追放された悪役令嬢は断罪を満喫する【連載版】

うめ

8 みんな踊りました

 元々わたくしひとりで踊らせて恥をかかせるつもりだったのだろう教師は、蒼白い顔をしていた。
 だけどここでその申し出を断るのも不自然だと察したのか、わたくしがバートの手を取っても何も言わなかった。






「――こんな事になって、すまない」


 演奏が再開され、ダンスのために寄り添う姿勢になったわたくしにバートは手短にそう謝る。


「バートのせいじゃないわ。とりあえず今は、この曲に集中しましょう?あの時みたいにうまく踊れたらいいのだけれど」
「ああ、そうだな」


 そうしてわたくしたちはステップを踏み出した。
 この曲を踊るのは久しぶりだ。
 運動のためにダンスの練習だけは密かに続けていて本当に良かったと思う。
 日々の運動を欠かさないということは、あの短い娼館生活の中で学んだことだ。


 それに今はコルセットも装飾品も刺繍や飾りで重たいドレスもない制服姿なので、軽くて動きやすい事も幸いした。


 人がたくさん集まる中、踊っているのはわたくしとバートだけ。


 おそらく全クラスの生徒の視線がわたくしたち降り注いでいるのだろうけれど、ダンスに集中しているため全く気にならない。
 というか、集中しないとすぐにでも転んでしまいそうだ。


「やはり……上手いな、貴女は」


「バートこそ。とても踊りやすいわ」




 ダンスの合間に、ちょこちょこと会話をする。
 彼のリードは完璧で、支えて欲しい時にわたくしの腰元にある彼の手に力を入れてくれるため、身体を委ねて遠慮なく足捌きに集中することが出来る。






 ――こうしていると、思い出すわね。


 夜会の時、殿下とのダンスの後に退席したわたくしを追って来てくれたバートと、会場の横の控え室でこっそり踊ったこと。




 婚約者だったはずなのに、サフィーロ殿下とは2曲続けて踊った事は無かった。
 婚約者であれば、ダンスを2回続けて踊ることは通例になっていたにも関わらず、だ。逆に、ソフィア嬢とは楽しげに何度もくるくる踊っていたっけ。踊るというか、回る?というか。


 あの日だって、1曲目の緩やかなテンポの曲が終わると彼はあっという間にいなくなってしまった。


 その場に残るのも面倒だったから、控え室に下がってゆっくりしていた時に、この難曲が流れて来たのだ。


 鬼の王妃教育により、この難曲だって何度も練習していた。
 だけど頑張った割にお披露目の機会が無くて少しがっかりしていたのだ。
 殿下は踊らないのか踊れないのか真相は分からないけれど、きっと後者なのだと思う。王妃様が、最近殿下が色々とサボりがちだと嘆いていたから。


 この曲を聞いて踊ってみたくて立ち上がってうずうずしていた時に「私でよろしければ、お相手しましょうか?」とくすくす笑いながら言ってくれたのがバートで、わたくしはその申し出に飛びついた。


 一度あの曲をきちんと踊ってみたい、とわたくしが以前漏らした愚痴を、バートは覚えてくれていたようだった。


 煌びやかな夜会の会場ではなく、その隣の控え室ではあったけれど、曲に合わせてしっかり踊ることが出来て嬉しかったことを覚えている。




 ―――――
 ――……






 そのままなんとか曲が終わり、軽く息切れしながらも踊りきることが出来た。
 寄り添った体勢のまま顔を上げると、バートは涼しい顔で笑っていた。
 そういえばあの時も何食わぬ顔で踊っていたわね、流石だわ。




「次こそは、きちんとした場で貴女をエスコートしたいものだな」


「ふふ、ありがとうバート。また手伝ってくれて」


「……さあ、ディア嬢。最後に礼をしようか」




 そう言われてバートの横に並ぶ。


 制服なので違和感があるが、スカートの端を摘まんでお辞儀をすると、静まり返った広間に、嵐のような拍手と喝采が沸き起こった。


 顔を上げて自分のクラスの方を見ると、ロミルダさんもバチバチと両の手を強く叩き合わせまくっている。


 どうやら、ちゃんと優雅に踊ることが出来ていたらしい。




「あの、先生」
「なっ、なんですかっ!」
「もう戻ってもいいでしょうか?」


 教師に話しかけると何故か怯えたような反応をされた。
 すごく疲れたから終わったならもう座ってゆっくりしたいのですけど。




「ヴォルター嬢、ランベルト、素晴らしいダンスだったね」


 教師が答える前に、拍手をしながらわたくしたちがいるダンススペースに現れたのはこの国の殿下だ。
 そしてその斜め後ろには金髪の美女が立っている。


 そのさらに後方には、例のご令嬢がたトリオと、それぞれの婚約者と思われる殿方が紙のように血の気を無くした表情でそこに居た。


「隣国からの客人にここまでさせたんだ。我々も然るべき措置を取らないとね?」


 そう言って殿下は教師に向けてにっこりと世慣れた笑みを浮かべたが、目が全く笑っていない。 
 あの顔はお兄様が良く貴族の皆様にやる怖いヤツだわ。




「先生も、、是非見てくださいね。さあエレオノーラ、それにご友人方。我が国のダンスもヴォルター嬢に見せて差し上げよう」




 教師は顔面蒼白となり、へなへなとその場にへたり込む。
 その様子を一瞥したあと、殿下はエレオノーラと呼ばれた金髪美女の手を取り、ダンススペースの中央へと向かった。
 その他のペアは、鉛でも仕込んでいるのかというくらい足取り重くのろのろと適当な位置へと移動する。


 最後のペアが位置についたことを確認して殿下が楽団の方に合図を送ると、先程のユエールのものと似た速いテンポの曲が流れてきた。




「これは……全く、殿下は」


「これも随分難しそうな曲調ね」


 席に戻るタイミングを逸してしまったわたくしとバートは、端の方でダンスの様子を眺める。


 殿下ペアは難なくダンスをこなしているが、他のペアは曲のスピードに足を取られてよろめいたり、お互いの足を踏んでしまったりと大惨事だ。とても難しそうに見える。




「ああ。エンブルクでも踊れる者は少ないだろうな。私もまだ練習中だ」
「バートだったらすぐにマスター出来るわよ」
「……そうだな。ディアナが一緒に練習してくれるなら、すぐにマスター出来そうだ」
「!」




 急にディアナと呼ばれたことに驚き、ダンスを見ていた視線をバートを向けると、彼はいつものように柔和な笑みを浮かべてわたくしを見下ろしていたのだった。

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