初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

23話

 ──見た事のある場所だ。
 どこまでも続く真っ赤な空間──そこに、聡太は立っていた。

「……? ……俺は……」
『よぉ。また会ったな』

 真っ赤な床に座る赤髪赤瞳の男が、聡太に向けてニイッと笑みを見せた。
 ああ、またこの空間か──そう思い、聡太は赤い男と向かい合うようにして床に座る。

『ったく。またここに来るなんてお前も物好きだな……何しに来たんだ?』
「……知らねぇよ。気が付いたらここにいたんだからよ」

 そう言って、若干じゃっかん不機嫌そうに顔を歪める。

「つーか早く元の場所に戻してくれよ。こんな所で呑気に話してる暇なんてないんだって」
『……………』
「……おい、聞いてんのか? ここは【技能】の中とか言ってただろ? なら、早く帰してくれよ」
『……さあ? 帰る方法とかは知らねぇよ?』
「なっ──はぁ?!」

 思わず立ち上がり、赤い男の襟元を掴む。

「俺は今『十二魔獣』と戦ってんの! モタモタしてたら殺されんの! わかるか?!」
『その『十二魔獣』ってのはよくわからんけど……無理だ。この【技能】を使いこなせないのなら……な』

 無理という言葉に、聡太は力なく地面に座り込んだ。

『この【技能】は、感情に大きく作用される。怒りが大きければ大きいほど、発動時間が長い。お前は……どんな怒りを抱いて、ここにやって来た?』
「そんなの知らねぇよ……」

 キョロキョロと辺りを見回す聡太。どうにか元の場所に戻れないかと考えているようだ。

『……おい、とりあえず話を聞けよ』
「だから……! んな暇ねぇって言ってん──」
『──黙れ。いいから話を聞け』

 ──ゾクッと、聡太の背中が凍りついたように冷たくなった。
 本能が危険だと訴えている。今すぐ逃げないと、間違いなく殺される。
 目の前の赤い男から放たれている殺気に、聡太の心臓がうるさいほど鼓動を打ち鳴らし──

『ようやく、聞く気になったか?』

 再びニイッと笑みを浮かべる男。
 ──その瞬間、空間を覆っていた冷たい殺気が、嘘のように霧散した。
 恐怖に震えている手を隠しながら、男と話をするために床に座る。

『さて……この【技能】は、近くにいる全てを攻撃する【技能】だ』
「近くにいる全てを……?」
『ああ。ちなみにこの【技能】を使っている時は、身体能力や動体視力、筋力等が底上げされる。今頃その『十二魔獣』ってのも、【技能】に呑まれたお前からボコボコに殺られているんじゃないか?』

 へらへらと笑う赤い男の言葉に、聡太は難しい表情を見せた。
 てっきり喜ぶかと思ったが──と赤い男は首を傾げる。

「……全てを攻撃する、って……全てか?」
『質問の意味がわからねぇけど……まあ、近くにいる生き物全て、って思えば良い』
「それは──」

 ──ミリアも、なのか?

『……おい、どうした?』
「ダメだ……アイツは、ダメなんだよ……」
『……は?』
「なあ。本当に……元の場所に戻る方法はないのか?」

 必死そうな聡太の表情に、男は少し考えるような仕草を見せる。
 そして──何かを思い出したのか、ゆっくりと口を開いた。

『まあ、どうしてもっていうなら……外からの接触が必要だな』
「……どういう事だ?」
『だから、外の奴がお前の怒りを紛らすような事をすれば、【技能】が解けるはずだ』
「怒りを紛らす……?」

 そう言って首を傾げた──直後、赤い空間がグラッと揺れた。
 その影響か、赤い空間に亀裂が走っていく。

『おっと……早速、外からの接触があったみたいだな』

 亀裂はどんどん広がり、赤い空間が粉々に砕け散る──寸前。

『次に来る時は、ちゃんと【技能】を使いこなせるようになっとけよ?』

 ニイッと笑う赤い男の言葉を最後に、聡太の意識は──

────────────────────

「──かっ、は……?!」

 視界に飛び込んできたのは──木々の間から覗く青空だった。
 ……よくわからないが、何だか苦しい。
 ああ……そうだ。俺、テリオンに腹を殴られて内臓が……

「止まって……! 止まってください……!」

 必死そうな女の子の声に、聡太は視線を下に向けた。
 そこには──聡太の腹部にしがみつくミリアの姿があった。

「お、前……いてぇよミリア……」
「…………!」

 呻くような聡太の声に、ミリアがバッと顔を上げた。
 土まみれの泥まみれ。身体中に擦り傷がある。
 何が原因か──そんなの、考えなくてもわかる。
 ──怒りに呑まれた聡太が、ミリアにも襲い掛かったのだ。

「……悪い、ミリア。俺、お前にも……」
「良いんですよ。結果として……テリオンを討伐する事ができたんですから」

 聡太の体から降り、血溜まりを指差す。
 ──全身がぐちゃぐちゃになったテリオンの死体が、そこに転がっていた。

「……俺が、殺したのか……」
「はい」
「そうか……」

 痛む体を無理に動かし、地面に転がっていた『桜花』と『憤怒のお面』を拾い上げた。

「……フルカワ・ソータ……様」
「ん?」

 『桜花』と『黒曜石の短刀』に付着した血を拭き取りながら、ミリアの声に振り向く。
 真っ直ぐ聡太を見つめてくる灰瞳に、思わず聡太は背筋を伸ばした。

「感謝を」
「……感謝?」
「はい。あなたのおかげで、私は復讐を……家族との約束を果たす事ができました。だから……あなた様に、感謝を」

 頭を下げるミリアの姿に、聡太は気まずそうに頬を掻いた。
 聡太は、他人から感謝される事が苦手だ。
 そもそも感謝される機会が少なかったため、感謝に慣れていないというのが正しいだろう。

「……気にするな。俺は俺の目的のために戦っただけだからな」
「はい……本当に、ありがとうございます」

 顔を上げたミリアの灰瞳が、涙で潤んでいる。
 女の人に泣かれると、どう接して良いのかわからない──空気を誤魔化すように、聡太が話題を変えた。

「……なぁ、ここの近くには川とかないか?」
「え?」
「いや……このローブの血を洗いたくてな」

 尋ねながら、返り血で所々が赤く染まっているローブを脱ぐ。
 露骨に話題を変えたがっている聡太の様子に……何やらくすくすと笑い始めた。

「何だよ……何か面白いか?」
「ふふっ……いえ、何でもありません。川でしたら、すぐ近くにありますよ。ご案内します」
「……ああ、頼む」

 小さく笑うミリアの姿を不思議に思いながら、聡太はローブを洗うために川を目指した。

────────────────────

「はぁ……! やっと落ちたか……!」

 聡太がローブの血を落とすために川へ移動してから……丸1日が経過した。
 全く血が落ちなかったため、ミリアから洗浄効果のある草を取ってきてもらい……ようやく汚れが落ちた。

「あはは……お疲れ様でした、ソータ様」
「……あのさ、その聡太様ってのやめないか?」
「何故ですか?」
「何故って……別にいいや」

 バサッとローブを羽織り、ゆっくりと立ち上がる。
 ──今日、『フォルスト大森林』から出発する。と言っても、まだ1日しか経っていないのだが。

「……行ってしまわれるんですね」

 寂しそうに笑いながら、地面に座るミリアが聡太を見上げた。

「まあな。いつまでもここにいたら、『森精族エルフ』に攻撃されるかも知れないし、他の『十二魔獣』も討伐しなきゃいけねぇからな」

 ──だが、今回の《平等を夢見る魔獣テリオン》でよくわかった。
 1対1の戦いだと、『十二魔獣』には勝てない。実際、聡太の動きはテリオンに対応され、二度も拳撃を食らったのだから。
 怒りにより発動した【条件未達成】という【技能】があったから、何とかなっただけであって……聡太の実力で勝てたわけではない。

「……お別れ、なんですね」

 笑顔を暗くさせるミリアに、聡太は悩むような表情を見せた。
 やがて、決心したようにミリアと向き合い──

「……え?」

 ──手を差し出した。

 「……どうしても独りが嫌で嫌でしょうがなくて、暇で暇でしょうがないって言うのなら……俺に付いて来い。俺がこの世界にいる間は、俺がお前の居場所になってやる」
「──っ」

 ──ミリアに居場所はない。
 同族からも見放され、家族も失っている。
 今までこの森にとどまっていたのは……テリオンから『森精族エルフ』を守るという目的があったからだ。
 だが……テリオンがいなくなった今、この森に留まる理由はない。
 しかし……今のミリアには、頼れる仲間も友人もいない。
 だから──聡太が、ミリアの居場所になる。

「……私、『黒森精族ダークエルフ』だから……あなたに迷惑を掛ける事があるかも知れません」

 ああ──やはり、この少女は優しい。根本的に、あの騎士共とは違う。
 この少女ならば──信頼できる。

「んな事聞きたいんじゃねぇよ。付いて来るのか、付いて来ないのか、どっちだ? 先に言っとくが、俺は口が悪いし、他人の事なんて後回しにする人間だからな。それが嫌なら付いて来なくて──」

 聡太が何かを言っている──途中で、差し出した手に柔らかな感触。
 見れば、ミリアの小さな両手が、聡太の手を優しく包み込んでいた。

「はい! 私を、一緒に連れて行ってください!」

 そう言ったミリアの笑顔は──太陽よりも眩しい輝きを持っていた。

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