モンスターたちのための知恵の神になろう!! ~戦闘力皆無のスピリットに転生したので配下を知識強化したのに、コイツら俺を表舞台に引っ張り出そうとします!!~

歩谷健介

踏んだり蹴ったり!!

 何だっていうんだ……。
 押し寄せる怒涛の声が止み、人心地つく。

 おかげで頭の中が幾分冷静さを取り戻すことはできた。
 ただし、考える頭が機能しだすと、それはそれでむしろ色んなことを考え出してしまう。

【ステータス鑑定】とか【ラーニング】とか、スキルなんてものがあると、やはり自分は死んでしまったんだな、とか。

 ステータスをきちんと見てみると、やっぱり“種類:モンスター”ってなってるな、とか。

 そしてふわふわと浮くようにして存在している自分って、よくよく水面の鏡を使って見てみると、真っ白な火の玉みたいだな、とか。


 はぁぁぁ。
 落ち込むなぁぁ。


 モンスターたる自分が存在できることや、スキルなんてものがあることから、この世界がファンタジー溢れる素敵世界だということは理解できる。
 勿論それに心躍る部分がなくはない。

 しかし、普通、異世界転移とか異世界転生とかが流行ったり、面白い、魅力的だと思われるのは、自分がその世界で駆け巡ったり、活躍したりという疑似体験ができるからだ。

 自分が普段できないような魔法を使って敵を倒したり、困ってるヒロインを颯爽と助けて見せたり。
 そういったことができる、素敵な世界だという前提が存在するのだ。

 では翻って、俺はどうだ?
 俺は意思に従ってゆらゆらと浮遊する自分の体を使って、湖から出る。

 そして湖を囲うようにして生えていた森林のうち、一本の木に体当たり。

 ――すり抜けてしまう。


 魔法を始め、強い攻撃を使って敵を倒す→今のところ攻撃手段なし。物理的にも敵に体当たりすらできない体。
 困ってるヒロインを颯爽と助ける→攻撃手段一つ持ってない。よしんば助けることに成功したとして、じゃあ「きゃあ!! スピリットさんカッコいい!!」……ってなるか?(いや、ならない!!)


 湖から出たので、水面の鏡ではなく、つい先ほど手に入れた【ステータス鑑定】を用いてみる。
 特に発動に苦労することもなく、念じるだけでいいみたいだ。

 ――ってか、俺“性別:――”ってなってる。
 そもそも「カッコいい!!」という表現すら正しいのかわからん。



 頭が働けば働くほど、この先、異世界ライフに希望が持てなくなってくる要素ばかり見つけてしまう。
 異世界転生甘くねぇぇぇ。

 もっとだだ甘にしてくれよ!!

 俺を召喚してくれた可愛いヒロインが困ってて、でもその問題は現代知識で簡単に解決できるとか!!
 俺には実は秘められり能力があって、それが発動すれば簡単に強い敵倒せるとか!!


 最近の転生事情厳しすぎね?
 転生したててで悪いけど、俺もう既に死にたくなってくるんだけど。

 
 はぁぁぁぁぁ。








「でさぁ、この前アインの奴がクエストで……」




 ――人の声!?


 聞こえてきた方へと意識を向け、一つたりとも音を聞き逃すまいと集中する。

 ザッザッとしっかりとした足取りで土を踏みしめる音。
 それが二つあった。


「ハハハッ、バカだな。ゴブリンなんて普通に冒険者やってたら負けるわけないのに」

「だろう? 本当、どうやったら負けて身ぐるみ剥がされて帰ってくんのか!!」


 近づいてきた足音に乗せて、声もどんどんと大きくなった。
 楽しそうに話す二人の姿が視界に入った。

 同じように若く、筋肉のある体格をした二人で、片方は剣を腰に差し、もう一方はその大きな手に斧を携えていた。

 先ほどから漏れ聞こえた話の内容や、彼らの軽装だがしっかりと準備された身なりからするに、どうやら冒険者らしい。

 この世界は、冒険者という職業が普通にあるような世界観なのだろう。



 ――あっ、こっち向いた!!



 二人は互いに顔を見合わせてバカ話に花を咲かせていたが、湖が視界に入ると、それに区切りをつけ、前を向いた。

 その視線の先には、ゆらりと浮遊する俺がいた。



「あ、えっと、あの――」


 俺は何を言えばいいか、どういう行動をすればいいかが一気に浮かびすぎて、それらの選択肢が互いに衝突しあい、結果よくわからない声を出すだけになってしまった。
 何か、何か言わないと!!



 ――しかし、それらの必死の努力は、無駄に終わった。







「おおう、着いた着いた!!」

「やっとか……これでようやくクエストを進められる」






 ……え? 


「お、おい!! ちょっと!!」


 俺は、嫌な予感が頭の中を支配しようとするのと懸命に戦いながらも、あらん限りの声を振り絞った。
 何度も何度も、中にはもう届けば何でもいいと罵倒する言葉すら言ったと思う。


 だが――


「ふぅぅ。しかし魔術師の奴らも毎度懲りずによくやるね」

「ああ。湖の水質調査、毎月ギルドに依頼出してんだろ?」


 ――彼らには、俺の声は、一つも届かなかった。


「俺らは楽な仕事にありつけて、助かるけどな!!」

「だな。金持ちでも、偏屈な奴らの考えることはわからん」

 まるで、この場には自分たち以外誰もいないかのように、悪口・陰口で盛り上がっている。
 ……いや、実際に彼らにしたら、本当に自分たち以外は存在しないのだろう。


 俺も俺で、ほぼほぼ嫌な確信が頭の中に形作られていた。
 自分がモンスターになってしまっていて、一方で相手はおそらく冒険者。

 認識されたら、場合によっては退治されるかもしれない。
 それでも、俺は、頭の中にできていた仮説を確かめなければならない。

 湖の前で膝をつき、試験管のような入れ物でその水を掬っていた二人の前に、俺は躍り出た。
 何度も上下左右に動き回り、時には先ほどの木のように、二人の体を通り抜けもした。

「そっちはどうだ?」

「ああ、依頼の分はちゃんと採取したぞ」


 それでも、何も起きない。
 何も気づいてもらえない。


 ――俺は、人には、見えないようだ。

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