インペリウム『皇国物語』

funky45

7話 派閥 

 夜、会食の場にて高官や王家に縁のある有識者たちとの初めて顔見せとなる。そう……お披露目と聞かされていたはずなのに


「あれ…私メイドさんでしたっけ??」


 現代で言うメイド服だけど、こういうときは女中の制服といったほうがいいのかな?
 というよりも私のサイズに合う服があったことに驚いているけどどうして私がメイド服を着るのかという疑問に対して陽気な声が返ってくる。


「いきなりお嬢を継承者第一位として説明するよりもまずは見つかったとだけ報告さ」


「さっきの話みたいにいきなり演説なんて出来ないって言ってたろ?」


 確かにそんな場に担ぎ出されても困惑することは必至。その場の勢いに飲み込まれてしまいそうで逃げ出したくなってしまうかもしれない。
 しかしセルバンデスさんは険しい表情で聞いていた。


「陛下となるお方が侍女紛いなことを…」


「おいおい腰元も立派な仕事だぞ?知らないだろうけどウチのメイドはみんな募集して選んだ志願者ばかりなんだ」


「へぇ…なんか意外」


 雰囲気としては中世のような時代をイメージしていたからこういう時代でのお手伝いさんのような人はみんな国王や偉い人によって連れてこられたり奴隷みたいに無理矢理と思っていたから少し意外に思えた。


「他の国じゃどうか知らないが、そういうことには随分と気を遣ってる方だよ」


「元はといえばお后様を選ばれる指標でもありましたから良家から選ばれることもごさいました」


「花嫁修業みたいなものですか?」


「鬼嫁育成みたいなもんじゃないか?」


 慣わしなのかもしれないし、そういう取り決めなのかもしれない。他国のお姫様と結婚というよりもシンデレラストーリーのように思える。


「中には憧れて来ることもあるんじゃないですか?」


 少し冗談ぽく言ってみると、ラインズさんは少しうんざりしたような顔をして笑っていた。


「そういうミーハーな人間も本当に来るから困るんだよ。中流家庭でもハウスキーパーは雇ってるのに王族となると競争率が異常だからな」


「お金持ちに憧れるのはどの時代も変わらないなぁ」


 私は自分の衣装のサイズを気にしながら言っているとセルバンデスさんが意味深な返事をする。


「本人に意志が無くても家主がそうさせる例もございましたね」


 それを聞いて思わず動きを止めてしまう。


「それって…」


 昔といっても私の生きていた現代だけれどドラマで家族の人間がお金持ちの家に娘を売り渡すというような話を観たことがあった気がする。内容は覚えていなかったけどそのシーンだけは幼いながら印象に残っていた。


 なんとなくこの制服があった理由がわかった気がする。


「そういう人間もいるってことだ」


 ラインズさんは吐き捨てるように呟いた。



 ◇
 案内された時に見たことがあったけれど会議室と食堂とは別に会食の場として利用される『円卓』。
 円卓を十数名の高官、そして王家の人間が取り囲むような形で会食が行われた。その中には勿論ラインズさんも含まれていたが意外にもセルバンデスさんの姿はなかった。


(セルバンデスさんも高官だったはずでは…?)


 疑問に思いながらも私は配膳を行いながら各々の顔を横目に見ていた。
 ラインズさん達から言われていたけどまずは人の顔を覚えておくということ。誰がどんな発言をしたのかちょっとしたことでも構わない、まずは物事をよく見ろということだった。


「御機嫌ようラインズアーク皇子」


 カール掛かった栗色の美しい髪に鋭そうな目つきだが長い睫毛に私と同じ碧眼の女性の声が鋭く響いた。


「あぁ、シャーナル皇女、ご機嫌麗しゅう」


 フランクな喋り方をしていたラインズさんがこういう場での喋り方を聞くと少し笑えてしまうがグッとこらえる。


「王位継承権は放棄されるとお聞きしましたが、本日はどのような用件で参加をされるのでしょう?」


 ものすごく嫌味ったらしくシャーナル皇女と呼ばれる女性はラインズさんを牽制していたけれど、のらりくらりとかわすあたり普段と変わらないと改めて思う。
 そこへ数名の男性も会話に参加してきた。名前を聞いてわかったのは口ひげを蓄え髪の毛を後ろに流している男性は「ポスト公爵」、もう一人は短髪でひ弱そうな外見とは裏腹に喋り方はしっかりとしていた「ロブトン大公」と呼ばれている人であった。


「そういえば新しい情報が入ったという噂を見聞きいたしましたが…。ラインズ殿か、はたまたロブトン大公か。私ではわかりかねます」


「ポスト公爵の情報量には相変わらず驚かされます。実は私もそのような話を伺いまして、全く同じ考えをしてましたよ」


 なんというのかすごく回りくどいというか言い方が遠まわしに聞こえて聞き辛い。王族というか、地位のある人たちの会話ってこんなに相手の顔色を探るような話し方をするのかなと生き辛い界隈なのかと今後自分ももしかしたら入り込むのだと考えると頭を抱えたくなる。


「お二方、それらの話も踏まえて今回私も参加させていただくことになりました。まずは食事を堪能いたしましょうか」


 それすらも気にせずラインズさんは内容は明かさずに席に座るように促す。
 しかしシャーナル皇女が私のほうを見て言い放った。


「あら、アレもその新しいものなのかしら?」


 私のほうを見て名指しをするかの如く、強い視線を向けてきた。


「あ、あの…私が何か…?」


「何か?じゃないでしょう?あなた何処の出身なのかしら?」


 その質問にラインズさんが割り込もうとするけれど、シャーナル皇女に遮られる。
 曰く彼女自身に問いかけているのだと。けれど、こういう質問を投げかけてくるであろうと実はラインズさんとセルバンデスさんと予習済みだったため私はそのままに答える。


「ドラストニア近郊、アザレスト深緑出身です。」


「ふーん、貴族の娘ですらなかったの?農村地区出身者がどうしてここでハウスキーパーを?」


 私に歩み寄ってきて周りを歩きながら物色するように見ている。


「彼女はちょっと特殊でな、貴族ではないが親戚が有識者だったことからここで学ばせて欲しいと頼み込んだんだ」


 ラインズさんが助け舟を渡してくれ、少し安堵するも『頼み込んだ』という言葉にシャーナル皇女は強く反応を示していた。


「あなたが頼み込んだ?それほどの有識者なんて聞いたことありませんわね。それとも彼女『翔龍しょうりゅう』の親戚か何かかしら?」


 どうもカンに触ったようなのか、先程とは違い更に強く絡みつくような口調で責めていた。
 この『翔龍』という言葉の意味だけはよくわからなかったけれどラインズさんはそうでないとしか答えなかった。


「まぁどうでもいいけど、ウチの品位を落とすようなことだけは勘弁願いたいわね」


 そう言って席へつく。公爵や大公の二人も同調するような雰囲気であり。新しいメイドが子供ということに不安を抱くのはわかるけどあそこまで露骨に嫌がられるとかなり落ち込むし、私だって好きでやっているわけじゃないのにと、なんだか悔しい気持ちになるがあんなに口達者な人とまともに口論も出来そうにないと大人しく仕事を続けるしかなかった。


 ある程度準備が終わり、円卓から出るとセルバンデスさんが耳打ちをしてきた。


「あの三名はそれぞれ長老派と呼ばれ、それぞれが王位を狙い現在王位継承の派閥争いをしております」


「あの三人は味方同士ではないのですか??」


「同じ長老派でも自身が成り上がりたいという野心を剥き出しにしていますからね…とくにロブトン大公は」


 あのひ弱そうな人が一番野心家だというのは意外に思えた。


「あの人一番頼りなさそうに見えますけど…」


「シャーナル皇女には長老のお墨付き、ポスト公爵には高官に多くの支持者がおりますし、自分には高説以外に何もないとわかっているからこそ権力への執着が強いのです」


 辛辣に評しているセルバンデスさんの説明を受けて、三人がそれぞれラインズさんに敵視を送り続けているのは長老派ではないからなのか。それとも何か別の理由があるのか定かではないがラインズさんとセルバンデスさんの立場としては国王派と呼ぶものだとは理解できた。


 そんな三人を相手取っても態度が変わらず動じていないラインズさん。こういうところを見ると流石というのかラインズさんを見て少し尊敬しそうになった。


 そう、あくまでそれはほんの一瞬だけ。その後裏であからさまに嫌そうな表情に変わっていたのを私は見逃さなかった。これも人付き合いの形なんだな、と溜め息を吐く。





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