初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

95話

 ──ざあっと、風が吹き抜ける。
 呆然とする聡太に、火鈴が美しい笑みを見せた。

「聡ちゃんが好き。大好き。元の世界にいた時から、初めて会ったあの瞬間から……ずっと、ずっとずっと、聡ちゃんの事が、大好き。弱い聡ちゃんも、強い聡ちゃんも……全部全部、大好きだよ」

 照れたような笑みを浮かべ、火鈴が頬を赤く染める。
 突然の告白を受け、驚愕に固まる聡太……そんな聡太に向けて、火鈴が両手の人差し指を立てた。

「聡ちゃん。今の聡ちゃんにはね、二つの選択肢があるの」
「二つの……選択肢……?」
「うん。一つ目は単純。考えられる可能性全部を試して、頑張って元の世界に帰る。『十二魔獣』を倒しても帰れないのなら、別の方法を試して、何としてでも元の世界に帰る。ま、今まで通りって事だね」
「……もう一つは?」
「ん、もう一つはね──」

 先を促す聡太に──火鈴は、聡太の両手を握った。

「──あたしと一緒に、逃げちゃうの」
「は──?」
「もう戦うのが嫌なら、傷付くのが嫌なら、死にたくないなら、痛いのが嫌なら──あたしと一緒に、この世界を逃げ回ろう」

 そう言って火鈴は──どこか夢見るような目で、続けた。

「あたしと聡ちゃんなら、どこまでも逃げられるよ。【大罪技能】を持ってるから、『十二魔獣』からだって逃げられる」
「火鈴……?」
「誰にも気づかれないような所に、二人だけの家を建ててさ。今日はこんな事があったね〜とか、明日は何をしようか〜とか……そんな事を話して、一緒のベッドで眠るの」

 聡太の手を離し、火鈴が立ち上がった。
 そして──聡太の前に、手を差し出す。

「聡ちゃんが本気でそんな未来を望むのなら──あたしは、聡ちゃんと一緒に逃げるよ。うん、覚悟はできてる」
「お前……何を……?」
「あたしは、本気だよ。そんな未来もアリかなって思ってる。聡ちゃんの事大好きだし、聡ちゃんと一緒にいられるのなら──それ以外を捨てる覚悟もある」

 真っ直ぐに聡太を見つめる火鈴が、複雑な表情を見せる。
 この手を取ってくれという感情と、この手を取らないでくれという感情が複雑に入り混じっている──そんな自分の表情に気付いていないのか、火鈴がさらに続けた。

「聡ちゃんが嫌な事は、あたしが全部どうにかしてみせる。もう戦う事も、痛い目に遭う事もないって誓うよ。でも……この手を取らないのなら──聡ちゃんは、戦わなければならない」
「……………」
「選んで、聡ちゃん。この手を取らないで、みんなが幸せになる方法を探して傷付くのか。それとも、この手を取って、二人だけの幸せを掴むのか。どっち?」

 それは、究極の二択だ。
 片方は……人として大切なを失ってでも、どんな事をしてでも、何度も死にそうになっても──元の世界に帰るために、文字通り命を懸けて戦う。
 時には、絶望に打ちのめされる事もあるだろう。仲間が死ぬかも知れないし、自分だって死ぬかも知れない。
 しかも……元の世界に帰る方法は、わからない。
 ゴールが見えない茨の道──という事だ。

 片方は……人として大切なを守るために、全てから逃げ出す。
 勇輝たちを、ミリアたちを、この世界の人々を見捨て──たった二人で、世界から逃げる。
 それは、決して良い選択とは言えないだろう。
 だが──もう戦わなくていい。傷付かなくていい。痛い目に遭わなくていい。死にそうにならなくていい。
 そして、何より──人として大切なを取り戻す事ができるだろう。

 今の聡太にとっては──究極の二択だ。

「……ごめんね。聡ちゃんが弱ってる時にこんな話をする、卑怯なあたしで。でも……聡ちゃんが大好きっていうのは、本当だから。聡ちゃんがあたしと逃げてくれるなら……あたしは、聡ちゃんに体も心も捧げるよ」

 そう言って、火鈴が聡太からの返事を待つ。

「…………俺は……」

 ──沈黙。
 火鈴の真っ直ぐな瞳に、思わず聡太は視線を逸らした。
 ……俺は、どうすればいい?
 本音を言えば──もう、戦いたくない。
 殺す事を躊躇ためらわない息子を見て、父はどう思うだろうか。
 少なくとも──良いとは思わないだろう。
 これ以上、人としての『心』を失うわけにはいかない。
 だったら、今の聡太が取るべき選択肢は──

「……そう……それが、聡ちゃんの答えなんだね」

 ──力強く立ち上がった聡太を見て、火鈴がどこか嬉しそうに笑う。

「……夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ……生き物を簡単に殺すような奴は俺の息子じゃない──って、父さんから言われる夢だ」

 元の世界に帰って、もしかしたら夢と同じ事を言われるかも知れない。
 だけど──

「父さんと妹に会えなくなる方が、もっと嫌だ」
「……なら、戦うの? 傷付くのに? 死ぬかも知れないのに?」
「……ああ。正直、お前と二人で逃げるのも……悪くはないって思った」

 聡太の言葉に、火鈴が照れたように頬を赤く染める。

「けど……俺は、戦う」
「……人として大切なを、失うかも知れないのに?」
「大丈夫……一番大切なは、ずっとブレてないから」

 ──何としてでも、元の世界に帰る。
 その決意だけは、ずっと変わらない。
 それが変わらなければ──それさえ変わらなければ良いのだ。

「それに、お前が──いや、お前らがそばにいるんだ。俺が人としての道を踏み外しそうになったら……引き戻してくれるだろ?」
「当たり前だよ〜」
「なら大丈夫だ。悪いな、弱音なんて吐いて」
「ん。あたしでよかったら、いつでも聞くよ〜?」
「いや……恥ずかしいから、もういい」

 恥ずかしそうに苦笑を見せる聡太が、ゆっくりと地面に座った。
 そんな聡太を見て、向かい合うようにして火鈴が座り──ズイッと顔を寄せる。

「それで……返事は?」
「へ、返事?」
「もう、わかってるでしょ〜? 告白の返事だよ〜。あたしだって、勇気を出して告白したんだから……返事が欲しいな〜?」

 冗談など存在しない真剣な表情で、火鈴が聡太に問い掛けてくる。

「えっと……その返事は、元の世界に帰ってからじゃダメか?」
「ダメ。今」
「い、今……今は、ちょっと……」
「なんで?」

 さらに顔を近づけてくる火鈴に、聡太が少し後ろに下がった。

「た、例えばの話だぞ? 俺とお前が付き合う事になって……彼氏と彼女がするような、をしたとする」
「うん」
「それでもし……もしもだけど……子どもとかができたら、どうするつもりだ……?」

 この世界には、避妊具が存在しない。
 聡太が火鈴の好意に応え、交際中の男女がするようなをしたら──もしかしたら、子どもができてしまうかも知れない。

「……嫌、なの……?」
「いや、そういうわけじゃないぞ? 俺はまだ十七で、そういう事に責任を持てる年齢じゃないって話だ。な? だからせめて、元の世界に戻るまでは……その……返事は、待ってくれないか……?」
「……聡ちゃんの、ヘタレ」
「わ、悪かったな」

 拗ねたように頬を膨らませる火鈴が、深々とため息を吐いた。
 そして──右手の小指を差し出してくる。

「……じゃあ、約束して」
「約束?」
「うん。聡ちゃん、前に言ってたでしょ? 俺は嘘をくが約束は破らないって。だから、約束して。元の世界に帰ったら……絶対、あたしの告白に返事するって」
「……ああ」

 火鈴の小指に、聡太が自分の小指を絡めた。

「──ゆ〜び切〜りげんまんっ、う〜そ〜いたら針千本飲〜ます。ゆ〜び切ったっ」
「……これでいいか?」
「……ねぇ、もう一つ聞きたいんだけど──聡ちゃんって、約束は絶対に守るんだよね〜?」

 火鈴の質問に、聡太は力強く頷いた。

「ああ。約束は絶対に守る。それも、人として大切なだと思ってるしな」
「本当に? 絶対?」
「な、なんだよ。本当だって。絶対だ」
「……聡ちゃんが忘れちゃってる約束でも、絶対に守ってくれる?」
「俺の……忘れてる……?」
「どっち?!」
「ま、守る守る! 守るから、ちょっと離れろ! さっきから近い!」

 どんどん顔を近づけてくる火鈴に、聡太が大声を上げる。
 その言葉に満足したのか──火鈴の顔に、満面の笑みが浮かんだ。

「……そう……守ってくれるなら、信じてるからね」

 ──それは、幼い頃の思い出。
 まだ幼い二人の少年と少女が交わした、可愛らしい約束。

『……じゃあ、大人になってまた会えたら……結婚しよう?』
『う、うん! や、約束する!』

 その約束を──聡太は、絶対に守ると言った。
 聡太がその事に気づいていないとしても──守ると言ったのだ。

「……えへへ……」
「何笑ってんだよ……」

 その笑顔の意味を聡太が知る事はなく──夜はゆっくりと、朝へと向かっていった。

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