インペリウム『皇国物語』
28話 対外交渉
陽の光に照らし出された美しい金色の髪をなびかせて、品位を高さを伺えるその立ち姿に振る舞いはまさしく王女と呼ぶに相応しい。金の装飾で象られた剣はただ飾られた高い品位の中に慎ましささえ覚える。
「このような幼子相手に実剣を振るうような…義勇兵とはただの野盗の集まりと変わらないのでしょうか?」
美しく輝く碧い眼はロゼットと同じ輝きを放っているが内に秘める力強さまるで炎を灯しているような情熱を周囲も感じるほどである。彼女が立ちはだかったことで周囲の野次馬も彼女に賛同する声に変わり、義勇兵の男達も狼狽する。
「違うのですよ王女様、この子供とその女が全ての元凶。そして何よりも彼女達は魔物であるゴブリンも従えているではありませんか!」
「終始見ていましたが、元より彼女達に関わったのはあなた方のほうが先だったと見受けられましたが―」
「それにそこのホブゴブリン、彼はあなた方の誘いを制止しておりましたよ。問題となることを避け自身が蔑まれようとも彼女達を守ろうとした姿勢はあなた方よりもよほど理性的且つ知性的と…そう見えませんか?」
野次馬も一部始終を見ていたために完全に彼女の意見に同調する流れになる。
「我々は…ただ魔物討伐の義勇兵を募っていただけでしょう!? それの何がいけないとおっしゃるのでしょうか!」
「確かに魔物撃退の兵は我が国に一人でも多く必要としています。実力を測りたいために剣技にて見定めることも良いでしょう。しかし自分から強引に誘い込む手法、そして賭け事の真似事や、あまつさえ実剣を用いての報復行為など行き過ぎもいいところ」
「ましてや殺傷沙汰になり兼ねない行動、どのような経緯であれ先に剣を抜いた時点であなたに正義など存在しない」
男の主張を聞き入れつつもあくまで自身の行為そのものに問題があるということを指摘する。
「こ、子供とはいえ相手は模擬戦用の剣を使っていたんですよ…!?」
「そもそも子供相手でも良いと応じたのは貴方でしょう…? 自分に理があると説きたいのであればその時点で止めるのが兵としての役目ではないのか―」
王女は一層冷たい蔑むようなまなざしで言い放つ。男の反論も虚しく仲間とともにその場を立ち去る。歓声が湧き上がり野次馬に対して王女は彼らにも苦言を呈する。
「あなた方も―…あのようなか弱い子供が前に立たされて止めに入らなかったのはなぜですか?」
「彼女は実力も身に付けていたから良かったものの相手の力量がそれ以上であったなら怪我では済まなかったかもしれないのですよ!」
「大人であるのなら、子供を守る立場にいてくださるよう…どうかそのことを心に留めておいてください」
歓声が上がっていた野次馬は静まり返り彼女は締めくくる。騒ぎを聞きつけた衛兵達が集まり野次馬達を解散させる。そして今度はロゼット達一行に向き返る。
「ドラストニアからの使者ですね。あのような行動は控えていただきたい」
「お手を煩わせてしまったようでどうも」
王女の注意に対して皮肉で返すシャーナル皇女。それを嗜めるセルバンデスはすぐさま謝罪の意を述べ彼女達と王宮へと向かう。
◇
王宮内部は基本的にはドラストニアと同じく綺麗な装飾に囲まれ綺麗に整えられた絨毯が敷かれ、立派な髭を蓄えたイヴ王女と同じく碧い目を持つフローゼル国王が自ら出て彼らを迎える。
「お待ちしておりましたドラストニア王国の方々。ガリフ・アリアスです。今回はよろしくお願いいたします」
「ご丁寧なご挨拶とお出迎え感謝いたしますアリアス国王陛下、外交官のセルバンデス・ラピットです」
「シャーナル・ロッド・ドラストニアです。今回は私も国政を学ばせていただくため伺いました。どうぞお手柔らかにお願いいたします」
丁寧な挨拶を交わす両陣営。シャーナル皇女の丁寧な対応に少し違和感を持ちつつもロゼットは自身も挨拶をと歩み寄る。
「そちらの方々は?」
「じ、従士を務めておりますロゼット・ヴェルクドロールです! 今回は二人の付き添いでお伺いしました、よろしくお願いしますっ」
深々とお辞儀をしつつ、噛まずに言えたことにホッとする。
「あたしはマキナ、ドラストニアの人たちの…まぁ参考人ってところかな。でしょ?」
そうセルバンデスとシャーナル皇女に振り、会談の場で詳しく話すとだけアリアス国王には話す。心身ともに疲労が溜まっているだろうとそれぞれ客室へと案内され今夜はそこで寝泊りする予定である。
客室はマキナとロゼット、セルバンデスとシャーナル皇女はそれぞれ個室でシャーナル皇女は王族ということもあり特別待遇の客室で迎えられている。
「まぁ流石にゴブリンでも男だし、あたしらと同じってわけにはいかないよね」
マキナが着替えを行なっている横でロゼットは今日の予定を振り返るために書類を開いていたが、疲れが溜まっていたせいかそのまま寝てしまっていた。その横で地竜の澄華もぐっすりと眠っていた。
「ったく世話係じゃないんだから」と文句を垂れながらも書類をまとめて隣に置き、彼女を横にして布団をかける。寝顔もそうだが彼女の銀髪に白い素肌と長い睫毛に同じ女ながらも見惚れてしまうほどである。
「初めて見た時も思ったけどこの子エルフとのハーフなんじゃないの」
マキナはロゼットの顔を神妙な顔でよくよく見ながらそう言い、彼女の手よりも一回り大きな傷だらけの手で彼女の頭を撫でながら時間が過ぎていくのを感じていた。
◇
その夜、会食の場にて一同は集まる。イヴ王女は王室の正装に着替えその美しさがより際立つように感じる。食事の流れ自体はドラストニアの時とほぼ同じで、その間両陣営は他愛もない会話で賑わっていた。この時ばかりはシャーナル皇女も大人しそうな素振りでマキナさんにも料理が用意されていたけどテーブルマナーがわからないと言うことで辞退していた。
「街中でどうも義勇兵と揉め事があったそうだと伺ったのですが」
「いえいえ、そこまでの騒ぎではございませんでした。先方にとってもことを荒立てるのは都合がわるいでしょうし」
セルバンデスさんはあくまでことを荒立てることなく収めようと努め、シャーナル皇女もこれには口を挟まなかった。
「先方……クルス教徒でしょうか」とぽつりと呟くアリアス国王。セルバンデスさんもそれに頷くもあくまで彼らは過激な動きの一部として納得しようとする。教徒ということは宗教絡みだったのかと、食事をしながら話を聞き入っていると視線を感じ目を向けるとイヴ王女がこちらを見ていた。笑顔でお辞儀を返すと彼女も笑顔で応えてくれた。
食事も落ち着き、本題である対外交渉に移りつつあったその時、室内に執政官らしき人物が入室しアリアス国王の元に駆け寄り耳打ちする。先ほどまで穏やかだった表情は険しくなり、私達をこのまま会食の場にて待つように言い渡し直ぐに戻ると伝えられた。
「いえ、我々は自室にてお待ちいたしますので」とセルバンデスさんは言っていたけれど、イヴ王女が「自分が彼らとの交渉を進めます」との意志を伝える。かくしてイヴ王女との対外交渉となったが、途端にシャーナル皇女の表情が変わり口元は笑っているけどいつもの冷徹な目に変わった。
「こちらとしてはこれまでどおりの流通に加え、そちらへの出来うる限りの援助も視野に入れております」
「こちらとしてもそれは非常に助かります。現状では鉱物資源、資材の不足により建築物の老朽化や都市の開発に支障が出ており、鉄道さえも現状ギリギリの状態と言っていいでしょうか。国内の開発技術はドラストニアにも引けを取らないという自負はございます」
セルバンデスさんの持ってきた提案と条件にイヴ王女も応じる姿勢を見せる。しかしシャーナル皇女は納得しなかった。
「しかしこちらから援助を出すだけでそちらから受けるメリットがございませんね。酪農品が強みの御宅の産業も今ではドラストニアでも主流になりつつあるのですよ。一体そちらからは何の恩恵を受けられるのでしょうか?」
相変わらずの嫌味交じりに質疑するシャーナル皇女、それを咎めるセルバンデスさんだが彼も彼女の意見には同調の姿勢で少し意外に思えた。
「確かに、こちらもタダということでは国内へ示しもつきません。酪農産業も確かに現状では発展途上の段階ではありますが近いうち国内生産で十分に賄える量にもなります」
イヴ王女は少し考え込むがすぐさま労働者の派遣を提案する。
「現在我が国は労働者不足にも見舞われております、こちらの知るところではドラストニアには優秀な人材であっても満足にその技能を生かすことが出来ない人材が多く存在すると伺っております」
「労働者として我が国民を受け入れると?」
「そうです」
イヴ王女の提案に確認を入れるシャーナル皇女にすぐに返答が返ってくるがどうも怪訝な様子。提案というよりも労働者として受け入れるという点に何やら不信感を抱いている様子。私自身もグレトンへの斡旋の張り紙の件もあるためあまり良い印象を抱けなかったがどうやらそれだけではなかったようだ。
「ふむ…しかしそれでは国内への移民問題にも繋がり兼ねないのでは?」
そう述べるセルバンデスさん。私が思っていた不安もそうだが労働環境の不足問題に加えて、移民問題へと繋がることが懸念される。
これは労働者としてやってきた人々がそのままその国に住み着いてしまうというもので国民でもないのに国の恩恵を受けられるようになるといったものがある。
そしてそれを良いように利用して税金逃れや密入国、密輸などの問題の他、文化の価値観の違いや民族同士での衝突、逆に過酷な労働でこき使うという事例も発生する可能性もあるため本当に互いに信頼し合えるような関係でもない限りは非常に難しい問題なのだそうだ。
思わずアズランド当主の言葉を思い出してしまい、異文化での交流とは必ずしもプラスに作用するものではない。国家間での取り決めであってもその交流から新たな火種に繋がることもあると―
事態が進まず平行線のままでいる中で隠れてメモをとりながら疑問に思った私ははじめて発言した。
「あの…そのためにマキナさんがいたのではないのですか?」
「?…どういうことでしょうか?」
私の言葉に疑問で返すイヴ王女の声とともに扉を開ける音と共に交渉に動き見せる声が飛びこんでくる。
「そうよ、ていうか勝手に話始めないでよ」
「イヴ王女? だっけ、ほら」そう言いながらイヴ王女の対して加工された鉱物の欠片、というよりも金属の板のような形になったものを投げ渡すマキナさん。
「これは…翠晶石の加工物ですか?」
「そうだよ、それ御宅らが現在整地してる山道付近であたしが発掘したもん。あたしはその山道計画をあくまで進めつつも鉱山として利用すべきって提案しに来たのよ」
その事実を聞き驚くイヴ王女。それと同時に扉から勢いよくやって来る一行。
「イヴ王女、やはりいらっしゃるではありませんか。本日も美しいお姿はお変わりない様子で…」
「オーブ・マンティス公爵…ただいまドラストニア王国との会食の場です。どうぞお引取りください」
イヴ王女との会食の場に礼儀もなく入り込んできたのは身なりを立派に整えた現代でもいそうな風貌のお兄ちゃんといった印象の貴族。直後にアリアス国王も入ってくるや否やオーブ公爵に謁見の間で待つように連れ出そうとするがどうやらこの貴族に二人は強く出られないような様子でもあった。
「もう一人美しい女性に…エルフと見間違うかのような可憐な少女も揃っておいでとはなんとも華やかな会食のようですね、私もお供してもよろしいでしょうか?」
突然入ってきて図々しい態度で接するオーブ公爵に不信感を露にしているとすでにシャーナル皇女が棘を刺すように口撃をしていた。
「グレトン公国の貴族が一体何の御用かしら? ここは王族の領域で貴方が軽々と踏み入れられるほど軽いものではなくてよ」
いつになく鋭い眼力で刺し殺すような声で向かうシャーナル皇女。まともに受けているのか往なしているのかわからないような態度で鋭く向かってくるシャーナル皇女と対峙する。
「美しい上に高貴、自尊心も高いとはまさに王族と呼ばれるに相応しい。夜を共に過ごし語らいたいくらいです」
「あらあら、そこまでして私と夜を共に過ごしたいのでしょうか? いささか失礼ではございませんこと、婚約者を前にして」
「婚約者…?」
その言葉を聞き一同驚きの表情を隠せないと言った様子。オーブ公爵とイヴ王女は婚約関係にあるのだとここに来て驚きの事実を聞きグレトン公国とフローゼル王国の思いもよらぬ繋がりを知った。
「冗談ですよ、イヴ王女も私の心は彼女の元にあるとご理解していただいております」
そう言いながらイヴ王女に目を向けるオーブ公爵と対照的に彼女は厳しい目つきで応える。
「それでは…三日後のパーティー楽しみにしております」とだけ言い残し王宮へと消えていく。
華やかに始まった会食会ではあったが、不穏な空気を漂わせ嵐の如く荒れた後終わったしまった。
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