初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

66話

 ──私は、この世に生まれて来てはいけなかった。
 私が『黒森精族ダークエルフ』として生まれてしまったから、お父様とお母様は里を追い出され、あの忌まわしいテリオンに殺された。

『お父様の手を振り払えば良かった。お母様の誘いを拒絶すれば良かった。なのにあなたは両親に甘え、共に逃げる事を選んでしまった』

 ──ああ、わかっている。
 私のせいで、お父様とお母様は死んでしまった。
 お母様は『森精族エルフの里』でも指折りの魔術師だった。
 お父様は『森精族エルフの里』の中で最も有名な剣士だった。
 ……そんな両親は、私なんかを助けるために、私なんかと生きるために、私なんかを愛するために──里から逃げ出した。

あなたなんて生まれなければ良かったのに。あなたの事なんか捨ててしまえば良かったのに。あなたが生まれてしまったから、あの二人は殺された』

 ──知ってる。
 何度も何度も、私なんか生まれなければって思ったから。
 私なんかが生まれたから、両親の人生は狂わされたのだから。
 そう……私は、ずっとずっと思っている。
 ──私なんか、生まれなければ良かったのに、と。

『両親を殺したテリオンを許せなかった……だけど、同時にこうも思っていたでしょう? ──このテリオンを殺せば、私は生きる理由がなくなる、と』

 ──ああ、うん。そう思っていた。
 両親を殺したテリオンに対する怒りと、テリオンを殺せば自分の生きる理由がなくなるという考えが、複雑に同居してしまっていた。
 あの人がいなければ……私は、テリオンを殺す事も、テリオンに殺される事もなかっただろう。

『ソータ様がテリオンを殺し、あなたの居場所になってくれた。だけど……もう理解しているでしょう?』

 目の前に立つ少女の口元が、邪悪に裂けた。

『──あなたは、ハピィよりも弱い。火鈴よりも弱い。当然、ソータ様よりも弱い。そんなあなたが、これ以上ソータ様と一緒にいても……ただ、足手まといになるだけでしょう?』

 ──ああ……その通りかも知れない。
 いや、まさしくその通りだ。
 認めたくなかった。私は、ハルピュイアよりも劣っていると。
 受け入れたくなかった。私は、火鈴よりも弱いと。
 ──信じたくなかった。私は、ソータ様にとって邪魔な存在だと。
 今まで自分は、その真実から目を背けていた。
 だって、ソータ様と一緒にいたかった。あの暖かい少年のかたわらに立っていたかった。
 だけど……それは、叶わない。
 私はこの場にいる誰よりも弱いから。私はこの場にいる誰よりも劣っているから。私は、ただ邪魔なだけの存在だから。

『だから……ね? これ以上、彼の邪魔になりたくないなら──今ここで、死にましょう?』

 ……ああ……そうだ。
 ソータ様の邪魔になりたくないなら、ここで死ぬのが最も良い手段だろう。

『ほら、早く楽になりましょう──『蒼龍の咆哮ブレス・オブ・ドラゴニア』っ!』

 巨大な蒼炎の龍が、ミリアに向けて咆哮を上げる。
 その巨体をうねらせながら、全てを焼き尽くさんと迫り──

「はぁ── 『蒼龍の咆哮ブレス・オブ・ドラゴニア』っ!」

 対抗するように、ミリアが蒼龍を召喚。
 ミリアの召喚した蒼龍と、偽者が召喚した蒼龍が正面から激突し合い──両者の攻撃が、魔力となって霧散した。

『……さっきから、なんであなたは……? なんで諦めないんですか? あなたでは、ソータ様の足手まといにしかならないんですよ? あなたでは、カリンの邪魔にしかならないんですよ? あなたでは、ハピィにも勝てないんですよ?』
「はい」
『そんなあなたが生きてたって、誰も得をしません。誰も幸せになりません。何より──誰も、あなたが生きる事を望んでいません』
「はい」
『なら……! なら、なんで諦めない?! あなたも理解しているでしょう?!』

 間違いなくミリアの心に傷を付ける発言をしている──はずなのに、全くミリアは動じない。
 その姿に、偽者が思わず声を荒げて問い掛けた。
 もちろん、そんな事はとっくの昔に理解している。
 だけど──

「その事で生きるのを諦めるのなら、私はとっくにテリオンに殺されていますよ」
『は……?』
「私は、生きるって決めたんです。お父様とお母様が生かしてくれたこの命……私の気持ち一つで死んで良いほど、軽い物ではありません」

 堂々と宣言するミリアの姿に、偽者が気圧けおされたように後退あとずさった。

「私は、生きてはならない『黒森精族ダークエルフ』。本来なら、産まれたその瞬間に殺されるはずだった……でも、お父様とお母様が、私を生かしてくれた。私を愛してくれた。命を捨ててでも、私を逃がそうとしてくれた。ソータ様が両親の仇を討ち、私の居場所になってくれた……多くの人に支えられ、助けられて、今の私は生きています。その命を、私だけの判断で捨てろと。存在してはならない『黒森精族ダークエルフ』だから、早く死ねと。あなたは、そう言うんですよね?」
『そ、その通りですよ。他人に迷惑ばかり掛けて、恥ずかしくないんですか?』
「……では、一言ひとことだけ」

 すうっと、ミリアが大きく息を吸い込んだ。

「──ッ!」

 普段のミリアからは想像もできない大声に、戦いを見ていた聡太と火鈴が驚いたように目を見開いた。

「たくさんの方々によって生かされているこの命をッ! 生きるのが辛いから、生きていてはいけないから捨てろと?! ふざけるなッ! 辛くても、死にたくても、悲しくても、寂しくても、苦しくても、どれだけ理不尽な目に遭わされたとしてもッ! 私は生きなければならない! 両親が命を捨ててでも守ってくれたこの命を、ソータ様が優しく包み込んでくれたこの命を──私一人の感情で、捨ててなるものかッ!」

 吼えるミリアが、両手を地面に付いた。
 ──瞬間、ミリアの前方に、蒼色の魔法陣が浮かび上がる。
 その大きさは──先ほどまでとは比べ物にならないほど大きい。

「吼えろ、龍よ! 私の怒りを乗せて──あの偽者を喰らえッ!」

 魔法陣が強く輝き──そこから、蒼炎の巨龍が現れた。
 大きさも、迫力も、体から発せられる熱も──何もかも、先ほどの魔法を大きく上回っている。
 二重強化を超えた、三重強化──以前ミリアは、【蒼炎魔法】は二重強化までしかできないと言っていたが、今その限界を超えたのだ。

『くっ──『蒼龍の逆鱗レイズ・オブ・ドラゴニア』ぁっ!』
「『全てを燃やす蒼龍バーン・ドラグーン』ッ!」

 【守護魔法】を使わなかったのは、使った所で蒼龍に押し潰されると判断したからか。
 ミリアの出した蒼龍に対し、偽者もまた蒼龍を召喚した。
 だが──結果なんて、誰が見ても明らかだ。

 巨大な蒼龍と、それよりも一回り小さな蒼龍が正面から激突し合い──偽者の蒼龍が、魔力となって霧散した。
 いや──違う。
 偽者の召喚した蒼龍の魔力を、ミリアの蒼龍がさらに成長した。

「なっ……?! 魔力を、喰らっただと……?!」

 予想外の出来事に、思わず聡太が驚きの声を漏らす。

『ふぃ、『第四重フィーア・絶対アブソリュート・シ──』

 魔力が足りないのか、『第五重フュンフ』ではなく『第四重フィーア』の【守護魔法】を使おうとする偽者──次の瞬間、その声ごと、ミリアの蒼龍が呑み込んだ。
 瞬間──轟音。
 衝撃で地面が割れ、砂埃が巻き上がった。

「す、スゴいね〜……あんなのまともに食らったら、耐えられないよ〜……」

 吹き荒れる熱風を前に、思わず火鈴がゴクリと喉を鳴らした。
 ──と、何故かミリアが、砂埃の中へ向かって駆け出した。

『……くっ、ぐ……! まだっ、まだ──』

 砂埃の中から、偽者の声が聞こえた。
 おそらく、ギリギリの所で四重強化の【守護魔法】を使い、何とか耐えたのだろう。
 だが──ミリアは、それに気づいていたらしい。

「──とどめです」
『なっ──ぐふっ……?!』

 もうもうと立ち込める砂埃が晴れた時──そこには、偽者の胸部に深々と短剣を突き刺しているミリアがいた。
 あの短剣は──『地精族ドワーフ』の国で、聡太がプレゼントしたものだ。

『……ふ、ふふっ……そうですか……もう、あなたは……とっくに……過去を、乗り越えていたんですね……』
「ですから、そう言っているじゃないですか。あなただって、本当はわかっていたでしょう? その上で、私の心を折ろうとしてたんでしょう?」
『はぁ……何もかも、お見通しなんですね……試練はクリアです。どうぞ、先に進んでください』

 偽者がどこか諦めたように微笑を浮かべた──瞬間、その体がどんどん薄くなり、魔力となって消えた。

「……ミリア」
「ソータ様……遅くなりましたが、どうにか試練を終える事ができました」
「ああ」
「──あれー?! もうみんな終わってるのー?!」

 と、ハルピュイアも試練を終えたのか、いつも通りの元気な様子で近づいてきた。
 タイミングが良いな──そんな事を思いながら、ハルピュイアに視線を向けた聡太は、その体を見て眉を寄せた。
 ──体の至る所が、銀色に輝いている。

「それ……【硬質化】か?」
「おー! そうだよー!」
「へぇ……お前、足以外にも【硬質化】を使えたんだな」

 足以外の場所を【硬質化】している所を見た事なかったが、どうやらできたらしい。
 と、何故かハルピュイアが首を傾げた。

「んー? ハピィ、足以外は【硬質化】できなかったよー?」
「……って事は、今初めて使えるようになったって事か?」
「うん! ハピィのそっくりさんと戦ってる時に、なんかできそうだなーって思ったからやってみたの! そしたらね、なんかできたー!」
「……それで、戦いの内容は?」
「んー……最初は同じくらい強かったけど、頭とかお腹とかを【硬質化】できるようになったら、攻撃を【硬質化】で耐えて蹴り返してたのー」

 ……頭や腹部などを【硬質化】して、相手の蹴撃に耐える。
 その後、カウンターで偽者を蹴り返し──というのを続けていたのだろうか。

「……ま、とりあえずは試練突破だな」

 聡太とハルピュイアは、過去の自分の強さを超えた。
 火鈴とミリアは、過去の出来事を乗り越えた。
 これで試練は突破。ならば、次に向かうのは──

「よし、行くぞ」

 部屋の奥にある扉──四人は頷き合い、扉に向かって歩き出した。

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