モンスターたちのための知恵の神になろう!! ~戦闘力皆無のスピリットに転生したので配下を知識強化したのに、コイツら俺を表舞台に引っ張り出そうとします!!~

歩谷健介

俺の活躍の場、残しといて……。

「姫、諦めて俺の嫁になれ。そうすれば王の妻になれるのだぞ?」

「い、いや、です」

 野心を隠そうともしない男のゴブリンは嫌なニヤ気顔を浮かべる。
 それに対し、少女のゴブリンはじり、じりと後ずさる。

 少女はあまりゴブリンっぽさはなく、肌の色も白い。
 むしろ耳やゴブリンと一緒という要素がなければ人間と見間違えるくらいだ。

 そして、それに嬉々として近寄るゴブリン。



 うーん、この何とも言えない犯罪臭。
『姫』と呼ばれていることから、余計その少女を汚すようなシーンは見たくないんだが。

 
「――お頭!!」

「――ジル様!! あの女は!?」


 渋くなる顔で突然の事態の把握に努める俺とライズ。
 そこに、更なるゴブリンがやってきた。

 4匹のゴブリンたちはいずれもオスのゴブリンの方へと近寄っていく。
 ……どういう構図かはまあ、理解した。 


「ふん、そこで必死の抵抗中だ」

「ッ!!」

 少女のゴブリンは何とかゴブリン達を睨みつけ、その瞳の強い意志を絶やさない。
 しかし、殆ど体はボロボロで、見ただけでわかるくらいに疲労困憊している。

 俺は一先ず――


「ライズ、やりたいようにやってみ!!」

 かなり大きな声で、それこそここら一帯に響き渡るくらいに叫んだ。
 だがまあ、やはり想像通りで――


「分かりました、スピラ様」


 答えたのは、ライズのみ。
 やはり未だに俺を認識してくれているのはライズだけのようだ。

「俺も俺で何かできないか、色々やってみるよ。俺が何か話しても、反応しなくていいから」

 俺がそういうと、ライズは直ぐにその意図を認識して、頭を少しだけ下げる。
 今後、俺が何か言葉を発せば、小さく頷くにとどめる、という意味だろう。

 俺が認識されていないこと自体を上手く使え、ということもライズはしっかり理解している。

 ……末恐ろしいな。


「――ここで何をしているのですか?」


 ライズが、俺たちのいた茂みからゆっくりと出ていく。
 慌てず騒がず、ただ必要なことだけを述べる、という風に、ライズは堂々としていた。

 ……すげえ、圧倒的強者感。

 一目見て、ここに来たゴブリンたちも雑魚だとは片付けられない存在感をもっていた。 
 言葉も一応解するし、そこらのモブッぽいゴブリンとはわけが違う。

 それでも――


「な、な!?」

「え、え!? なに、このオーラは!?」

「な、何だ貴様は!?」

 茂みから突如現れたライズに、揃ってゴブリンたちは狼狽えた。
 少女も、また、登場にビクッと体を震わせる。


「……聞いているのは、私なんですが、言葉、理解、できますか?」


 一言一言、理解させるように強調して話すライズ。
 その姿は、一見配慮しているように見えて、むしろ言葉に圧力というか、凄みを持たせていた。

 どちらがこの場での強者かを、思い知らせるように。

「お、俺たちはな!! ひ、東の山脈の、む、向こうから来たんだぞ!!」

 ライズの言葉に明らかに怯えながらも、一人が虚勢を張って答える。

「そ、そうだ!! に、西の森の、雑魚モンスター達を、俺たちが支配してやろうってんだよ!?」

 一人が言い返すと、それに勢いづけられたのか、次々に言わなくてもいいことを口にし出す。

「ジル様はな!! ゴブリン王の“ブラス”様から名前を付けていただいた、凄い方なんだ!!」

 ゴブリンの一匹が、リーダー的存在のゴブリンを見やる。
 そのジルというゴブリンは、そこまで来て、ようやくライズの威圧感に慣れたようにして前に進み出た。

「俺たちは!! 生存競争が激しい東の魔の荒野から来たんだ!! 魔王様も住んでるんだ!! この軟弱な森を支配するに相応しい力を持っている!!」


「……って、言われてもなぁぁ」
 俺が実際にそう呟くと、ライズは「激しく同意です」と言わんばかりに、小さく頷いた。

「――なるほど。近頃魔王と勇者が衝突を起こしたと聞きます。あなた達はそのために東の山脈を超えて来たモンスター達の一部、ということですね」

 ライズが俺にも状況を理解できるようにか、それか自分の頭の中を整理するためか、結構丁寧に事態を説明してくれた。

 なるほど。
 要するに、あれか?
 コイツ等は、『たとえばラストダンジョン前の魔王領のモンスターが序盤の森で暮らすような物語』を繰り広げたい、と。

 俺達魔王領付近では雑魚いけど、それでもそこで頑張ってたんだから、序盤の森付近では俺TUEEEEできる!! と。

 でも、そこで予想外のモンスター――ライズがいた、というわけか。



「……では、この少女は? 第三者の私から見ると、単にいじめているようにしか見えないんですが?」

 ライズはそう言って、もう一方で事態を注視していたゴブリンの少女に視線をやる。
 そこでジルというゴブリンのオスは、慌てたようにして口を開いた。

「ち、違う!! お前は何か誤解をしている!!」

 そして、そいつは何とかライズを説得できないかと必死になる。

「コイツはそもそも!! 俺たちと同じ所から来たんだ!! 俺たちの群れの長の娘なんだよ!!」

「そ、そうだそうだ!! 他所の奴が、仲間内の話に入ってくんな!!」

 え~。
 何その理屈。

「でもその仲間内の話ってのが、この森の支配者になる云々、なんだろ?」

 俺は胡散臭そうな目をして、聞こえないと分かっていても、そう口にしてしまう。
 ライズも同じ思いなのか、それとも単に俺の思ったことを通訳したのか。

「ですが、あなたたちはこの森を支配したいのでしょ? その少女はあなた達とともにいることを拒んでいるように見えますよ?」

 ライズが、今にも倒れそうになりながらも気力だけで何とか事態を見守っている少女に、視線を向けた。
 少女は少女で、どう返答すべきか、そもそもライズ――目の前のスライムは味方なのかどうなのかと困惑気味。
 しかし――


「私は、あなた達とは、ともに、戦いたくありません」

 たどたどしいながらも、しっかりと拒否の意思を示す。
 ほれ見ろ、という視線をライズに向けられて、ジルというオスは怒り狂う。

「お前!! お前は!!【召喚術】を使えるんだ!! それを使えばこんな森!! 一瞬で支配できるんだ!! だから!! 王になる俺の嫁にしてやると言ってるんだ!!」
 その言葉を聞いた瞬間、少女に、ずっと見ていた俺だけが気づけるくらいの小さな変化があった。
 後ろめたいような、申し訳ないような。 

「……私は、【召喚術】を、使えません。信じてください」

 ――その姿は、どこか、進化を遂げる前のライズと、つまりスライム(大)と呼んでいた時の姿と重なった。

 戦えないことを、申し訳なく思う。
 自分も何とか力にはなりたいが、自分が一番、無力であることを理解している。
 だからこそ、自分が一番辛く、苦しい。


 ライズを見ると――

「…………」

 彼女は何も言わず、そのゴブリンの少女を見つめていた。
 ライズももしかしたら、そこに、つい先ほどまでの自分を見ていたのかもしれない。


 そんな姿を見て、俺は、決めた。






「――ライズ、助けるぞ!!」






 俺は、彼女にだけ伝わればいい、その言葉を叫んだ。


「――!! はい!!」



 ライズは俺の言葉に反応し、力強く頷いた。
 その仕草に、一瞬周りが何だ何だ、と動揺する空気が伝播する。


「――先ほど、この森を支配する、とおっしゃっていましたね」

 ライズはもう、相手に配慮する雰囲気一切を消した。
 今後何をするか、覚悟した顔をしている。

「な、なんだ!! それが、ど、どうしたっていうんだ!?」

 明らかにその様子に気圧されたゴブリンたち。

「ま、まだ俺たちには!! 別の場所に待機させている配下がいるんだ!!」

「そ、そうだそうだ!! 少なくとも30はいる!! お前がどれだけ強かろうと――」







「――関係ありません!!」





 ピシャリと全ての言葉を跳ねのけた。
 そして一瞬沈黙が下りる。
 ライズはゴブリンの少女に向き直り、優しく微笑んで見せた。


「大丈夫。安心してください。あなたは助かります」

「……え?」

 何を言われたかわからない――そんな表情を浮かべた少女に、ライズは柔らかい笑みを浮かべ、頷いた。


「この森を治めるお方――“スピラ”様が、あなたを助けると、お決めになった。それが全てです」

「“スピラ”……様?」

「はい」

 何の疑いも持っていないそのライズの肯定に、少女はポカンとし、全身から力が抜けた。
 ライズはその様子を見て、大丈夫だ、これ以上の返答はいらないと理解し、ゴブリンたちに向き直る。


「そう、あなた達の一番の間違いはこの森の支配などそもそも叶わないと知らなかった愚。そして――」


 ライズは腕の部分のスライムジェルを変化させる。
 それはジェル状の物質から変化したというには余りに殺傷性に満ちた刃。





「――私の仲間が、いる、この森を狙った愚。全てが愚か極まりない所業。全てを、後悔なさい」



 やべえ……何か俺、かっこよく『助けるぞ!!』とか言ってるけど、全く出番無さそう。

 滅茶苦茶強そうだもん。
 ライズよ、お前戦闘できない設定どうした!?

 進化したら戦闘もバリバリこなしそうで、俺は勿論嬉しいよ!!
 本当出番無さそうだがな!!

「――ぁっ」


 物凄くカッコいい大見得を見届け、少女は完全に安心しきってふっと意識を失った。
 そして後ろへ重力に沿って崩れ落ちていく。


「お、おい、お嬢ちゃん!!」


 俺は、この時、自分が物理的に外界に影響できないことなど全く頭になかった。
 あれだ、目の前で車に轢かれそうになってる子供がいたら、皆反射的に体動くだろう?
 自分がうまく助けられるか、なんてことが頭にないように。



 そんな感じで、必死で手を伸ばすような意識で、俺は自分の体を、少女に向かって突進させた。





 ――自分の体が、スッと、少女の体に入っていく感覚を覚える。



 ――瞬間、視界が真っ暗になった。



 ――今まで、木や人の体に突入した際には、起きなかった感触・事象。



 ――目の前に、半透明な白いまん丸の玉があるのが見えた。



 ――玉は、俺の接近に伴い、一瞬だけ反発するような仕草を見せた。



 ――だが、最も玉に近づいた時、玉は俺を受け入れるようにして後退。



〔――スキル【魂入 Lv.1】発動……成功〕



 ――あの、機械音声が、俺の脳裏に響いた。



 ――視界が、急速に、開けていく。黒の紙面に、白いインクが広がっていくように。


 
 ――そして、意識は戻り――
















「――うわぁっ、な、何だったんだ、今のは!? ――って、え!? あれ、何か声、高くない!?」



 そして、戻った視界を頼りに、周囲を見回してみる。

 ……あれ、ってか、浮けない。
 今までなら風船か幽霊のように空中を漂うことができたのに。
 現在は、しっかりと重力によって地面に縫い付けられている。


 そして、自分の手は、どこかで見た、ローブの裾が覆っていた。
 ちょっとブカブカだ。

 顔に手を持っていくと……ちゃんと触れることができた。
 とても柔らかい肌をしていて、いつまでも触っていたくなる。
 久しく感じなかった感触。




 ――俺は、ここまでの違和感に、解を与えるべく。


【ステータス鑑定】の発動を念じる。






[個体ステータス]
 名前:――
 種類:モンスター 
 種族:ゴブリンメイジ
 性別:メス
 年齢:2歳

[能力ステータス]
 固有スキル:【召喚術】
 ゴブリンメイジ保有スキル:【火魔法】【土魔法】

[装備]
 魂:スピリット





 ……何か、俺、装備品になってる。

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