インペリウム『皇国物語』

funky45

31話 それぞれの思惑

 グレトン公国首都発のフローセル行きの列車が汽笛きてきをならしながら発車する。


 グレトン公国の将兵、高官ら数名を率いてマンティス大公はフローゼル王国へと向かう。彼らの目的はフローゼル掌握。表向きではイヴとマンティス大公の子息オーブ公爵との婚姻でフローゼルを実質併合し、ゆくゆくは領土としていくものであった。


「しかし連中気づきますか?」


「あの狸の息子は感づいているようだがな」


 ラインズがグレトンの目的に感づいていることはマンティス大公も気づいている。フローゼルを手にし、自国の国力として取り込み、ドラストニアとの戦争に備える。


 マンティス大公の最大の目的はドラストニアの広大な大地。食料問題で国内の国力は低下しつつある現状でドラストニアに正面から挑んでも勝ち目はないと踏み、フローゼルに目を付けた。


「婚姻が上手くいかなかった場合は?」


「あの腰抜け国王のことだから応じるとは思うが万一応じなかった時のためにすでに軍を国境付近まで構えさせてある関所を制圧してみせれば応じるだろう」


「すぐにでもドラストニアは動くでしょうね」


 高官はそう述べるがマンティス大公はドラストニアはすぐに動けないと踏んでいる。内紛による国力の消耗、軍事力が主であったアズランド家の取り潰しとなると軍の再編にも時間は掛かる。


(連中も使者を出してフローゼルに滞在しているだろう。交渉は難航状態ですぐに軍を動かせるわけでもない。フローゼル内部もグレトンを支持している馬鹿な連中がいてくれたおかげでことが運びやすい)


 マンティス大公は笑みを浮かべ自らの勝利を確信していた。


 ◇




 ロゼットとアリアス国王の対談後の夜――
 フローゼル王国王女のイヴの生誕を祝う祝賀会が残り二日を切る。グレトン公国から外遊で何名もの貴族が来賓として招かれるのだが、あくまで形式上のもの。実情は王女であるイヴ・エメラルダ・アリアスとグレトン公国のオーブ・マンティス公爵との婚姻が目的。


 今グレトンとやり合えば確実に兵力差でフローゼルは負ける。


「現状での開戦はなんとしても避けたい。それでなくともなんとか時間は稼ぎたい」


「そのためにもドラストニア王国の皆さんからなんとかお力添えをお願いしたい」


 そう決断し頭を下げるアリアス国王の表情は硬いものではあったもののどこか吹っ切れた様子にも見えた。


「というと…?」


セルバンデスが彼に問いかける。


「ああ、この輝きをフローゼルのものとしたい」


翠晶石すいしょうせき』をかざすアリアス国王から力強い答えが返ってきたことにドラストニア陣営は安堵し、ロゼットとアリアス国王の二人は顔を見合わせる。


 同時に伝令で山道の開拓計画を変更し、鉱山の建設を行なう手筈だが――


「問題は時間ですか」


 二日後に控えた生誕祝賀会までの間にどれだけ軍備を整えられる、マキナはやれるだけやってみりゃいいと息巻いていたそうだがそれほどの短時間で出来るものではない。


 マキナにはすでに現地に急ぎ飛んでもらい加工方法は既に街中の鍛冶場を借りて加工した際に鍛冶職人たちへと伝えられていたようだ。彼女が余分に採掘した量だけでも兵士百名分ほどの装備は用意できるようであったが数があまりにも少なすぎる。


「時間が稼ぐことができればいいのなら、イヴ王女を何処かへ匿うという方法は?」


 セルバンデスが大胆な切り口で提案する。


「匿うって…一体どこで?フローゼルの他の高官に感づかれては終わりでしょう?」


 シャーナル皇女が提案に対して懐疑的な態度を示す。実際イヴ王女と対立している、ホールズ派の人間からは動向に探りを入れているであろう。下手な芝居とわかってしまえばでその時点で終わる。


「相手にバレないのならどんな方法でもいいのですよね?」


 ロゼットは一同に訊ね、自身の思い浮かんだ提案をした。


「……正気なの?」


 ロゼットの提案にシャーナル皇女が目を細め呆れた様子で訊ねる。一同も互いに顔を見合わせている様子だがアリアス国王だけは口に手を当て思案しているような様子。


「みんなにバレるわけにもいかない、でも時間をなんとか稼ぎたいというならもうこれしかないんじゃないですか?」


 ロゼットの提案に呼応するようにイヴも賛同する。


「お父様!これしか打つ手はございません。翠晶石を我がフローゼルの輝きとすると決めた以上この方法しかないでしょう!?」


 イヴの必死の説得の声に同調するかの如くロゼット達の耳に聞きなれた声が入ってくる。


「この作戦アリなんじゃないかね」


扉の開く音とともにラインズの姿が入り込んでくる。


「ら、ラインズ様!! いついらしたのですか!?」


 セルバンデスの驚きの声と一同のざわめき、彼らの問いに「今着いたばかりだ」とだけ彼は返し、ラインズとアリアス国王は遅れた挨拶を交わす。


「お久しぶりです、アリアス陛下。随分と遅れた訪問になってしまい申しわけございません」


「とんでもない。随分と立派になられましたな」とアリアス国王は軽く抱擁ほうようする。


 まるで長年会っていなかった親戚同士が挨拶を交わすような情景にも見えていたロゼットはグレトン公国に行ったのではないのかと疑問をぶつけるとラインズからは「お前の友達に任せた」とだけ。


 友達と言われ彼女の頭の中では疑問符ばかりが浮かび上がっている様子で、ラインズがロゼットの提案を実行に移すために手筈を整えようとさっそく取り掛かると宣言し一同は動き出す。




 ◇




 翌朝
 フローゼル王国のグレトンとの併合に賛同の意を表しているホールズの元に高官たちからの一報が入る。


「国王が動きだしました」


「そうか…随分と早かったな」とだけホールズは返し彼らの動向報告の内容を受ける。


「やはり『翠晶石』が最後の切り札のようです。鍛冶職人達にも技術は伝わっているようで」


「技術ががあっても物がなければ何の意味もないだろう。どこのガキとも知らん奴に乗せられて挙句数日でそれを用意するなど、正気の沙汰とは思えん」


 執政の言葉を遮るように言葉を被せる。二日後に迫るイヴ王女とオーブ公爵の実質婚姻までに国王は返答を求められている状況、内容次第では開戦は免れられない。こちらはどう動くかという執政の問いにホールズは「私は動かない、情勢をグレトン側に流すだけだ」という返答。


 婚姻を受ければ事実上フローゼルは軍事力を背景としたグレトンの傘下に置かれる。拒否をすれば開戦、負ける戦いに挑んだとし国王を糾弾する構えだ。どちらにしてもホールズにとっては旨い方向に転がると算段している。


「その政権の中枢へと入り込むわけですか」


「いや、それは難しいだろうな。あの大公のことだ、おそらく我々を排除する動きも見せる」


 裏切り者である、ホールズ派閥を置いておくほど甘くはないと考えているがそれでもグレトン併合直後はまず軍の統一を図るべくフローゼルの人間であるホールズをすぐに排除する動きはないと考える。あくまでドラストニア掌握までの間は協力関係になければドラストニアとやり合えない。


 南方のガザレリア国―
 フローゼル王国の隣国で南側にあり国交を結ぶべく交流のあった国家で魔物を使役する珍しい国。幸い彼らは友好的に接しているため彼らと接触し協力が得られるのであればドラストニア攻略の鍵となるとグレトン側に甘言すればよい。そうでなくともガザレリアとの関係を盾にしてガザレリアをフローゼル傘下へと入れるよう無駄な国力消耗を抑えて掌握できるように協力してやれば彼らはこちらの存在を無下に出来なくなるし自身の実績を示せば牽いてはグレトン内部の高官を取り込むことも可能ではあると考える。


「自らが取り込む側であっただろう立場が危ぶまれることになるなど連中も考えないだろう」


「グレトンの土地と、ドラストニア、そしてガザレリアの魔物、全て取り込むことができますが、連中も疑り深い性格。感づかれないよう慎重な動きが必要でしょう」


「無論、だから『動かない』が正解だ」


 事実現状はホールズの目論見通りに動いている。国王、ドラストニア側の動きも気にはなるがこの短時間で何が出来るわけでもない。イヴに対する警戒は一層強めるように執政には指示し、彼は悠々と王宮内を普段どおりに過ごし歩いていると柱の角から少女の姿が飛び出してくる。


 勢いづいた小さな身体は急に足を止めたことによって派手に書物と木材を散らかしながら尻餅をつく。


「うぅ…いたぃ……あ、ご、ごめんなさい。すぐに片付けますので…」


 そう謝る少女はドラストニアから従士としてやってきたあの銀髪の少女ロゼット。彼女はホールズに気づくと少しばかり身構える。




(この人…確かイヴさんと対立してる、ホールズ…さんだっけ)


 フローゼルの蒼をテーマにした正装が非常に似合っていることもあり、ロゼットの中ではかなり印象に残っていた。


「地竜の子供か、珍しいものを飼っているのだな」


 そう言いながらロゼットに近づき、澄華へと顔を近づけるが澄華は彼の目を見て少し怯えているような様子を見せる。


「あ、あの…澄華が怯えるので…」


 そう反論するロゼットだがその言葉は弱々しく、彼女も内心彼に対する何か得体の知れないものに怯えた様子を顕にする。


「これはすまなかった。どうやら私の顔は地竜には恐ろしく映ったのかな」


 地竜の赤子、この地竜が成長すれば馬よりも俊敏で身軽な動きにこの鋭利な爪に牙を持ってすれば優秀な騎兵として活躍できるだろうとホールズは考える。赤子のころから世話をすれば人間になつくこともわかり彼にとってこの少女との出会いは非常に有用なもののように感じた。


 それにこの少女―――…
 ホールズはロゼットの頬に手を当て、顔をよく見ようとする。彼女は目を瞑り、顔を強張らせ怖がっている様子だが相手はフローゼルの高官でおそらく『敵側』。下手な真似をすれば自分の身が危ないと思い跳ね除けることも出来ない。


「目を開けなさい」という言葉にも戸惑いながらも応じロゼットは彼の顔を見据え、その表情は不安や戸惑いといった感情を隠せないものだがそれでも気丈に振舞おうとするものにも見えた。


 白い素肌に銀髪と碧眼を併せ持つ容姿。年の瀬は九か十程度だろうがそれでもこの美しさを誇ることに最初見たときは驚きを隠せなかった。十年後にはさぞ美しい、イヴをも越える至高の美女へと成長するだろうにと、期待のまなざしを向けつつ少し惜しむような様子で彼女の頬から手を離す。


「良い眼だ…。相手を見るときは『その眼』で見ることを忘れるな」


 ホールズは彼女にそう言い残し立ち去る。ロゼットはその場でへたり込み、澄華が彼女を励まそうと鳴き声を上げているのを見て


「少しだけ緊張したね」と返し胸を撫で下ろした。





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