追放された悪役令嬢は断罪を満喫する【連載版】

うめ

番外編 王妃さまの憂鬱

 


「この報告書に書いてある事は事実なの?」


 王妃は震える声で報告書を持ってきた役人に尋ねるが、返ってきた答えは彼女が望むものではなかった。


 事実です。そう言われたからだ。




「そう……分かったわ。近いうちにジェダイトと話す機会を設けましょう。手配してくれるかしら?はあ、まさかあの子まで……」


 役人を下がらせた後も王妃のため息は止まらない。
 何度報告書を読み直しても、書いている内容は変わらないことに絶望する。




 "ジェダイト殿下は、学園で婚約者ではない女生徒と親密な仲になっている"


 "女生徒の名は カレン=フリント男爵令嬢"




「また男爵令嬢なの……」


 そこはポイントではないのでは。
 王妃の私室に控える侍女たちは、王妃の呟きを聞いて密かにそう思ったが、王妃のことを思うととても口を出せない。


 ジェダイト殿下はこの春から兄王子と同じ学園に入学した。


 第1王子であった兄王子が学園で出会った男爵令嬢に傾倒し、本来の婚約者を蔑ろにして、婚約破棄の上冤罪で追放。
 その事実が全て明るみに出て、王子自身が処罰されることとなった。


 王家を揺るがしたその一大スキャンダルから、まだ3月程度しか経っていないのだ。


「いっそ男爵家は学園に来られないようにしようかしら?」


 思いつめた王妃からはとんでもない極論が飛び出す。


 それくらい、混乱していた。


 何より王妃は、第1王子の婚約者だったディアナ=アメティス侯爵令嬢のことをとても気に入っていた。
 それを知っていた侍女たちは、王妃の憔悴も仕方がないものと思ってしまう。


 ディアナは高位貴族のお嬢さまにありがちな高慢な部分は全くなく、王子にも興味がない不思議な娘だった。


 最初に婚約者になったのはまだ10才の時だったが、7年の月日が経つと、流れる銀髪が輝き、透き通る肌と少しつり目がちではあるが意思のある菫色の瞳をもつ美しい女性になった。


 王妃教育にも真面目に取り組み、ダンスは少し苦手のようだが、所作や教養は素晴らしいものだった。


(一度だけわざと手を抜いたので、お仕置きをしたのだったわね)


 あの頃が懐かしい。
 そんな素晴らしい婚約者を捨てて、あんな見た目だけ清楚な男爵令嬢に騙されてしまうなんて、我が子ながら愚か以外の何者でもない。


 そして当のディアナは、無罪が証明されても社交界に戻って来ることはなく、病気療養中ということにして国外へと出て行ってしまった。


『貴族令嬢が娼館を経営するなんて、外聞が悪いでしょう?ですので、ほとぼりが冷めるまでは国外にいようと思いますの!』


 出発の挨拶に来たディアナは、非常に嬉々とした顔をしていた。やられた、と皆が思った瞬間だった。




 はあ。思い出してもまたため息が出てしまう。


「頭が痛いわ……」
「王妃さま、頭痛を和らげるハーブティーをお入れします」
「チョコレートを食べると心が落ち着くと言います。わたし、厨房からもらってきます!」
「では、わたしはマッサージをしますわ」


 王妃がよろよろと力なくソファーに腰掛けると、侍女たちはそれぞれに統制のとれた動きをする。


 彼女たちの願いはただ1つ。
 ジェダイト殿下がやらかしてませんように、だ。






 ◇◇◇◇◇




 数日後、王妃は茶会にジェダイトを呼び出した。


 兄王子のときは失敗してしまったが、今度は失敗は許されない。ジェダイトまでもが廃嫡ということになると、王位継承権をもつ者が、齢8歳の弟王子だけになってしまうからだ。




「母上。本日はお招きいただきありがとうございます」


 柔和な表情でそう微笑むジェダイトは、とても綺麗な顔をしている。
 王妃と同じ翠色の瞳は澄んでいてきらきらと輝いており、侍女たちも眼福である。




「……ジェダイト、今日はあなたに話があるのよ」


 いくらかお茶会が進んだころ、王妃はそう切り出した。
 正直言って、ティーカップを持つ手が震える。
 優しいこの子までもが、第1王子と同じ末路を辿るなんてことになったらと思うと、怖いからだ。




「母上、顔色が悪いですよ?お加減が良くないのですか。……兄上のことで気を病まれているのですね。しかし兄上は、義姉さん……いえ、ディアナ嬢に対してあまりにも非道でした。然るべき処罰を受けたものと、僕は思っています」




 真っ直ぐな瞳でそう言いきるジェダイトに、王妃及び侍女たちは一瞬息を呑む。
 ジェダイトは幼い頃から兄王子の婚約者であるディアナを義姉と慕っていたため、そのディアナを蔑ろにした兄王子への不快感を隠そうとしない。




(あら、これはもしかして……誤解かしら?)


 そう思った王妃は、軽い世間話から入ることにする。




「その……ジェダイト?あなた学園生活はどう?」
「えっ、僕ですか?そうですね、恙無つつがなく過ごせているかと思います。生徒会のお手伝いもさせてもらっていますが、ディアナ嬢とアレクが書類を整理していてくれたお陰で、とても仕事がしやすいと皆言っていました。あの仕事量を、アレクはほとんど1人でこなしていたそうなので、驚きです」
「まあ、お手伝いを」
「はい。学園を卒業したら僕は王太子になるのでしょう?予想もしていなかったことですが、僕がやれることは何でもやっておきたいと思いまして」


 照れたようにはにかむ王子を見て、侍女のひとりはその場に膝をついてしまった。イケメンなのに真面目で可愛いって何ソレ!と小声で呟いている。




「あまり気負い過ぎないことね。変な気が起きるかもしれないでしょう」
「!」


 王妃の発言に、微笑んでいた王子の顔が一瞬固まった事をみんなは見逃さなかった。
 やらかしている説が濃厚になり、場の空気が一気に凍った。


(ジェダイト……あなたまさか………!)


 王妃から発せられた不穏な空気を察し、紅茶のお代わりを注ぐ侍女の手がぷるぷる震えている。




「――ジェダイト。単刀直入に聞くわ。あなた、男爵令嬢と懇意にしているとは本当なの。まさかあなたまで、サフィーロのような事をするつもりではないでしょうね……!?」
  
 怒りスイッチが入った王妃がそう一気にまくし立てると、少し涙目になったジェダイトは、「違います!」と慌てて事の真相を明らかにした。










 ◇




「あら、そうなの!」
「ええ、そうなんです。彼女のおかげで、ヴィネットと普通に話せるようになって。たまに皆でお茶会をしたりもしているんですよ」


 ジェダイトが告げた真相により、お茶会の空気は和やかなものに好転した。


 なんと件の男爵令嬢は、裏庭で出会ったジェダイトが泣きながら愚痴るのを毎回聞いてくれて励ましてくれるばかりか、ギクシャクしていた婚約者ヴィネットとの仲を取り持ってくれたというのだ。


 そう、このジェダイトは見た目はとってもキラキラしい優しい王子さまなのだが、何分、泣き虫なのが玉に瑕なのだ。
 そんなジェダイトの泣きに見返りなしで付き合ってくれるとは、奇特なご令嬢である。


 それに。


「あなたの側近は、あの堅物騎士のルドウィンでしょう。そのルドウィンが」
「はい。カレン嬢の事が好きみたいで。なかなか伝えきれてはいないようですが、最近は4人で過ごすことも多くなってきたので、進展したらいいなと思っています」


 純情騎士の初恋のお相手になっているというのだから驚きだ。




「男爵令嬢だからといって、警戒し過ぎてはいけないわね……」
「?母上、どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもないわ。でも、そうね、あなたがそんなにお世話になったというのならば、今度そのカレン嬢もわたくしのお茶会に招待してお礼が言いたいわ。もちろんヴィネット嬢とルドウィンも一緒よ」
「楽しそうですね。皆喜びます」






 この日、王妃の憂鬱は一気に吹き飛んだが、後日本当にお茶会に招待された巻き込まれ男爵令嬢のカレンは、反対にとっても憂鬱な気持ちになったという。




「いや、なんで王妃さまから招待状が届くの……?それに騎士さまから届いたこのドレスは一体何なの?ええ、何?あたし何に巻き込まれてるの?!都会怖いよぉ〜!!」








「王妃さまの憂鬱」おわり



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