追放された悪役令嬢は断罪を満喫する【連載版】

うめ

2 勝手に何か始まりました

 目の前で繰り広げられる寸劇のようなやり取りを前に、わたくしは現在進行形で困惑している。


 学校の裏庭って、どうしてこうもイベントばかり発生しているのか。


 わたくしはただ、今日も天気がいいから本を読もうかなと思って立ち寄っただけだというのに。


(元が乙女ゲームの世界故の弊害なのかしら……)


 裏庭にようやく到着して、ベンチを目指そうと思っていたわたくしは、校舎の陰から裏庭を覗く形になってしまった。


 ――先客がいたからだ。




「………ですから!貴方のような方が殿下にまとわりつくと、迷惑なのですわ!お分かりにならないの?!」
「全くです。どうして殿下もお許しになるのかしら?エレオノーラ様にも失礼ですわ!」


 派手な髪の女生徒3人が、校舎の壁に向かって何やら罵倒を繰り返している。


 おそらく彼女たちが取り囲むその壁のところに、別の少女がいて、その子が責められているのだろう。
 漫画とかでよく見る構図だ。




「どの学校でもこういうのやってるのね……どうしてこういう時ヒロインは1人で裏庭に行ってしまうのかしら?」


(さて、どうしよう。居合わせたからには、見て見ぬふりは出来ない)


 目線は彼女たちから外さず、どうしたらいいか思案する。


 彼女たちの注意を引くことができれば……


「仕方ない。彼の名前でも借りましょう」


 すう、とひとつ深呼吸をして足を前に進める。
 手入れされた芝が、さくっと音を立てた。








 ◇◇


「あの、申し訳ありません」


 けばけばしい集団に近づき、わたくしは恐る恐ると言った顔でそう話しかけた。
 第三者の登場に驚いたのか、びくりと肩を震わせたあと、わたくしの顔を見てあからさまに安堵した表情になる。


「な、何よ貴女は!知らない顔ね。私たちに何か用なの?!」


 赤の巻き毛をぐるんと揺らしながらこちらに振り向くご令嬢は、目を吊り上げて怒りの形相だ。
 髪飾りなどの華美な装飾を見るに、いいところのお嬢さまなのかも知れない。


「申し遅れました、わたくし、ディア=ヴォルターといいます。皆さまにお聞きしたいことがございまして……」
「ヴォルター?知らない家名ね!どうせどこかの田舎貴族なんでしょう!私たちに話しかけるなんていい度胸ね」


 わたくしの話を遮りながら黄みがかった茶髪のご令嬢がそう鼻を鳴らす。


「ユエール王国から先日来たばかりで……本日も、とある方にご案内していただく予定でしたが、はぐれてしまいましたの」


 もうひとりの青髪のご令嬢は、訝しげな顔でわたくしを睨みつける。赤、黄、青の見事な信号機トリオだ。


「――ランベルト様をお見かけしませんでしたか?まもなくこちらにいらっしゃると聞いていたのですけれど、お姿が無いのです」


「「「!」」」


 バートの名にわかりやすく青ざめたトリオたちは、見てないわ、ほほほと笑いながらあっという間に去っていった。
 もちろんバートとは何の約束もしていないし、今どこにいるかも知らない。ハッタリだ。


 そのご令嬢たちが居たその場所に、ひとりの少女が佇んでいた。
 俯いているその空色の柔らかな髪から、一部シトシトと水滴が落ちているのが見える。


(水までかけるなんて……なんて陰湿なのかしら)


 いくつかキーワードも聞けたし、何よりテンプレな状況だから大体の状況は察したけれど、だからといって見ていて気持ちのいいものではない。




「大丈夫ですか?……少し触りますわね」
「え?ええ?あの、あなたは……?」
「さっきの人たちなら、もういないから安心してくださいませ」


 ポケットから取り出したハンカチで特に濡れている部分を拭うと、慌てた様子の少女がわたしを真っ直ぐに見た。


 真ん丸な瞳は淡い桃色で、ふんわりとした頰と、ぷくっとした唇。小柄で小動物のような加護欲をそそる佇まい。
  まごう事なく美少女である。


「あの……ありがとうございます。ヴォルター様。わたしは、ローザといいます」
「ローザさん、ですね。……あら制服まで濡れてますわね」
「!  ヴォルター様、貴女まで濡れてしまいますし、わたしはそのハンカチの弁償なんてできません」




 眉を下げて慌てる彼女の様子と、制服のリボンを見て理解する。


 ――平民、なのね。


 ユエール王国より身分差に寛大なエンブルク王国といっても、身分差がないわけではない。


 学院でも制服着用が義務だが、貴族用と平民用ではやはり作りが違っている。
 材質だったり縫製だったり違いは色々あるが、最も顕著な違いは女子の制服のリボンの色だ。


 貴族は紫、平民は黄色と決まっているらしい。


 状況を整理しましょう。


 この可憐な少女は平民で。
 おそらくこの国の王子様と絡んでしまって、そのせいで王子の婚約者の取り巻きに責められていたと。


 ふむ。
 テンプレですわ。


「ええと、身分の事を気にしてらっしゃるなら、お気になさらず。わたくし平民の友人もいますし。何より経営学クラスですので、元々貴族のクラスメイトは少ないですわ」
「経営学……?貴族のお嬢様なのにですか?」
「貴族のお勉強なら前の学校で十分済ませましたの。ですから、問題ありませんわ」


 警戒を解いてもらえるよう、自分なりに柔らかく微笑んでみる。
 ちなみに平民の友人とはアレクのことだ。勝手にそういう事にしておく。






「――おや、ヴォルター嬢じゃないか。こんなところで君に会うとは。何をしているのかな?」


 美少女とのやり取りに集中していたせいで、近づく人物に気がつくのが遅れてしまった。


 ぱっと振り返ると、噂の王子様がそこにいたのだ。


 もう本当に王族には関わりたくない所だが、元々ユエール王国の第一王子と長く婚約者だった身の上では、当然この国の王子様とも面識があった。


 他国の王族までも欺く訳には行かず、同じ学院に通う彼は当然わたくしがアメティス侯爵令嬢だと知っている。


 そんな彼の登場に、わたくしは慌ててカーテシーをする。
 わたくしの隣では、慌てたようにローザさんもぎこちなく同じようにした。




「おひさしぶりです、殿下。先日ご挨拶をさせていただいて以来ですわね」
「ふむ。ユエールの至宝と呼ばれていた君も、その気になれば何の変哲もないご令嬢になれるものなんだねぇ」
「ふふ、恐れ入ります」


 その二つ名はわたくしは認めていないし恥ずかしいのでやめてください。
 そんな気持ちを込めて顔を上げると、殿下の後ろに見知った黒髪がいた。


 ぱちりと目が合うと、いつものように柔らかく微笑む。


「やあ、ディア嬢。アレクから聞いてはいたが、本当にここに居るとは。探す手間が省けたよ」


 バートだ。そして情報を漏らしたのはアレク。
 本当にこの2人の結束力は何なのだろう。
 ハッタリだったはずなのに、ご本人が登場してしまったわ。


「え……ヴォルター様……?殿下とお知り合いなのですか?」


 そして、当然のことながら、隣のローザさんは驚いた顔をしている。
 どうやって誤魔化そうかと考えていると、バートが殿下の前に出てきて、わたくしの手を取った。


「そんなことより、ディア嬢。、校内を隅々までご案内しよう」
「え……!バート、あなたさっきの聞いて――」


 そのまま手に力が込められて、バートに引き寄せられる。 


「申し訳ない。彼女たちの行き過ぎた行為を止めようと思ったが、君の方が早かった。それに、あのような時に男が出てくると余計拗れるものだろう?」


 驚いて固まっているわたくしの耳元で、バートはそう囁いた。


(それはそうかも知れないけど、今わざわざこの体勢になる必要があるのかしら?!)


 はたから見たら、抱きしめられているように見える筈だ。
 案の定、ローザさんは顔を真っ赤にして目を逸らしているし、殿下は面白そうにくつくつ笑っている。




 まだ1週間程しか経っていないのに、前途多難な予感がしてならない。 



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