追放された悪役令嬢は断罪を満喫する【連載版】

うめ

番外編 娼館のこれから

 


「この娼館の営業許可は、今日で取り消されたわ」




 日暮れ前。
 集まってきた娼婦たちにセドナがそう告げると、皆一様に困惑した表情を浮かべた。


 なぜ?どうして?そんな顔をしている。
 娼婦といえば世間一般のイメージはとても悪い。それは分かっているが、そうしないと生きていけない者もいる。


 ここの娼館は、ほかの娼館と比較しても高級娼館というだけあって元々綺麗なものだったが、半年ほど前に一度改装されてからは、一層清潔で高級感溢れるものとなった。


 それに、"働き方改革"と銘打って、1週間の業務時間と休日などの取り決めや衛生管理が徹底され、娼婦たちは以前のように無理をして客を取ることなく安定した暮らしを送ることができていた。


 今更ほかの娼館に行くことなど考えきれない。


 それもこれも、オーナーがあの美しい少女に変わってからのことだった。




「セドナ、どういうことなの?ディアナ様に何かあったの」


 娼婦の1人がセドナに問いかけると、セドナは長い髪を耳にかけた後、物憂げなため息をひとつついて詳細を話し始めた。




「みんなも王都の噂は知っているでしょう?第1王子たちが馬鹿やって、みんな処罰されたこと」


「ええ、それはもちろん知っているわ。以前からお客様も話していたし、最近ではそこら中で話題になっているじゃない」


「うん。ディアナ様も災難よね、あんなヤツが婚約者だったなんて」


 セドナの問いかけに、娼婦たちはうんうんと頷き、思い思いに聞いた噂話を話し出す。
 ここは王都に次ぐ商業都市だ。商人や旅人が多く行き交うこの街に、そんな王家の一大スキャンダルが届かないはずがない。




「――だからよ。この娼館は、その王子様たち御一行様が、罪もない貴族令嬢を追放した場所なの。王家直々の命令で、この娼館自体の存在が消されることになったみたい」


「「!」」


 セドナ自身も、この話を聞いたのはあの裁定の日から数日後にディアナとその兄のシルヴィオが訪ねて来た時だった。


 その時にオーナーの代理も引き受けることになった。


(全く。あの子といると、面白いことばかりね)




「あなたたちも、皆ここの娼婦としては、働けなくなるわ。"娼婦は全員解雇する"とオーナーも仰ったわ」


「そんな……!王都の娼館は意外と治安が悪いし、よその町は衛生面でこわいわ」
「どうしよう、娼婦やってたあたしなんて、他に何して働けばいいの」
「ディアナ様、解雇なんて……」


 娼婦たちは皆泣きそうである。
 だって他に生きる場所もないし、その方法も知らないのだ。
 子どもだっている者もいる。


 そんな者たちにとって、王家の決定と、オーナーであるディアナの解雇通告は酷過ぎる。


 皆が集まる一室にどんよりと暗い空気が立ち込めたところで、セドナは「みんな落ち着いて」と明るく声をかけた。


 場に合わないその明るい口上に、娼婦たちは皆胡乱な目をする。




「順を追って説明するわね。まず、オーナーであるディアナ様は、これから1年間は病気療養ということで地方に行くことになりました」


 セドナの説明を聞き漏らすまいと、皆は意識を集中する。


「そしてここは、これからまた改装工事が始まって、娼館ではなくなるのよ」


 セドナは言いながら全員の顔をゆっくりと見る。
 真っ直ぐと見つめ返してくる彼女たちの視線を受けて、セドナはにっこりと笑った。




「――じゃあ次は、みんなの再就職の話をするわね」






 ◇◇◇ 




『残念だけれど、娼館の取り潰しは国が決めたことでどうしようもないから娼婦たちは全員解雇。だけど、そのあとすぐに新しい事業を起こすからそのための従業員を雇って欲しいの。
 お客様へのおもてなしができて、お話が上手な……そうね、解雇したばかりの皆なんて、ぴったりだと思うわ!』


 にこにこと微笑みながらそう話す少女――ディアナのことを思い出し、セドナは笑みが零れた。




「どうしたんだい?」


「いえ……ちょっと、あの日のことを思い出していただけですわ。オーナーとシルヴィオ様がいらして、改造計画を話してくださったときの」


「ああ。あの日だね」


「ええ、オーナーにはいつも驚かされてばかりです」


「そうだね。ディーは昔から一風変わった子で。まあそんなところも可愛いのだけどね」




 ここは改装中の元娼館の応接間だ。
 セドナの向かいの席には、妹大好きを隠そうともしないアメティス侯爵のシルヴィオその人が座る。


 セドナが彼を最初に「侯爵さま」と呼んだ時、まだ言われ慣れていないからということで、名前で呼ぶよう言われてしまった。


「それで、彼女たちはどうしていますか?」


「従業員たちは、うちの古参のメイド手ずから指導を受けているよ。まあ、ディーが元々仕様書のようなものを作っていたので、それを見ながらも勉強しているようだ」


「ああ、あの"まにゅある"というものですねー。オーナーって、本当に不思議な方ですわ」


 オーナー不在の中で、代理のセドナと後見のシルヴィオは新事業についての話を進めていく。


 あの娼館は無くなり、働いていた娼婦たちも皆、解雇という形で姿を消した。


 同じ場所に新たに出来る建物は、最終的には宿屋になる予定だ。
 以前から改装されていたエントランスだけでなく、全ての部屋がオーナーが言うところの"東方のモダンな高級旅館!"だというここは、これまでユエール王国内では見たことがないような雰囲気となっていた。


 新しく雇われた従業員たちは皆見目麗しい平民の女性たち。
 仕事を失ったばかりの彼女たちは、喜んでその職についたという。


 そして今彼女たちは、侯爵家のメイドから行儀作法を学ぶ研修期間だ。


 『最終的には宿屋』というのも、これからオーナーが戻る1年程度は宿泊客はとらず、1階と2階のフロアだけを使いサロンとして経営することになるからだ。


 オーナーも、従業員も、この建物も、みな準備期間というわけだ。


「このユカタという衣服は不思議ですね。まだ試作品の段階ですが、簡易な仕立てなのにちょっとしたサイズ展開でどんな人でも着ることができるなんて」


「ディーは一体、どこでこんなものを学んだのだろうね」


「初めて見る人は驚くでしょうが、だからこそ新鮮でしょうね。この衣服を身にまとった彼女たちが給仕するのは。オーナーは"くーるびず"とも言っていました。意味は分かりませんが」
  
「本当に……。婚約破棄なんて目に遭って、辛いばかりだと思っていたけど、今の方が何百倍も楽しそうだよ」


「ええ、それは私も思います」


 セドナとシルヴィオは、とても楽しそうに下準備をしていたディアナを思い出して2人で思わず笑う。


 王家から娼館取り潰しの命令があった直後に考え出したとは思えない。


(――元々、時が来たら娼館の営業をやめることは決めていたんでしょうね)


 彼女の計画では、この店舗だけに留まらず、ゆくゆくは周りの店や街自体を巻き込んで、色んなことを試したいらしい。
 そのために、経営学を本格的に学びたいからと留学したそうなのだ。


(本当に不思議な子。いつか、全部話してくれるかしら?
 これからのクイーヴの報告も楽しみね)


 窓から見えるいつもの風景を眺めながら、セドナはぼんやりとそんなことを考えていた。






「娼館のこれから」おわり



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