初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが
31話
「……ん」
「ソータ様、どうかしましたか?」
「【気配感知】に何かが引っ掛かった……これは……」
早朝。
『獣人族』と交代で見張りをしていた聡太が、目を細めながら立ち上がった。
聡太の言葉に、ミリアが大きく目を見開き、驚愕に声を震わせながら問い掛ける。
「まさか……?!」
「ああ、来るぞ──!」
右手で『桜花』を抜き、空いている方の手を森の奥へと向けた。
「──『蒼熱線』ッ!」
聡太の手の前に蒼い魔法陣が現れ──そこから渦巻く蒼い熱線が放たれる。
地面を溶かし、木を燃やし、空気を焼きながら森の奥へと飛んでいき──爆発。
鼻の奥が焼けるような熱風が吹き荒れ……突然響いた轟音に、『獣人族』全員が飛び起きた。
「な、なんだ?! 何が起きた?!」
「全員起きろ。多分『十二魔獣』だ……ミリア」
「はい──【鑑定の魔眼】」
もうもうと立ち込める煙に視線を向け──ミリアが警戒心と共に身構えた。
「……《月に吼える魔獣》……間違いありません、『十二魔獣』です」
「そうか……お前は『獣人族』を守ってやってくれ。騒ぎを聞き付けて他のモンスターが寄ってくるかも知れないからな」
「はい!」
「ハルピュイア! 手を貸せ!」
「うー……眠ーい……」
ふらふらと近寄ってくるハルピュイア──だが、天敵を前にして、その表情が切り替わる。
「う……! 牛さん……!」
「ああ……一緒に戦うぞ」
「え? ……あ、うん!」
返答に一瞬間があった事に疑問を感じ、聡太がハルピュイアに目を向けた。
「なんだ、どうかしたか?」
「う、ううん……あのね、ハピィね、今まで1人で戦ってたからね……」
「……そうか……殺るぞ、ハルピュイア。もう2度とみんなが逃げないで良いように、今ここでコイツを……パルハーラを殺す」
「うん! 一緒に頑張ろ、ソータ!」
煙が晴れ──そこには、歪な怪物がいた。
白色の肌の所々に、黒い火傷のような模様が付いている。頭部からは二本の角が生えているが……かなり歪な曲がり方をしている。
テリオンと同じく腕が四本生えており……一言で言えば、二足歩行の牛だ。
ただ……バカみたいに腕が肥大化している。あれで殴られたら、確実に死ぬだろう。
テリオンは女性のように見えなくなかったが……コイツは、確かにその名の通り、魔獣だ。
コイツが《月に吼える魔獣》……聡太が出会った二匹目の『十二魔獣』にして、『獣人族』の国を滅ぼした怪物。
「吹き飛べ──『嵐壁』」
「ぅわ──?!」
パルハーラの足下に緑色の魔法陣が浮かべ上がり──暴風というのも生ぬるいような、嵐が吹き荒れた。
「チッ……重いな……!」
ほんの少し立っていた場所がズレたか、という程度しか動いていない。しかも、ドラゴンの体にも傷を付ける『嵐壁』を受けて、傷一つ付いていない。
ならば──
「沈め──『黒重』ッ!」
不可視の重圧が辺りを覆い──パルハーラが、ほんの少しだけ体勢を崩した。
だが……それだけ。
先ほどの『嵐壁』同様、全くダメージが入っていないように見える。
「ォォォ……ォォォオオオオオンンッッッ!!!」
「チッ──『剛力』ッ!」
パルハーラが雄叫びを上げ、聡太に飛び掛かった。
素早く刀を構え、放たれる拳に狙いを定め──刀を振った。
四本の内の一本から血の華が咲き、目にも止まらぬ早業に、思わずハルピュイアが声に出して驚愕した。
「すっ、すごー! ソータ、すっごくすごー!」
「頭の悪い褒め言葉だな……」
『剛力』により底上げされた脚力で大きく後ろに飛び、再び刀を構える。
──なんだ、コイツ。
冷静を装っているが、内心では目の前の怪物に驚愕していた。
だって、おかしいだろう?
聡太の与えた刀傷が──瞬く間に塞がってしまったのだから。
「……おいおいおい……本格的に化物かよ……!」
「オオオオオオオオオンンンッッッ!!!」
「ソータ様っ! 私も──」
そこまで言って、ミリアは気付いた。
──『獣人族』が、恐怖で動けなくなってしまっている事に。
さらに、不幸は連鎖する。
騒ぎを聞き付けてやってきたのか、森に棲息しているモンスターの群れが集まり始めた。
「──わ、うわ、モンスターだ!」
「嘘……! 『十二魔獣』でも大変なのに……!」
「ハピィも旅の人も、『十二魔獣』と戦っているし……!」
慌てる『獣人族』と戦っている聡太を交互に見て、ミリアがどうするべきか悩むような仕草を見せる。
「わ、私……私は……」
どちらを守るべきか、どちらに手を貸すべきか。ミリアにしては珍しく悩んでいるようだ。
だがそうしている間にも、聡太とハルピュイアはパルハーラ相手に劣勢気味となり、『獣人族』がどんどんモンスターに囲まれていく。
「──ミリアッ!」
「っ……! ソータ、様……?」
「何やってるんだお前! 俺がさっき言った事を忘れたのか?!」
聡太に言われて、ミリアは思い出した。
『お前は『獣人族』を守ってやってくれ。騒ぎを聞き付けて他のモンスターが寄ってくるかも知れないからな』……先ほど、聡太にそう言われた事に。
「……はぁ……」
深く息を吐き──ミリアが、自分の頬を力強く叩いた。
キッと目付きを鋭くするミリアの手の上に、鮮やかな魔法陣が浮かび上がる。
「申し訳ありません! 『獣人族』の安全はお任せください! その代わり、パルハーラは任せます! ──『第三重反射結界』っ!」
『獣人族』に駆け寄り──ミリアたちを守るようにして、赤黒い結界が現れる。
そんなミリアを見て、聡太が笑った。
「やっと調子取り戻したか、あのアホ……」
「ソータ! 来るよ!」
「わかってる。『剛力』」
守る事は、殺す事よりも難しい。
だがミリアには、他人を守る力がある。他人を守る才能がある。
適材適所という言葉がある通り、それぞれに向き不向きが存在するのだ。
ミリアには、ミリアにしか出来ない事をすれば良い。ミリアが出来ない事は、聡太がどうにかする。
苦楽を共にする仲間なのだ。そのぐらい当然──
「なんて、俺らしくねぇよなぁッ! うるぁッ!」
「オオオオオオオオオンンンッッッ?!?!」
『剛力』を発動したまま思い切り刀を振り抜き──パルハーラの右腕の一本がくるくると宙を舞った。
傷の修復はできても、失った部位の修復は不可能だろう。
そんな希望混じりの推測は──だがパルハーラの姿を前に、粉々に砕け散った。
「……無くなった腕も再生すんのかよ……?!」
「ォォォ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!」
生え揃った四本の腕を構え、一際大きく吼えた。
そして──聡太に向かって飛び掛かった。
まさか腕が再生するとは思っていなかった聡太。予想外の出来事を前にして、反応が一瞬だけ遅れた。
その一瞬は、致命的な隙。
飛び掛かってくるパルハーラが拳を放ち──聡太に当たる直前で、パルハーラが勢い良くぶっ飛んだ。
「ふー! ふー! 危なかったー!」
「あ……すまん、助かった」
「気にしないでー! ソータにばっかり任せるのも大変だからねー!」
パルハーラを蹴り飛ばしたハルピュイアが、銀色に輝く脚を構えてそう言った。
あの銀色の装甲は、ハルピュイアの【技能】である【硬質化】によるものだろう。
「……パルハーラ吹っ飛ばすとか、お前の脚力どうなってんだよ」
「たまたまだよー! あの牛さんの足が地面から離れてたからねー、踏ん張れなかったんだと思うよー」
バカのように見えるが、そうでもないのかも知れない。
「それより……お前、今まで単独でアイツの相手をしてたんだろ? スゴいな」
「みんなを守らなきゃだからねー! パパとママとお姉ちゃんと約束したしー!」
「……なあ、アイツには弱点とかねぇのか?」
「んー……わかんないよー……」
「どんな些細な事でもいい。何かないか?」
「えぇー………………あっ」
何かに気付いたのか、吹き飛んでいったパルハーラに目を向けた。
全ての傷が癒え、無傷となった怪物を見て、ハルピュイアが声を上げた。
「あー! いつもと色が違ーう!」
「色……だと?」
「うん! あのね、いつもは全身真っ白なのー! でもね、今日は何だかちょっと黒ーい!」
近寄ってくるパルハーラを見て、聡太はふと違和感に気付いた。
……先ほど再生した腕は、模様など一つも付いていない真っ白な腕だ。
だが……それ以外の場所は、所々に黒いシミのような何かが付いている。
その黒いシミは、まるで火傷のような……
「まさか……」
最初に放った『蒼熱線』。
聡太はてっきり、あの初撃は避けられたのだと思っていた。今までのモンスターの中に、『蒼熱線』を食らって原型を留めていた相手はいなかったからだ。
だが……あの『蒼熱線』が当たっていたのだとしたら?
そうなると、パルハーラの体の所々にあるあの黒いシミは……聡太の『蒼熱線』で付いた火傷、という事になる。
「でも、再生するはずじゃ……?」
そこまで言って、ある一つの可能性に気づいた。
「……ハルピュイア」
「なにー?」
「パルハーラに向かって、俺を蹴っ飛ばせ」
「え……えー?! 危ないよー?!」
「いいから……頼む」
「うー……どうなっても知らないよー!」
腰を落とし、聡太を狙って構える。
「【豪脚】っ!」
「『剛力』」
ハルピュイアの蹴りに合わせ、聡太が足裏をハルピュイアに向けた。
そして、ハルピュイアの足と聡太の足が重なり──ハルピュイアの蹴力と、聡太の『剛力』による跳躍力が合わさって、聡太の体がパルハーラ目掛けて凄まじい勢いで放たれた。
「──『付属獄炎』」
『剛力』を発動したまま、武器に黒い炎を纏わせる。
突然の加速を前に、パルハーラが避けようとするが──間に合わない。
獄炎を宿す刃がパルハーラの首に迫り、その首を斬り離す──寸前で、パルハーラが二本の腕を盾にした。
首から腕へと狙いを変え、両腕を斬り裂き──二本の腕が、地面に落ちた。
「ぅお──ぐふっ?!」
上手く着地できなかったのか、聡太が地面を転がった。
だがすぐに起き上がり、魔法を解除してパルハーラに目を向けた。
「……やっぱり……!」
斬り口が燃え上がり、体の再生を食い止めていた。
やはり……! コイツの再生能力は、炎には通用しない。コイツにダメージを与えるのなら、『蒼熱線』か『付属獄炎』を使わなければならない!
「ォ……ォォォォォォ……」
いつまでも再生しない両腕を見て、パルハーラが苛立ったように──肩口から、己の両腕を引き抜いた。
引き抜いた所から新たな腕が再生し、元通り四本に戻るが……攻撃方法を見つけた聡太には、大した絶望ではない。
「問題は、どうやって攻撃するかだな……!」
『十二魔獣』の恐るべき強さは、その対応能力だろう。
前回のテリオンの時も、聡太のカウンターを簡単に対応された。
故に……ハルピュイアの蹴りで加速する方法は、もう使えないだろう。
「ソータっ!」
「ああ、予想通りだな」
「ソータすっごいよー! なんであの牛さんの弱点がわかったのー?!」
「たまたまだ。あの初撃を避けられてたら、気づくのにもうちょっと掛かったかもな」
強気に笑い、刀を構える。
「炎が弱点なら、ミリアが活躍するんだが……」
ちら、とミリアの方を向き……結界の中にいるミリアが、ジッと聡太を見ている事に気づく。
その眼には一切の曇りが無く……聡太への信頼で輝いている。
……ミリアには、『獣人族』の守護を任せている。
なら俺は……俺ができるのは──
「コイツを、殺す事……!」
目の前で四本の腕を構える魔獣を見て、聡太は──怒りを呼び起こした。
使うしかない。あの力を。
「は、ぁぁぁ……ッ!」
思い出せ、あの時を。
このふざけた世界に召喚され、戦う事を強要され、挙げ句には迷宮の底に突き落とされ、モンスターに殺されかけた、あの日を。
……ドクン。
──憎い。
ドクン……ドクン……
──全てが憎い。
ドクン、ドクン、ドクン。
──殺したい。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
──全てを殺したい。 
ドグンッ、ドグンッ、ドグンッ!
──滅ぼしたい!
ドグンッ! ドグンッ! ドグンッ!
──何を、ではない。全てを!
ドッグンッ! ドッグンッ! ドッグンッ!
ああ、全てが憎い! いっその事、この場にいる生き物全て殺してやろうか?!
「そ、ソータ……?」
「ソータ様! いけません!」
心配そうなハルピュイアの声も、ミリアの大声も、今の聡太の耳には入ってこない。
聡太の体に赤黒い線のような紋様が刻み込まれ、背中の紋様が赤々と輝き始める。
黒色の瞳が血のような赤色に染まり──その瞳で、ハルピュイアを見た。
──うるさい鳥だ。手始めに、この青い鳥から殺してやろうか!
そう思い、聡太が手に持っている刀を構え──大気を震わせるほどの雄叫びが響いた。パルハーラだ。
……そうか。そんなに死にたいか。なら、望み通り今すぐお前から殺してやる──!
「あ、ぇ……? ソータ……?」
ふらり、と聡太が揺れ──直後、パルハーラの腕が真っ二つに斬られていた。
だが、やはり炎以外は無効化するのか……素早く再生し、四本に戻る。
「ダメだよソータ! 炎を使わないと!」
「ハルピュイア! ソータ様から離れてください!」
ハルピュイアが聡太に近寄るが──ギロッと紅い瞳を向けられ、歩みを止めた。
その眼には──先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意が宿っている。
──邪魔をするなら、先にお前を殺してやろうか?
瞳がそう言っているような気がして……ハルピュイアは思わず息を呑んだ。
「─────ッ!」
「ォォォォォオオンンンッッッ!!!」
ニ匹の獣が距離を詰め──目にも止まらぬ攻防を展開。
一歩遅れれば即死の戦いに……ハルピュイアの入り込む余地はない。
「ねぇミリア! ソータどうしちゃったの?!」
「わかりません! けど……今のソータ様は危険です! 敵味方関係なく、目に入る者全てに攻撃します!」
結界の中のミリアが、聡太を見て焦ったように唇を噛み締める。
──あの姿は……テリオンの時と同じだ。
何を言っても聞く耳を持たない、目に入る者全てを傷付ける……殺意の化身。
「ソータ様っ! 気を確かに!」
「ソータ! ソータっ!」
「ソータ様、どうかしましたか?」
「【気配感知】に何かが引っ掛かった……これは……」
早朝。
『獣人族』と交代で見張りをしていた聡太が、目を細めながら立ち上がった。
聡太の言葉に、ミリアが大きく目を見開き、驚愕に声を震わせながら問い掛ける。
「まさか……?!」
「ああ、来るぞ──!」
右手で『桜花』を抜き、空いている方の手を森の奥へと向けた。
「──『蒼熱線』ッ!」
聡太の手の前に蒼い魔法陣が現れ──そこから渦巻く蒼い熱線が放たれる。
地面を溶かし、木を燃やし、空気を焼きながら森の奥へと飛んでいき──爆発。
鼻の奥が焼けるような熱風が吹き荒れ……突然響いた轟音に、『獣人族』全員が飛び起きた。
「な、なんだ?! 何が起きた?!」
「全員起きろ。多分『十二魔獣』だ……ミリア」
「はい──【鑑定の魔眼】」
もうもうと立ち込める煙に視線を向け──ミリアが警戒心と共に身構えた。
「……《月に吼える魔獣》……間違いありません、『十二魔獣』です」
「そうか……お前は『獣人族』を守ってやってくれ。騒ぎを聞き付けて他のモンスターが寄ってくるかも知れないからな」
「はい!」
「ハルピュイア! 手を貸せ!」
「うー……眠ーい……」
ふらふらと近寄ってくるハルピュイア──だが、天敵を前にして、その表情が切り替わる。
「う……! 牛さん……!」
「ああ……一緒に戦うぞ」
「え? ……あ、うん!」
返答に一瞬間があった事に疑問を感じ、聡太がハルピュイアに目を向けた。
「なんだ、どうかしたか?」
「う、ううん……あのね、ハピィね、今まで1人で戦ってたからね……」
「……そうか……殺るぞ、ハルピュイア。もう2度とみんなが逃げないで良いように、今ここでコイツを……パルハーラを殺す」
「うん! 一緒に頑張ろ、ソータ!」
煙が晴れ──そこには、歪な怪物がいた。
白色の肌の所々に、黒い火傷のような模様が付いている。頭部からは二本の角が生えているが……かなり歪な曲がり方をしている。
テリオンと同じく腕が四本生えており……一言で言えば、二足歩行の牛だ。
ただ……バカみたいに腕が肥大化している。あれで殴られたら、確実に死ぬだろう。
テリオンは女性のように見えなくなかったが……コイツは、確かにその名の通り、魔獣だ。
コイツが《月に吼える魔獣》……聡太が出会った二匹目の『十二魔獣』にして、『獣人族』の国を滅ぼした怪物。
「吹き飛べ──『嵐壁』」
「ぅわ──?!」
パルハーラの足下に緑色の魔法陣が浮かべ上がり──暴風というのも生ぬるいような、嵐が吹き荒れた。
「チッ……重いな……!」
ほんの少し立っていた場所がズレたか、という程度しか動いていない。しかも、ドラゴンの体にも傷を付ける『嵐壁』を受けて、傷一つ付いていない。
ならば──
「沈め──『黒重』ッ!」
不可視の重圧が辺りを覆い──パルハーラが、ほんの少しだけ体勢を崩した。
だが……それだけ。
先ほどの『嵐壁』同様、全くダメージが入っていないように見える。
「ォォォ……ォォォオオオオオンンッッッ!!!」
「チッ──『剛力』ッ!」
パルハーラが雄叫びを上げ、聡太に飛び掛かった。
素早く刀を構え、放たれる拳に狙いを定め──刀を振った。
四本の内の一本から血の華が咲き、目にも止まらぬ早業に、思わずハルピュイアが声に出して驚愕した。
「すっ、すごー! ソータ、すっごくすごー!」
「頭の悪い褒め言葉だな……」
『剛力』により底上げされた脚力で大きく後ろに飛び、再び刀を構える。
──なんだ、コイツ。
冷静を装っているが、内心では目の前の怪物に驚愕していた。
だって、おかしいだろう?
聡太の与えた刀傷が──瞬く間に塞がってしまったのだから。
「……おいおいおい……本格的に化物かよ……!」
「オオオオオオオオオンンンッッッ!!!」
「ソータ様っ! 私も──」
そこまで言って、ミリアは気付いた。
──『獣人族』が、恐怖で動けなくなってしまっている事に。
さらに、不幸は連鎖する。
騒ぎを聞き付けてやってきたのか、森に棲息しているモンスターの群れが集まり始めた。
「──わ、うわ、モンスターだ!」
「嘘……! 『十二魔獣』でも大変なのに……!」
「ハピィも旅の人も、『十二魔獣』と戦っているし……!」
慌てる『獣人族』と戦っている聡太を交互に見て、ミリアがどうするべきか悩むような仕草を見せる。
「わ、私……私は……」
どちらを守るべきか、どちらに手を貸すべきか。ミリアにしては珍しく悩んでいるようだ。
だがそうしている間にも、聡太とハルピュイアはパルハーラ相手に劣勢気味となり、『獣人族』がどんどんモンスターに囲まれていく。
「──ミリアッ!」
「っ……! ソータ、様……?」
「何やってるんだお前! 俺がさっき言った事を忘れたのか?!」
聡太に言われて、ミリアは思い出した。
『お前は『獣人族』を守ってやってくれ。騒ぎを聞き付けて他のモンスターが寄ってくるかも知れないからな』……先ほど、聡太にそう言われた事に。
「……はぁ……」
深く息を吐き──ミリアが、自分の頬を力強く叩いた。
キッと目付きを鋭くするミリアの手の上に、鮮やかな魔法陣が浮かび上がる。
「申し訳ありません! 『獣人族』の安全はお任せください! その代わり、パルハーラは任せます! ──『第三重反射結界』っ!」
『獣人族』に駆け寄り──ミリアたちを守るようにして、赤黒い結界が現れる。
そんなミリアを見て、聡太が笑った。
「やっと調子取り戻したか、あのアホ……」
「ソータ! 来るよ!」
「わかってる。『剛力』」
守る事は、殺す事よりも難しい。
だがミリアには、他人を守る力がある。他人を守る才能がある。
適材適所という言葉がある通り、それぞれに向き不向きが存在するのだ。
ミリアには、ミリアにしか出来ない事をすれば良い。ミリアが出来ない事は、聡太がどうにかする。
苦楽を共にする仲間なのだ。そのぐらい当然──
「なんて、俺らしくねぇよなぁッ! うるぁッ!」
「オオオオオオオオオンンンッッッ?!?!」
『剛力』を発動したまま思い切り刀を振り抜き──パルハーラの右腕の一本がくるくると宙を舞った。
傷の修復はできても、失った部位の修復は不可能だろう。
そんな希望混じりの推測は──だがパルハーラの姿を前に、粉々に砕け散った。
「……無くなった腕も再生すんのかよ……?!」
「ォォォ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!」
生え揃った四本の腕を構え、一際大きく吼えた。
そして──聡太に向かって飛び掛かった。
まさか腕が再生するとは思っていなかった聡太。予想外の出来事を前にして、反応が一瞬だけ遅れた。
その一瞬は、致命的な隙。
飛び掛かってくるパルハーラが拳を放ち──聡太に当たる直前で、パルハーラが勢い良くぶっ飛んだ。
「ふー! ふー! 危なかったー!」
「あ……すまん、助かった」
「気にしないでー! ソータにばっかり任せるのも大変だからねー!」
パルハーラを蹴り飛ばしたハルピュイアが、銀色に輝く脚を構えてそう言った。
あの銀色の装甲は、ハルピュイアの【技能】である【硬質化】によるものだろう。
「……パルハーラ吹っ飛ばすとか、お前の脚力どうなってんだよ」
「たまたまだよー! あの牛さんの足が地面から離れてたからねー、踏ん張れなかったんだと思うよー」
バカのように見えるが、そうでもないのかも知れない。
「それより……お前、今まで単独でアイツの相手をしてたんだろ? スゴいな」
「みんなを守らなきゃだからねー! パパとママとお姉ちゃんと約束したしー!」
「……なあ、アイツには弱点とかねぇのか?」
「んー……わかんないよー……」
「どんな些細な事でもいい。何かないか?」
「えぇー………………あっ」
何かに気付いたのか、吹き飛んでいったパルハーラに目を向けた。
全ての傷が癒え、無傷となった怪物を見て、ハルピュイアが声を上げた。
「あー! いつもと色が違ーう!」
「色……だと?」
「うん! あのね、いつもは全身真っ白なのー! でもね、今日は何だかちょっと黒ーい!」
近寄ってくるパルハーラを見て、聡太はふと違和感に気付いた。
……先ほど再生した腕は、模様など一つも付いていない真っ白な腕だ。
だが……それ以外の場所は、所々に黒いシミのような何かが付いている。
その黒いシミは、まるで火傷のような……
「まさか……」
最初に放った『蒼熱線』。
聡太はてっきり、あの初撃は避けられたのだと思っていた。今までのモンスターの中に、『蒼熱線』を食らって原型を留めていた相手はいなかったからだ。
だが……あの『蒼熱線』が当たっていたのだとしたら?
そうなると、パルハーラの体の所々にあるあの黒いシミは……聡太の『蒼熱線』で付いた火傷、という事になる。
「でも、再生するはずじゃ……?」
そこまで言って、ある一つの可能性に気づいた。
「……ハルピュイア」
「なにー?」
「パルハーラに向かって、俺を蹴っ飛ばせ」
「え……えー?! 危ないよー?!」
「いいから……頼む」
「うー……どうなっても知らないよー!」
腰を落とし、聡太を狙って構える。
「【豪脚】っ!」
「『剛力』」
ハルピュイアの蹴りに合わせ、聡太が足裏をハルピュイアに向けた。
そして、ハルピュイアの足と聡太の足が重なり──ハルピュイアの蹴力と、聡太の『剛力』による跳躍力が合わさって、聡太の体がパルハーラ目掛けて凄まじい勢いで放たれた。
「──『付属獄炎』」
『剛力』を発動したまま、武器に黒い炎を纏わせる。
突然の加速を前に、パルハーラが避けようとするが──間に合わない。
獄炎を宿す刃がパルハーラの首に迫り、その首を斬り離す──寸前で、パルハーラが二本の腕を盾にした。
首から腕へと狙いを変え、両腕を斬り裂き──二本の腕が、地面に落ちた。
「ぅお──ぐふっ?!」
上手く着地できなかったのか、聡太が地面を転がった。
だがすぐに起き上がり、魔法を解除してパルハーラに目を向けた。
「……やっぱり……!」
斬り口が燃え上がり、体の再生を食い止めていた。
やはり……! コイツの再生能力は、炎には通用しない。コイツにダメージを与えるのなら、『蒼熱線』か『付属獄炎』を使わなければならない!
「ォ……ォォォォォォ……」
いつまでも再生しない両腕を見て、パルハーラが苛立ったように──肩口から、己の両腕を引き抜いた。
引き抜いた所から新たな腕が再生し、元通り四本に戻るが……攻撃方法を見つけた聡太には、大した絶望ではない。
「問題は、どうやって攻撃するかだな……!」
『十二魔獣』の恐るべき強さは、その対応能力だろう。
前回のテリオンの時も、聡太のカウンターを簡単に対応された。
故に……ハルピュイアの蹴りで加速する方法は、もう使えないだろう。
「ソータっ!」
「ああ、予想通りだな」
「ソータすっごいよー! なんであの牛さんの弱点がわかったのー?!」
「たまたまだ。あの初撃を避けられてたら、気づくのにもうちょっと掛かったかもな」
強気に笑い、刀を構える。
「炎が弱点なら、ミリアが活躍するんだが……」
ちら、とミリアの方を向き……結界の中にいるミリアが、ジッと聡太を見ている事に気づく。
その眼には一切の曇りが無く……聡太への信頼で輝いている。
……ミリアには、『獣人族』の守護を任せている。
なら俺は……俺ができるのは──
「コイツを、殺す事……!」
目の前で四本の腕を構える魔獣を見て、聡太は──怒りを呼び起こした。
使うしかない。あの力を。
「は、ぁぁぁ……ッ!」
思い出せ、あの時を。
このふざけた世界に召喚され、戦う事を強要され、挙げ句には迷宮の底に突き落とされ、モンスターに殺されかけた、あの日を。
……ドクン。
──憎い。
ドクン……ドクン……
──全てが憎い。
ドクン、ドクン、ドクン。
──殺したい。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
──全てを殺したい。 
ドグンッ、ドグンッ、ドグンッ!
──滅ぼしたい!
ドグンッ! ドグンッ! ドグンッ!
──何を、ではない。全てを!
ドッグンッ! ドッグンッ! ドッグンッ!
ああ、全てが憎い! いっその事、この場にいる生き物全て殺してやろうか?!
「そ、ソータ……?」
「ソータ様! いけません!」
心配そうなハルピュイアの声も、ミリアの大声も、今の聡太の耳には入ってこない。
聡太の体に赤黒い線のような紋様が刻み込まれ、背中の紋様が赤々と輝き始める。
黒色の瞳が血のような赤色に染まり──その瞳で、ハルピュイアを見た。
──うるさい鳥だ。手始めに、この青い鳥から殺してやろうか!
そう思い、聡太が手に持っている刀を構え──大気を震わせるほどの雄叫びが響いた。パルハーラだ。
……そうか。そんなに死にたいか。なら、望み通り今すぐお前から殺してやる──!
「あ、ぇ……? ソータ……?」
ふらり、と聡太が揺れ──直後、パルハーラの腕が真っ二つに斬られていた。
だが、やはり炎以外は無効化するのか……素早く再生し、四本に戻る。
「ダメだよソータ! 炎を使わないと!」
「ハルピュイア! ソータ様から離れてください!」
ハルピュイアが聡太に近寄るが──ギロッと紅い瞳を向けられ、歩みを止めた。
その眼には──先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意が宿っている。
──邪魔をするなら、先にお前を殺してやろうか?
瞳がそう言っているような気がして……ハルピュイアは思わず息を呑んだ。
「─────ッ!」
「ォォォォォオオンンンッッッ!!!」
ニ匹の獣が距離を詰め──目にも止まらぬ攻防を展開。
一歩遅れれば即死の戦いに……ハルピュイアの入り込む余地はない。
「ねぇミリア! ソータどうしちゃったの?!」
「わかりません! けど……今のソータ様は危険です! 敵味方関係なく、目に入る者全てに攻撃します!」
結界の中のミリアが、聡太を見て焦ったように唇を噛み締める。
──あの姿は……テリオンの時と同じだ。
何を言っても聞く耳を持たない、目に入る者全てを傷付ける……殺意の化身。
「ソータ様っ! 気を確かに!」
「ソータ! ソータっ!」
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