追放された悪役令嬢は断罪を満喫する【連載版】

うめ

エピローグは旅立ちでした

 第1王子の1番の側近であったアレクシス=ラズライト侯爵令息も、他の貴族子息と同様の刑を課された。






 王宮から家に戻り、お父様からその事実を聞いたわたくしは愕然とした。
 確かにわたくしも途中まではアレクさまもあちら側の人だと思っていた。
 だけど、実際は在学中から陰ながら犯人探しをしてくれていたようだし、断罪後は証拠集めや情報操作、それに周囲への根回しに奔走していた事を色々な人から聞いていたから、当然、彼はお咎めなしだと勝手に思い込んでいたのだ。


(明日が最後になる、と言っていたのはこのことだったの?)


 裁定の前日、彼が触れた掌をじっと見つめる。


 手の甲ではなく掌に口づけするなんてうっかりミス、彼らしくないとは思っていたけれど……動揺していたのなら仕方のないことだわ。
 今まで密かに見守っていてくれたであろう彼に、お礼を言うことも出来なかったなんて―――










 そうして慌ただしい日々が流れるように過ぎて行き、あれからすでに2週間が経過していた。


 彼らへの刑は既に執行され、それぞれが王家の決定した"相応しい場所"へ送られた。
 それが何処なのかは、一部の者しか知らない。


 弟のジュラルとは家族として特別に一度話をする機会があった。
 彼はどこか清々しい表情をしており、これまでのことを謝罪され、わたくしはそれを受け入れた。


 中身が庶民の前世であるわたしと違い、生粋のお坊ちゃんであるジュラルには辛い日々になるだろう。だけど、どうか逃げずに生きてほしいと、強く願う。




 今回の騒動は、王家の一大スキャンダルとして庶民にまで広く知れ渡り、悲劇のヒロインとして、ディアナ=アメティス侯爵令嬢は一躍時の人となった。


 民衆は語る。


『ディアナ様は、全てを予知されていたらしい』
『神からの信託があったとか』
『彼女は神に愛されている。いや、あの見目麗しいお姿……彼女こそが女神様だ!』
『心優しいディアナ様は心痛のあまり、伏せっておられるらしい。お労しい!』




 なんだか、とんでもないディアナ像が、まことしやかに囁かれている。
 微妙に操作された情報も流れているから、成功ではあるのだけれど……


 裁定から数日後、セドナと話をするために娼館へ向かうと、「あら、女神様。お帰りなさい」といつもの美女スマイルで迎撃された。さすが情報屋。すでに全てを知っていた。


 でもそんなセドナも、わたくしがお兄様を連れてきていたことには大変驚いたようで、目をまんまるにしていた。
 対するお兄様も、何故かセドナを見て固まっていた。まあ妖艶美女ですものね、セドナは。


 娼館最上階のわたくしの部屋に向かい、3人でこれからの話をする。
 事情によりわたくしは暫くオーナー業をお休みする事になり、その代理を正式にセドナに務めてもらうためだ。
 セドナは快諾してくれた上、前のオーナーが実はセドナだった事も教えてくれた。わたくしがこの娼館を買い取りたい理由が面白かったため、乗ってくれたらしい。
 商談の時にわたくしが対峙した前オーナー風の人は、セドナが雇ったダミーオーナーだったそうだ。訂正しましょう。セドナは妖艶かつミステリアス美女ですわ。






 そうして諸々の身辺の整理を終えたわたくしは、ここまで来て心配性の鬼と化した新侯爵さまであるお兄様に軽く泣きつかれながらも、馬車に乗って目的地に向かって出発した。




『ディアナ=アメティス侯爵令嬢は心労のために1年間地方で療養する』


 公にはそう知らされている。


 だけど本当は違う。
 ようやく全てのシナリオから解放されたわたくしは、やりたい事をやろうと決めた。


 "ディアナ=アメティス侯爵令嬢ではなく、自由な立場で外国に留学し、念願の経営学を学びたい"


 その申し出にお兄様は渋い顔をしたけれど、わたくしが誰かさんのせいで7年もの月日を棒に振ったことを憐れんでか、「……表向きは、ディーは地方で病気療養中ということにしよう。釣書もそろそろ鬱陶しくなってきた事だしね」と最終的には許してくれた。


 婚約破棄以降、侯爵家には大量に婚約用の釣書が届いていたようだけれど、わたくしが一度も目を通すこともないまま、お兄様と執事長によって可燃ゴミと化していたようだ。


 そうしてわたくしはありとあらゆるコネを駆使し、どこぞの子爵令嬢ディア=ヴォルターとして、教育水準が高いことで有名な大国エンブルクの国立学院に1年間だけ編入する事になった。


 本当は平民という設定が良かったけれど、そんな髪色と瞳の色の平民がいたら逆に怪しまれるという周囲の猛反発を受けて渋々受け入れた。染めるのは嫌だし、1年間カツラもむれるものね。




 ◇◇◇◇




 馬車は王国随一の港町ヴァプールに到着し、護衛騎士に案内されるがままとあるカフェの一室に通され、休憩をとることになった。


 ノックの音に、侍女のハンナが扉を開ける。
 注文したものが届いたのだと思ってそちらを見ると、黒髪の青年が部屋に入ってくるところだった。 




「あら、バート。落ち合うのは、もう少し後の予定ではなかった?」


 エンブルクに行くにあたり、バートもちょうど国に帰る予定だということなので、お兄様が同行を依頼していたのは知っている。
 船着き場で合流すると聞いていたのだけれど……?


「こんにちは、ディアナ様。少々予定が変わったので、お邪魔してもよろしいでしょうか?」


 見るからに穏やかで人好きのする優しい微笑みなのに、そこに断れない空気を感じるのは何故だろう。


 どうぞ、と声をかけると、近づいてきたバートは空いている席に腰掛ける。
 給仕された紅茶をひとくち飲むと、鳶色の双眼がわたくしを真っ直ぐに見ていた。


「――ディアナ様に紹介したい人がいるんです。ちょっと、こっちに来てくれますか」


 バートは扉の方向を見て呼びかける。
 そうして扉の向こうから現れた従者の格好をした青年が、わたくしに向かって深く礼をする。
 その青年は紺色の髪色をしており、眼鏡をかけている。




 いやいやこの人、どこからどう見てもアレクさまですわ。


「ディアナ様、初めまして。アレク=ブラウと申します。ランベルト様の従者をしております」
「!」


 その自己紹介に驚いて、バートを見ると、彼は悪戯が成功したような顔で、くつくつと笑っている。
 その優しげな顔で魔王みたいに笑われると余計に怖いですわ。


「おふたりとも?全て、話していただきたいのですけれど?」


 ディアナなりに、低い声が出た。


(紺黒コンビ、全て洗いざらい話しなさい……!)




「まあ、そんなに怒るな。事情があるんだから、君も大体分かるだろう?」
「……それは、そうですけれど。というか、バートの顔でその話し方をされるとまだ違和感がすごいわ」
「そこは慣れてくれ。元々はこっちなんだ。行き先は私の祖国であるエンブルクだからな。君も身分を偽る以上は話し方を考えた方がいいのでは?」
「それもそうですわね。ランベルト様、これからわたくしの事はディアと呼んでください。アレクさまもですよ?」
「ディア様、ですね。外ではそう呼びます。ところで、僕に"様"を付ける必要はありません。僕は平民ですので」


 説明してほしい、という意味を込めてバートを見る。


「分かった分かった、説明する。それから私のことも、普段はバートと呼んでくれ。アレクのことだが……」


 そうしてバートはようやく説明を始めた。




 アレクさま……いえアレクは殿下の側近だった立場上、あの断罪劇を招いた責任をとる必要があると考えていたこと。
 陛下や宰相さまには慰留されていたこと。
 その場に立ち会ったバートが、折衷案として提案したのが『平民の身分で、従者としてエンブルクに連れて行く』というものだったそうだ。


 貴族籍の剥奪、王都追放、確かに表向きの要件は全て満たしている。


「うちの国はユエール王国よりも実力主義だ。アレクの実力なら平民の身分でもすぐに登り上がれるだろう。何より、こんな優秀な人材を他の側近たちと同じように地方で埋もれさせるのは惜しい。だったらエンブルクにもらおうと思ったんだ」
「まあ……そうだったのですね」


 バートの傍らに立つアレクをまじまじと見つめる。
 いやこんな平民いないだろって感じですわ。わたくしの平民設定を止めた侯爵家のみんなの気持ちがよく分かったわ。


「アレクさま、いいえ、アレク。エンブルクに着いたらわたくしと共に新しい眼鏡を買いに行きましょう!」
「え?は、はい?」
「もっさり眼鏡で別人に擬態するのですわ!楽しみですわね」




 彼が無事で、良かった。
 どう考えても苦労人で貧乏くじ引く感じの人だから、なんか強運そうなバートと共にいれば、きっと大丈夫だろう。


 それに、新天地であるエンブルクでの知り合いがひとり増えて少し心強くもある。




(せっかくの異世界転生ですもの。わたくしはこの世界を満喫するのよ!目指せ敏腕経営者ですわ)




 目の前に置かれた紅茶をもうひとくち飲む。
 シナリオが終わった世界で、わたくしはようやく自分の目の前に道が拓けていくのを感じていた。


















 ――その後。


 エンブルク王国の学院に無事編入したディアナが、学院の食堂で同じ学生服を着たバートとアレクに声をかけられ、驚きのあまり再びふたりに低い声で説明を求めることになったのはまた、別のお話。




(紺黒コンビ、わざとやっているわね……!)








 おしまい

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