初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

110話

「は、ぁ……! ぶふっ……!」

 口から血を吐き、アルマクスがその場に膝を突いた。
 直後──アルマクスの体から、赤黒い霧が放たれる。
 霧はアルマクスの姿を覆い隠し──やがて霧が晴れた時、そこには少女の姿となったアルマクスがいた。
 ……殺した。
 あの《死を運ぶ魔獣ヘルムート》を。『十二魔獣』の一匹を。『吸血族ヴァンパイア』のかたきを──今、殺した。
 切り札の【血力解放】を使って、聡太を【血の契約】の対象者にして、聡太に自分の血を飲ませて【血の盟約】を使用させて、正体不明な【憤怒の眷属】という【技能】が発動して。
 ──どうにか、殺す事ができた。

「あ、はぁ……」

 力なく笑い、地面に倒れ込む。
 ……身体中に毒が回っている。
 手足が痺れて動けない。このまま放置すれば、毒で死ぬだろう。
 ああ、でも……よかった。
 『吸血族みんな』のかたきを討てたのだ……もう後悔はない。
 このまま、静かに──

「──とかバカな事考えてたら、本気でぶっ飛ばすぞ」

 そんなアルマクスの思考を読んだかのように、鋭い言葉が発せられる。
 見ると、全身血まみれの少年が、力なく笑うアルマクスを睨み付けていた。
 『紅桜』と『白桜』の回収に行っていたのだろう。聡太の左腰には見慣れた刀がぶら下がっていた。

「あはぁ……ソウタ……無事そうですねぇ……」
「まあ、なんとかな……もうちょっと踏ん張れ。今から、小鳥遊の所に行くからな」

 自分の顔に付いている血を拭い取りながら、アルマクスを抱き上げようと──

「……もう、いいんですよぉ」

 ──して、アルマクスの言葉を聞いて動きを止めた。

「……何がもういいんだ?」
「ボクはもう、満足してるんですよぉ……ヘルムートを殺して、『吸血族みんな』のかたきを討てて……ボクは、満足してるんですぅ……これ以上生きても、何のために生きれば良いかわかりませんよぉ……」

 アルマクスの手が、ふるふると震えながら聡太の頬に添えられる。

「だから……ここでお別れですぅ」
「お前……」
「ソウタ、ボクにとどめを譲ってくれましたよねぇ? 自分が殺されるかも知れないのに、他人の復讐を優先するなんて……本当、アナタはよくわからない所で優しい方ですねぇ」

 アルマクスの手に付いた血が、聡太の頬を赤く染める。

「……ああ……こうして見ると……アナタ、なかなか良い男ですねぇ……ボク好みの顔をしてますよぉ……」

 そう──思えば、こうして聡太の顔をしっかり見る機会なんて無かった。
 復讐に囚われていたアルマクスは、他人の顔を見る余裕すらなかったのだろう。

「……なるほど……あの二人がソウタに惚れるのも、納得ですぅ……」

 【血の契約】は、自分の伴侶となる相手を対象として発動する事が多い。
 その理由は──【血の契約】の副次効果に、対象となった相手に惹かれるという効果があるからだ。
 故に、アルマクスには──聡太がどうしようもなく愛おしく見えた。

「短い間でしたが、ありがとうございましたぁ……アナタに迷惑ばかり掛けて、ごめんなさいぃ……」

 聡太の頬から手を離し、アルマクスがゆっくりと瞳を閉じる──

「……ふんっ」
「はうっ?!」

 ──直前に、聡太のビンタがアルマクスの頬を打ち抜いた。

「あ、うぅ……いきなり何を──」
「復讐が終わったからもう満足ですぅ。今までありがとうございましたぁ。ああ、良く見たらなかなかいい男ですねぇ。それではさようなら──って、なんだそりゃ。お前、ふざけてんのか?」

 呆然と固まるアルマクスを抱き上げ、苛立った様子で聡太が続けた。

「それはお前の都合だろうが。言っとくが、俺はお前の都合なんざ知った事じゃねぇ。勝手に満足して勝手に死ぬな。ぶっ飛ばすぞ」
「あ、はぁ……めちゃくちゃですよぉ……」
「ああ、俺はめちゃくちゃなんだ。の都合なんか知った事じゃねぇ。だから俺は、俺のやりたいようにやる。それが例え、望まれていない事でもな──『聖天』、『飛翔』」

 アルマクスの体を、淡い光が包み込む。
 それを確認し、聡太が地面を蹴って空へと飛び上がった。

「何がありがとうございました、だ。何が迷惑ばかり掛けてごめんなさい、だ。お前の勝手な感情を、俺に押し付けんな。シャキッとしろ。お前らしくもねぇ」

 大空を飛びながら、聡太が説教を続ける。

「そもそも、根本的な話から間違ってんだよ。俺とお前は、目的が一致しているから一緒に行動していただけだ。別にお前に感謝される筋合いも、謝罪される筋合いもないっつーの」
「……………」
「感謝とか謝罪とか、そういうのは仲間同士がする事だろうが。俺とお前は違う。そんな関係じゃない。だから感謝なんかするな。謝罪なんかするな。ボクのために良く働きましたぁ、とか言っときゃいいんだよ」
「……だったら……なんでソウタは、ボクを助けようとするんですぅ? 手を組んでいるだけの相手を助ける必要なんてないですよぉ? それこそ──」

 ──それこそ、ソウタの言った仲間同士じゃないと。
 そう言おうとしたアルマクスよりも早く、聡太が答えを口にした。

「まあ、なんだ……俺は勝手にお前の事を、仲間だと思ってたからな」
「……ボクが……ソウタの、仲間……?」
「同じ目的を持って行動してるんなら、それはもう仲間だろ、って友人に言われてな」
「その友人ってぇ……?」
「勇輝だ」
「あぁ……あの人ですかぁ……」

 なるほど、と納得したように苦笑を漏らす。

「その時から、少しずつ考えてたんだ。んで……俺とお前はそんなつもりがなくても、周りから見れば確かに仲間に見えるなって、いつからか忘れたが、そう思うようになってな」
「……なんでその時に言わなかったんですぅ?」
「言ったらお前、そんなつもりはないですけどぉ? って絶対言ってただろうが」
「あっはぁ……確かに、そうかも知れませんねぇ……」

 ……仲間。
 それは、アルマクスが失った物。憎き相手を殺しても、二度と戻ってくる事のない大切な物。
 だが──失った仲間は取り戻せなくても、新たな仲間は迎える事ができる。
 ……ああ、なんだ。
 結局、ボクはただ意地を張っていただけだったのか。
 失った仲間は戻ってこないから、もう仲間はいない──なんて、よくよく考えればバカな考えだ。子どもですら首を傾げるような考えだろう。

「……では、ソウタ」
「なんだ?」
「……ボクを、アナタの仲間にしてくれますぅ?」

 一瞬、聡太がアルマクスへ視線を向け──言った。

「無理だ」
「えっ……」
「死にかけの奴を仲間にしてどうするんだよ。怪我を治してから言え」

 ああ、それもそうか。とアルマクスは一人で笑う。

「では……死ぬわけにはいきませんねぇ?」
「ならもうちょっと踏ん張れ」

 ──ふわふわする。
 聡太に抱えられて空を飛んでいるからだろうか? それとも、毒が回っているからだろうか?
 いや……どちらも違うだろう。
 だって、ボクの心臓は──こんなにうるさく鼓動しているのだから。
 ……ああ、なるほど。
 このふわふわした感覚は。胸から溢れ出る熱い気持ちは。聡太の事を愛おしくて愛おしくてたまらないと想う心は。
 ──これが恋情だと、熱烈に訴えているのだろう。

────────────────────

「…………あ、ぅ……」

 ──眩しい。
 時刻は朝だろうか。カーテン越しから射し込む太陽の光が、少女の体を遠慮なく焼いている。
 今の状況を確認するために、少女はうっすらと瞳を開いた。

「あ──アルマ!」

 少女が目を覚ました事に気づいたのか、『黒森精族ダークエルフ』の少女が声を上げた。

「アルマくん……! よかった〜、起きたんだね〜……」

 左右非対称のを嬉しそうに細め、『人類族ウィズダム』の少女が安心したようなため息を漏らす。

「全く、心配させて……ほら、体起こせる?」

 金髪金瞳の『褐女種アマゾネス』が、少女の背中に手を回してゆっくりと体を起こさせる。

「おー! アルマー! 起きてよかったー!」

 体を起こした少女に、ハーピー種の少女が飛び付いた。
 力強く抱き締めてくるハーピー種の少女を抱き締め返し……少女は、絞り出すように声を出した。

「……ボク、生きてたんですねぇ……」
「当たり前だろ。そう簡単に死なせてたまるかってんだ」

 部屋の端から聞こえたぶっきらぼうな声に、少女はそちらへ視線を向けた。
 そこには──木製の椅子に腰掛ける、黒髪黒瞳の少年の姿が。

「ソウタぁ……」
「体に違和感はないか? 痛い所とかは?」
「……ありませんよぉ」
「そうか……ケガは小鳥遊が、毒は川上先生が治してくれたんだからな。後で小鳥遊と川上先生に礼を言いに行くぞ。いいな?」
「はいぃ……ありがとうございますぅ」

 アルマクスの感謝の言葉を聞いた聡太は、フンと鼻を鳴らして顔を逸らした。

「……聡ちゃん、アルマくんの事すっごく心配してたんだよ〜」
「そうなんですぅ?」
「おい、火鈴」
「アルマくんの看病を交代するって言っても、いや俺がやるって言って代わらなかったんだよ〜。だからみんなでアルマくんの看病をしてたんだ〜」

 火鈴の言葉に、聡太が小さく舌打ちをした。
 ……きゅうっと、心臓が締め付けられたかのように痛む。
 ──嬉しい。どうしよう、顔がニヤニヤするのを止められない。

「……ソウタぁ」
「……なんだ」
「もう一度、顔をしっかり見せてくれませんかぁ?」
「……別にいいけど……」

 のっそりと椅子から立ち上がり、聡太がアルマクスに近づく。

「もっと近くに来てくださいぃ」
「……チッ……なんでこんな事──」

 何かを言いかける聡太──その両頬がガシッと掴まれる。
 何をする気だ? と、聡太が一瞬だけ動きを止め──アルマクスが聡太の顔を引き寄せた。
 そして──おもむろに、キスをした。

「──ん」
「んっ──?!」
「「「あああああああああああああっっ?!」」」
「おー? ねーカリンー。なんでハピィの目を隠すのー?」

 突然の行為に、聡太の体が固まる。
 その隙に、アルマクスがガッシリと聡太の顔を抱き寄せ、簡単に離れないよう体勢を整えた。

「んん?! んっ、んんんんんんんっっ!!」

 ようやく我に返った聡太が、慌てて聡太がアルマクスを離そうとするが──遅い。
 必死に暴れる聡太の唇を無理矢理こじ開け、アルマクスが自分の舌を聡太の口内にねじ込んだ。

「ちょ、ちょっとアルマ! 離れなさい!」
「あ、ああ……い、いきなりキスするなんて……そ、それも……舌を……」
「ねーカリンー、手ー離してよー。何も見えないよー」
「ん〜……ハピィちゃんには、まだちょっと早いかな〜……」

 ──何秒ほど経過しただろうか。
 やがて、アルマクスがゆっくりと唇を離した。
 自分の唇をチロッと舐め、口元に妖艶な笑みを浮かべる。

「あ、はぁ……また、キスしちゃいましたぁ……」
「お、お前……!」

 ──溢れ出るこの気持ちを抑えられない。
 これも【血の契約】の影響だろうか。聡太が欲しくて欲しくてたまらない。
 まだ満足できない。もっと聡太が欲しい。もっともっと聡太と繋がっていたい。

「いい加減っ、離れなさい!」
「うおっ──」

 間に割り込んだフォルテが、聡太を突き飛ばした。
 そのままアルマクスを引き剥がし、ベッドの上へと投げる。

「フォルテ……邪魔しないでくださいよぉ」
「アンタ、いきなり何考えてんの?!」
「えぇ? 何を考えてるって言われましてもぉ……ソウタにキスしただけですよぉ?」
「そ・れ・を! 何考えてんのって言ってんの!」

 ギャーギャー騒ぐフォルテを無視して、アルマクスが聡太に視線を向けた。
 そして──ペロッと唇を舐め、妖艶な笑みをさらに深める。

「っ……」

 その妖艶な動作に、不覚にも聡太はドキッとしてしまう。

「……ソウタぁ。【血の契約】の説明は、以前にしましたよねぇ?」
「……ああ」
「『吸血族ヴァンパイア』は、自分の伴侶となる者を【血の契約】の対象者にする……つまり、今のボクにとっての伴侶とは、ソウタなんですよぉ」

 どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべ、アルマクスが続ける。

「【血の契約】の影響で、ボクはソウタからしか吸血を行えない……こんな体にした責任、取ってくれますよねぇ?」
「いや、それは《死を運ぶ魔獣ヘルムート》を殺すために──」
「ボクの初めても、ヘルムートと戦っている時に奪われてしまいましたしぃ……まさかこんな事をしておいて、ボクの事を捨てる気ですぅ?」
「あのキスはお前からしてきたんだろうが……!」

 初めてを奪ったのではなく、初めてを押し売りされたと表現する方が正しいだろう。
 ひたいに青筋を浮かべる聡太の姿に、アルマクスはくすくすと笑った。

「では、ソウタぁ」

 先ほどまでの妖艶な笑みではなく、外見相応の可愛らしい笑みを浮かべ、アルマクスが言った。

「──ボクを、アナタの仲間にしてくださいぃ」

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