシャーナル皇女と疲れから仮眠を取っているセルバンデスの二人だけで、見覚えのある馬車の中にいた。


「あれ? 紫苑さんは…?」


「もう国境は越えたわよ。あなた一日中まるで死んだように眠っていたのよ」


 あの後、紫苑と会話をしている最中に眠ったようであり、揺り起こしても全く目覚めることがなかったためシャーナル皇女がおぶって、ラフィーク、ハーフェルらのケンタウロス便に乗せてもらっていたようであった。


「ご、ごめんなさいっ…シャーナル皇女にそのような、お手を煩わせるようなことを…」


「シャーナル」


 ロゼットが謝罪の言葉を述べるのに被せるようにシャーナル皇女が言葉を発する。


「え…?」


「あなたイヴのことも王女なんて呼んでいなかったでしょう?」


「あ、その…あれは」


「シャーナルで良い。そう呼びなさい」


 ロゼットはシャーナル皇女の突然の言葉に豆鉄砲でも食らったかのような唖然とも驚きとも表現できる表情をしていた。シャーナル皇女は真剣な目で彼女に訴えかけるように向けてきたためにロゼットも思わず硬直しつつも彼女の名前を呼ぶ。


「えっと…シャーナル…さん?」


「……それでいいわ」


 少しため息をつきつつも彼女は満足したのか読書に戻る。ロゼットもなぜ急にそんなことを言われたのか分からずに外を眺めるとあの集落の近場だと気づく。


「ラフィークさん、もうすぐあの集落に着きそうですね」


「ああ、起きたのか嬢ちゃん。けど今回は横切るだけだぞ」


「えー…寄っていかないんですか」


「暇なわけじゃないのよ。戻ったら事後処理もあるのだから」


 ロゼットが不満げに漏らすもシャーナルに制止され、今回は通り過ぎることになった。ラフィークの隣へ移り前方をみると煙が立ち上っているのが見え集落が近いと声をあげる。


「何かやってるんでしょうか?」


「さぁな、キャンプファイヤーでもやってるんじゃねぇかな」


 ラフィークも呑気な様子で彼女に相槌を打つが、シャーナルはその様子に少し怪訝な表情をする。セルバンデスも目を覚まし、彼女の表情に気づき外を見る。


「セバス…何か変じゃない?」


「ん―…煙…」


 セルバンデスが鼻を利かせ、臭いで判断しようとすると彼にとってあまり良くない臭いが混じっているようであった。何かを感じたのか目を見開き焦燥交じりの表情でシャーナルに顔を向けると彼女は直ぐにあの煙に向かうようラフィークらに指示する。


 ハーフェルも急ぎ脚を早めると煙に近づくたびに激しく燃える炎の猛る音が大きくなってくる。ラフィークらもここにきてただ事ではないと気づき辿り着く。


 彼らの眼下には燃え盛る炎に包まれた無残な集落の姿が映し出された。

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