インペリウム『皇国物語』

funky45

32話 愛と国を思う心

 フローゼル王国王宮、現在はイヴ・エメラルダ・アリアス王女生誕祝賀会の会場として派手な装飾を施され多くの高官、貴族らによって埋め尽くされまた国民の多くも祝杯するかの如く盛り上がっていた。


 勿論その席にはロゼット達一行の姿も。来賓として招かれている体で会場入りし、セルバンデスとシャーナル皇女は他の高官、貴族たちと談笑を行いロゼットはその傍らで誰かを待っている様子。


「あ、ラフィークさん。どうでしたか?」


 見覚えのある姿に声をかけ駆け寄るロゼット。彼女が待っていた人物とは彼女達をフローゼルまで送迎してくれたケンタウロス便のラフィークとハーフェルだった。


「なんとか、ったくこんなことに駆りだしやがって。いいようにコキ使ってくれますね王族様は」


「そっちの首尾はどうなんだ?」


 皮肉たっぷりに文句を言いつつも事後報告を行なうラフィークに対してケンタウロスのハーフェルは相も変わらず冷静な口調でこちらの状況確認をする。こちらもなんとか進みつつある状況でギリギリいっぱいということを伝えるが、やはり翠晶石の件で手こずっている状態。


 マキナもあれ以来王宮には戻っておらず、イヴと国王はグレトンの襲撃に備えて関所に兵力を集中させていたがそれでも数ではグレトンに遥かに劣るだろうと推測している。


「関所の城塞を落とすのは簡単ではないだろうが、戦力差と奇襲をかけられたらひとたまりもないな」


「そのためにあなたたちに物資の運搬を任せたんじゃない」


 戦力差を心配するラフィークにシャーナル皇女が答える。


「まぁ俺達としては顧客先が他の国に置き換わるだけだからどちらでもいいんだがな」


「鼻につくような貴族相手に仕事なんてしないからな」


「金になるならなんでもいいだろう?」


 ラフィーク自身は何処かの国家に属するわけでもないのでどちらにも組するつもりもなくそれはハーフェル自身も同じではあったが、彼は上流階級の人間からは奇異の眼で見られていたこともあり何か思うところがあった。それに顔見知りのロゼット達が関わっていることもあってか渋々ながらもなんだかんだで最後まで協力している様子にロゼットも心から感謝していた。






 イヴ王女の部屋にて――
 イヴは衣装を合わせ、いつにも増して華やかさが目立ち美しい姿は際立っていたが本人の表情は深刻なものであった。そんな彼女の心情を察してかアリアス国王が彼女の部屋を訪ねる。


「衣装は合っているようだな。とても綺麗だよ、お前の母を思い出す」


「お父様…。本当にこのままで大丈夫でしょうか」


 普段は気丈に振る舞い、美しさに強さを併せ持った姫君が不安の胸中を告白する。一戦交えることはおそらく避けられないだろう、このまま自分がグレトン公国公爵オーブ・マンティスとの婚姻を選択しても戦争は避けられるがいずれにせよグレトンの軍事力に飲まれフローゼルは近いうちに滅亡する。


 開戦してもフローゼル王国の自衛力ではそのまま滅ぼされる。


「この国を守れるのなら私の身などいくらでも差し出すつもりでいます。いずれ滅ぶのなら少しでも遅らせて国民のみなさんのために選択の余地を残すべきだったのか…」


 そう言葉にするイヴ。


「私と…お前の母親と婚姻を結んだ際も、彼女はお前と同じ目をしていた」


 アリアス国王の言葉にイヴは黙って聞き入っている。国王――というよりも『父』の言葉を『娘』として。


「随分と反対されたものだ。『インペル』を妃に据えるなど何を考えているとな。確かに彼女の美しさは今でも覚えている。一目見た瞬間私はこの女性だと確信した」


「彼女は気さくで明るく、自分が『インペル』だと言われても誰に対してもその態度は変わらなかった。彼女の美しさに妬む者もいれば、憧れる者、利用しようとする者もいた」


「彼女のことを知るたびにその気持ちは変わらぬどころか一層増していった。彼女は私との婚姻を受ける際に自身のことよりも私のことを気遣い、いつもの笑顔ではなく不安な表情をその時はじめて見たのだ」


『インペル』――女性しか存在せずその美しさは晩年を経てもなお変わらない人種とされている。実際にはほとんど人と変わらないがその性質故に迫害を受けやすく、ほとんどが妬みといった類のものである。とある宗教においても『魔女の化身』として畏怖、忌み嫌われている。


 そんな女性を妻に娶り、当時アリアス国王は王宮から非難の声を一身に浴びながらも彼女と婚姻し、守り抜くが第一子の産声と共にその生涯に幕を下ろしてしまった。


 彼女の忘れ形見であるイヴはアリアス国王にとってはかけがえのない存在。自由に生きることの出来なかった彼女の代わりに娘には自分の人生を歩んでもらいたいと。


「我が国民はフローゼルの滅亡など望んでなどいない。お前も王女である前に一人の少女で私の最愛の娘だ。そんな娘に酷な選択を迫まってしまった私の責任、お前が重圧を感じることなど何処にもない」


「人も『インペル』も変わらない、お前の人生はお前だけのものだ」


 不安に苛まれる娘を安心させるように言い聞かせる父親。娘は寄り添うように父の前で弱々しい自分の姿を見せ涙を流していた。


 ◇


 ラフィークらには予定通りに動いてもらい、ロゼット達は来賓としてパーティー会場で他の貴族、高官達に紛れ定刻までの間待機している。シャーナル皇女とセルバンデスの付き添いという形ではあるものの、簡素な作りのドレスに着替え会場の隅で水の入ったグラスを手に取る。


 さすがに子供だから酒を手に取るわけにもいかず、かといってジュースのような気の利いた飲み物などあるわけでもない。


(確か貴族や王族も参加しているけど、多くは商人や資産家なんだよね)


 ロゼットは周囲を一瞥。今回の祝賀会自体元々他国の商人や資産家を集めての交流会の意味合いも兼ねている。フローゼル王国に魅力を持ってもらうために王族との交流も行ない、牽いては国益になるためのパイプや投資を行なってもらうためである。


 しかしほとんどは投資家、商人互いの交流よりも物珍しさが多く様々な思惑があり、中には貴族や王族の美しい女性目当てで来ている人間もいるとか…。


「そこの美しいお嬢さん、どちらの出身なのでしょうか?」


 ロゼットに声をかけてきたのは紳士風の男性、背丈はラインズと同じくらいだろうか中々の高身長。そんな男性が跪く形で彼女に目線を合わせ自己紹介をしてくる姿勢にロゼット自身は良い印象を持った。次に正装ではあるが商人風の小太りの男性がやってきたが彼も同じく屈むような形でロゼットに接する。


 皆、彼女の美しい容姿に興味をもってのことなのか中にはエルフとのハーフなのではないかと訊ねる者もいたが彼女が純粋な人間だということに更に驚き、その他に五人ほども彼女の元に集まり彼女に名刺のようなものを渡し異様な光景にもなっていた。彼女が困り果てているとその人だかりを割って入ってくる人物が――。


「失礼、彼女に用件があってちょっとお借りしてもよろしいかな?」


 声の主にロゼットは言葉を無くす。彼――少年シェイドの姿を見るや否や周囲の紳士達も彼と挨拶を交わし、ロゼットを譲り渡すように彼女は連れ出される。落ち着いた音楽が流れ周囲はそれに合わせて男女ペアになり、舞い踊る。その様はさながら舞踏会とも言うべきか美しい女性に紳士と絵画の一つにもなりそうな情景。


「一曲付き合ってもらえるかな?」とロゼットの返事の有無も聞かずにそのまま連れ出され彼女も舞曲ワルツを踊る。おぼつかないながらもシェイドにリードしてもらいながらもなんとか形にはなりつつあった。


「『グレトンは私の友達に任せた』って…あなただったの?」


「あら、言ってなかったっけ?俺貴族だよって」


「貴族に仕えてるって…それと教えてくれたのはあの店の店長さんだし…」


 舞踏で向き合いながらも少し怪訝な表情でシェイドを見つめるロゼット。周囲からは笑みがこぼれ微笑ましい光景と話声が聞こえてきて彼女は少し顔を赤らめる。


「どうしてここにいるの?あなた…グレトン公国の貴族なんでしょ?」


「そりゃイヴ王女を祝うためだよ。あとは君に会うためかな?」


 冗談っぽく言うシェイドに不機嫌そうな表情を顕にするロゼット。


「そんな警戒しなくても、俺は敵じゃないよ。むしろフローゼルの中にいるんじゃない?」


「それって…ホールズさんの組織のこと?」


 シェイドは不敵な笑みを浮かべて彼女に伝える。やはりグレトン公国とフローゼル王国の繋がりを知っている――どちらかの人間でもない限り知りえないことだと確信するロゼット。彼はそんな彼女に忠告をする。


「こういう場で一人でいるのは気をつけたほうがいいよ。誰がいなくなっても気づかれないしね」


「…自分だって子供のくせに」


「そうだね―。子供だからこそ気をつけないと」


 ロゼットはシェイドに対して不満げな態度で応える。しかしこうしたパーティーのような集まりになると人の出入りが激しくなる。彼らに付き従う目ぼしい従士やハウスキーパーを中には人攫いさながらのことを行なったりする人間もいると語るシェイド。投資家などは王族、貴族を愛人に持ったりしたりなど。


「君さ…少しは自分の容姿とか気にしたら?」


「それ…褒めてるの?馬鹿にしてるの?」


「馬鹿にしてるならダンスになんか誘わないだろ?」


 疑問に疑問で返し合う。しかしシェイドの表情にはどこか余裕のある態度だが対してロゼットには動揺が見て取れる。ロゼット自身人から好意的に接してもらえる事のほうが多いのは自覚しているし、シャーナル皇女のような例外はあるが色んな人から容姿を褒めてもらえるのは素直に嬉しかった。
 そんな彼女の容姿なら尚更、手に入れたいと望む人間もいると――


「フローゼル王国がただ欲しいのではない。オーブ公爵も同じさ、『インペル』であるイヴ王女が欲しくてたまらない。美しいもの、優れたものに惹かれるのは自然の摂理」


「イヴ王女が…『インペル』?」


 シェイドの言葉に一瞬動揺し、セルバンデスと学んでいた時に知ったその言葉。そして周囲がざわつき始めたと同時にイヴとアリアス国王が登場。その姿はまさしく天女とも呼べる美しさを誇り会場にいる男性は彼女の姿に釘付けといった様子であった。


「本日お集まりの皆様、この度は我が娘イヴ・エメラルダ・アリアスの祝賀会にご出席頂きたい誠にありがとうございます。」


 そうアリアス国王が挨拶を述べ、拍手が巻き起こる。数多くの貴族、高官達が周囲に集まり改めてイヴの美しさを堪能しているようにも見える。
 そして相変わらずの人物も――


「ご機嫌麗しゅう、本日は一段とその美しさに磨きが掛かり、まさに至高の美女とも呼べるそのお姿に私の心も震え上がっております」


 仰々しい挨拶を行なうオーブ公爵の横で王族にも劣らない風格の中年男性の存在があり、その人こそがグレトン公国君主マッド・マンティス大公だとロゼットはシェイドから耳打ちされる。


「ご無沙汰しております、アリアス国王陛下、エメラルダ王女の生誕祝賀会の場にて祝辞を述べさせていただきたくに参りました」


「マンティス大公、遠路はるばるご足労いただきありがとうございます」


 互いに挨拶を交わしつつその他の貴族達も集まり、その中に見知った顔が近づいていく。


「これは御機嫌よう、マンティス殿。確かはじめましてだったかしら――セルバンデス?」


「その美しい栗色の髪に碧眼…貴女がドラストニア皇女、シャーナル殿でありますか」


 皮肉たっぷりに互いに牽制し合うような交流をしているシャーナル皇女とマンティス大公。フローゼルの今後を左右する立場の二人、マンティス大公はドラストニアの人間であるシャーナル皇女への牽制を含んだ婚姻の話をフローゼル側へと持ち込む様子。


 シャーナル皇女は睨みを利かせるようにマンティス大公の動向を伺うためにその場にいるだけで何か特別に意見する様子ではない。それでもアリアス国王としてはかなり心強い状況でもあっただろう。


「我々だけで話を進めても――まずは本人同士で話をさせてみてはどうですかな?」


 アリアス国王は夜風の当たるテラスバルコニーへとイヴとオーブ公爵を促す形で会場の外へと連れ出す。

 テラスバルコニーには誰も近づけないようにされオーブ公爵は衛兵さえも払い、二人の空間が出来上がる。月明かりに照らし出されるイヴの姿は一層美しく輝き、オーブ公爵も思わず息を飲む。


「本当にお美しい。その美しさがやはり貴女が『インペル』であることの証明」


「マンティス公爵は――…わたくしが『インペル』であるから妃にと思われたのですか?」


 イヴの美を褒め称える一方、オーブ公爵は『インペル』に対する一種の崇拝にも似た感情を持っている。エルフ以外で没するまでその美しさを保つ性質上、人から様々な感情をぶつけられるのも仕方のないこと。表面上のものしか見られていないのは彼女も重々承知している。


「それはいささか寂しいものですね――」


「勿論貴女の内の強さも知っております。貴女ほどの女性、この『エンティア』に存在するとは思えません。貴女は…どうやらこの婚姻に納得できていないうように見受けられます」


 しかしイヴは多くは語らなかった。語らいたいと思えるほどの心持ちでもない。ただ笑顔で相打ちをするだけ――


「貴女のこれまでの対応を見るに――私の幾万の言葉を持ってしても貴女から振り向いてはいただけなかった。我国グレトンがあなた方に軍事力を背景としてフローゼルを支配しようと。そう思われるのは仕方ないこと」


「そうでもなければ貴女はきっと歯牙にもかけられなかったでしょう。私も国の問題だけが納得できなかった。それさえなければとどれほど思ったことか――」


 オーブ公爵からの不意な言葉に驚く。


 イヴにはその気はないとわかりオーブ公爵は婚姻の話に決着をつけるためにこのパーティーに挑んだと語る。イヴは彼の顔を見据え、真剣なまなざしで聞いていた。だが国の今後をかけて動向に後にも退けないとも答える。
 彼は一人の男であったのなら間違いなくイヴと結ばれることを選び続けたが、グレトン公国のゆくゆくは跡継ぎとなる身としては国とイヴを天秤に掛け国を選んだ。


「オーブ…公爵」


「もしかしたら―――…敵とならなかった未来もあったかもしれませんね」


 そう――寂しそうな表情で語るオーブ公爵にイヴは悲しい笑顔で応えることしかできなかった。
 そんな静寂を破るように会場は明かりが消え、会場は騒然とする。


「なんだ? これは一体なんの騒ぎだ!?」


 何名かの高官が声を上げ、貴族の貴婦人達も不安の声を上げ騒然とする。その騒ぎに気づいた二人だがその直後テラスバルコニーに下りてくる一人の人物。布の頭巾を被りその顔は見えなかった。


「取り込み中、失礼――…姫君は頂いていく!」とだけ発しオーブ公爵に斬りかかる。


 反応が遅れたオーブ公爵は迎撃するも剣を弾かれ、すぐさま拾い上げるがイヴを剣で人質に取られ反撃に移ることができない。騒ぎを聞きつけたフローゼル、グレトン両陣営の兵士がやってくるが


「こちらも事情があるんでね」とだけ言い残しテラスバルコニーからイヴを抱えたまま落ちていく。


 一同が一斉に落ちた先を見るが、飾り付けで利用されていたロープを使い用意されていた馬車で逃走を図ったのであった。





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