インペリウム『皇国物語』

funky45

25話 命の輝き

 アーガストさん達のいる小屋は大きな壁のような山に囲まれており開けた空間の隅に小屋があった。扉をノックするとすぐに彼が出てきた。


「ほう…卵が孵ると」


 そう言うと暖かい部屋に布を周りで囲み反応を待つことにした。どれくらいの時間が経っただろうか私は目を離すことができずくっついてその場で観察していると隣で寝ていたはずの私がいないと心配してやってきたシャーナル皇女とそれにつられてやってきたセルバンデスさんも来て四人で動向を見守っていた。


「あ」と私は思わずこぼす。


 殻にヒビが入り、少しずつ剥がれていく。大きく澄んだあの見覚えのある眼が見えた。


「よもや地竜の卵であったか」


 卵は時間をかけて殻が破られていき、長く細い尾に小さな手足。赤ん坊であるにもかかわらず、すでに鋭い爪が生え揃っており微弱な力にも関わらず一生懸命に殻を破ろうとするその姿を一同固唾を飲んで見守る。


 卵の殻を全て割り生まれたばかりにもかかわらずその足で立ち上がる。立ち姿はまさしく小さいながらも恐竜そのものであった。私のほうを向き小さな掠れた高い鳴き声で私のことを呼ぶように繰り返す。


「どうやらそなたを母親だと思っているようだな」


 私が生まれたばかりの恐竜を抱き寄せると答えるように再び小さな鳴き声を上げる。孵化の瞬間を始めて見た一同は安堵した様子でセルバンデスさんは孵化の様子を事細かに筆を執って書き記していた。そこでシャーナル皇女が今後どうするかと問う。


「地竜の子供ということはいずれあなたの地竜と同様に成長するのでしょう?」


「そうと思われる。あの種は特に珍しく拙者の『サルタス』よりも強く育つでしょうな」


 そう説明するアーガストさんによれば、この恐竜の子供の種は非常に珍しく個体数がとても少ない。その上更に珍しく青い模様を持つ個体は騎竜兵としても精鋭中の精鋭とされ非常に優秀、且つ知能も高いと言われている。そう言われているとなんだか自分まで褒められているようにも思えて嬉しくなり私は感心して聞いていたが―――


「なら無理ね」


 シャーナル皇女のその言葉を聞いては思わず言葉を失う。


「考えてもみなさい元々肉食の種類として狩り行なう存在でしょう。愛護用草食の魔物を飼うのとはわけが違うのよ。知能の高さも相まっていずれ脅威とさえ言われかねないのではなくて?」


「確かに…成育した後王宮での生活を考えるとなると、馬とは違いますからね。専用の小屋を作るにしてもストレスなど環境を考えると…」


 セルバンデスさんとシャーナル皇女は苦言を呈する。ペットを飼うのとは違うというのはわかっている。せっかく生まれたのに野生に還す方が良いと言われ頭ではわかっていても納得ができなかった。


「決めるのはロゼット殿、貴殿ですぞ。夜が明けるまでの間しばし考えられよう」


 そう言われ生まれた小さな命を抱えて私は一人外で過ごす。小さな鳴き声を時折上げながら私に擦り寄る姿を見ているとどうにも決心が付かない。もやもやした気持ちのままいると私の元に駆け寄ってくる子供たち。生まれたての恐竜を見て可愛いと興奮気味に言ってくる。


「お姉ちゃん、この子名前はなんていうの?」


 そう言われ少し固まる。手放すかどうかばかり考えていたためには名前なんて考えもしていなかった。そして咄嗟に思い浮かんだ名前を口にする。


澄華すみかっていうんだよ」と『澄華すみか』と名づけた恐竜の頭を撫でながら告げる。


 澄んだ綺麗な瞳と親友の佳澄からとって思わず決めたのだが可愛い名前だと褒めてくれて私も嬉しくなり子供たちと一緒に澄華と過ごした。たとえ手放したとしてもアーガストさんやこの子達がいるこの集落ならきっと幸せに暮らしてくれるはず。
 やっぱり手放すしかない―と。だからせめて…今夜だけでもと夜を共にする。


 ◇


 翌日の早朝出発準備を始める一行。ロゼットの姿が見当たらないとラフィークが確認する。アーガストがすぐ近くまで護衛を申し出たため付近まで行動を共にするとシャーナル皇女とセルバンデスに伝えるとロゼットが遅れてやってきた。その手には荷物だけで地竜の姿はなかった。


「もう…よろしかったでしょうか?」とセルバンデスは確認を入れると笑顔でそれに答えるロゼット。


 ラフィークの合図と共にハーフェルが動き出し馬車は出発する。名残惜しむ様子もないロゼットを見て安堵するシャーナル皇女だったが次の瞬間――




 あの小さな鳴き声が聞こえてきた。


 小さな足音を立てながら必死にロゼットの乗る馬車を追いかけてくる。彼女は身を乗り出して追ってくる地竜を悲痛な表情で見つめていた。


 尚も諦めず追いかけてくる幼い地竜は足元もおぼつかない走り方だったためか、小石に躓いて盛大にこけてしまう。


 その姿を見て堪らずロゼットは馬車から駆け下り地竜を抱き寄せた。


「駄目だよ付いてきちゃ……連れて行けないんだよ……?」


 涙を溜めながらロゼットは言い聞かせるがそれでも地竜は離れようとしない。彼女の涙に応えるように小さな鳴き声を上げて引きとめようとする地竜。馬車を止め駆け寄ってくるシャーナル皇女とセルバンデスは困った顔つきをするもロゼットのほうに駆け寄る。


「我侭になってしまいますがお願いします…!責任持って世話をしますから。一緒に連れて行かせてください!」


 ロゼットは二人に必死で頭を下げ一緒に連れて行きたいと頼み込む。セルバンデスはシャーナル皇女の方を向き、困り顔だがどこか笑みを含んでいた表情を向けるとシャーナル皇女もため息をつきつつも「好きにしなさい」と市場の時と同じ返事をする。


 頭を上げたロゼットは溢れる涙を拭いもせず笑顔でお礼を返し、地竜の「澄華」を抱えて馬車の中へと帰っていった。


 集落からは子供たちの見送る姿と声が聞こえてきた。その表情にはすでに涙はなく澄華と共に笑顔で答えていた。

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