インペリウム『皇国物語』

funky45

16話 安寧と静寂

 静寂の闇夜――
 ドラストニア王都、城下町はまだ賑わっている中、王宮はすでに静寂に包まれていた。虫や動物の鳴き声だけが僅かに聞こえ夜風が王宮の隙間を駆け巡り、時折歌声のように聞こえる。
 深い闇夜に点々と輝く星々と月の光が王宮を照らす。廊下は静まり返り、足音一つだけでも響く中裸足で歩く音が僅かに響き渡る。こんな深夜にも関わらず歩き回るロゼットの姿があった。


 彼女の向かう先は図書館――


 扉は既に鍵が掛けられ閉ざされており、先日発見した『隠し扉』から入り込む。正面の扉の両脇にある柱のうち右側の三つ目の柱にわずかなくぼみがあり、そこを押すと図書館に接する壁が僅かに開くというものである。どういった仕組みなのかはロゼットには理解できなかったが子供心を射止めるには十分な仕掛けであったとか。


 目的のものを探すために図書館を物色し、民族・文化・種族・生物の棚を探索。


「あ、これかな?エンティア生物書…?って読むのかな」


『エンティア』という単語は以前に勉強会で目にしたことがあるロゼット。本を開くと手書きの絵画で姿形の大まかな図が描かれながら生物や種族の解説や歴史、文化などが記載されていた。


 ◇


 遡ること数日前――


 ロゼットはいつものようにセルバンデスと勉強会を行なっていた。歴史や文化、地域による主流の特産品、それによって貿易で行なわれる際の物流とそれぞれの政治について。そもそもまずここが『エンティア』と呼ばれており、ロゼットの知るところの『世界』という概念にあたると理解していた。


 そんな『エンティア』は大きく東西南北のそれぞれ4つの大陸に分けられ、ドラストニア王国はそのうち東大陸の中部に位置しており他国との交流も比較的行ないやすい場所に位置している。
 そしてそれらの国々を含むこの大陸を『ユーロピア大陸』と呼ばれていた。


 ユーロピア大陸は北部の広大な草原地帯を持ち、鉱物資源と水資源に富んでいる。特にドラストニアは四季の変化が顕著である珍しい国であり、農産業が主流の国。


 貿易面ではこの農産物を主流とし、鉱物資源の取引を行なっていた。貿易を開始したことにより他文化と触れ合う機会も増え、領地内では異種族の姿も増えたという。


「センセー質問です。」とロゼットが学校の教師に対してするように訊ねる。


「どんな種族がいるんですか??」


 彼女は異種族についてセルバンデスに訊ね彼はそれに答えた。


「現在の東大陸では私のようなゴブリンを含み、政治形態を持つものは、インペル、獣人、オーク、ドラゴニアン(リザードマン)が主だと」


 獣人、オーク、リザードマンとなんとなくファンタジーの物語に出てくる存在を想像するがインペルという種族に関しては初めて聞く。


「インペルってなんですか?」


「実際には人間ヒュームと大差ございませんね」
 と答える。


 違いというものは『インペル』と呼ばれる人種には美しい女性しか存在しないようである。その美しさは晩年を経ても尚続くと言われているとか。特徴は美しい姿に左右非対称の目の色、背中に僅かな紋様が浮かび上がっている点である。


「ほぇー…美人さんばかりでお婆ちゃんにもならないんだ」


「さぞ楽しいでしょうな。そんな美人ならお目にかかりたいものです」と返すセルバンデスに少し悪戯っぽく訊ねるロゼット。


「セルバンデスさんも美人さん好きなんですね」


「ええ勿論。一般論ですよ、特に豊満な女性は魅力的です」


 顔つきは真面目でも自分の煩悩をさらけ出すセルバンデスに対し少し怪訝な顔で見つめるロゼット。自分の胸元に手を当てながらそのうち大きくなると呟き先程疑問に思ったことを述べる。


「聞く限りだと人と変わらないのにどうして異種族という扱いなのですか?」


 ロゼットの素朴な疑問にセルバンデスは難しい顔をして答える。


「人の社会については私自身もまだ研鑽を積んでいる半ばですが一つは宗教的な問題に起因しているでしょう」


「宗教ですか…?」


 ロゼット自身宗教に関してはまるで知識もなければ敬虔な信者というわけでもないためあまり理解がなかった。
 多くの場合女性の魅惑的な姿形は悪魔の誘惑とも取られるようで『インペル』は悪魔の化身ではないかと宗派によってはかなり過激な考え方が為されているようである。


「えっと……その…女の人の身体が良くないってことなんですか?」少し恥ずかしがる仕草で訊くロゼット。


「若い女性…という存在がそうなのかもしれませんね。敬虔な女性信者は慎ましく、清楚であること。という概念が彼らにはあるのでしょうな」


 あまりしっくりこないというよりも納得が出来ない様子のロゼット。宗教的な考え方はそれに留まらず、リザードマンやオークのような『力』に長けた存在はいずれ悪魔に魅入られるなど特定の動物の肉食を禁じるなど疑問に思うような戒律や掟が設けられていることに驚いていた。


「人の社会ってなんか難しいですね…」


 自分も人間であるがそれ故に理解できないこともあり少し考えさせられた。呟くロゼットに対して、セルバンデスも同調していた。


「人は知識と知能を持つ故、自らを縛り付ける決まりを作り、その中で生活していくというものでしょう」


「他の生物にも当てはまりますが、宗教的な考え方を持つ命はおそらく人間だけかと」


 けれど人間を準位に考えるということは本当にそれで良いのだろうか?
他の種族も社会形態を持ち生活しているのであれば彼らと交流を深める際にはどうするのだろうと疑問が湧く。  


「友達になる時とかどうするんだろう…。それとも関わり合いにならないように避けるのかなぁ」


 ロゼットは異種族の生活や特質に対し興味を抱くようになり、度々図書館で本を探すようになっていた。  




 ◇


 ――そして現在に至り
 ユーロピア圏内の種族や生物に関しての書物を読み漁っていた。
 元々図鑑を読むのが好きだったためか幼い彼女でもスラスラと内容が頭に入ってくる。深夜にまで読みに来る程に興味を持ち、新しい生物の項目を見つけるたびに何度も読み返していた。 


「やっぱり教えてもらったことしか載ってないなぁ」


 しかし読み返すたびに基本的には同じ事しか書かれていない。魔物は邪悪な生き物、異種族は人とは相容れないなどどれも人間の観点から書かれたものばかりであった。


「かと言って他の種族の書いた文書なんて置いてないし」


 難しく考えていると入り口の方から声が聞こえてくる。


「誰かいるのか?」


 聞き慣れた声が飛んできてもう休んでいたと思っていたから少し意外であったがおそらく見回りをしていたのだろうと思い、ロゼットは本棚から少し顔を覗かせて挨拶をする。


「あ、こんばんは」


「ロゼット様?こんな夜更けにいかがされましたか?」
 彼女だと気づいた紫苑は怪訝そうな顔で訊ねる。








 深夜の廊下を二人で歩きながらロゼットは事情を説明、というよりも言い訳をしていた。


「そうでしたか。こんな夜更けまで勉強をなさっておられるとは」


 紫苑は感心した様子だったがロゼット自身はむしろ興味を持った分野で好きなようにしてただけなので勉強と言われ褒められると内心少し後ろめたさのようなものを感じていた。


「それで今日は何か収穫でもございましたか?」冗談っぽく勉強の成果を訊ねる紫苑に対して唸るロゼット。
 少し考えたあと、躊躇うように尋ねた。


「紫苑さんは…ドラストニアに来たときどんな感じだったのですか?」


「どんな…とは、周囲の反応がという意味でしょうか?」


 先ほどの調べ物の話から察した紫苑はそう聞き返し、ロゼットは頷く。


「難しい話ですね。反響が大きかったのはやはりアズランドの方でしょうか」


 そう話す紫苑に対して謝るロゼットだが、紫苑は気にしないで欲しいと一言被せる。ドラストニア側からはあまり大きな反応は無かったそうである。実際に紫苑の影響もあり、軍備の強化にも繋がったことや特に他者への接し方には十分に注意を払っていたそうだ。


「ロゼット様はいかがでしょうか?」


「へ?私ですか?」と素っ頓狂な声を出してしまい少し顔を赤らめるロゼット。


 自分に強く当たるシャーナル皇女。
 彼女とは鍛錬場の一件以来、鍛錬に度々付き合わされているようだ。最近手に血豆が出来たようで勉強会で筆を握る際も四苦八苦している様子をセルバンデスに心配されている。疑いの目を向けているポスト公爵やロブトン大公からもシャーナル皇女ほどではないにしろ晩餐の際に色々と探りをいれられるような会話をされている。


「でも最近やっとメイドさんのお仕事が慣れてきましたのでメイドさんたちとは仲良く出来てます」


 一番の自分と関わり合いのある事柄については問題は解消されつつある。
 しかしメイド長からはセルバンデスやラインズと交流があることをあまり快く思われていないようでロゼットの仕事の粗を探しては厳しく追求するといった現状を説明する。


「やはり正体を隠しながらの生活は厳しいようですね」


 心配そうに見つめる紫苑に疲れた様子で答えるロゼット。


「確かにちょっと色々覚えることもあったり、やっと慣れてきたのに…嫌な顔されますし…」


「というか私だってやりたくないお仕事でも一生懸命やってるのに周りはガミガミ言いますし!」


「ラインズさんなんてたまに遠くからニヤニヤした表情で見てきて…私馬鹿にされてるんじゃないかな!?そう思いませんか!?」


 段々と内に溜め込んでいたものが暴走し途中からは怒りの感情で発散をしているようであった。それにハッと気づいたのか我に返り、紫苑に当たってしまったことを反省し謝罪していた。


「ご、ごめんなさいっ。なんか無茶苦茶言ってて…紫苑さんにこんなこと言っちゃうなんて」


 しかし紫苑は気にする様子でもなく、微笑んでいた。


「やはり貴女は面白いお方です」


「むぅ…紫苑さんまで馬鹿にして…」


 ロゼットが拗ねるような仕草で消え入るような声でぼやくと紫苑は彼女の前に跪いて彼女の目を見る。真剣な眼差しに少し胸が高鳴るロゼット。


「ロゼット様はどんなことに対しても一生懸命に取り組まれております。だからこそ貴女を快く迎えてくれている人もいます」


「私はそんな貴女をお慕いしております。今の貴女がいるからこそ私はここにいられます」


 真っ直ぐな目でそう言われ、深夜の月明かりで白く輝くロゼットの頬は熱を帯び赤く染まっていた。そんな真っ直ぐな目に対して目を逸らし、困ったような表情をしながらもどこか嬉しさが混じる。
 言葉に出来ない感情が駆け巡っていた。そんなロゼットの様子に紫苑は彼女の手を取り微笑むと彼女も笑顔で返した。



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