追放された悪役令嬢は断罪を満喫する【連載版】

うめ

番外編 執事長は知っていた



 学園の卒業パーティー前夜。
 アメティス侯爵家に仕える執事長のレイモンドは、ディアナに呼ばれて彼女の私室へ向かっていた。


 なんでも、相談したいことがあるとか。


 ディアナにこのように呼び出された事はあまり記憶になく、何か明日の準備で不手際があったのかと邪推してしまう。


(ドレスは届いていたようだし、アクセサリー類も揃っているはずだ。婚約者に贈るにしては多少小粒な宝石類ではあったが)


 だとすれば、何の件だろう。


 レイモンドはその足を早め、ディアナの私室の扉を叩いた。










「……はい?恐れながら、ディアナ様。どういう事でしょうか?」


 レイモンドはディアナの話を聞き、自身の耳を疑った。


 15歳からこの侯爵家で働き始め、ひとつ年上だった現侯爵である旦那様付きとなり、早30年。


 5年前からは方々からの信頼を得て執事長の任を与えられ、侯爵家に誠意を持って尽くしてきた。


 嫡男のシルヴィオ、長女のディアナ、次男のジュラル、それぞれの成長を身近なところで見守ってきたのだ。


 そのレイモンドを驚愕させたのは、忠誠を誓う旦那様が愛してやまないディアナから発せられた言葉だ。




「ええ。そうね、突然だものね。だけど、これはもう決まっているのよ。わたくしは明日、殿下に婚約破棄を告げられ、庶民として娼館に送られる事になるの」


 眼前のディアナは、表情を崩す事なく淡々と先ほどと同じ内容のことを述べる。
 レイモンドにとっては信じられない事ばかりだ。


「――何故、ですか」
「殿下には想う方がいらっしゃるの。その方にわたくしが嫌がらせをしていたらしいわ。なので、罰せられるみたいよ」


 自分のことなのにどこか他人事のように話すディアナに、レイモンドは戸惑うばかりだ。


「しかし、ディアナ様がそのような事をなさるとは、俄かに信じられません」
「わたくしは何もしていないわ。だけど、明日のパーティーではわたくしに味方はいないの。殿下もだけれど、側近のみなさまからも糾弾されるの」
「そのようなこと、旦那さまたちが許すはずがありません!」
「……そこなのよねぇ〜」


 ディアナはようやく表情を崩し、物憂げにため息をついた。


「今、ちょうど陛下たちもお父様たちもいないでしょう?」
「はい」
「だからこそ、明日のパーティーなのよ。陛下たちがいたら
 、そんな事にはならないはずだもの。だからわたくし、明日のパーティーからお父様たちが帰ってくるまでの間をなんとかしてやり過ごす必要があるのよ」


 だから執事長に相談があるの、とディアナは続けた。










 ◇◇◇◇




「……ディアナ様はどちらに?」




 卒業パーティーが終わった夜、侯爵家に帰って来た次男のジュラルにレイモンドがそう声を掛けると、はたから見ても分かりやすいくらいにびくりと彼の肩が跳ねた。


 顔色も悪く、その額には汗が滲んでいる。


 その表情を見て、レイモンドは察した。




(――ああ。本当に、ディアナ様の言う通りになってしまったのか。ジュラル様は、ディアナ様の味方にはなってくれなかったということか……)






 娼館は事前に買収しているから、追放されても平気だとディアナは言っていた。
 陛下たちが戻るまでは殿下の目を欺きたいとも。


 ディアナがある時期から領地経営や資金繰りなどに興味を持ち始め、自らに与えられた財を用いてとある娼館を買収した事についてレイモンドは知っていた。
 隠していたようだが、いくらなんでも隠し通せるものではない。
 本人は気付かれていないと思っていたようだが、レイモンドは主人である侯爵とシルヴィオには報告していた。 
 ただし、ディアナに甘い2人のことだ。
 ディアナがコソコソしていたようだったので、微笑ましく見守ることにしたらしかった。
 今回の追放に繋がると知っていたら、卒倒していただろうが。


 可能性だけでは殿下を問い詰める事も出来ず、逆に予想外の罰を与えられると逃れられない――


 そういった理由で、ディアナは甘んじて追放される事にしたという。
 レイモンドも彼女の話を理解するまでに何度か思考停止状態に陥ったが、唯一彼女が助け舟を求めた自分がしっかりしなければと我が身を叱咤し、何とか再起動したのである。




『お父様が無事に戻ったら、娼館に迎えをよこしてもらえるかしら?レイモンドだけが頼りよ!この話はジュラルにも内緒ね。ジュラルはわたくしの味方ではないの。むしろ殿下たちの味方だから、手の内は明かさないわ』


 そう話すディアナの、寂しげな顔をレイモンドは思い出す。
 まさかジュラルがディアナ、強いては主人とシルヴィオを裏切るとは。




「ジュラル様。別邸にご案内いたします。旦那様が戻るまで、そちらでお過ごしください」
 レイモンドは、目の前で身をすくませる少年にそう声をかける。




 幼い頃、家を抜け出して庭を駆け回っていたディアナとジュラルを、レイモンドは何度も追いかけて捕まえて、叱った。
 その度に1つ年下の弟をディアナは庇っていた。


 成長したジュラルの背中を眺めながら、レイモンドの脳裏には幼い頃の2人の姿が浮かんでいた。

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