初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが
114話
「──うわっ、わあ?!」
小鳥遊を抱え上げたまま、『魔国』の王宮内を駆け回る。
──聡太を追って来る気配。これはおそらくアリアだ。
そして──壁を破壊し、無理矢理道を作って近づいて来る気配。これがレオーニオ。
【気配感知“神域”】をフル発動し、迫る二匹の『十二魔獣』から逃げ回る。
──と、何かを感じ取ったのか、聡太が顔を歪めて急加速した。
「ふぅ──ッ!」
左手だけで小鳥遊を抱え、右手で『黒曜石の短刀』を抜いた。
──聡太の正面から、白色に輝く矢が迫っている。
『黒曜石の短刀』で矢を全て弾き落とし──バッと、聡太が壁へ視線を向けた。
──ドゴォォォォォンンッッッ!!!
「ガルァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「このッ、デタラメが……ッ!」
通路を作って現れたレオーニオが、雄叫びを上げて剛爪を振り下ろした。
ギリギリで剛爪を躱し、カウンターに『黒曜石の短刀』を振るおうと──して、素早くその場から飛び退く。
直後──先ほどまで聡太のいた場所に、無数の矢が突き刺さった。
──ズドドドドドドッッ!!
矢の威力で王宮の床が抉れ飛び──吼えるレオーニオを前に、聡太は息を吐き出した。
「はぁ……ッ!」
ボルンゲルンの放つ矢は、遠藤の【自動追尾】と同じく、狙った相手を追い掛け続ける。
弾き落とす等、矢の威力を殺さなければ──永遠に相手を追い掛けるのだ。
その威力は、遠藤の放つ魔力矢とは比べものにならない。一発でも食らえば、間違いなく動けなくなる。
「面倒だな……!」
「古河くん……」
「俺は大丈夫だ。小鳥遊は? 酔ったりしてないか?」
「う、うん! 大丈夫だよ!」
「そうか。とりあえず、魔法だけは切らさないでくれ」
「わ、わかった!」
小鳥遊の『エクス・パワード』により、聡太の力は跳ね上がっている。
加えて、【憤怒に燃えし愚か者】と【血の盟約】の発動。さらに、三重強化した『剛力』で、今の聡太は過去最高の力を持っている。
それでも──『十二魔獣』三匹から逃げるとなると、かなり無理がある。
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「チッ──!」
飛び掛かってくるレオーニオの剛爪を弾き、迫る矢を避ける。
嵐のように襲いくる攻撃を避け続け──背後に凄まじい殺気。
振り返りながら思い切り身を屈め──聡太の顔面のあった所を、鉄扇が穿った。
「あら、避けられてしまいましたわ」
「アリアッ……!」
連続で閃く鉄扇を躱し、風を斬りながら迫る剛爪を短刀で受け止めた。
──正面から戦っていては、キリがない。
「クッソ──がぁッッ!!」
聡太が思い切り地面を踏み込み──辺りが砂煙に包まれる。
一気に廊下を走り抜けて『十二魔獣』と距離を取り、聡太は二階へと続く階段を駆け上がった。
「チッ……どんどん追い詰められてんな……!」
着実に逃げ場を潰され、不利な所へと追い込まれている。
これ以上、上の階に行くわけにはいかない──絶対にここで逃げ切る。
近くにあった大きな扉を蹴破り、転がるようにして中に飛び込み──
「──ほう」
──失敗した。
部屋の中にいたソイツを見て、聡太の本能は危険信号を発した。
身長二メートルほど。赤黒い髪に、桃色の瞳。禍々しい鎧に身を包んでいるが、鎧の下には強靭な筋肉を纏っている事がわかる。
聡太の姿を見たソイツは、どこか嬉しそうに口の端を歪め──聡太の体が、金縛りにあったかのように動かなくなった。
「……まさか、アイツらから逃げてここに来るとは思っていなかったぞ。それに、その覇気……なるほど、ヘルムートを倒したというのも納得だ」
「お前……何者だ」
大男の言葉を聞いて、ようやく聡太の口に自由が戻る。だが、体の震えは止まらない。
震えを必死に隠しながら、聡太は小鳥遊を地面を下ろした。
そして──『黒曜石の短刀』を鞘に収め、『紅桜』を抜いた。
「……そうだな。貴様には、名乗らねばなるまい」
大男が玉座から立ち上がり、近くにあった片手剣を手に取った。
──まるでチェーンソーのような片手剣だ。
フォルテの大剣もかなり歪だと思ったが……大男の持つ片手剣は、もっと歪で不気味な形だ。
警戒心を剥き出しにする聡太を見下ろし、大男は堂々と名乗りを上げた。
「吾輩の名はドゥーマ。魔王 ドゥーマである」
「魔王……!」
大男の正体を知った瞬間、聡太が刀を持っていない方の手を持ち上げた。
だが──魔法を放たない。
否──放った所で避けられるとわかっているのだ。
「……………」
──これはマズい。
戦っても勝てない。逃げても追い付かれる。
何か……何か策は──
「──ぁ、がッ……?!」
突然、聡太がその場に膝を付いた。
胸に手を当て、何度も何度も荒々しい呼吸を繰り返し──
──ふっと、聡太の雰囲気が変わった。
「……うむ……?」
「ふ、古河くん? ど、どうしたの?」
小鳥遊の声を無視して、聡太は──否。聡太の姿をしたソイツは、右手に持っていた『紅桜』を鞘に収めた。
「貴様は……」
「──久しぶりだな、ドゥーマ」
──古河 聡太じゃない。誰だ、この人は。
ソイツの言葉を聞いた小鳥遊は、そんな事を考えた。
体は間違いなく聡太だが──口調が違う。雰囲気が違う。放つ覇気が違う。誰がどう見ても、聡太ではない。
「……ふっ、はははッ──はっはははははははははははッッ!! まさか! まさかここで会えるとは思わなかったぞ!」
「そうかよ。俺としては、永遠に会わなくても良かったんだが……コイツじゃお前の相手は荷が重いからな。俺が出る事にした」
「面白い! 面白いぞ! ユグル・オルテール!」
身に付けている『紅桜』や『白桜』を床に投げ置きながら、ソイツは──ユグルは小鳥遊へ視線を向けた。
「おう嬢ちゃん。ケガはないか?」
「あ……は、はい」
「よし。んなら、ちょっと離れてな」
『黒曜石の短刀』を抜き、ユグルが体の調子を確かめるようにその場で何度かジャンプする。
「……うーん……コイツ、思ったより筋肉が多いな。関節は……うわ、めっちゃ柔らけぇ。すげぇなコイツ」
「ユグル・オルテール! 手合わせを、手合わせをしようではないか!」
「あー? ……あー、そうだな……よし、久々にお前が満足するまで手合わせをしてやるよ」
「ほう……!」
「ただし、条件がある」
『黒曜石の短刀』を逆手に握り、ユグルは『憤怒のお面』の下で真剣な眼差しを魔王に向けた。
「お前が満足したら、コイツらの事を見逃してやってくれねぇか? コイツらはまだ未熟だし、今殺しても面白くねぇだろ?」
「良いだろう……! 良いだろう良いだろう! こんなに昂るのは、いつぶりだろうか!」
魔王の興奮を表すように、片手剣が回転を始める。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッ!! という機械音を立てて回転する刃の切っ先を持ち上げ、魔王が楽しそうに笑った。
「──魔王様!」
「お前らは手を出すな。そこの小娘にもだ。いいな?」
戦いの場に現れた『十二魔獣』に冷たく命令し、魔王がパチンッと指を鳴らした──瞬間、辺りに白く濁った魔法陣が浮かび上がる。
「おい嬢ちゃん。俺に支援の魔法を掛けてるだろ?」
「ひ、【光魔法】の事ですか?」
「それだ。悪いけど解除してくれねぇか? どうにも違和感があってな」
「わ、わかりました」
小鳥遊が『エクス・パワード』を解除した──直後、虚空に浮かぶ白く濁った魔法陣が強く輝いた。
「──『結晶技巧』、『ネオ・クリスタル・ジャベリン』」
魔王が低く冷たい声で魔法名を呟き──魔法陣から、無数の槍が放たれる。
半透明の結晶で作られた美しい槍の雨が、ユグルの体を貫き殺す──寸前。
「──堕ちろ。『ウル・グラビド』」
──辺りを不可視の重圧が覆い尽くした。
迫る水晶の槍を全て床上に押し潰し──瞬く間に無効化された己の攻撃を見て、魔王は心底楽しそうに笑みを深める。
「相変わらず、貴様の【重力魔法】は素晴らしいな! 吾輩の最上級魔法を、中級魔法で無力化するとは!」
「そうかよ……とっとと【大罪技能】を使ったらどうだ? 俺としても、早めにケリを付けてぇからな──てめぇの全力を叩き潰して、二度と俺と手合わせしたくねぇと思わせてやるよ」
「そうだな──では、そうするとしよう」
魔王がスッと瞳を細め──ドグンッ……ドグンッ……と、何かが脈打つような音が聞こえ始める。
魔王の体に銀色の線が浮かび上がり──魔王の右胸部が銀色に輝き出した。
桃色の瞳が銀色へと色を変え、赤黒い髪が銀色へと変色し──まるで聡太や火鈴が【大罪技能】を発動した時のような姿になる。
「……【憂鬱に呑まれ嗤う者】……いきなり“大罪解放”状態かよ」
「吾輩の全力を叩き潰したいと言ったのは貴様だろう? それより、貴様も早く“大罪解放”したらどうだ?」
「……そうだな……仕方ねぇ」
ユグルが全身から力を抜き──ドッグンッッ!! と、ユグルの体から一際大きな鼓動が響く。
そして──ブワッと、ユグルの髪が赤色に染まった。
「やはり、貴様の【大罪技能】は素晴らしい……! 吾輩の提案した通り、貴様が我々のリーダーだったら良かったのにな」
「アホ言え。リーダーはアルバトス以外に務まらねぇよ」
「ふん──そのアルバトスが原因で、我々は分裂したのにか?」
魔王の言葉を聞き、ユグルはお面の下で赤い瞳を細めた。
「お前は……まだ、ノアの事を……」
「当たり前だ。奴のせいで、ノアは──吾輩の伴侶は、殺されたのだからな」
「あれは……確かに、アルバトスはノアを殺した。だが、それは『森精族』を守るためであって──」
「『森精族』を救うためならば、ノアは殺されても仕方がないと? 貴様もそう言うのか、ユグル・オルテール?」
「そういうわけじゃ──はぁ……もういい」
心底面倒臭そうにため息を吐き──ユグルは『黒曜石の短刀』を構えた。
「俺の意見は、何百年経っても変わらない。ノアが殺されて、お前が絶望したのも理解している。だが──何の関係もない『人類族』を殺しまくったお前は、絶対に許せない。それだけは、越えてはならない一線だ」
「……そうか──ならば、もう言葉は不要だな」
「ああ──戦るか」
【憤怒に燃えし愚か者】vs【憂鬱に呑まれ嗤う者】。
『大罪人』と『魔王』の戦いが──今、始まった。
小鳥遊を抱え上げたまま、『魔国』の王宮内を駆け回る。
──聡太を追って来る気配。これはおそらくアリアだ。
そして──壁を破壊し、無理矢理道を作って近づいて来る気配。これがレオーニオ。
【気配感知“神域”】をフル発動し、迫る二匹の『十二魔獣』から逃げ回る。
──と、何かを感じ取ったのか、聡太が顔を歪めて急加速した。
「ふぅ──ッ!」
左手だけで小鳥遊を抱え、右手で『黒曜石の短刀』を抜いた。
──聡太の正面から、白色に輝く矢が迫っている。
『黒曜石の短刀』で矢を全て弾き落とし──バッと、聡太が壁へ視線を向けた。
──ドゴォォォォォンンッッッ!!!
「ガルァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「このッ、デタラメが……ッ!」
通路を作って現れたレオーニオが、雄叫びを上げて剛爪を振り下ろした。
ギリギリで剛爪を躱し、カウンターに『黒曜石の短刀』を振るおうと──して、素早くその場から飛び退く。
直後──先ほどまで聡太のいた場所に、無数の矢が突き刺さった。
──ズドドドドドドッッ!!
矢の威力で王宮の床が抉れ飛び──吼えるレオーニオを前に、聡太は息を吐き出した。
「はぁ……ッ!」
ボルンゲルンの放つ矢は、遠藤の【自動追尾】と同じく、狙った相手を追い掛け続ける。
弾き落とす等、矢の威力を殺さなければ──永遠に相手を追い掛けるのだ。
その威力は、遠藤の放つ魔力矢とは比べものにならない。一発でも食らえば、間違いなく動けなくなる。
「面倒だな……!」
「古河くん……」
「俺は大丈夫だ。小鳥遊は? 酔ったりしてないか?」
「う、うん! 大丈夫だよ!」
「そうか。とりあえず、魔法だけは切らさないでくれ」
「わ、わかった!」
小鳥遊の『エクス・パワード』により、聡太の力は跳ね上がっている。
加えて、【憤怒に燃えし愚か者】と【血の盟約】の発動。さらに、三重強化した『剛力』で、今の聡太は過去最高の力を持っている。
それでも──『十二魔獣』三匹から逃げるとなると、かなり無理がある。
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「チッ──!」
飛び掛かってくるレオーニオの剛爪を弾き、迫る矢を避ける。
嵐のように襲いくる攻撃を避け続け──背後に凄まじい殺気。
振り返りながら思い切り身を屈め──聡太の顔面のあった所を、鉄扇が穿った。
「あら、避けられてしまいましたわ」
「アリアッ……!」
連続で閃く鉄扇を躱し、風を斬りながら迫る剛爪を短刀で受け止めた。
──正面から戦っていては、キリがない。
「クッソ──がぁッッ!!」
聡太が思い切り地面を踏み込み──辺りが砂煙に包まれる。
一気に廊下を走り抜けて『十二魔獣』と距離を取り、聡太は二階へと続く階段を駆け上がった。
「チッ……どんどん追い詰められてんな……!」
着実に逃げ場を潰され、不利な所へと追い込まれている。
これ以上、上の階に行くわけにはいかない──絶対にここで逃げ切る。
近くにあった大きな扉を蹴破り、転がるようにして中に飛び込み──
「──ほう」
──失敗した。
部屋の中にいたソイツを見て、聡太の本能は危険信号を発した。
身長二メートルほど。赤黒い髪に、桃色の瞳。禍々しい鎧に身を包んでいるが、鎧の下には強靭な筋肉を纏っている事がわかる。
聡太の姿を見たソイツは、どこか嬉しそうに口の端を歪め──聡太の体が、金縛りにあったかのように動かなくなった。
「……まさか、アイツらから逃げてここに来るとは思っていなかったぞ。それに、その覇気……なるほど、ヘルムートを倒したというのも納得だ」
「お前……何者だ」
大男の言葉を聞いて、ようやく聡太の口に自由が戻る。だが、体の震えは止まらない。
震えを必死に隠しながら、聡太は小鳥遊を地面を下ろした。
そして──『黒曜石の短刀』を鞘に収め、『紅桜』を抜いた。
「……そうだな。貴様には、名乗らねばなるまい」
大男が玉座から立ち上がり、近くにあった片手剣を手に取った。
──まるでチェーンソーのような片手剣だ。
フォルテの大剣もかなり歪だと思ったが……大男の持つ片手剣は、もっと歪で不気味な形だ。
警戒心を剥き出しにする聡太を見下ろし、大男は堂々と名乗りを上げた。
「吾輩の名はドゥーマ。魔王 ドゥーマである」
「魔王……!」
大男の正体を知った瞬間、聡太が刀を持っていない方の手を持ち上げた。
だが──魔法を放たない。
否──放った所で避けられるとわかっているのだ。
「……………」
──これはマズい。
戦っても勝てない。逃げても追い付かれる。
何か……何か策は──
「──ぁ、がッ……?!」
突然、聡太がその場に膝を付いた。
胸に手を当て、何度も何度も荒々しい呼吸を繰り返し──
──ふっと、聡太の雰囲気が変わった。
「……うむ……?」
「ふ、古河くん? ど、どうしたの?」
小鳥遊の声を無視して、聡太は──否。聡太の姿をしたソイツは、右手に持っていた『紅桜』を鞘に収めた。
「貴様は……」
「──久しぶりだな、ドゥーマ」
──古河 聡太じゃない。誰だ、この人は。
ソイツの言葉を聞いた小鳥遊は、そんな事を考えた。
体は間違いなく聡太だが──口調が違う。雰囲気が違う。放つ覇気が違う。誰がどう見ても、聡太ではない。
「……ふっ、はははッ──はっはははははははははははッッ!! まさか! まさかここで会えるとは思わなかったぞ!」
「そうかよ。俺としては、永遠に会わなくても良かったんだが……コイツじゃお前の相手は荷が重いからな。俺が出る事にした」
「面白い! 面白いぞ! ユグル・オルテール!」
身に付けている『紅桜』や『白桜』を床に投げ置きながら、ソイツは──ユグルは小鳥遊へ視線を向けた。
「おう嬢ちゃん。ケガはないか?」
「あ……は、はい」
「よし。んなら、ちょっと離れてな」
『黒曜石の短刀』を抜き、ユグルが体の調子を確かめるようにその場で何度かジャンプする。
「……うーん……コイツ、思ったより筋肉が多いな。関節は……うわ、めっちゃ柔らけぇ。すげぇなコイツ」
「ユグル・オルテール! 手合わせを、手合わせをしようではないか!」
「あー? ……あー、そうだな……よし、久々にお前が満足するまで手合わせをしてやるよ」
「ほう……!」
「ただし、条件がある」
『黒曜石の短刀』を逆手に握り、ユグルは『憤怒のお面』の下で真剣な眼差しを魔王に向けた。
「お前が満足したら、コイツらの事を見逃してやってくれねぇか? コイツらはまだ未熟だし、今殺しても面白くねぇだろ?」
「良いだろう……! 良いだろう良いだろう! こんなに昂るのは、いつぶりだろうか!」
魔王の興奮を表すように、片手剣が回転を始める。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッ!! という機械音を立てて回転する刃の切っ先を持ち上げ、魔王が楽しそうに笑った。
「──魔王様!」
「お前らは手を出すな。そこの小娘にもだ。いいな?」
戦いの場に現れた『十二魔獣』に冷たく命令し、魔王がパチンッと指を鳴らした──瞬間、辺りに白く濁った魔法陣が浮かび上がる。
「おい嬢ちゃん。俺に支援の魔法を掛けてるだろ?」
「ひ、【光魔法】の事ですか?」
「それだ。悪いけど解除してくれねぇか? どうにも違和感があってな」
「わ、わかりました」
小鳥遊が『エクス・パワード』を解除した──直後、虚空に浮かぶ白く濁った魔法陣が強く輝いた。
「──『結晶技巧』、『ネオ・クリスタル・ジャベリン』」
魔王が低く冷たい声で魔法名を呟き──魔法陣から、無数の槍が放たれる。
半透明の結晶で作られた美しい槍の雨が、ユグルの体を貫き殺す──寸前。
「──堕ちろ。『ウル・グラビド』」
──辺りを不可視の重圧が覆い尽くした。
迫る水晶の槍を全て床上に押し潰し──瞬く間に無効化された己の攻撃を見て、魔王は心底楽しそうに笑みを深める。
「相変わらず、貴様の【重力魔法】は素晴らしいな! 吾輩の最上級魔法を、中級魔法で無力化するとは!」
「そうかよ……とっとと【大罪技能】を使ったらどうだ? 俺としても、早めにケリを付けてぇからな──てめぇの全力を叩き潰して、二度と俺と手合わせしたくねぇと思わせてやるよ」
「そうだな──では、そうするとしよう」
魔王がスッと瞳を細め──ドグンッ……ドグンッ……と、何かが脈打つような音が聞こえ始める。
魔王の体に銀色の線が浮かび上がり──魔王の右胸部が銀色に輝き出した。
桃色の瞳が銀色へと色を変え、赤黒い髪が銀色へと変色し──まるで聡太や火鈴が【大罪技能】を発動した時のような姿になる。
「……【憂鬱に呑まれ嗤う者】……いきなり“大罪解放”状態かよ」
「吾輩の全力を叩き潰したいと言ったのは貴様だろう? それより、貴様も早く“大罪解放”したらどうだ?」
「……そうだな……仕方ねぇ」
ユグルが全身から力を抜き──ドッグンッッ!! と、ユグルの体から一際大きな鼓動が響く。
そして──ブワッと、ユグルの髪が赤色に染まった。
「やはり、貴様の【大罪技能】は素晴らしい……! 吾輩の提案した通り、貴様が我々のリーダーだったら良かったのにな」
「アホ言え。リーダーはアルバトス以外に務まらねぇよ」
「ふん──そのアルバトスが原因で、我々は分裂したのにか?」
魔王の言葉を聞き、ユグルはお面の下で赤い瞳を細めた。
「お前は……まだ、ノアの事を……」
「当たり前だ。奴のせいで、ノアは──吾輩の伴侶は、殺されたのだからな」
「あれは……確かに、アルバトスはノアを殺した。だが、それは『森精族』を守るためであって──」
「『森精族』を救うためならば、ノアは殺されても仕方がないと? 貴様もそう言うのか、ユグル・オルテール?」
「そういうわけじゃ──はぁ……もういい」
心底面倒臭そうにため息を吐き──ユグルは『黒曜石の短刀』を構えた。
「俺の意見は、何百年経っても変わらない。ノアが殺されて、お前が絶望したのも理解している。だが──何の関係もない『人類族』を殺しまくったお前は、絶対に許せない。それだけは、越えてはならない一線だ」
「……そうか──ならば、もう言葉は不要だな」
「ああ──戦るか」
【憤怒に燃えし愚か者】vs【憂鬱に呑まれ嗤う者】。
『大罪人』と『魔王』の戦いが──今、始まった。
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