初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが
54話
「──確認しておくぞ。ソータとカリン、一対一の勝負。【技能】は使用して良いが、魔法の使用は禁止。カリンがソータに一撃でも入れれば、カリンの勝ち。カリンが降参すれば、ソータの勝ち。勝敗が決するまで続ける……これでいいな?」
「ああ」
「は〜い」
鍔の付いた木刀を片手に、聡太は火鈴と向き合った。
──太ももの半分までしかない短い黒のズボン(パンツ?)に、サラシでグルグル巻きにされた胸部。それ以外の衣類は身に付けていない。
ハルピュイアの格好も露出が多いが、火鈴はそれ以上だ。
なんと言うか……スゴく目のやり場に困る。
「では──始めッ!」
そんな事を考えている間に、セシル隊長が勝負開始の合図を出した。
さて、やるか。
そう思い、木刀の切っ先を上げた──瞬間だった。
──目の前に、火鈴がいた。
「はぁぁ──ッ!」
いつの間に【技能】を発動していたのか、火鈴の両足と右腕に【部分竜化】が発動している。
その兵器とも言える剛爪を振りかぶり、聡太に向けて振り下ろす──その直前。
「ふぐッ──ぶっ、うぅ……ッ?!」
【部分竜化】していない左手で腹部を押さえ、火鈴がその場に崩れ落ちた。
何が起きたのか理解できていない火鈴──だが、戦いを客観的に見ていた者たちは、すぐに理解した。
火鈴が剛爪を振り上げた瞬間、聡太の前蹴りが火鈴の腹部にねじ込まれていたのだ。
何の変哲もない、ただの前蹴り──だがそれは、火鈴の突っ込む勢いによって、尋常ならざる威力へと昇華している。
的確に鳩尾を貫いたその一撃は──並みの人間ならば、復帰するのに相当の時間を要するだろう。
「ふぐぅ、ぁ──【部分竜化】ぁッ!」
怯んだ──と見せかけ、竜の尻尾を生やして攻撃。
下手な鞭撃を上回る一撃が、風を切りながら聡太の足元に迫り──
「……遅い」
その場で軽くジャンプし、尻尾による攻撃を回避。さらに、上から木刀で突き刺した。
貫通能力を持たない木刀のため、竜の尻尾を貫く事はないが──これが本物の刀だったら、火鈴の尻尾は串刺しにされていた事だろう。
その事に気付いたのか、火鈴の顔から血の気が引いていった。
あえて恐怖を与えるように、聡太は尻尾を右足で踏み付け、冷え切った声で言った。
「……まだ続けるか?」
「──っ! もち、ろんッ!」
竜化した足で蹴りを放ち──聡太が蹴撃を避けた瞬間、踏まれていた尻尾を素早く抜いた。
流れるように右腕を構え、聡太に向けて放つが──
「単純だな」
「へっ──」
聡太が火鈴に木刀を向け、剣先で迫る竜拳に触れた。
たったそれだけの動作で──火鈴の拳撃が逸らされ、聡太の顔の左横を通り過ぎる。
それを見届ける間も無く、聡太が素早く懐に潜り込み、火鈴の右肩に木刀を振るった。
本物の刀なら──火鈴は袈裟斬りにされていた事だろう。
大きく後ろに飛び退き、木刀の先を火鈴に向けて言った。
「まだ、続けるか?」
「当たり前っ、でしょ〜……!」
苦痛に顔をしかめているが、戦意だけは消えていない。
これは、思ったよりも面倒臭そうだ──そう思いながら、聡太は飛び掛かってくる火鈴に木刀を振るった。
────────────────────
「はあー……! はあー……!」
「おい。いい加減に諦めたらどうだ?」
「いや……! 絶対にっ、諦めないんだから〜……!」
──聡太と火鈴の戦いが始まってから、何時間が経過しただろうか。
何度も何度も火鈴が聡太に攻撃を仕掛けるが──その度に、カウンターを食らっている。
全身アザだらけの火鈴の姿は……誰が見ても痛々しいと感じる事だろう。
「優子。歯痒いだろうけど、今は我慢して」
「……わかってる」
これは聡太と火鈴の戦い。
小鳥遊が火鈴に【回復魔法】を使うのは許されない。
「はぁ……何がお前をそこまで必死にさせるんだよ……」
大きくため息を吐き、思わず火鈴に問い掛ける。
「……何が、って……決まってるでしょ〜?」
「ああ?」
「もう聡ちゃんを、一人にしたくないからだよ〜」
両腕両足、さらに翼と尻尾に角。
ほぼ全身が竜と化した火鈴が、過去を悔やむような表情を見せる。
「もう聡ちゃんを一人にしたくない。もう聡ちゃんを一人にしない。あたしだけじゃない、みんなそう思ってる……だから、聡ちゃんに付いて行くの。一人にしないために、絶対」
おそらく、聡太が『大罪迷宮』に落ちた時の事を言っているのだろう。
……ああ。やっぱり変わらない。
りんちゃんは、やっぱり優しいままだ。
だから──お前は、俺と一緒にいちゃダメだ。
「………………はぁ……わかった。もうやめだ」
ガシガシと乱暴に頭を掻き、木刀を下ろす。
その仕草に、言葉に、生徒たちは聡太が降参したのだと思った。火鈴の心に、火鈴の諦めない強さに、聡太が折れたのだと思った。
だが──膨れ上がった聡太の覇気を感じて、その思いはただの希望だったのだと感じさせられる。
「どれだけボコボコにしても、お前が諦めない事がわかった。だから、手加減するのはもうやめだ」
──ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……何かが脈打つような音が、静かな訓練所の中に響き渡る。
音の出所は──聡太の体だ。
「ミリア、さっき渡した短刀を寄越せ」
「は、はい」
火鈴との戦いの前に、ミリアに渡しておいた『黒曜石の短刀』と同じサイズの木製の短刀──それを受け取る。
「そ、ソーター……」
「大丈夫だ。まだ呑まれてない」
脈打つ音が聞こえる度に、聡太の体に赤黒い模様が浮かび上がる。
腕に、足に、手に、顔に──やがて、聡太の全身を赤黒い模様が覆った。
聡太の背中に刻まれる『大罪人』の紋様が、昼間であるにも関わらず明るく輝き始める。
そして──聡太の黒瞳が、赤瞳へと変化した。
「……火鈴。お前の諦めない心、誰かを救おうとする優しい心に敬意を表し──」
【憤怒に燃えし愚か者】を発動した聡太が、木刀を右手に持ち、木製の短刀を左手で逆手に構える。
「全身全霊、全力の本気で──諦めさせてやる」
先ほどまで、火鈴の攻撃を受け、返し、捌き、応じていた聡太が。
──これからは自分からも攻めると、言外に言っている。
「ぁ、う……」
聡太の放つ覇気を受け、火鈴が怯えたように身を固めた。
……そうだ。それで良いんだ。
もう俺に関わるな。俺の事は放っておけ。
「どうした。やめておくか?」
──もう聡ちゃんを一人にしたくない。もう聡ちゃんを一人にしない。
火鈴の言う通りだ。一人は嫌だ。また『大罪迷宮』で一人になると考えたら、頭がどうにかなってしまいそうだ。
だから──俺以外の奴らには、この気持ちを味わって欲しくない。
この気持ちを知っているのは、俺だけで良い。俺に付いて来れば、もしかしたら……一人になる事があるかも知れない。
「──っ……! やめ、ない!」
──なんで。
なんで、諦めてくれない。なんで、放っておいてくれない。
「そうか──どうなっても知らねぇぞ」
聡太が膝を曲げ、地面を蹴った。
次の瞬間──聡太の姿が消えた。
「──【竜人化】っ!」
咄嗟に竜人へ変身したのは、本能だったのか。
火鈴の全身を赤い鱗が覆った──次の瞬間、火鈴の頭部に重い衝撃。
突然の衝撃に、火鈴は簡単に吹き飛ばされ──先ほどまで火鈴が立っていた所に、聡太が立っていた。
「……【竜人化】か……」
人の姿を保ったまま、竜に変身する【技能】。
【部分竜化】のように体の一部分が肥大化する事なく、全身を竜鱗で覆う事ができる。
「あ、ぅぅ……」
頭を振りながら立ち上がり、聡太の姿を探すが──いない。
それも当然だろう。
だって聡太は──今、火鈴は背後にいるのだから。
「後ろ──」
【気配感知】で聡太を見つけたのか、それとも【竜人化】による本能で察したのか、火鈴が振り返る──その直前。
聡太が逆手に持っていた木製の短刀を順手に持ち変え、二本の木刀をX字に振るった。
火鈴の背中に二本の木刀が叩き込まれ──前に転がるようにして、火鈴がぶっ飛んだ。
「いっ……たぁ……」
頭を押さえて体を起こす火鈴──その目の前に、聡太が現れた。
無防備な火鈴の頭部に再び木刀を振るい──火鈴が木刀で吹き飛ばされる光景を幻視して、ギュッと目を閉じる。
だが……いつまで経っても、衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると……木刀を寸止めした聡太がいた。
「……もういいだろ。お前じゃ俺に一撃入れる事すらできないんだ」
木刀を下ろして、冷たい赤瞳で火鈴を見下ろす。
「まだ諦めないと言うなら──もう躊躇はしないぞ」
グッと唇を噛み……火鈴が顔を俯かせた。
──やっと諦めたか。
そう思い、聡太が火鈴から視線を逸らし──
「………………い、や──!」
──チリッと。肌が焼け付くような感覚。
そして──ドクンッと、何かが脈打つような音。
……聡太の体からではない。まさか──
勢い良く振り向いた聡太は──驚愕した。
──火鈴の腹部にある茶色の紋様から、目を閉じてしまうほど眩しい光が漏れている。
「イやァっ! アぁっ、ああアぁああァあああアアああああアああッッ!!」
「これは──ミリアッ!」
「はいっ!」
脈打つ音が聞こえる度に、火鈴の体に茶色の模様が刻まれていく。
火鈴の体を覆っていた赤色の竜鱗が──全て茶色に変色。
そして……赤と黒の瞳が、茶色に染まった。
ミリアの瞳に浮かんでいた幾何学的な模様が消え──驚愕に震える唇を開いた。
「……【暴食に囚われし飢える者】……これは、まさか──」
「俺と同じ、感情で発動する【大罪技能】……?! ハピィッ! 長い方の刀を寄越せッ!」
「お、おー! ちゃんと取ってねー!」
ハルピュイアが鞘に収まった状態の『紅桜』を聡太に向かって蹴り飛ばし──持っていた二本の木刀を投げ捨て、聡太は飛んでくる刀を受け取った。
『紅桜』を素早く左腰にぶら下げ、柄を握ってゆっくりと抜く。
「カあっ、はアッ、アあああァあアあああッッ!!」
「ミリアッ! 俺たちを囲めッ! 全力でだッ!」
「はい──『第五重禁匣結界』っ!」
聡太と火鈴を囲むように、黒色の結界が現れる。
結界の上の部分が開いているのは……酸素不足にならないようにするためだろう。
酸素すら通さない【守護魔法】は、こういう時に少し工夫をしなければならない。
「ああアぁあァあアアああアアアあぁあああアああああああアあアッッ!!」
「チッ……! 最初の頃の俺と同じで、【技能】に呑まれてんのか……! 多少のケガは許せよ、火鈴ッ!」
【憤怒に燃えし愚か者】と【暴食に囚われし飢える者】。
感情で発動する二つの【技能】が。
──今、激突した。
「ああ」
「は〜い」
鍔の付いた木刀を片手に、聡太は火鈴と向き合った。
──太ももの半分までしかない短い黒のズボン(パンツ?)に、サラシでグルグル巻きにされた胸部。それ以外の衣類は身に付けていない。
ハルピュイアの格好も露出が多いが、火鈴はそれ以上だ。
なんと言うか……スゴく目のやり場に困る。
「では──始めッ!」
そんな事を考えている間に、セシル隊長が勝負開始の合図を出した。
さて、やるか。
そう思い、木刀の切っ先を上げた──瞬間だった。
──目の前に、火鈴がいた。
「はぁぁ──ッ!」
いつの間に【技能】を発動していたのか、火鈴の両足と右腕に【部分竜化】が発動している。
その兵器とも言える剛爪を振りかぶり、聡太に向けて振り下ろす──その直前。
「ふぐッ──ぶっ、うぅ……ッ?!」
【部分竜化】していない左手で腹部を押さえ、火鈴がその場に崩れ落ちた。
何が起きたのか理解できていない火鈴──だが、戦いを客観的に見ていた者たちは、すぐに理解した。
火鈴が剛爪を振り上げた瞬間、聡太の前蹴りが火鈴の腹部にねじ込まれていたのだ。
何の変哲もない、ただの前蹴り──だがそれは、火鈴の突っ込む勢いによって、尋常ならざる威力へと昇華している。
的確に鳩尾を貫いたその一撃は──並みの人間ならば、復帰するのに相当の時間を要するだろう。
「ふぐぅ、ぁ──【部分竜化】ぁッ!」
怯んだ──と見せかけ、竜の尻尾を生やして攻撃。
下手な鞭撃を上回る一撃が、風を切りながら聡太の足元に迫り──
「……遅い」
その場で軽くジャンプし、尻尾による攻撃を回避。さらに、上から木刀で突き刺した。
貫通能力を持たない木刀のため、竜の尻尾を貫く事はないが──これが本物の刀だったら、火鈴の尻尾は串刺しにされていた事だろう。
その事に気付いたのか、火鈴の顔から血の気が引いていった。
あえて恐怖を与えるように、聡太は尻尾を右足で踏み付け、冷え切った声で言った。
「……まだ続けるか?」
「──っ! もち、ろんッ!」
竜化した足で蹴りを放ち──聡太が蹴撃を避けた瞬間、踏まれていた尻尾を素早く抜いた。
流れるように右腕を構え、聡太に向けて放つが──
「単純だな」
「へっ──」
聡太が火鈴に木刀を向け、剣先で迫る竜拳に触れた。
たったそれだけの動作で──火鈴の拳撃が逸らされ、聡太の顔の左横を通り過ぎる。
それを見届ける間も無く、聡太が素早く懐に潜り込み、火鈴の右肩に木刀を振るった。
本物の刀なら──火鈴は袈裟斬りにされていた事だろう。
大きく後ろに飛び退き、木刀の先を火鈴に向けて言った。
「まだ、続けるか?」
「当たり前っ、でしょ〜……!」
苦痛に顔をしかめているが、戦意だけは消えていない。
これは、思ったよりも面倒臭そうだ──そう思いながら、聡太は飛び掛かってくる火鈴に木刀を振るった。
────────────────────
「はあー……! はあー……!」
「おい。いい加減に諦めたらどうだ?」
「いや……! 絶対にっ、諦めないんだから〜……!」
──聡太と火鈴の戦いが始まってから、何時間が経過しただろうか。
何度も何度も火鈴が聡太に攻撃を仕掛けるが──その度に、カウンターを食らっている。
全身アザだらけの火鈴の姿は……誰が見ても痛々しいと感じる事だろう。
「優子。歯痒いだろうけど、今は我慢して」
「……わかってる」
これは聡太と火鈴の戦い。
小鳥遊が火鈴に【回復魔法】を使うのは許されない。
「はぁ……何がお前をそこまで必死にさせるんだよ……」
大きくため息を吐き、思わず火鈴に問い掛ける。
「……何が、って……決まってるでしょ〜?」
「ああ?」
「もう聡ちゃんを、一人にしたくないからだよ〜」
両腕両足、さらに翼と尻尾に角。
ほぼ全身が竜と化した火鈴が、過去を悔やむような表情を見せる。
「もう聡ちゃんを一人にしたくない。もう聡ちゃんを一人にしない。あたしだけじゃない、みんなそう思ってる……だから、聡ちゃんに付いて行くの。一人にしないために、絶対」
おそらく、聡太が『大罪迷宮』に落ちた時の事を言っているのだろう。
……ああ。やっぱり変わらない。
りんちゃんは、やっぱり優しいままだ。
だから──お前は、俺と一緒にいちゃダメだ。
「………………はぁ……わかった。もうやめだ」
ガシガシと乱暴に頭を掻き、木刀を下ろす。
その仕草に、言葉に、生徒たちは聡太が降参したのだと思った。火鈴の心に、火鈴の諦めない強さに、聡太が折れたのだと思った。
だが──膨れ上がった聡太の覇気を感じて、その思いはただの希望だったのだと感じさせられる。
「どれだけボコボコにしても、お前が諦めない事がわかった。だから、手加減するのはもうやめだ」
──ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……何かが脈打つような音が、静かな訓練所の中に響き渡る。
音の出所は──聡太の体だ。
「ミリア、さっき渡した短刀を寄越せ」
「は、はい」
火鈴との戦いの前に、ミリアに渡しておいた『黒曜石の短刀』と同じサイズの木製の短刀──それを受け取る。
「そ、ソーター……」
「大丈夫だ。まだ呑まれてない」
脈打つ音が聞こえる度に、聡太の体に赤黒い模様が浮かび上がる。
腕に、足に、手に、顔に──やがて、聡太の全身を赤黒い模様が覆った。
聡太の背中に刻まれる『大罪人』の紋様が、昼間であるにも関わらず明るく輝き始める。
そして──聡太の黒瞳が、赤瞳へと変化した。
「……火鈴。お前の諦めない心、誰かを救おうとする優しい心に敬意を表し──」
【憤怒に燃えし愚か者】を発動した聡太が、木刀を右手に持ち、木製の短刀を左手で逆手に構える。
「全身全霊、全力の本気で──諦めさせてやる」
先ほどまで、火鈴の攻撃を受け、返し、捌き、応じていた聡太が。
──これからは自分からも攻めると、言外に言っている。
「ぁ、う……」
聡太の放つ覇気を受け、火鈴が怯えたように身を固めた。
……そうだ。それで良いんだ。
もう俺に関わるな。俺の事は放っておけ。
「どうした。やめておくか?」
──もう聡ちゃんを一人にしたくない。もう聡ちゃんを一人にしない。
火鈴の言う通りだ。一人は嫌だ。また『大罪迷宮』で一人になると考えたら、頭がどうにかなってしまいそうだ。
だから──俺以外の奴らには、この気持ちを味わって欲しくない。
この気持ちを知っているのは、俺だけで良い。俺に付いて来れば、もしかしたら……一人になる事があるかも知れない。
「──っ……! やめ、ない!」
──なんで。
なんで、諦めてくれない。なんで、放っておいてくれない。
「そうか──どうなっても知らねぇぞ」
聡太が膝を曲げ、地面を蹴った。
次の瞬間──聡太の姿が消えた。
「──【竜人化】っ!」
咄嗟に竜人へ変身したのは、本能だったのか。
火鈴の全身を赤い鱗が覆った──次の瞬間、火鈴の頭部に重い衝撃。
突然の衝撃に、火鈴は簡単に吹き飛ばされ──先ほどまで火鈴が立っていた所に、聡太が立っていた。
「……【竜人化】か……」
人の姿を保ったまま、竜に変身する【技能】。
【部分竜化】のように体の一部分が肥大化する事なく、全身を竜鱗で覆う事ができる。
「あ、ぅぅ……」
頭を振りながら立ち上がり、聡太の姿を探すが──いない。
それも当然だろう。
だって聡太は──今、火鈴は背後にいるのだから。
「後ろ──」
【気配感知】で聡太を見つけたのか、それとも【竜人化】による本能で察したのか、火鈴が振り返る──その直前。
聡太が逆手に持っていた木製の短刀を順手に持ち変え、二本の木刀をX字に振るった。
火鈴の背中に二本の木刀が叩き込まれ──前に転がるようにして、火鈴がぶっ飛んだ。
「いっ……たぁ……」
頭を押さえて体を起こす火鈴──その目の前に、聡太が現れた。
無防備な火鈴の頭部に再び木刀を振るい──火鈴が木刀で吹き飛ばされる光景を幻視して、ギュッと目を閉じる。
だが……いつまで経っても、衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると……木刀を寸止めした聡太がいた。
「……もういいだろ。お前じゃ俺に一撃入れる事すらできないんだ」
木刀を下ろして、冷たい赤瞳で火鈴を見下ろす。
「まだ諦めないと言うなら──もう躊躇はしないぞ」
グッと唇を噛み……火鈴が顔を俯かせた。
──やっと諦めたか。
そう思い、聡太が火鈴から視線を逸らし──
「………………い、や──!」
──チリッと。肌が焼け付くような感覚。
そして──ドクンッと、何かが脈打つような音。
……聡太の体からではない。まさか──
勢い良く振り向いた聡太は──驚愕した。
──火鈴の腹部にある茶色の紋様から、目を閉じてしまうほど眩しい光が漏れている。
「イやァっ! アぁっ、ああアぁああァあああアアああああアああッッ!!」
「これは──ミリアッ!」
「はいっ!」
脈打つ音が聞こえる度に、火鈴の体に茶色の模様が刻まれていく。
火鈴の体を覆っていた赤色の竜鱗が──全て茶色に変色。
そして……赤と黒の瞳が、茶色に染まった。
ミリアの瞳に浮かんでいた幾何学的な模様が消え──驚愕に震える唇を開いた。
「……【暴食に囚われし飢える者】……これは、まさか──」
「俺と同じ、感情で発動する【大罪技能】……?! ハピィッ! 長い方の刀を寄越せッ!」
「お、おー! ちゃんと取ってねー!」
ハルピュイアが鞘に収まった状態の『紅桜』を聡太に向かって蹴り飛ばし──持っていた二本の木刀を投げ捨て、聡太は飛んでくる刀を受け取った。
『紅桜』を素早く左腰にぶら下げ、柄を握ってゆっくりと抜く。
「カあっ、はアッ、アあああァあアあああッッ!!」
「ミリアッ! 俺たちを囲めッ! 全力でだッ!」
「はい──『第五重禁匣結界』っ!」
聡太と火鈴を囲むように、黒色の結界が現れる。
結界の上の部分が開いているのは……酸素不足にならないようにするためだろう。
酸素すら通さない【守護魔法】は、こういう時に少し工夫をしなければならない。
「ああアぁあァあアアああアアアあぁあああアああああああアあアッッ!!」
「チッ……! 最初の頃の俺と同じで、【技能】に呑まれてんのか……! 多少のケガは許せよ、火鈴ッ!」
【憤怒に燃えし愚か者】と【暴食に囚われし飢える者】。
感情で発動する二つの【技能】が。
──今、激突した。
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