初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

34話

「──おっしゃー! 行こ行こー!」
「おい引っ張んな」

 ──早朝。
 朝早く『ビフルズ大森林』を出発した聡太たちは……ハルピュイアに引っ張られるまま、次の目的地である『シャイタン大峡谷』を目指していた。

「行くぞー! 行っくぞー!」
「……落ち着けハピィ」
「落ち着いてるよー!」

 聡太の手を掴んでいる方とは逆の腕を振り回し、ハルピュイアが明るい笑みを聡太に向ける。

「あのな……俺の目的は、『十二魔獣』を殺す事だ。昨日話したよな?」
「うん!」
「お前の家族を探す事はしない。旅の途中で会えればいいなってレベルの話だ。これも説明したよな?」
「うん!」
「…………本当にわかってるか?」
「うん! だから早く行こー! それで、みんなを探すのー!」

 グイグイと聡太の袖を引っ張り、上機嫌に先へと進む。

「ハピィ、ソータ様が困ってます」
「えー? 困ってないよー?」
「困ってますっ、手を放してください!」
「ええー?!」

 ギャーギャーと騒がしい二人に、思わず苦笑が漏れる。
 ……随分と、騒がしくなったものだ。
 『大罪迷宮』の深下層に落ちた時には、考えられないほどに。

「……ほら、あんまり騒ぐな」

 一人じゃないと、こんなに気が楽なのか。
 もちろん、ミリアとハルピュイアに対して完全に心を許したわけではない。
 だが……信用ぐらいはしても大丈夫だろう。

「あ……」
「……なんだ、どうした?」
「……ソータ様がそんなに優しく笑ったの、初めて見ました」

 ミリアの言葉に、聡太が自分の口元へ手を当てた。
 ……笑った? 今? 俺が?

「気が緩んだか……引き締め直さないとな」

 次の目的地は『大罪迷宮』。聡太の中では軽くトラウマだ。
 気を引き締め直さないといけないのはわかっている。
 だけど……少しは、いいだろう?
 独りで『大罪迷宮』を抜け出した。その先にいた『十二魔獣』を討伐した。ついでに『獣人族ワービースト』を救って、感情の【技能】に呑まれなくなった。
 これだけ頑張ったんだ。
 ──少しぐらい、気を緩めてもいいだろう?

「ミリア、『シャイタン大峡谷』への道中に人の暮らす場所ってあるか?」
「……いえ。記憶している限りでは、無かったと思います」
「そうか……なら、『大罪迷宮』を攻略するまでは野宿だな」

 白いローブをひるがえし、聡太が目的地の方向へ視線を向けた。

「さあ──行こうか」
「はい!」
「おー!」

────────────────────

「──はぁッ!」

 美しい聖剣が斜めに振るわれ──三メートルを越すゴーレムの足を斬り裂いた。
 返す刃で再び足を斬り付け、素早く地面を蹴ってゴーレムから距離を取る。

「ォォォ……オ、オオオオオオ……」

 迷宮内に響く重低音。
 奇妙な声を発しながらゴーレムが腕を振り上げ、目の前の獲物を叩き潰さんと──

「させっかよッ! 【増強】、【鉄壁】ッ!」

 少年の前に出た巨漢が両腕を上に向け──振り下ろされる鉄腕を受け止める。
 足が地面にめり込み、迷宮内に亀裂が走るが──完全に威力を殺して受け止めきった。

「うおっ──しゃらぁッッ!!」

 ゴーレムの腕を抱え込み──背負い投げ。
 三メートルを越す鉄の体が簡単に投げ飛ばされ──飛ばされた先には、金髪の少年が。

「はァ──【部分獣化】ァッ!」

 金髪少年の右腕がビキビキと肥大化し──凶悪な変化を遂げていく。
 表面を金色の獣毛が覆い、指先からは命を狩り取る鎌のような爪が生える。
 ゴーレムと比べても引けを取らない大虎のような巨腕を構え──落ちてくるゴーレムに剛爪を振るった。

「がァあああああッッ!!」

 獣のような咆哮を上げながら放たれた剛爪は、ゴーレムの体を簡単に斬り裂き──ゴーレムの左腕を斬り落とした。

「おっしゃあコラァ!」
「下がれ土御門!」

 聖剣を持つ少年が、金髪の少年に声を掛け──聖剣の切っ先を上に向けた。

「シルフ、サラマンダーッ!」
『ああ! やってやろうぜ!』
『……うむ』
「行くぞ──『スピリット・ブレイド』ッ!」

 少年の呼び掛けに従って、聖剣の刀身が紅炎に包まれる。
 それに同時に、刀身から暴風が吹き荒れ──炎と合わさり、まるで巨大な炎の剣のようになった。

「食らえ──【増強】、【斬撃】ッ!!」

 炎風をまとう一撃が、斬撃となって放たれた。
 【増強】によって底上げされた攻撃は、ゴーレムの体を簡単に両断し──迷宮を破壊しながら、さらに遠くへ飛んでいく。

「はあっ、はぁ……ふぅ……あれ、獄炎はどこに行ったのかな?」
「あァ? チッ……アイツゥ、また一人で行動してンのかァ?」

 肩で息をする剣ヶ崎の言葉に、土御門が腕を元に戻しながら舌打ちする。
 ──『ユグルの樹海』にある『大罪迷宮』、地下三十層。
 現在、いくつかの部隊に分かれて、下への階段を探している。
 勇輝、剣ヶ崎、土御門、そして火鈴が第一部隊で、一緒に行動していた……のだが、火鈴の姿が見当たらない。
 ちなみに第二部隊は、破闇、小鳥遊、遠藤、三人。第三部隊は宵闇、氷室、水面、セシル隊長の四人だ。
 川上先生はいつも通り王宮で留守番である。

「まったく……焦る気持ちはわかるが、自分の命も大切だろうに……」
「いや……焦るのもしゃあねぇよ。オレだって……獄炎くらい強かったら、一人で聡太を探したくなるしな」

 服装を整える勇輝が、動かなくなったゴーレムを横目で見ながら──己の弱さを悔やむように、強く拳を握った。

「……つーかよォ、アイツ強くなりすぎじゃねェかァ? こう言っちゃなンだがァ、古河がこの迷宮の下層に落ちた時ィ……アイツは完全に足手まといだっただろォ?」
「強くなるために必死なんだろ。聡太に聞いたんだが、アイツらは知り合いだったらしいしな」

 聞いた所によると、聡太と火鈴は幼馴染みだったのだとか。
 ちなみに勇輝と火鈴は面識がない。高校になって初めて会話を交わした。

「──お。そっちも終わったみたいだね~」

 そんな事を話していると──通路の先から、呑気な声が聞こえた。
 視線を向けると──全身を返り血に染めた、火鈴の姿が。

「獄炎! また勝手に行動していたな?!」
「だって、剣ヶ崎くんたちに合わせてたら遅くなるし~……そんなチンタラしてる間にも、聡ちゃんは一人でこんな迷宮にいるんだよ~?」

 にこにこと笑みを絶やさず、だが言葉には底知れぬ覇気を乗せて。
 剣ヶ崎の肩にポンと手を置き、覇気を込めた声で続けた。

「この先に下への階段があったよ~。みんなを呼んでくるから、ちょっと待っててね~」

 ──お前らに任せると時間が掛かるから、大人しくここで待っていろ。
 言外にそう言われているような気がして……だが反論できず、火鈴の後ろ姿を無言を見送った。

「……強くなったのはわかるがよォ、勝手に行動していいってわけじゃァねェだろうがよォ」
「そう言ってもしょうがねぇよ。とりあえず、獄炎の見つけた下層への階段に向かおうぜ」

 勇輝の言葉に渋々従い、三人は火鈴が歩いてきた通路を進んだ。

「……うわ……これ、全部獄炎がやったのか……?」
「だろうなァ……はっ、デタラメすぎンだろォ」
「……まさか、こんな……」

 目の前に広がる惨状を見て、三人の口から思わず驚愕の言葉が漏れる。
 ──何もかもが、原形をとどめていない。
 バラバラに斬り裂かれたり、乱暴に体を引きちぎられたり……炎に焼かれて絶命したモンスターも見られる。

「……なあ、鬼龍院」
「なんだ?」
「その……古河って、小学生の頃からあんな感じなのか?」
「……急にどうした?」
「いや……何となく気になって……」

 怠惰で面倒臭がり。なのに生徒に希望を与え、率先して戦おうとする意志を持つ。誰にも関わりたくないという思いがありながら、生徒を守るためにモンスターと戦った。
 ──そんな聡太の在り方に、剣ヶ崎は違和感を感じていた。
 何だか……矛盾しているような気がするのだ。

「……まあ、別に話してもいいか。けど、オレから聞いたとか言うなよ?」
「どういう事だ?」
「中学とか小学の頃の話は……ちょっと、色々あってな」
「……何があったんだ?」

 話の先を待つ剣ヶ崎に──勇輝は、あんまり気が進まない様子で言った。

「──聡太は中学の頃、虐められてたんだ」

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