インペリウム『皇国物語』

funky45

21話 人を変えていくもの

 時は遡り―
 ロゼット達との議会終了後、ラインズは紫苑を残らせて王宮内を少し歩いていた。


「悪かったな」と口を開くラインズ。何のことかはおおよそ察しのついた紫苑はあえて応えなかった。


 アズランドとの一件以来国内の落ち着きを取り戻すために軍部の統合が行なわれアズランド側の軍人もドラストニア軍に正式に編入されることとなった。軍内部では目立って荒れることもなくむしろ互いに国を思う気持ちは同じであったのかシンパシーさえ感じている兵士達もいた。
 高官内では相当荒れたが発言権の強くなったラインズの意向ということもあり押さえ込むことには成功した。


「正直言うとお前は残ってくれないだろうと思っていた。義理とはいえ俺はお前にとっては親殺し……仇も同然だ」


「討たれる覚悟さえしている。勿論今もな」


 紫苑はただ黙してラインズの言葉に耳を傾けていた。アズランド家は間違ってしまった、自ら祖国に刃を向けその結果として取り潰しとなり散り散りとなった。過程はどうであっても国民の間にはそういう事実が残った。


 それに対してラインズはアズランドの一部の和解を求める勢力との協力により今回の危機を脱したことを声明として発表し国民の理解を求めることで収まった。それに協力してくれた紫苑達に感謝をしつつも心痛めていたのだった。


「当主…父はあれで良かったのだと思っております」


「あのままいけば歯止めなど利かなかった、本当にこの国を滅ぼしかねないと。私は討つことができずその覚悟がなかったばかりにラインズ様にその役割を担わせてしまったのです」


「私の不徳の致すところです」


 紫苑はラインズを責めることなどしなかった、むしろそんな事をさせてしまった自分の不甲斐なさに憤りを感じているほどであったのだ。


「お前以上に人格者なんてそういるもんじゃない。親を殺すことに覚悟なんてあるもんか、たとえどんなに酷い親であろうともその手にかけるなんて簡単にできるのであれば苦しむことなんて無い」


 自身を親殺しにさせないための配慮だったのかもしれない、それしかなかったのだと選択せざるを得なかったのかもしれない。今の紫苑にとってはこの国と主君に仕えるそれだけで十分なのだ。かつて父がそうしたように今度は自身がドラストニアを守る盾として。


「悪かったな呼び止めて、俺も三日後グレトン公国に発つ。本当はお前も連れて行きたかったが長老派の動きも少々怖くてな」


「今一番危険なのはラインズ様のほうでございましょうか…。十分に護衛も付けるべきかと」


「お前のとこの兵を数名借りたい、生え抜きの精鋭が良いな」


 あろうことか生粋のアズランド家の人間を求めてきたラインズに対して「本当によろしいのですか?」と慎重に訊ねる。


「それだけお前達を信用しているってことにしといてくれ」とだけ伝え王室へと戻っていくラインズに紫苑は跪き感謝の意を示した。




 そして時は戻りロゼット達とラインズの留守を任されることとなった紫苑と彼の副将でもあったモリアヌス将軍。彼らに協力するようにラインズが信頼置く高官と共に長老派の動向と様子を見ることとなった。


 その中で高官の一人であるサンドラはセルバンデスと共にロゼットを迎え、彼女のことを知る数少ない人物。若いながらも勤勉で真面目な性格を買われまた才覚もあることからセルバンデスからも重宝されている。


「改めまして、今回ラインズアーク様から留守を預かりましたサンドラと申します。お二人の武勇は大変素晴らしいものだと伺っております。何分まだまだ未熟者ゆえ御二人の力をお借りしてしまうかもしれません」


「いえいえ、サンドラ殿こそラインズ様から信頼置かれるお人柄だと伺っております。粉骨砕身致しますのでどうかお使いくださるようお願いいたします」


 丁寧なサンドラの挨拶に応える紫苑であった。
 通常ベテランの高官に留守を任せるものではあるのだが現状において互いの力関係は国王派(ラインズ支持層)が主流になりつつあるため長老派にとっては面白くないといった現状である。


 ここで地盤を固めすぎて長老派を追い込むまでに至るとロゼット、ラインズ不在の今、クーデターを狙われる可能性も出てきてしまう。そのため相手が若いサンドラとなると彼らも舐めて掛かるであろうと踏み長老派にも発言の余地を残しておく。何より長老派を支持している国民も少なからず存在はしているため彼らからの不評を買わずにも済むからだ。


「長老派としてはこの間に何らかの動きはしておきたいでしょうね」と長老派の動向を探るモリアヌス将軍。


「何か掴めていますか?」と問う紫苑に対し、「実は…」と何らかの情報を掴んでいる様子のサンドラ。


「噂程度ではあるのですがグレトン公国の外相がつい先日まで長老派のポスト公爵と接触を図っていたそうなのですが…」


 元々アズランド家とも縁のあるポスト公爵がグレトン公国の外相と接触。そもそもグレトン公国の外相がドラストニアに外遊に来ていたとわかっていてラインズがグレトン公国へと向かうなどまずありえない。


「親書もなしの接触となるとグレトン側からの内通?」


 グレトン公国内部での派閥抗争の可能性が高まりポスト公爵から情報を得ることで方針を固める。




 ◇


「列車は走る~♪しゅっぽしゅっぽしゅっぽぽ~♪」


 軽快なリズムで歌う様子のロゼットに満足気なセルバンデスに少し呆れるように訊ねるシャーナル皇女。


「なんなの?その歌」


「あ、聞いたことあるフレーズを思い出しながら歌ってました」と答えるロゼットにおかしな子と言わんばかりに笑うシャーナル皇女だが微笑ましい光景に安堵しているような笑みでもあった。ふとシャーナル皇女の読み物に目をやる。


「シャーナル皇女はさっきから何を読まれてるんですか?」と尋ねるロゼット。


「伝記物よ、とはいってもこの本に関しては昔あったであろうこの地に伝わる御伽話みたいなものね」


 意外なもの読んでいることに少し驚く様子のロゼットにシャーナル皇女は自身の読んでいる本の一部を抜粋して読み聞かせる。


 ――かつて遠い昔、戦争でまだこの国が分裂していた時代にとある敬虔な信者の住む村で虐殺が行われた。彼らは同じ宗派である多数派によって殺され生き残った女たちも慰み者としてひどい扱いを受けていた。
 なんとか隠れ生き残っていた少女ただ一人が残され、同じ宗派である者達から惨い弾圧を受けたことで彼女は自らが信じる神の存在を疑うようになってしまった。
 そして同時にそんな自分にも嫌悪し、せめて形だけでも清らかなままでいたいと焼けた跡地の家一軒一軒を回り泣きながら殺された彼らの魂を慰めたという。その姿は旅人からは異様な光景にも見えたとか。
 時は流れいつしか
『死者の出る家を泣きながら周りを徘徊する少女が現れる』と――


 シャーナル皇女がそう読み終えると「これはあくまで伝記」と締め、御伽話やそういった類として受け留めておきなさいと神妙な顔で聞いていたロゼットに言い聞かせる。


「その後、少女はどうなっちゃったんですか?」と訊ねるロゼットに対して首を振るシャーナル皇女。


「それは私達がそれぞれどう感じて見ていくか、あの後のこと…それを示すことなく終わったからこそ伝記として伝えられているのよ」


 伝記はその人物の史実の功績を描かれるものであることがほとんどだが、この伝記の場合作者の旅路の中で観たものを御伽話という形で残したのであろうと。そう語りかけるシャーナル皇女の表情は今までに見たことがないくらいに優しい表情にロゼットの目には映っていた。


 列車に揺られ外を眺めている間にロゼットは眠りについていた。


「子供ってのは忙しい生き物ね」と呆れつつも彼女を就寝用のベッドへと運ぶシャーナル皇女とセルバンデス。


「本当は妹君が出来たようで喜んでいるようにも見えましたぞ」


「こんなじゃじゃ馬が妹なんて悪い冗談ね」そう皮肉な口調で言うシャーナル皇女だがロゼットの寝顔を優しい表情で見つめる。


「ニグルムプエラ…ですか」セルバンデスがそう発した。


 それはこの地にて伝わる『魔物』の名で夜な夜な泣きながら徘徊するという黒い少女の姿をしている。またの名を『バンシー』と呼ぶ。


 この伝記の筆者はこの魔物を実際にあったであろう宗教弾圧と絡めて書いたのではないかとされている。


「あの話、賢人のあなたはどう思う?」セルバンデスに問うシャーナル皇女。


「皮肉でございますか?」


「さっきのお返しよ」


二人の他愛もないやり取りの後セルバンデスは考え答える。


「私にはわかりかねますね。人間が神と崇めるものは結局偶像であって、虚像。その中に道徳を見出すことを意義とするのだろうが、教えを盲信することが道徳であるはずがないとは思いますね」


 そう答えるセルバンデス。同じ宗派でありながらも過激な思想に染まってしまったことで本来宗教であるべきはずの隣人愛よりも『教え』を盲信してしまったことで起こる弾圧、戦争。


「宗教と道徳は同じものではないわ。個人の思想そのものが生み出す考え方を元に宗教が生まれる。他人の持っている道徳が必ずしも宗教に繋がるわけではないでしょう?」


 シャーナル皇女はセルバンデスの答えに更に応えて、そしてこう続ける。


「道徳とは他人の考え方を素直に受け止めることが出来て自分の中でも反映させることができる。でも決して他者に染まるのではなく自分の意志も間違いなく伝えることができる人が持つ、活力なのではないかしら」


 少なくとも他者を否定することが道徳ではない。それは思想であって道徳とは非なるもの。隣で眠るこの少女のように何事も素直に受け止めることの出来る人物が持っている心の在り方こそ道徳なのだとシャーナル皇女は締める。


「昔あなたがまだロゼット殿と同じ年頃にも読んだことがありましたな」そう訊ねるセルバンデスの横顔に対して、すぐにいつもの冷たい表情に変わるシャーナル皇女。


「忘れたわ、そんなこと」と返した。





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