インペリウム『皇国物語』
10話 王族と軍人
静寂の夜、牢獄の中で一際目立つ輝き。栗色の美しい髪に長い睫毛、そして碧い輝きを放つ眼光。顔立ちも整い、その人は見るものを圧倒する美しさを誇る。
「食事はちゃんと摂っているのね」
紫苑の足元に置かれた食器を見て、問いかけのような、独り言のような意味有り気な言葉がこだまする。
「ええ、感謝しております……」
紫苑の足枷を一瞥した後「その鎖がなければ満足なのでは?」シャーナル皇女の問いかけに彼は沈黙する。大人同士のやり取りをみていると物凄く緊張し、先程までとは変わり重たい空気が張り詰め喉がカラカラに乾いていく感覚。端から見ているロゼットでもそれを感じていた。
「私に会いに来たということは王位継承は進んでいないようですね」
紫苑がそう呟くとシャーナル皇女も見透かされたのかバツの悪そうな顔つきになるがすぐにいつもの澄ました顔に戻っていた。
「貴方から返事を待っているのよ。そうでなければこんな場所に好き好んで来ましょうか?」
「案外悪いものでもないですよ。己のあり方を考えさせられます」
皮肉のように答える。先ほどの返事というものが気になりその場に留まって話を聞いているロゼット。紫苑は投獄されているもののシャーナル皇女の引き抜きにあっているようであった。
「そこまでしてアズランド家に何の義理があるの?あなたを売り渡した相手でしょう?」
「ただの意地です」
投獄されていることを彼は『意地』だと答え、勧誘を受け入れなかった。
「そんなに頑固者だったかしら?」
「私は……あなた方からすればただの裏切り者でしょう」
頑なにシャーナル皇女の勧誘を断る紫苑。やはりアズランド家に縁のある人物、紫苑も同じように国に逆らったから投獄されたのか。
けどそれならシャーナル皇女の登用動機がわからないままだ。そういう人物を特に毛嫌いしていそうな印象があるためロゼットにとってはこの行動の理由がわからなかった。はたまたやはり紫苑に事情があってことなのか。
「貴殿の守るべきものはこの国ではないのか?」
シャーナル皇女の問いかけに、紫苑は遠目で「紛れも無くこの国のために」と答える。
「軍人にそのようなことを問うとは…あくまで私は国民のための「刃」です。」
これにシャーナル皇女は切り返した。
「その国を動かしているのは誰かわかっているのか?」
紫苑も反論する。
「民なくしては国は成り立ちません。我々は少なくとも我が国を愛してくださる国民のために尽力する。軍人に政治的な思想はありません。」
国を動かす王族、もとい主君とそれを支える国民。どちらを失っても国というものは成り立たない。
それはロゼット自身も幼いながら理解をしようとしていた。軍人は国を守るために仕える主以外には左右されない。その主も間違いなく「国」である。
「国民は多く存在し、一人の命の重さにも限度がある。だが王となればどうか?」
シャーナル皇女は更に続ける。
「指導者とはその一人しかいない、失ってしまえばそれで終わり。貴方の主君とてそうでしょう?」
「臣下とは常に主君の裁量によって左右される、同時に従うべき主君かどうか見極めることも必然。そして主君も…」
「才覚ある臣下を見極める眼を持ち合わせねばならない」
付き従うべき主君は誰なのか、その答えを紫苑は出すことは出来なかった。シャーナル皇女の言葉には確かに正論は存在する、しかし頭では理解出来ていてもそれを自分の中で押し通すことは出来ない。
信念、理念の違いか、思想、主義か。
綺麗な言葉で飾るよりも現実を見据えている考え方には理解を示せる。
しかし同調は出来ない。
「残念ね、貴方はもう少し利己的になれば生きやすいでしょうに」
そう言い放ち地下室を後にしようとするが、ふと立ち止まる。何かを感じ取ったのか僅かに「この匂い…」と呟いたのをロゼットは聞き逃さなかった。
「そういえばハウスキーパーに新顔が増えていましたわ。有識者の娘と言われていたわね…。随分と幼い娘に見えたけど」
「その割には随分と整った身なりをしていたように――…」
紫苑はその言葉にロゼットのことを思ったが、表情には全く出さずに「そうですか」とただ一言発しただけだった。
◇
自室へ戻りベッドへ横たわる。
恐ろしく勘の鋭いシャーナル皇女に恐怖とも敬意とも言い知れぬ感情を抱き、紫苑さんの境遇は予想通りであった。
「紫苑さんはアズランド家の人で、ドラストニアに対して敵対したのかな…」
そんな感じは全くしなかった。むしろドラストニアのため、国民のために戦おうとする軍人だった。そんな真っ直ぐな紫苑さんを信用しているからこそシャーナル皇女は引き抜こうと考えていたのかもしれない。信用しているからこそ自分の考え方も直接ぶつけていたとしたら…。
「シャーナル皇女も普通にお願いをしたら紫苑さんも納得してくれそうなのに」
王族が頭を下げて頼み込むなどこの時代では到底考えられないようなことなのかもしれないけど、誰かに頼み込むということ自体が自分の恥も捨てる行為なんじゃないかな…。そうまでしても紫苑さんのことを欲しいと言っているのだ。
紫苑さんもそれに王家に関わる軍人。立場としても互いに決して大きな身分差があるわけでもないのに王家のそういうところはどうにも理解できずにいた。
疲れが溜まっていたのかうとうととし、眠りについていた。
どれほど時間が経ったのかわからないけれど再び目を開いた時、妙な音を聞く。遠くからまるで花火を上げるような高い音が段々と近づいてくるのがわかった。
「食事はちゃんと摂っているのね」
紫苑の足元に置かれた食器を見て、問いかけのような、独り言のような意味有り気な言葉がこだまする。
「ええ、感謝しております……」
紫苑の足枷を一瞥した後「その鎖がなければ満足なのでは?」シャーナル皇女の問いかけに彼は沈黙する。大人同士のやり取りをみていると物凄く緊張し、先程までとは変わり重たい空気が張り詰め喉がカラカラに乾いていく感覚。端から見ているロゼットでもそれを感じていた。
「私に会いに来たということは王位継承は進んでいないようですね」
紫苑がそう呟くとシャーナル皇女も見透かされたのかバツの悪そうな顔つきになるがすぐにいつもの澄ました顔に戻っていた。
「貴方から返事を待っているのよ。そうでなければこんな場所に好き好んで来ましょうか?」
「案外悪いものでもないですよ。己のあり方を考えさせられます」
皮肉のように答える。先ほどの返事というものが気になりその場に留まって話を聞いているロゼット。紫苑は投獄されているもののシャーナル皇女の引き抜きにあっているようであった。
「そこまでしてアズランド家に何の義理があるの?あなたを売り渡した相手でしょう?」
「ただの意地です」
投獄されていることを彼は『意地』だと答え、勧誘を受け入れなかった。
「そんなに頑固者だったかしら?」
「私は……あなた方からすればただの裏切り者でしょう」
頑なにシャーナル皇女の勧誘を断る紫苑。やはりアズランド家に縁のある人物、紫苑も同じように国に逆らったから投獄されたのか。
けどそれならシャーナル皇女の登用動機がわからないままだ。そういう人物を特に毛嫌いしていそうな印象があるためロゼットにとってはこの行動の理由がわからなかった。はたまたやはり紫苑に事情があってことなのか。
「貴殿の守るべきものはこの国ではないのか?」
シャーナル皇女の問いかけに、紫苑は遠目で「紛れも無くこの国のために」と答える。
「軍人にそのようなことを問うとは…あくまで私は国民のための「刃」です。」
これにシャーナル皇女は切り返した。
「その国を動かしているのは誰かわかっているのか?」
紫苑も反論する。
「民なくしては国は成り立ちません。我々は少なくとも我が国を愛してくださる国民のために尽力する。軍人に政治的な思想はありません。」
国を動かす王族、もとい主君とそれを支える国民。どちらを失っても国というものは成り立たない。
それはロゼット自身も幼いながら理解をしようとしていた。軍人は国を守るために仕える主以外には左右されない。その主も間違いなく「国」である。
「国民は多く存在し、一人の命の重さにも限度がある。だが王となればどうか?」
シャーナル皇女は更に続ける。
「指導者とはその一人しかいない、失ってしまえばそれで終わり。貴方の主君とてそうでしょう?」
「臣下とは常に主君の裁量によって左右される、同時に従うべき主君かどうか見極めることも必然。そして主君も…」
「才覚ある臣下を見極める眼を持ち合わせねばならない」
付き従うべき主君は誰なのか、その答えを紫苑は出すことは出来なかった。シャーナル皇女の言葉には確かに正論は存在する、しかし頭では理解出来ていてもそれを自分の中で押し通すことは出来ない。
信念、理念の違いか、思想、主義か。
綺麗な言葉で飾るよりも現実を見据えている考え方には理解を示せる。
しかし同調は出来ない。
「残念ね、貴方はもう少し利己的になれば生きやすいでしょうに」
そう言い放ち地下室を後にしようとするが、ふと立ち止まる。何かを感じ取ったのか僅かに「この匂い…」と呟いたのをロゼットは聞き逃さなかった。
「そういえばハウスキーパーに新顔が増えていましたわ。有識者の娘と言われていたわね…。随分と幼い娘に見えたけど」
「その割には随分と整った身なりをしていたように――…」
紫苑はその言葉にロゼットのことを思ったが、表情には全く出さずに「そうですか」とただ一言発しただけだった。
◇
自室へ戻りベッドへ横たわる。
恐ろしく勘の鋭いシャーナル皇女に恐怖とも敬意とも言い知れぬ感情を抱き、紫苑さんの境遇は予想通りであった。
「紫苑さんはアズランド家の人で、ドラストニアに対して敵対したのかな…」
そんな感じは全くしなかった。むしろドラストニアのため、国民のために戦おうとする軍人だった。そんな真っ直ぐな紫苑さんを信用しているからこそシャーナル皇女は引き抜こうと考えていたのかもしれない。信用しているからこそ自分の考え方も直接ぶつけていたとしたら…。
「シャーナル皇女も普通にお願いをしたら紫苑さんも納得してくれそうなのに」
王族が頭を下げて頼み込むなどこの時代では到底考えられないようなことなのかもしれないけど、誰かに頼み込むということ自体が自分の恥も捨てる行為なんじゃないかな…。そうまでしても紫苑さんのことを欲しいと言っているのだ。
紫苑さんもそれに王家に関わる軍人。立場としても互いに決して大きな身分差があるわけでもないのに王家のそういうところはどうにも理解できずにいた。
疲れが溜まっていたのかうとうととし、眠りについていた。
どれほど時間が経ったのかわからないけれど再び目を開いた時、妙な音を聞く。遠くからまるで花火を上げるような高い音が段々と近づいてくるのがわかった。
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