初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

48話

「──何だと?」

 ──昼過ぎ。
 広間に響いた男の声に、その場にいた三人の少年少女が視線を向けた。

「……その報告は、確かなのか?」
「は、はい。自分も、耳を疑っておりますが……どうやら、事実のようです」
「そうか……報告ご苦労。下がって良いぞ」
「はっ。失礼します」

 頭を下げ、騎士の男が広間を後にする。

「……セシル隊長、どうしたんだ? 何かあったのか?」

 怪訝そうに眉を寄せながら、勇輝がセシル隊長に問い掛ける。

「……『獣人族ワービースト』の暮らす国『アルドローリア』が、『十二魔獣』によって破壊されたらしい」
「『十二魔獣』……って事は、どうするんだ? オレらの目的は『十二魔獣』を殺す事だけど、今は聡太の捜索が最優先だろ?」
「いや……その『十二魔獣』は、すでに討伐されたらしい」

 言いながら、セシル隊長が勇輝に目を向けた。
 その顔は──喜びを隠し切れないと言わんばかりに明るい。

「報告によれば、『森精族エルフの里』がある『フォルスト大森林』にも、『十二魔獣』と思われる化物の死体があったとか」
「へぇ……強い人がいるのね」

 セシル隊長の言葉に、破闇がどこか感心したような反応を示す。

「で、でも……私たち以外が、『十二魔獣』を討伐したって事ですよね? だったら、一体誰が……?」

 小鳥遊の疑問を聞き──セシル隊長が、先ほどの騎士が言っていた事を口にした。

「──黒髪黒目の『人類族ウィズダム』」
「えっ?」
「刀を使う黒髪黒目の『人類族ウィズダム』が、『獣人族ワービースト』の国を滅ぼした『十二魔獣』を討伐したそうだ」
「黒髪に、黒目の……」
「刀を使う『人類族ウィズダム』って……まさか──!」

 三人が顔を見合わせ、セシル隊長が力強く頷いた。

「ああ。ソータかも知れん」
「マジか……!」

 勇輝が拳を握り、大きくガッツポーズを取った。
 破闇もいつもの表情を崩し、小鳥遊と手を取り合って喜んでいる。

「いつの間に『大罪迷宮』の外に出たのかは知らんが……黒髪黒目の人間なんて、こっちの世界では数少ない。ソータと思って良いだろう」
「だったら、聡太の所に行こうぜ!」
「落ち着け。その場所がわからないから困っているのだ」

 喜びから一転、セシル隊長の言葉に勇輝が首を傾げる。

「場所がわからないって……なんでだ?」
「『十二魔獣』を討伐した後、その『人類族ウィズダム』はすぐに出発したそうだ。どこに行ったかもわからんし、そもそも一ヶ月近く前の話だ。その『人類族ウィズダム』がどこにいるかわからん」
「そうか……クソっ、聡太かも知れねぇのに……」

 焦りと歯痒さが混ざり合い、複雑な表情を見せる勇輝。
 そんな勇輝を見て、セシル隊長が話題を変えるように口を開いた。

「それにしても、トウマは遅いな。何かあったのか?」

 セシル隊長の言葉に──破闇と小鳥遊が苦虫を噛み潰したような表情になる。

「討魔は……、王女様に捕まってるんでしょうね」
「あはは……うん。そうだろうね」

 聡太が『大罪迷宮』に落ちたあの日、『イマゴール王国』の国王とその娘が、『地精族ドワーフ』の国『アーダンディルグ』からこの国に帰って来た。
 そこで初めて勇者と国王が出会い──剣ヶ崎と王女様が出会ってしまった。
 どうやら、王女様が剣ヶ崎に一目惚れしたらしい。
 それからというもの、王女様が剣ヶ崎に猛アプローチしており──真面目人間な剣ヶ崎がそれを断れるはずもなく、『お茶会』という名目で、二人きりで話をしている。

「幼馴染みのお前ら的には、剣ヶ崎の事が心配なんだろうな」
「え? 私は別に、討魔の事は心配してないわよ?」
「む、むしろ、あの王女様の方が心配だよねっ」
「えぇ。今は特に問題なさそうだけど……討魔は私と優子がフォローしないと、周りの人とすぐに揉める人間だから」
「討魔くんが失礼な事を言って王女様の機嫌を損ねないか……不安だよね」

  どうやら、苦労人の二人は剣ヶ崎の心配ではなく王女様の心配をしていたらしい。
 あの勘違い人間が、王女様に何か失礼な事をしないか……そこを心配しているようだ。

「……………」
「……? セシル隊長、さっきから黙ってどうしたんだ?」
「いや、さっきの話なのだが……ここにいる者だけの秘密にしないか?」

 セシル隊長の提案に、三人が驚いたように目を開く。

「なんでだ? 一応、川上先生とかには言っといた方が良くないか?」
「考えてみろ。この事を勇者全員に言って、カリンの耳に入ったら──アイツはまた、一人で行動を始めるだろう」
「……まあ、そうかも知れねぇけどよ」
「カワカミ殿も、この事を聞けば……他の勇者に伝えると考えられる。だから、この場にいる者だけの秘密にするぞ」

 そこまで話して──ガチャッと、広間の扉が開けられた。
 四人が扉に目を向け──そこに、少女がいた。

「……カリンか。どうした?」
「ちょっと外に出て、訓練でもしよっかな~って思って。セシル隊長に許可を貰いに来たんですよ~。黙って行ったら、セシル隊長怒るでしょ~?」

 赤と黒が混ざった髪を揺らしながら、火鈴が赤色と黒色の色違いの瞳オッドアイを細める。

「あれ~? 剣ヶ崎くんはいないんだね~」
「……えぇ、また王女様に絡まれてるわ」
「は~。大変だね~」

 へらへらと笑っているが──火鈴の瞳は、全く別の感情を映している。
 ──古河 聡太の事が心配だ。
 誰が見てもそう読み取れる笑顔に、四人が何とも言えない表情になった。

「……獄炎、オレが訓練に付き合ってやろうか?」
「鬼龍院くんが~?」
「おう。オレも体動かしてぇと思ってたしよ。そこら辺のモンスターよりは訓練になるぜ?」
「……そうだね~。じゃ、お願いしよっかな~」
「おっし。つーわけだ、セシル隊長。また後でな」

 セシル隊長に一言ひとこと言い残し、火鈴と勇輝が広間を出ていく。

「……獄炎さん、辛そうね」
「うん……古河くんと仲良しだったもんね」
「あの二人って、付き合ってたのかしら?」
「うーん……よくわかんないね。古河くんって、鬼龍院くんと獄炎さんの二人としか話してなかったし……」

 首を傾げる二人──と、再び広間の扉が開けられた。

「──チッ……チョロチョロ付いて来ンじゃねェ」
「ん…………でも、虎之介……私、いないと……いつも、迷子に……なって、た……だから、心配……」
「うっせェ。いつまでもガキじゃァねェンだァ。迷子になンざならねェよォ」
「嘘……さっき、まで……広間、への……行き方、わからなくて……ウロウロ、してた……」

 小柄な少女の言葉に、金髪の少年が不愉快そうに舌打ちする。

「水面さん、土御門君。朝食には顔を出さなかったけど、どうしたのかしら?」
「あァ? ……腹が減ってなかっただけだってのォ」
「……一人で、食堂に……行こうと、して……虎之介が、迷子に……なって、た……」
「てめェコラ雫ゥ……」
「私は、虎之介を……探してて、朝ごはんに……行けな、かった……」

 土御門のひたいに青筋が浮かび、鋭い瞳をさらに細めて水面を上から睨み付ける。
 このまま口喧嘩したら勝てない──そう思ったのか、土御門が水面から視線を外し、広間の奥へと歩みを進めた。

「ンでェ、他の奴らはどうしたンだァ?」
「討魔は王女様の所。鬼龍院君と獄炎さんは訓練所に向かったわ。川上先生と氷室さんは図書館。遠藤君と宵闇君は……多分、訓練所にいるはずよ」
「はン……マジメな奴らばっかだなァ」
「ん……不真面目、なの……虎之介、ぐらいっ……」
「ぶン殴るぞ雫ゥ」

 同じ幼馴染みでも、自分たちとは全然違う接し方だな──そんな事を思い、破闇と小鳥遊が苦笑を浮かべた。

「土御門くんと水面さんって、仲良しだよね!」
「あァ? 気色わりィ事言うンじゃねェ小鳥遊ィ……イラッてすンだろうがァ」
「い、イラッ?!」

 土御門の言葉に、小鳥遊が若干じゃっかんショックを受けたような表情になる。

「……つーかよォ。ずっと気になってたンだがァ、あの王女は剣ヶ崎に惚れてンのかァ?」
「多分、ね」
「はァ……相変わらずモテるなァ、アイツゥ」

 近くにあった椅子にドカッと座り、土御門が凶悪な顔を苦笑に歪める。

「それよりィ……さっきィ、気になる事ォ話してたよなァ?」
「気になる事……って何かしら?」
「誤魔化すンじゃねェ──古河が生きてるとか言ってただろうがよォ」

 ──ピリッと、室内の空気が張り詰める。

「……聞こえていたのか」
「あァ。オレの【技能】……忘れたわけじゃァねェだろォ?」

 土御門の【技能】──【獣化】と【部分獣化】。
 この【技能】の副次効果により、土御門の嗅覚と聴覚は、獣のように鋭くなっている。

「……聞かれていたのなら、仕方がない。だが、他の者には内緒にしろよ? 特にカリンにはな」
「あァ……ンでェ、古河が生きてるってのァどういう事だァ?」
「生きてるかも知れないという話だ。まだ可能性の域を出ていない」
「……でもォ、生きてるかも知れねェンだなァ?」

 土御門の問いに、セシル隊長が無言で頷く。

「……だってよォ、雫ゥ。他の奴らには言うなよォ?」
「ん……特に、火鈴には……絶対に、言わない……」
「そしたらよォ、もう『大罪迷宮』には行かねェって事かァ?」
「いや……カリンに怪しまれてはいけないからな。これからも『大罪迷宮』には行く」

 勇輝たちは──まだ知らない。
 黒髪の『人類族ウィズダム』が、『イマゴール王国』に向かっている事を。
 そして、遠くない未来に、古河 聡太と再会できる事を。

 ──今はまだ知らない。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品