初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが
100話
「──うるァッッ!!」
「あはっ──とりゃー」
吼える土御門の連撃を余裕そうに躱し、ディティが正拳突きを放つ。
それを間一髪で避け、再び剛爪を振り抜くが──当たらない。
「クッソ──がァああああああああああああああああああッッ!!」
「『ウル・アクア・ランス』……!」
水面の周りに青い魔法陣が浮かび上がり──そこから、水の槍が放たれる。
土御門を避けるように、的確にディティだけを狙うその攻撃は──だが難なく躱され、地面を穿った。
「雫ゥッ! 出し惜しみすンな全力ぶちかませェッ!」
「……ん──『エクス・ハイドロ・キャノン』……!」
水面が手のひらを持ち上げ──巨大な魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣から水が漏れ落ち──圧縮され、凝縮されていく。
──やがて、サッカーボールほどの水の塊が作られた。
「食ら、え──!」
水の塊が放たれた──瞬間、水面の魔法の危険性を感じたのか、ディティがその場から飛び退こうと足に力を込めた。
「誰が逃すかよォ──『ウル・アースド・ウォール』ゥッ!」
逃げようとするディティを見て、土御門が大声で詠唱。
瞬間──ディティを囲むように、土の壁が現れる。
──回避は間に合わない直撃だ。
致命傷を確信する土御門と水面──故に、直後に聞こえた呟きはあまりに予想外で。
「──水よ踊れ。絶え間なく踊れ。周りの全てを薙ぎ払い、独りになるまで踊り続けろ」
──ズルッと、倒れていた壺の口から水の触手が現れた。
うねる触手はディティを囲んでいた土の壁を砕き──そのまま土御門に迫る。
咄嗟に腕をクロスさせて受け止め──土御門が吹き飛ばされた。
その間に、ディティがその場を飛び退き、水の塊を回避する。
そして──残る数本の触手の先端が、水面に向けられた。
「ヤベ──」
「あ──」
音を置き去りにして迫る触手に対し、水面は【障壁】を発動しようとするが──間に合わない。
全身を打ち抜かれる痛みを想像して、水面は強く瞳を閉じ──
「──あああああああああああッッッ!!!」
──裂帛の雄叫びが響いた。
思わず目を開いた水面──その目の前に、血だらけの少女が立っていた。
少女が歪な大剣を振り回し──触手が斬り刻まれ、地面に落ちた。
「はあ──はぁ……ッ! あーもう、ほんとに死ぬかと思ったわ……」
「……フォル、テ……?」
「大丈夫? ケガはない?」
「よくやったぜハレンチ女ァ! 初っ端からぶっ飛ばされて何やってンだって思ってたが、よく生きてやがったァ!」
褒めているのか貶しているのかわからない土御門の言葉に、フォルテが口元の血を拭って苦笑を浮かべた。
「悪かったわねハレンチで……それよりアレ、どういう事? あの『十二魔獣』は、遠距離攻撃しかできないんじゃなかったの?」
「ンなのオレに聞くンじゃねェよォ……アイツは遠距離しか使えねェっつー先入観があったから、オレらはボコボコにやられたンだァ。そうだろォ?」
「そうね……これ以上の無様は許されないわ。もう油断はしない」
「……つーかお前、よく生きてたなァ?」
「気合いよ気合い。あんまりウチを舐めないでよね」
歪な大剣を肩に担ぎ上げ、フォルテがディティを睨み付ける。
「それより……どうする? ソータに援護に来てもらう?」
「それをアイツが見逃してくれるンだったらいいがァ……ま、無理な話だよなァ」
壺を拾い上げるディティを見て、三人が顔を歪ませる。
「オイ雫ゥ。何かいい作戦はねェのかァ?」
「……私、が……聞き、たい……!」
「ま、そりゃそうだよなァ……オイ、ハレンチ女ァ、まだ動けっかァ?」
「……正直、体の調子は最悪ね。【技能】で骨と内臓を修復したけど……あんまり無理に動いたらヤバいかも」
「ンなら、オレがどうにかするしかねェよなァ……」
地面に唾を吐き捨て、土御門が鋭い犬歯を剥き出しにした。
「……ハレンチ女ァ。お前は今から古河ン所に行けェ」
「はっ──はぁ?! ウチに尻尾巻いて逃げろってわけ?!」
「違ェ。アイツに勝つために、今は退けって事だァ……見た感じ、アイツはまだ本気を出していねェ。今のままならどうにかなるかも知れねェがァ……何がキッカケでアイツが本気になるかわかンねェ。ンなら、古河を呼ぶのが最善だろうがァ」
「それは……そうかもだけど……」
「──ねー? そろそろいいかなー?」
──ゾクッと、土御門に殺意が迫る。
咄嗟に上体を逸らし──直後、先ほどまだ土御門の顔面があった所を、ディティのアッパーが走り抜けた。
強烈な拳圧が土御門の顎を撫で──だが怯む事なく、鋭い牙を剥き出しにして雄叫びを上げる。
「ゥゥウウウルアアアアアッッ!!」
「あはっ、すごいすごーい──でもさー」
──ズドドンンッッッ!!!!
重々しい打撃音が響き──土御門がその場に膝を付いた。
「もう飽きちゃったんだよねー」
腹部を押さえる土御門の頭に、ディティが蹴りを放った。
蹴撃は風を切る音と共に土御門の頭部へ迫り──本能で危険を察したのか、土御門が左腕を上げた。
間一髪、頭部へと直撃は免れるが──ベキッと骨が折れる音が聞こえ、土御門が吹き飛ばされる。
──今の蹴りも、その前の拳撃も、先ほどよりも速い。
「う、そ……虎之、介……?」
「──ねー。よそ見していいのかなー?」
一瞬にして水面の前に現れたディティが、グッと拳を握った。
咄嗟に横に転がろうとするが──遅い。
フォルテが大剣を振るい、水面を助けようとするが──間に合わない。
風すらに置き去りにする一撃が、水面の顔面に迫り──
「──ァ──あ、ァ──ガルルァアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
──音すらも置き去りにして水面とディティの間に割り込んだ土御門が、力強く剛爪を振り抜いた。
「……さっきより速い……? 戦いの中で成長してるの……?」
一瞬、ディティが驚愕したように目を見開き──だが土御門の一撃を簡単に避け、正拳突きを放たんと腰を落として身構える。
「きみ、厄介だね──もうそろそろ、死んでねー?」
そう言ったディティの顔から──遊びが消えた。
そして──先ほどまでとは比べものにならないほどの鋭い踏み込み。
──間違いない。即死の一撃が来る。
腰を捻って放たれる正拳突き──その速さ、威力、殺意、間違いなくこの一撃で土御門を仕留めるつもりだ。
だから──この行動は、水面としては当然の行動だった。
「な──」
「あはっ──いいねー、そういうの」
ドンッと、土御門の体に衝撃。
ディティの拳ではない。これは──
「それじゃ──どーん」
死を明確に感じさせる一撃が──土御門を突き飛ばした水面の脇腹を襲った。
直後──ゴギャッという、鈍く重々しい音。
口から大量の血を吐き出し──小さい体が簡単に吹き飛ばされる。
「……しず、くゥ……?」
「んー……あの子、軽いねー。殴ったって感じがしないよー」
手首を回しながら、へらへらと笑うディティ。
土御門はディティに敵わない。フォルテも同じく。水面に関しては論外だ。
遊びながら戦っても、傷一つ負う事なく勝てるだろう。
──故に、直後の出来事はあまりに予想外で。
「それじゃ──きみも死んどこっかー」
呆然と固まる土御門に、ディティはどっしりと腰を落として身構えた。
フォルテが大剣を振りかぶり、土御門を助けようとするが──間に合わない。
絶死の一撃が、土御門の頭部を襲う──寸前。
──ドッグンッッ!! ドッグンッッ!! ドッグンッッ!!
「──ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
吼える土御門の体から、何かが脈打つようような音が聞こえた。
それに構わず、ディティが正拳突きを放ち──避けられる。
──先ほどまでは、この速さの攻撃を避ける事はできなかったはず。
一体何が──素早く拳を引き戻し、四回連続で拳撃を放った。
だが──それも簡単に避けられ、反撃に振るわれた剛爪がディティの頬を撫で切った。
「づっ──?!」
「はァ……ッ! はァ……ッ!」
──土御門の両目が、金色に染まっている。
全身には金色の線のような模様が浮かんでおり──右肩に刻まれている『大罪人』の模様が、爛々と輝き出した。
──【大罪技能】の発現だ。
それを見たフォルテは──最悪だ、と舌打ちをした。
聡太が言うには、【大罪技能】が発動した人間は、自分の感情に呑まれてしまうらしい。
その感情を制御できるようになるまでは、敵味方関係なく襲うのだとか。
──敵が増えた。
土御門とディティから距離を取り、水面の所に駆け寄ろうとする──寸前。
「……うるっせェなァ……! 誰だ、てめェ……! 人の頭ン中で喋ンじゃねェよォ……!」
──呑まれていない。
聡太でさえ、【大罪技能】を使いこなすには時間が掛かった。一番早く【大罪技能】を使いこなせるようになった剣ヶ崎でさえ、最初は感情に呑まれて暴走していた──のに。
土御門は、呑まれていない。自我を保っている。
「あ、アンタ……」
「オイハレンチ女ァ……雫を小鳥遊ン所に連れて行ってくれェ」
「でも──」
「頼むゥ」
「…………わかったわ。死なないでね」
フォルテが水面に駆け寄り、その小さな体を持ち上げた。
──それを見逃すディティではない。
一跳びでフォルテとの距離をゼロにし、無防備な背中に飛び蹴りを──
「──オイ」
「は──?」
フォルテの背中に、ディティの蹴りが叩き込まれる──寸前に、その足を土御門が掴んだ。
そのまま力を込め──ボキッと、ディティの足から鈍い音が響く。
「いっ──ああああああああああッッ?!」
「うるせェよ──死ねやクソガキがァッ!」
ディティの体を振り回し──力任せに地面へ叩き付ける。
地面にクレーターを作りながら、何度も何度もディティを叩き付け──ブンッと、ディティの体を上空に放り投げた。
落下に地点に狙いを定め、【部分獣化】で巨大化した腕で拳を握り──
「舐めッ──るなぁあああああッッ!!」
「オルァアアアアアアアアッッ!!」
土御門の拳撃と、ディティの拳撃が正面衝突し──両者が吹き飛ばされる。
「はあッ──ぐ、ぶふっ……くそ……やって、くれたねー……!」
「うるせェ。てめェは本気で殺す──雫に手ェ出しやがったンだァ。楽に死ねると思うなよクソガキがァアアアアアアアアアアッッ!!」
壺を持ち上げるディティを睨みつけ、土御門が殺意を剥き出しにして飛び掛かった。
───────────────────
──『ユグルの樹海』の上空。
そこを、二人の人影が飛んでいた。
「──おい、待てアルマッ!」
「……………」
「待てって──言ってんだろうがッ!」
無言で飛ぶアルマクスの肩を掴み、聡太が大声を上げた。
「いいか、落ち着け。いるんだな、『十二魔獣』が。《死を運ぶ魔獣》が」
「……どうしてヘルムートがいるとわかるんですぅ?」
「お前の反応見りゃわかる。俺の【気配感知】にも反応があるからな」
アルマクスと並んで飛びながら、聡太が眉を寄せた。
「……アナタ、なんで付いて来たんですかぁ?」
「あ? ……『吸血族』の敵を討つんだろうが。だったら、戦力は一人でも多い方がいいだろ。それに──『十二魔獣』を殺すのは、俺の目的でもあるからな。悪いが勝手にやらせてもらう」
「……好きにしたらいいですよぉ」
フイッと顔を背け、アルマクスが飛行速度を上げた。
そして──ピタッと、聡太とアルマクスが動きを止めた。
──いる。この下に、凄まじい力の持ち主が。
「……『血結晶技巧』、『二重・紅弾』」
虚空に無数の魔法陣が浮かび上がり──気配の主に向けて、雨のような数の弾丸が放たれる。
──ゾクッと、聡太の背筋に寒気が走った。
直後──森の中から、紫色の弾丸が放たれる。
紅い結晶で作られた弾丸と、紫色の液体の弾丸がぶつかり合い──ジュワッと音を立て、紅弾が溶けた。
「……なんだ、そりゃ……?!」
「……やはり、魔法の撃ち合いではキリがないですねぇ。ソウタ、降りますよぉ」
「……ああ」
地面へと急降下し──聡太とアルマクスは、ソイツに目を向けた。
──鮮やかな紫色の髪に、美しい紫紺の瞳。臀部から生える蠍のような尻尾。服の間から覗く、甲虫のような外骨格。
ソイツは聡太とアルマクスを視界に入れると──面白いものを見るかのように瞳を細めた。
「……おや。『吸血族』ッスか? おかしいッスね、『吸血族』は全員殺したつもりだったッスけど……どうやら、オイラも詰めが甘い──」
「ヘルッ──ムゥトォォォオオオオオオオオオオオッッッ!!!
怒りの雄叫びを上げるアルマクス──その周りに、無数の魔法陣が浮かび上がる。
「『血結晶技巧』ッ! 『三重・舞剣』ッッ!!」
魔法陣から紅色の結晶で作られた剣が現れ──アルマクスの詠唱に従い、一斉に射出される。
一本一本が意思を持っているかのように動き回り、突っ立ったままになっているソイツに迫る──が。
「──遅いッスねぇ」
最小限の動きでアルマクスの魔法を避け──少年がアルマクスの眼前に現れる。
おそらく、服の下に隠していたのだろう──少年の両手に、短剣が握られている。
それも、一本や二本ではない。
人差し指と中指の間に一本、中指と薬指の間に一本、薬指と小指の間に一本──右手と左手を合わせ、合計六本。
迫る少年の短剣に対し、アルマクスが少年に手を向け、魔法を放とうと──して。
──ドッグンッッ!!
「『三重詠唱・剛力』ッッ!!」
「おっと──」
アルマクスと少年の間に、緋色の軌跡が割り込んだ。
咄嗟に少年が後ろに飛んで刀撃を避け──それを追い掛け、聡太が三度刀を振るった。
それに合わせ、少年が短剣を振り抜き──ガギャォンッ! と甲高い歪な金属音が響く。
『紅桜』を強く握り直し、さらに攻撃を仕掛けようと──して。
──ヒュオッという、風を切る音。
反射的にその場を飛び退き──直後、先ほどまで聡太のいた場所に、少年の臀部から生えている蠍の尻尾が突き刺さった。
シュウシュウと白い煙を立てて溶けている地面を見るに、あれに触れたら即死だろう。
「ったく、好戦的な人たちッスねぇ」
「うるせぇよ……お前がヘルムートだな」
「おや、知ってるんスね。って事は、アンタがポーフィたちの言ってた『十二魔獣殺し』ッスか」
怒りと敵意を剥き出しにする聡太と、復讐心と殺意を全身から放つアルマクス──そんな二人を見て、ソイツは堂々と名乗りを上げた。
「オイラは《死を運ぶ魔獣》……ま、頑張ってオイラを楽しませてくれッス」
「あはっ──とりゃー」
吼える土御門の連撃を余裕そうに躱し、ディティが正拳突きを放つ。
それを間一髪で避け、再び剛爪を振り抜くが──当たらない。
「クッソ──がァああああああああああああああああああッッ!!」
「『ウル・アクア・ランス』……!」
水面の周りに青い魔法陣が浮かび上がり──そこから、水の槍が放たれる。
土御門を避けるように、的確にディティだけを狙うその攻撃は──だが難なく躱され、地面を穿った。
「雫ゥッ! 出し惜しみすンな全力ぶちかませェッ!」
「……ん──『エクス・ハイドロ・キャノン』……!」
水面が手のひらを持ち上げ──巨大な魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣から水が漏れ落ち──圧縮され、凝縮されていく。
──やがて、サッカーボールほどの水の塊が作られた。
「食ら、え──!」
水の塊が放たれた──瞬間、水面の魔法の危険性を感じたのか、ディティがその場から飛び退こうと足に力を込めた。
「誰が逃すかよォ──『ウル・アースド・ウォール』ゥッ!」
逃げようとするディティを見て、土御門が大声で詠唱。
瞬間──ディティを囲むように、土の壁が現れる。
──回避は間に合わない直撃だ。
致命傷を確信する土御門と水面──故に、直後に聞こえた呟きはあまりに予想外で。
「──水よ踊れ。絶え間なく踊れ。周りの全てを薙ぎ払い、独りになるまで踊り続けろ」
──ズルッと、倒れていた壺の口から水の触手が現れた。
うねる触手はディティを囲んでいた土の壁を砕き──そのまま土御門に迫る。
咄嗟に腕をクロスさせて受け止め──土御門が吹き飛ばされた。
その間に、ディティがその場を飛び退き、水の塊を回避する。
そして──残る数本の触手の先端が、水面に向けられた。
「ヤベ──」
「あ──」
音を置き去りにして迫る触手に対し、水面は【障壁】を発動しようとするが──間に合わない。
全身を打ち抜かれる痛みを想像して、水面は強く瞳を閉じ──
「──あああああああああああッッッ!!!」
──裂帛の雄叫びが響いた。
思わず目を開いた水面──その目の前に、血だらけの少女が立っていた。
少女が歪な大剣を振り回し──触手が斬り刻まれ、地面に落ちた。
「はあ──はぁ……ッ! あーもう、ほんとに死ぬかと思ったわ……」
「……フォル、テ……?」
「大丈夫? ケガはない?」
「よくやったぜハレンチ女ァ! 初っ端からぶっ飛ばされて何やってンだって思ってたが、よく生きてやがったァ!」
褒めているのか貶しているのかわからない土御門の言葉に、フォルテが口元の血を拭って苦笑を浮かべた。
「悪かったわねハレンチで……それよりアレ、どういう事? あの『十二魔獣』は、遠距離攻撃しかできないんじゃなかったの?」
「ンなのオレに聞くンじゃねェよォ……アイツは遠距離しか使えねェっつー先入観があったから、オレらはボコボコにやられたンだァ。そうだろォ?」
「そうね……これ以上の無様は許されないわ。もう油断はしない」
「……つーかお前、よく生きてたなァ?」
「気合いよ気合い。あんまりウチを舐めないでよね」
歪な大剣を肩に担ぎ上げ、フォルテがディティを睨み付ける。
「それより……どうする? ソータに援護に来てもらう?」
「それをアイツが見逃してくれるンだったらいいがァ……ま、無理な話だよなァ」
壺を拾い上げるディティを見て、三人が顔を歪ませる。
「オイ雫ゥ。何かいい作戦はねェのかァ?」
「……私、が……聞き、たい……!」
「ま、そりゃそうだよなァ……オイ、ハレンチ女ァ、まだ動けっかァ?」
「……正直、体の調子は最悪ね。【技能】で骨と内臓を修復したけど……あんまり無理に動いたらヤバいかも」
「ンなら、オレがどうにかするしかねェよなァ……」
地面に唾を吐き捨て、土御門が鋭い犬歯を剥き出しにした。
「……ハレンチ女ァ。お前は今から古河ン所に行けェ」
「はっ──はぁ?! ウチに尻尾巻いて逃げろってわけ?!」
「違ェ。アイツに勝つために、今は退けって事だァ……見た感じ、アイツはまだ本気を出していねェ。今のままならどうにかなるかも知れねェがァ……何がキッカケでアイツが本気になるかわかンねェ。ンなら、古河を呼ぶのが最善だろうがァ」
「それは……そうかもだけど……」
「──ねー? そろそろいいかなー?」
──ゾクッと、土御門に殺意が迫る。
咄嗟に上体を逸らし──直後、先ほどまだ土御門の顔面があった所を、ディティのアッパーが走り抜けた。
強烈な拳圧が土御門の顎を撫で──だが怯む事なく、鋭い牙を剥き出しにして雄叫びを上げる。
「ゥゥウウウルアアアアアッッ!!」
「あはっ、すごいすごーい──でもさー」
──ズドドンンッッッ!!!!
重々しい打撃音が響き──土御門がその場に膝を付いた。
「もう飽きちゃったんだよねー」
腹部を押さえる土御門の頭に、ディティが蹴りを放った。
蹴撃は風を切る音と共に土御門の頭部へ迫り──本能で危険を察したのか、土御門が左腕を上げた。
間一髪、頭部へと直撃は免れるが──ベキッと骨が折れる音が聞こえ、土御門が吹き飛ばされる。
──今の蹴りも、その前の拳撃も、先ほどよりも速い。
「う、そ……虎之、介……?」
「──ねー。よそ見していいのかなー?」
一瞬にして水面の前に現れたディティが、グッと拳を握った。
咄嗟に横に転がろうとするが──遅い。
フォルテが大剣を振るい、水面を助けようとするが──間に合わない。
風すらに置き去りにする一撃が、水面の顔面に迫り──
「──ァ──あ、ァ──ガルルァアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
──音すらも置き去りにして水面とディティの間に割り込んだ土御門が、力強く剛爪を振り抜いた。
「……さっきより速い……? 戦いの中で成長してるの……?」
一瞬、ディティが驚愕したように目を見開き──だが土御門の一撃を簡単に避け、正拳突きを放たんと腰を落として身構える。
「きみ、厄介だね──もうそろそろ、死んでねー?」
そう言ったディティの顔から──遊びが消えた。
そして──先ほどまでとは比べものにならないほどの鋭い踏み込み。
──間違いない。即死の一撃が来る。
腰を捻って放たれる正拳突き──その速さ、威力、殺意、間違いなくこの一撃で土御門を仕留めるつもりだ。
だから──この行動は、水面としては当然の行動だった。
「な──」
「あはっ──いいねー、そういうの」
ドンッと、土御門の体に衝撃。
ディティの拳ではない。これは──
「それじゃ──どーん」
死を明確に感じさせる一撃が──土御門を突き飛ばした水面の脇腹を襲った。
直後──ゴギャッという、鈍く重々しい音。
口から大量の血を吐き出し──小さい体が簡単に吹き飛ばされる。
「……しず、くゥ……?」
「んー……あの子、軽いねー。殴ったって感じがしないよー」
手首を回しながら、へらへらと笑うディティ。
土御門はディティに敵わない。フォルテも同じく。水面に関しては論外だ。
遊びながら戦っても、傷一つ負う事なく勝てるだろう。
──故に、直後の出来事はあまりに予想外で。
「それじゃ──きみも死んどこっかー」
呆然と固まる土御門に、ディティはどっしりと腰を落として身構えた。
フォルテが大剣を振りかぶり、土御門を助けようとするが──間に合わない。
絶死の一撃が、土御門の頭部を襲う──寸前。
──ドッグンッッ!! ドッグンッッ!! ドッグンッッ!!
「──ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
吼える土御門の体から、何かが脈打つようような音が聞こえた。
それに構わず、ディティが正拳突きを放ち──避けられる。
──先ほどまでは、この速さの攻撃を避ける事はできなかったはず。
一体何が──素早く拳を引き戻し、四回連続で拳撃を放った。
だが──それも簡単に避けられ、反撃に振るわれた剛爪がディティの頬を撫で切った。
「づっ──?!」
「はァ……ッ! はァ……ッ!」
──土御門の両目が、金色に染まっている。
全身には金色の線のような模様が浮かんでおり──右肩に刻まれている『大罪人』の模様が、爛々と輝き出した。
──【大罪技能】の発現だ。
それを見たフォルテは──最悪だ、と舌打ちをした。
聡太が言うには、【大罪技能】が発動した人間は、自分の感情に呑まれてしまうらしい。
その感情を制御できるようになるまでは、敵味方関係なく襲うのだとか。
──敵が増えた。
土御門とディティから距離を取り、水面の所に駆け寄ろうとする──寸前。
「……うるっせェなァ……! 誰だ、てめェ……! 人の頭ン中で喋ンじゃねェよォ……!」
──呑まれていない。
聡太でさえ、【大罪技能】を使いこなすには時間が掛かった。一番早く【大罪技能】を使いこなせるようになった剣ヶ崎でさえ、最初は感情に呑まれて暴走していた──のに。
土御門は、呑まれていない。自我を保っている。
「あ、アンタ……」
「オイハレンチ女ァ……雫を小鳥遊ン所に連れて行ってくれェ」
「でも──」
「頼むゥ」
「…………わかったわ。死なないでね」
フォルテが水面に駆け寄り、その小さな体を持ち上げた。
──それを見逃すディティではない。
一跳びでフォルテとの距離をゼロにし、無防備な背中に飛び蹴りを──
「──オイ」
「は──?」
フォルテの背中に、ディティの蹴りが叩き込まれる──寸前に、その足を土御門が掴んだ。
そのまま力を込め──ボキッと、ディティの足から鈍い音が響く。
「いっ──ああああああああああッッ?!」
「うるせェよ──死ねやクソガキがァッ!」
ディティの体を振り回し──力任せに地面へ叩き付ける。
地面にクレーターを作りながら、何度も何度もディティを叩き付け──ブンッと、ディティの体を上空に放り投げた。
落下に地点に狙いを定め、【部分獣化】で巨大化した腕で拳を握り──
「舐めッ──るなぁあああああッッ!!」
「オルァアアアアアアアアッッ!!」
土御門の拳撃と、ディティの拳撃が正面衝突し──両者が吹き飛ばされる。
「はあッ──ぐ、ぶふっ……くそ……やって、くれたねー……!」
「うるせェ。てめェは本気で殺す──雫に手ェ出しやがったンだァ。楽に死ねると思うなよクソガキがァアアアアアアアアアアッッ!!」
壺を持ち上げるディティを睨みつけ、土御門が殺意を剥き出しにして飛び掛かった。
───────────────────
──『ユグルの樹海』の上空。
そこを、二人の人影が飛んでいた。
「──おい、待てアルマッ!」
「……………」
「待てって──言ってんだろうがッ!」
無言で飛ぶアルマクスの肩を掴み、聡太が大声を上げた。
「いいか、落ち着け。いるんだな、『十二魔獣』が。《死を運ぶ魔獣》が」
「……どうしてヘルムートがいるとわかるんですぅ?」
「お前の反応見りゃわかる。俺の【気配感知】にも反応があるからな」
アルマクスと並んで飛びながら、聡太が眉を寄せた。
「……アナタ、なんで付いて来たんですかぁ?」
「あ? ……『吸血族』の敵を討つんだろうが。だったら、戦力は一人でも多い方がいいだろ。それに──『十二魔獣』を殺すのは、俺の目的でもあるからな。悪いが勝手にやらせてもらう」
「……好きにしたらいいですよぉ」
フイッと顔を背け、アルマクスが飛行速度を上げた。
そして──ピタッと、聡太とアルマクスが動きを止めた。
──いる。この下に、凄まじい力の持ち主が。
「……『血結晶技巧』、『二重・紅弾』」
虚空に無数の魔法陣が浮かび上がり──気配の主に向けて、雨のような数の弾丸が放たれる。
──ゾクッと、聡太の背筋に寒気が走った。
直後──森の中から、紫色の弾丸が放たれる。
紅い結晶で作られた弾丸と、紫色の液体の弾丸がぶつかり合い──ジュワッと音を立て、紅弾が溶けた。
「……なんだ、そりゃ……?!」
「……やはり、魔法の撃ち合いではキリがないですねぇ。ソウタ、降りますよぉ」
「……ああ」
地面へと急降下し──聡太とアルマクスは、ソイツに目を向けた。
──鮮やかな紫色の髪に、美しい紫紺の瞳。臀部から生える蠍のような尻尾。服の間から覗く、甲虫のような外骨格。
ソイツは聡太とアルマクスを視界に入れると──面白いものを見るかのように瞳を細めた。
「……おや。『吸血族』ッスか? おかしいッスね、『吸血族』は全員殺したつもりだったッスけど……どうやら、オイラも詰めが甘い──」
「ヘルッ──ムゥトォォォオオオオオオオオオオオッッッ!!!
怒りの雄叫びを上げるアルマクス──その周りに、無数の魔法陣が浮かび上がる。
「『血結晶技巧』ッ! 『三重・舞剣』ッッ!!」
魔法陣から紅色の結晶で作られた剣が現れ──アルマクスの詠唱に従い、一斉に射出される。
一本一本が意思を持っているかのように動き回り、突っ立ったままになっているソイツに迫る──が。
「──遅いッスねぇ」
最小限の動きでアルマクスの魔法を避け──少年がアルマクスの眼前に現れる。
おそらく、服の下に隠していたのだろう──少年の両手に、短剣が握られている。
それも、一本や二本ではない。
人差し指と中指の間に一本、中指と薬指の間に一本、薬指と小指の間に一本──右手と左手を合わせ、合計六本。
迫る少年の短剣に対し、アルマクスが少年に手を向け、魔法を放とうと──して。
──ドッグンッッ!!
「『三重詠唱・剛力』ッッ!!」
「おっと──」
アルマクスと少年の間に、緋色の軌跡が割り込んだ。
咄嗟に少年が後ろに飛んで刀撃を避け──それを追い掛け、聡太が三度刀を振るった。
それに合わせ、少年が短剣を振り抜き──ガギャォンッ! と甲高い歪な金属音が響く。
『紅桜』を強く握り直し、さらに攻撃を仕掛けようと──して。
──ヒュオッという、風を切る音。
反射的にその場を飛び退き──直後、先ほどまで聡太のいた場所に、少年の臀部から生えている蠍の尻尾が突き刺さった。
シュウシュウと白い煙を立てて溶けている地面を見るに、あれに触れたら即死だろう。
「ったく、好戦的な人たちッスねぇ」
「うるせぇよ……お前がヘルムートだな」
「おや、知ってるんスね。って事は、アンタがポーフィたちの言ってた『十二魔獣殺し』ッスか」
怒りと敵意を剥き出しにする聡太と、復讐心と殺意を全身から放つアルマクス──そんな二人を見て、ソイツは堂々と名乗りを上げた。
「オイラは《死を運ぶ魔獣》……ま、頑張ってオイラを楽しませてくれッス」
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