初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

16話

『──誰かと思えば……また随分ずいぶんと若い奴が来たもんだな』
「……あ?」

 ──どこまでも真っ赤な空間。
 聡太は……いつの間にか、見知らぬ空間に立っていた。

『ま、ここに来るって事は【技能】に呑まれてるって事だろうし、まだまだ半人前って所か』
「……誰だ、お前」

 目の前に立つ赤髪赤瞳の男性を見て、聡太は腰にぶら下げている刀を抜こうと手を伸ばし──
 スカッと。右手がくうを切った。
 見れば、身に付けていたはずの『桜花』がない。

『まー待てよ。別にお前とり合おうってしてるわけじゃねぇんだ』

 そう言って、ヒラヒラと手を振る男。
 男から視線を外す事なく、聡太は辺りの様子を探り始める。
 ……ダメだ。何も理解できない。
 どこまでも果てしなく続く真っ赤な空間──それだけしかわからない。

『こっち側に来れる奴も珍しいしな。おう少年、なんか聞きたい事ぁねぇのか?』

 どかっとその場に座り込み、赤い男が問いかけてくる。

「……悪いが、呑気に世間話できるほどの余裕が今の俺にはない。ここはどこで、なんで俺はここにいるのか教えろ」
『くっそ上から目線じゃねぇか……ディアボロより酷いな』

 いや、ディアボロって誰だよ──反射的にそう言いそうになるのをグッと堪え、聡太は男の発言の続きを無言で待った。

『まあ何つーかな……ここは【技能】の中で、お前は【技能】に呑まれたからここにいる。ここまでいいな?』
「……は?」
『だーかーらー、ここは【技能】の中。お前、【技能】に呑まれた事ないのか?』

 赤い男の言葉に、聡太は首を傾げた。

『んー……ま、感情で発動する【技能】を持ってたのは俺たち七人だけだし、もしかしたら【技能】に呑まれた事があるのも俺たち七人だけなのか……?』
「何ブツブツ言って──」

 そこまで言って──クラッと。聡太の視界が大きくブレた。
 貧血のような症状に、思わずその場に座り込んでしまう。

「なっ……ぁ……?」
『おっと……もう終わりか。まあこの【技能】を維持し続けるのは難しいし、初めてならなおさらだな』
「お前は……何を……?」
『意識が正気に戻ろうとしている。お喋りはここまでだ。んじゃ、またな』

 男がそう言って笑った──次の瞬間。赤い空間に亀裂が走る。
 亀裂は瞬く間に広がり、聡太のいる空間が粉々に砕け散る──寸前。

『願わくば、なんじがこの力に頼らない事を』

 その言葉を最後に、赤い空間は完全に砕け散った。

────────────────────

「ぁ……?」

 ──テレビのチャンネルが切り替わるように、眼前の光景が一変する。
 赤い空間から、薄暗い迷宮へ。
 何度もまばたきを繰り返し──ようやく眼前の光景に気が付いた。
 ──体をバラバラにされた黒い狼が、頭を真っ二つに斬り裂かれた黒い狼が、手足を胴体から斬り離された黒い狼が──様々な方法で殺された黒狼の死体が、聡太の足元に転がっていた。

「ぐっ……づぅ……?!」

 ズキズキと痛みを主張し始める右腕を押さえ、聡太がその場に膝を付いた。
 見れば、聡太の右腕に、爪のような何かでえぐられたような傷がある。
 黒狼にやられた──その事を思い出し、聡太は胸当てや脛当てを外して、その下に着ていた赤いTシャツを脱いだ。
 シャツの端っこを足で踏み、左手を使って器用にシャツを引き裂いた。

「“現れろ水。われが望むは渇きを潤す癒し”『アクア・クリエイター』」

 聡太の左手から水が流れ落ち──ビリビリになったTシャツを濡らしていく。
 片手だけでシャツを絞り、右腕に巻き付けた。
 消毒をしたい所ではあるが、こんな状況で贅沢は言っていられない。

「さて……どうするかな」

 落ちていた刀を拾い上げ、聡太は転がっている黒狼の死体に目を向けた。
 ──腹が減った。
 ここに落ちてから何時間ほど経過したのかわからないが……とりあえず、腹が減った。
 前に一度だけ食べた火鈴の料理が忘れられない。あれは……確か……そうだ。この世界に初めて来た日の事だった。
 本を読み漁っていたあの日の夜、夜ご飯を食べていなかった聡太に、火鈴が手料理を振る舞ってくれた。
 食に関して特に関心がない聡太でも、思わず美味いと思うほどの料理の味。右も左もわからぬ異世界で、よくあそこまでの料理が作れたなと感心したものだ。

「モンスターって食えるのか……?」

 腹が減っているのは事実だが、さすがにモンスターを食うのは最終手段にして欲しい。
 一応、モンスターは食べられなくないと本には書いてあった。
 ただ、クソ不味いらしい。
 さすがの聡太でも、クソ不味いと言われている食材は……自分から食べようとは思えない。

「……でも……腹が減って戦いに集中できないものな……」

 せめて火を通してからと思い、聡太は『フレア・ライト』を発動。
 地面に赤い魔法陣が現れ──そこに向けて、絶命している黒狼を投げ入れた。
 ──瞬間。肉が焼ける音と共に、黒狼から異臭が放たれる。
 いつか嗅いだ事のある匂い──そうだ。ゴブリンを殺した時に感じた匂いだ。

「……さて、そろそろいいか」

 焼け焦げた黒狼を『桜花』で斬り刻み……試しに口に入れた。
 ──マズイ。

「うっ──うおぇぇぇ……ッ!」

 思わず吐き出し、口の中に広がる異臭に嘔吐が止まらない。

「なっ、んだこりゃ……!」

 とても食べられたものじゃない。
 胃がキリキリと痛みを訴え、次から次に嘔吐物が溢れてくる。

「はぁ……! はぁ……! ああクソっ……!」

 胃の中の物を空っぽにしたからか、余計に腹が減ってしまった。
 だが……さすがにもう一度食べようとは思えない。

「──ォォォォォオオオオオオンンッッ!!」

 聡太の嘔吐する声が聞こえたのか、もしくは黒狼が焼けた臭いを嗅ぎ付けたのか。
 迷宮の奥から、体の芯まで響くような重々しい雄叫びが轟いた。

「……なんだ……?」

 眉を寄せる聡太。その意識は、迷宮の奥から聞こえた雄叫び──ではなく、自身の体の異変に向けられている。
 ……【気配感知】に何かが引っ掛かった。それも1匹ではなく、3匹ほど。
 近くにある気配は、今の雄叫びの主だろう。しかし、残る2匹の気配は──ここから数百メートルは離れている。
 ここまで遠くの気配を感じる事ができたか? と聡太は首を傾げ──再び轟いた雄叫びを聞いて、ようやく目の前に迫る化物へ意識を向けた。

「……デケェな」
「ォォァァァ……! ォォォオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 迷宮のかどから顔を出したソイツは、聡太の姿を見て三度みたび雄叫びを上げた。
 ひたいから生えた一本の角。筋肉でゴツゴツした、二メートルを超える肉体。兵器とも言えるその凶悪な手には、聡太の身長ほどの棍棒が握られている。
 ──オーガ。読みあさった本の中に、このモンスターの名前があったのを思い出した。

「ァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 持っていた棍棒を振り上げ──振り下ろす。
 たったそれだけの動作で──迷宮の床がひび割れ、迷宮の壁に亀裂が走った。
 もうもうと立ち込める土煙が聡太の姿を隠し──土煙が晴れた時、そこに聡太は立っていなかった。

「カッ──ッッ?!」

 棍棒を振り下ろした状態のオーガ。その喉元から鮮血が噴き出した。
 いつの間に距離を詰めたのか──オーガの懐に、聡太が立っていた。

「──ッ?! ──ッッ!!」
「しぶといな。とっとと死んでろ」

 痛みにもがいているオーガの胸元に深々と刀を突き刺し、引き抜いた。
 噴水のような勢いで血が噴き出し──絶命したのか、オーガが地面に倒れ込む。
 ──オーガが棍棒を振り上げ、振り下ろすまでのわずかな時間。その一瞬でオーガの懐に入り込み、頭の位置が低くなっているオーガの首元を斬り裂いたのだ。

「……やっぱりおかしい」

 自身の体に違和感を感じたのか、聡太は懐から『ステータスプレート』を取り出した。

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名前 古河ふるかわ 聡太そうた
年齢 17歳
職業 勇者
技能 【言語理解“極致”】【刀術“極致”】【無限魔力】【気配感知“広域”】【条件未達成】

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 【刀術】と【気配感知】の隣に書かれている文字が変わっている。聡太の体が以前より素早く動けているのは、【刀術】が“極致”に進化したからだろう。
 だかそれより目を引くのは──

「……この【条件未達成】ってなんだ……?」

 【条件未達成】という【技能】なのか? それとも、何らかの条件を満たさないと発動しない【技能】なのか?

「つーか【言語理解“極致”】って結局何なんだよ……」

 『ステータスプレート』を懐に入れ、聡太は迷宮の奥へと足を進めた。

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